黒の魔道師

 

 0話

 

 ディオルはその日も研究に勤しんでいた。今は目標というものがなく、ただ強いだけの
キメラを作っている。以前に注文を受け出来上がったものは、納得がいかなかった。はっきり言って、駄作だ。なにせ、自分なら簡単に殺せてしまう程度なのだから。あんなものを売ってしまったのが、今思うと嘆かわしい。
「ご主人様、郵便屋さんでぇす」
 声の元は、窓のところにある、口のある不気味な観葉植物。対になっており、話しかけると、片割れがその耳にした声を再現するのだ。つまりは、水さえやれば半永久的に仕える専用回線だ。こんなデザインにするつもりはなかったのだが、出来てしまったものは仕方がない。
「ふぅん。んで?」
「あと、知らない人が来ています」
「知らない人?」
「金髪の綺麗な人です」
「金髪の……」
 ある考えが思いつく。そういえば、彼女は最近手が空いたらしい。ならばひょっとして……。
「だぁぁぁぁあ」
 ディオルは慌ててゴミ溜めになっていた部屋を片付け始めた。

 エリキサは首をひねった。
 なぜか突然喚いてすさまじい轟音を立て始めた主。
 夜逃げでもする気なのだろうか?
 エリキサは後ろをついてくる人間を見る。
 柔らかい微笑がとても魅力的。青い瞳は強い意思を感じる。それに、とても強い魔力を持っている。人間にしては、本当に珍しい逸材。その上、不審人物でないか調べたところ賢者の石の感染者だった。しかし、どこかで見た事があるような気がした。きっと気のせいだ。一度見た人間は、たとえどんなに上手く変装していても、調べれば分かるはずだから。
 ──でも、さすがはご主人様のお友達。
 エリキサは小さくため息をつく。こういう人がいるから、あの主はああなのかもしれない。稀に見る天才だが、人間的に出来ているとは言い難い。趣味で人の恋人を、とんでもない姿にしてくれるほど。もちろん、彼を助けてもらったというのには変わりないので感謝しているが。
 居住区直通のエレベーターを降りると、主の部屋の前まで移動した。
「ご主人様、入ります」
「ま、待て」
 行った直後、何かを蹴り飛ばしたような音がした。
「はぁ、はぁ。い、いいぞ」
 やけに息が上がっているのは気になったが、エリキサはドアを開ける。
 そこには、信じられない光景が広がっていた。
「な……なんて事……」
 本棚に納められた書物。綺麗にまとめられたファイル。いつも転がっているスクロールは見当たらない。
 一番驚いたのは、埃がない。
「すごい……今日はホコリひとつないな。見直したぞ」
 お客人──カロンと名乗った金髪碧眼の綺麗な男性は言った。
「……なんだ……師匠か……」
「か、とは何だ? か、とは」
「はぁ。師匠ならこんなに一生懸命片づけやしなかったのに。ああっ、資料がどこにあるか分からなくなった!?」
 主は頭を抱える。
 ──ひょっとして、この人間は物が溢れていないと落ち着かないタイプ?
 もしくは、どこに何があるかを理解していているので片付けないと言い張るタイプ。
 どちらにしても、
「どうやってこんな短時間に……っていうか、この人が先生なんですかぁ?」
 エリキサは歳若く見える男を見上げた。いかにも邪悪な実験を繰り返す錬金術師の師が、こんなにキラキラと輝く正義っぽい人物だと言う事実にも驚かざるを得ない。
 もちろん一番驚いたのは、この奇跡なのだが、ディオルならばなんとかしても不思議ではないと思う。そういう男性だ。
「どこかの王子様かと思いました」
「ああ。元は王子だった」
 爽やかに微笑んでそのようなことを言った。外見は一級でも、中身は分からないのが人間と言うものだ。
「……そうだ。お茶、いりますか?」
「いらない。エリーは黙ってな」
 ディオルは言うと、空を掴む仕草をした。いや、実際に何かを掴んでいた。
「どうせ、これのことだろ?」
 無機質な球体だ。金属系の反応もするが、魔力も感じる。
「そうだ」
 カロンはにっこりと微笑む。
「んで、どうしたの? 完成したの?」
「まあ、ほぼ。君に簡単に掴まれてしまう辺りが欠点なのだろうな。まあ、君以外には無理だろうからいいのだが」
 エリキサはその球体をディオルの手から持ち上げ、隅々まで調べる。
 炉だ。魔力炉。魔石と呼ばれる魔力の宿る特赦な鉱物から、魔力を取り出し循環させて永続的なエネルギーを得る装置だ。しかし、魔石という物は非常に希少価値が高く、小指の先ほどの石があれば、一生遊んで暮らせるほどの額になる。中に入っている魔石は、三センチほどのサイズだ。
「こんな小さな炉に、こんな大きな魔石を使うなんて初めて見ます。開けてもいいですか?」
「どうぞ」
 中を開けると、エリキサですら理解できないところもある作りになっていた。
 ──うーん。やはり数十年眠っていると、数ヶ月じゃ感は戻らないな……。
 元より、能力は制限されてしまっている。下手に全力で調べて、万が一にも太陽神に見つかれば……。
 想像もしたくない。
「爆発したら、国の一つ飛ぶような力ななりますね」
「その心配はない。万が一の時のために次元軸をずらして存在させている。ディオルが悪さでも思いつかない限り、神でもなかなか手の出せない領域だ」
 驚かない。今更……だった。主たるこの人間が、下手な神よりも上であることは確かなのだ。何せ……。
「ところで、アシュター殿は?」
「今、お散歩中です」
「そうか。本当に上手く行ったのか見てみたかったのだが、残念だ」
「地べたを這いずる程度の後遺症で、まともに生きて、話しているのだから、上手くいっている」
 謙遜のつもりなのだろう。きっと。しかし、態度は大きい。自分が失敗するはずないと、その態度で語っていた。
「ははは。アバウトだな」
「人間なんて、型の違う血液を混入させただけで死ぬんだ。いや、酸素を入れるだけで死ぬ。そういう脆弱な生物を扱って、生きたまま他の生物に変えてしまったのだから、多少は無茶もする」
 過ぎた事なので聞き流せるが、無茶などしないでもらいたい。人の恋人に。
「メンテナンスは大変じゃないか?」
「そこら辺は問題ない。人間と言うのは頑丈な生物でもあるからね」
「なるほど」
 カロンという自称元王子は、しばらくディオルとマニアックな会話を繰り広げ、ポッドの調子を見た後に、満足して帰って行った。
 何をしに来たのかは、よく分からなかったが、ディオルの同類であるという核心だけは得た。

