大地の愛でし子 

 

300万ヒットの御礼短編です。

 

大人への通過儀礼

 時々、はたと我に返るときがある。
 人としてのあり方を捨てる行為に戸惑っている。サギュについた場合、人間の器が死ねば生まれ変わりを探してと世界中を駆け回らなければならないらしい。アミュはただサギュの友人であるから一緒にいるため、それに参加するとは限らない。もし参加しても、地神ならラァスをよそに国にやっても面白がる。ある程度の自由がある。
 しかし、その選択が一番とは言い切れない。
 一生なのだ。先の見えない長い時、そのすべて。
 クリスは自分の契約者──神官には、暇をくださいと言われれば解放すると言っている。
 存在した時が一気に流れ、瞬時にして崩れ落ちるらしい。束縛の生か、解放の死か。それを突きつけられて、成長したとはいえ幼い自分には判断がつかない。
「君たちは気楽で良いね」
「お前だって気楽だろう。毎日優雅にあがめ奉られたり、綺麗なねーちゃんにもにーちゃんにももてて、可愛い恋人までいやがる」
 女性はともかく、色目使ってくる男などカロン一人で十分なのだが。
 そういうこと含めて、色々と複雑な心境である。自分もまだまだ青い。
「ラァス様」
 呼ばれ、笑みを浮かべて振り返る。自分の所の騎士以外には愛想を振りまくことにしている。
「お姉さんがお見えですよ」
「姉……師匠?」
 姉などと名乗るのは、あの人ぐらいしか知らない。ラァスは汚れを払い、上着を羽織って行こうとしたら、姉とやらは向こうから出向いてきた。
 金髪に金の瞳。
 ラァスとよく似た、しかしラァスよりももっと女性らしい、どう見ても男には見えない美女。出会った頃と比べれば、すっかり大人の色気を身につけていて、騎士達の目の色が変わった。なにせ本物の女の人なのだから。
「なんだ、ゲイルちゃんか」
 姉かと聞かれて、手っ取り早くそう答えたといったところだろう。ここまで似ていれば、それだけで顔パス状態である。
「どうしたの?」
「観光に来たんだ」
 にこにこと笑いながら、その背後には相変わらずのハディス。
「神殿の方に行ったらここだって。行ってみたいって言ったら案内してくれて。親切だねぇ」
「君が金の聖眼だからだよ。塔とかカーラント以外じゃ下手すると聖女様扱いされるんだよ」
 カーラントでは賢者の発祥地。聖人などの考えがなく、聖眼の持ち主も魔力以外のことで重宝されない。生まれはカーラントのラァスとゲイルは、この国の住人にとっては信じられないような扱いを受けて育ったことになる。生まれたときから目立っていたならともかく、成長と共に色鮮やかになったために、その頃には立場が安定してしまっていたのだ。
 ラァスは裏の組織に。
 ゲイルはボディスの元に。
「ラァス、その人は女かっ」
「どうみても女の子でしょ」
 ラァスは腕を引っ張られながら、ちらとハディスに視線を向ける。ゲイルへの下心は、すべて彼の手で打ち砕かれる運命だ。
 ライアスはハディスと目が合うと勝ち目なしと見て落ち込む。彼はまだ『ラシィ』に気があるようだ。
 まだ時々続けている。悲しいかな、クリスの命令で。
「でも、君たちが祭りもないのに人里に出てくるなんて珍しいね」
「ちょ、人をなんだと思ってるんだい。ボクらだって、何もなくても旅行ぐらいするよっ!」
 ゲイルはすっかり大人びているのに、出会った頃と変わらぬ調子でぷんすか怒る。
「ごめんごめん。でも、一ヶ月遅かったら良かったんだけど」
「何かあるの?」
「ちょっとしたお祭りがね」
「じゃあ来月また来るね。どうせ暇だし」
「そうするといいよ。そろそろ訓練も終わりだから、町を案内しようか? サメラちゃんのお屋敷にも連れていってあげるよ」
「うん」
 断らないということは、サメラの屋敷が分からなかったから、目立つ神殿にラァスを尋ねてきたのだろう。
 あまりアミュの周囲をうろつかせて、目を付けられるようなことになっては可哀想だが、アミュと会うのが塔ばかりというのも可哀想だ。ハディスに忠告しておかなくてはならない。