 彼──アシュターは、偶然玄関の前を通りかかった。
 散歩から帰って、恋人のエリキサの元へ行こうとしていたのだ。それには裏口から入り、玄関側にある居住区域直行のエレベーターを使うのが一番早い。階段で行くのも運動になっていいのだが、いくらなんでもまだ慣れぬこの蛇そのものの下半身では、階段は辛い。エリキサに触れて話せるのは嬉しいのだが、こればかりは恨みもした。エリキサが泣いて喜んでいなければ、食って掛かっていただろう。いや、気を失っていたかもしれない。何百年の眠りから覚めたら、自分がラミアのような姿になっていたのだ。卒倒してしまっても誰も責めはしなかっただろう。だが、あの時はエリキサに触れる事に気をとられていた。
 黒い瞳も、額の赤染まってしまった石も、柔らかな茶の髪も、すべてが記憶にある彼女そのもので、愛しくて、たまらなかった。
 動く練習の散歩を終えると、いつも彼女と風呂に入る。正直、この下半身は汚れやすい上に、自分ではなかなか手の届かない部分がある。エリキサはそんな自分のために床を念入りに掃除したり、身体を洗ったりしてくれる。
 憧れていた新婚生活とやらは、きっとこんな様なものなのだと想像した。
 余談だが、外見からはとても信じられないほど清潔になったこの塔にも、唯一汚い場所がある。それは二人を匿ってくれている、自称天才錬金術師の部屋だった。動くだけで、下半身が汚れる。あの部屋には決して入らない。入るとしても、普通には移動しない。力を用いて空中を進む。そうでないと、せっかく掃除をしている綺麗好きのエリキサに申し訳がない。だから塔に入る前も、水で泥を落として、マットで拭いてから塔の中に入るのだ。
 これから待つ楽しみな時間を考えつつエレベーターに向かったとき、彼はノッカーが叩かれる音を聞いた。
 ──客か? 珍しい事もあるものだ。
 そう思い、玄関に向かう。もしもこの姿を見て怯えて逃げるようなら、ディオルとは無関係の世界に住んでいる者だ。気にする必要もない。
 ドアを開けると、少女がいた。とても美しい少女だ。
「誰だ……」
 こんな森に、こんな少女が一人で来る。かなり異常だ。
「ディオルの友達……ですけど。います?」
「ああ。少し待っていろ」
 いつ見ても不細工な、しかし便利といえば便利な不気味植物へと口を寄せる。
「おい」
「ああ?」
「客だ」
「どんな?」
「金髪の、育ちのよさそうな綺麗な女の子だ」
「なにぃぃぃぃい!?」
 絶叫。そして、何かが崩れるような音。
 そこで、交信は途絶えた。
「……な……何?」
「何か人には見せられないことしているのだろう。いつものことだ」
「はぁ。やっぱりいつもそんなことしてんのね」
 少女は肩を落とした。
 金髪と金色の瞳の、地精に見紛う美しい少女は、持っていたバスケットを抱えなおし、迷うことなくエレベーターに向かった。

「おっひさぁ〜」
 アシュターに連れられて、突然部屋に入ってきたのは、よく知った女だった。世間一般で言う妹弟子という奴だ。
 息を切らし、せっかく元の位置に戻したものを必死になって片付けた自分が馬鹿らしい。
「……ラァサか……」
「あっれぇ。何でこんなに綺麗なの!?」
「おお。部屋に入れる。いつもこうしていればいいものを」
 アシュターが珍しく部屋に普通に入ってきた。
「っていうか、あんた実はやれば出来るでしょ!? 師匠のところにいたときは、部屋すごい綺麗だったし」
 やかましい連中だ。人を期待させておいて、邪魔するとは何事だろう。
「黙れ。しかしなぜお前が?」
「何でって、しっつれいねぇ。せっかく差し入れと伝言伝えに来たのに」
 彼女はバスケットを差し出した。
 ディオルの好きなスモモのジャムと、東方の香辛料が入っていた。
「……んで、伝言ってのは?」
「中に手紙入ってるよ。読めって。そんなけ。
 でねでね、パパが今度パーティに連れてってくれるらしいの。ドレスを新調したんだけど、今日出来てるはずだから、あんたなんかに関わっているヒマはないというか、もう超玉の輿のチャンス到来って感じで、パパとかいろんな人に褒められたりなんかしたりしてぇ、まあ仕方ないからあんたにもこの喜びを分けてあげようと思って、わざわざ来てやったんだから感謝なさい」
 ディオルは小さくため息をついた。やかましい女だ。
「デュークが一攫千金でも当てたのか?」
「いや、なんか王様になったって」
 その言葉に、ディオルは沈黙した。
 彼は生まれは大貴族の嫡男だと言っていた。王が変わって以来、当主は地元に引っ込んでいたらしい。そして最近、クーデターが起こって何とかという暴君から、ナイブの連中が国を取り戻したらしい。ナイブの連中と言っても、その半分近くが暴君の側についていたらしい。どっちもどっちだろう。偶然王位継承権を持っていたデュークは、そんな連中に利用された。
「ふんっ。分かりにくいようで分かりやすい人生だね」
「自分が地位も名誉もないからって、ひがんでるでしょ」
「どうしてこの僕が、デュークごときをひがまなきゃならないんだ? 権力なんかには興味ないね。しかしまったく、強いのは悪運だけの男は哀れだね。君も、王妃になんてなりたいのか?」
「別に。ただ、パパが喜ぶから。ママは遠くにお嫁に行くのを寂しがってるみたいだけど」
「ふん。もう嫁入りするつもりなのか?
 デュークもあれで顔だけはいいからね。しかも都会で国王なら、君よりも清楚な極上の美人を見つけてていたりしたら?」
「私よりも可愛い女の子なんて、どこにいるのよ?」
「哀れだな」
「しっつれーねぇ。自信過剰のマッド錬金術師に言われたくないわ。んじゃあね。私は美味しいもの、パパと一緒にたらふく食べてくるから」
「お前、色気より食い気なのか……」
「当たり前でしょ! この国の料理は美味しいらしいじゃない! それにパパはこの国出身だし。お城に入れるのって初めてらしいから、実はパパの方が浮かれてたり。んじゃあねぇ」
 馬鹿らしいので、ディオルは研究室に戻る。
 今日は研究のはかどらない日だ。厄日かもしれない。
 思えば、この国に金髪は多い。金髪の人間が尋ねて来たからと言って、騒ぎ立てるのも馬鹿らしい。
 ──また元に戻さなきゃならないな……。
 はかどらなかった分を挽回しなくてはならないというのに。

 そろそろ日暮れが近付いた頃。エリキサは、偶然玄関の前を通りかかった。夕飯を作ろうと思い、裏庭に生息するハーブを摘みに行った帰りだった。
 そのとき、またもやノッカーが叩かれた。
「はいはーい」
 笑顔を作り、ドアを開く。また、金髪だった。
「ディオル様に御用ですか?」
「はい」
 微笑が、とても魅力的。
「ちょっと待ってくださいね」
 エリキサは不気味花──通称一号に話しかける。
「ご主人様」
「今度は何だ!?」
 怒っているようだった。
「あのぉ、また金髪の」
「また金髪。ああ、もういいからとっとと通せ。僕は忙しいんだ!」
 大した事はしていないくせに、少し遅れたからといって八つ当たりをするなど、人間とは理解し難い生物だ。
「じゃあ、ご主人様のお許しが出たので、こちらにどうぞぉ」
「ご親切にありがとうございます」
 金髪の彼女は、丁寧に頭を下げた。
 一瞬、幻かと思ったほどの美しい少女だ。年頃は、ディオルと同じほど。白いシルクのドレスがよく似合う、いかにも良家のお嬢様。その美貌の最大の秘訣は、ほぼ完璧な黄金率の体。人間は左右対称である事が望まれる。それは骨格が完全に安定していなければならない。この女性は、人とは思えないほど完璧な美しい形をしているのだ。美しい人間はいるが、そういった人間でもさすがに歪みがあるものだ。
「お客様、スタイルいいですね」
 エレベーターに入ると、エリキサは笑顔でそう言った。間を持たせる意味もあった。
「はい。エリキサ様のおかげですわ」
 エリキサはきょとんとした。そして、詳しく調べてみて気づく。
「あ、賢者さんですか」
「はい。お世話になっています。お会いできて光栄ですわ」
 器量もよく、礼儀正しい。
 ──ご主人様も、こういうお嬢さんとお知り合いなんて……。
 少しは見習って、礼儀とか思いやりと言う言葉を身につけて欲しい。
 エレベーターが居住区域へと到着する。
 ディオルの部屋の前に行き、ノックをする。
「ご主人様。とっても美人なお客様で……」
 エリキサは絶句した。
 そこに、主と恋人がいた。それはいい。問題は、片付いていたはずの部屋が、いつの間にか元のように本やファイルに埋もれていた。
「まあ」
 背後で、金髪の少女が口を覆う。
「……し、シアさん!?」
 なぜかディオルは青ざめた。
「こんばんは、ディオル様」
 金髪の少女は、柔らかな笑みを浮かべて挨拶した。
「っつ、エリキサっ! お客様は応接室に通せ! 失礼だろう!」
 エリキサは反論しようとした。しかしそれよりも前に。
「あら、私は書斎に入れてもらえて、とても嬉しかったのですが……」
 彼女は小さく首をかしげた。そこはかとなく悲しげに。
「いや、今は散らかってるから」
 その反応に、シアはくすくすと笑う。ディオルの頬が、真っ赤に染まった。
 ──何!? この気色悪い反応は!?
「シアさん。お話なら、あちらで」
「いえ。近くを通ったので、挨拶に伺っただけですので」
 ディオルは嬉しそうに頬を緩める。
 ディオルの側で、青ざめたアシュターが尻餅を着いて彼を見上げていた。
「こちらはお土産です」
 差し出した箱を、シア本人があけて見せる。アップルパイがワンホール入っていた。
「甘みを抑えてありますの。ディオル様のお口に合えばよろしいのですが……」
「シアさんが作ったの? あ、ありがとう。僕、こういうの大好きだから」
 確かに彼は果物の入ったような菓子が好きだ。特に、パイは。
「記憶違いでなくてよかった。皆さんで食べてくださいね」
 頬に手を当て、優雅に笑う。
 美女と邪悪な魔道師。なぜだか、守ってやらなければならないような気がしてくる。賢者である以上、そんな必要もないのに。
「それでは私はこの辺で失礼いたします。そろそろ、皆が心配していると思いますので」
「そ、そう。送ろうか?」
「いえ、それには及びませんわ。ちゃんと護衛がついていますので」
「そう。ならいいけど」
 心なしか、悔しそうだった。いや、本当に悔しいのだろう。
「それでは、失礼いたします」
 言って、シアと呼ばれた少女はディオルの頬にキスをした。
「なっ……」
 ディオルが目を見開いたまま固まった。
 エリキサも呆然としている間に、彼女は一人でエレベーターに乗り、さっさと帰ってしまった。

 奴は、それから数日ぼーっとしていた。いつもは寝る間も惜しんで行う研究も完全に忘れている。パイをほぼ独り占めし──シアの言葉に従い、ほんの少しは分けてくれた──、一口食べるごとにため息などつかれたときは、エリキサとともに怯えたものだ。今はそのパイも食べつくされ、彼はただ空を見てため息をついた。
「……ご主人様」
「…………」
 エリキサの声も耳に入らない。何をするにしても上の空。
 ──意外なほど純情な男だな……。
 たかが頬にキスをされた程度で、ここまで呆ける事が出来るほど繊細な心を持っていた事に、二人はひそかに感動していた。この男も人間らしい心を持っているのだと。
「あ、シアさん」
「ぬ!?」
 エリキサの冗談に、ディオルは真剣な顔をして振り返り、周囲を見回す。それからシアがいるはずないと我に返り、エリキサを睨んだ。
「が、好きなんですか?」
「……なぜそれを!?」
 彼は真剣に驚いているように見えた。
「……いや、驚かれても……。っていうか、バレてないと思っていたことに驚きです」
「この男にも、人間らしい心があったのだな」
「ええ。素晴らしいです。ところでこの手紙、何ですか?」
 エリキサが取り出したのは、金眼の少女が置いていった手紙だった。
 ディオルはその手紙の封を切る。
「なんだ、あいつからか……ん?」
 彼は動きを止めた。
「はぁ!?」
「どうした?」
「いや……これは……まあ、いいだろう」
 彼はくつりと笑う。
「エリー、ドレスの用意をしておけ。明日、手土産を持って王城に行く」
「は!?」
「父が都合でいけなくなったらしい。僕に代理出席して欲しいそうだ」
 ディオルは張り切っていた。
「権力、キライなんじゃ……」
「あそこには、シアさんがいる」
「ああ。賢者ですからね」
「悪い虫がつかないように、手を打つ必要があるとも思っていたところだ。ちょうどいい。悪い芽は徹底的に排除しなければ……」
 彼はくつくつと笑う。
 やはり、この男は邪悪だ。本人がどんなに否定しようとも。

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