 一ヶ月後。
 大地の恵みに感謝しましょうという、どこにでもあるような祭り当日になり、未だに神官見習いで本来なら忙しいはずのラァスは、なまじ聖人であるため暇だった。見習いなのは、神官になるには修行期間が三年半必要なのだ。まだ時間が足りていない。なのに、すでに誰もラァスに雑用をさせようとしないのだ。かといって、シーロウの後ろをついて回るのはもっと高位の神官が行わなければならない。名誉はあるが地位はない。それがラァスの現状である。だから暇なのだ。
 そのためシーロウには「外に行くなら変装をしなさい」と、つまり遊びに行ってもいいというお墨付きを頂いた。
 さすがに遊んでいるのもはばかられると、地神のところに出向こうと神殿を出たとき、すれ違おうとした同僚が驚いたように目を見開いた。
「ラァス様、正面でご老人に取り囲まれていたのでは!?」
「え、僕、今日はまだだよ」
 しかもカツラを被って、瞳も眼鏡をかけて色を少し誤魔化している。レンズ越しには明るいうす茶色に見えるはずだ。瞳の色を変えただけでは、顔を覚えられていると間違いなく囲まれる。しかしカツラを被って眼鏡をすれば、親しい者以外にはばれない。
 と、そこで一ヶ月前のことを思い出す。
 慌てて正面に移動すると、一人取り残されたハディスが、死んだ魚のような目をして輪の外に突っ立っていた。
 お年寄りばかりだから、怒るに怒れないでいる。ラァスはカツラと眼鏡を外して彼らに声をかける。
「あのぉ、おじいちゃんおばあちゃん。その人、この国の人ですらないんですけどぉ」
 老人達は人違いに気づいてくれたようで、今度は彼が囲まれる。最近ではすっかり慣れてしまい、これが日常であると言っても過言ではない。
「ごめんなさいね。今日は地神様の所に行かなくてはならないんですよ。通してくださいませんか?」
「地神様に会いに行きなさるのかぁ。地神様によろしくお伝えくださいまし」
「ラァス様は地神様とお会いできてうらやましいのぉ」
「ありがたや」
 ラァスは微笑みながら別れの言葉を口にして、呆然としている二人を手招きした。素早く人気のない西口に移動して、常に準備している婦人用のつば広の帽子をゲイルにかぶせ、自分もカツラを被って眼鏡をかけ直す。
「こんな時にそんな聖眼丸出しで神殿に来たら、勘違いされて囲まれるに決まってるでしょ」
「ちょっと反省した」
 ゲイルは素直に帽子を深く被る。目を隠していれば普通の女の子だ。
 金の聖眼を珍しがる者はいても、囲まれて拝まれるのは地神の膝元であるこの国ぐらいだ。しかも彼女はラァスに似ているからよけいに囲まれる。自覚が無くても仕方がない。
「僕、地神様の所に行く予定だったけど、君たちは?」
「アミュ、旅行中だっていうから」
「そうなんだ」
 ラァスが準備に忙しくしていたためか、何も言わずに行ったのだろう。そのあたりは互いに慣れてしまった。
「他に知り合いもいないし、変な目で見られるし……」
「じゃあ、一緒に来る?」
「うんそうする」
 ラァスは二人を連れて西口から屋外に出て、薄暗い小さな庭を横切り、聖人が眠っているという墓地にある地下神殿への隠し通路を開いた。
 もちろんクリスの趣味で作られたものである。墓地に作るなと思ったが、既に奥方にはさんざん言われたらしく、もうしないと誓っている。ラァスとしては、せめて建物の中に作って欲しかったと思っている。ここはよりによって神殿直通なのだ。外では誰かに見られるのではないかと冷や冷やする。ラァスはそんな失敗をしないが、普通の神官は一般人相手でも、暗がりに潜む気配など分からない。
 地下通路を少し歩くと、城の真下にある地下神殿へとたどり着く。大きな建造物の下にそんな物を作るのは危険な気がするのだが、相手は神様。しかも地の神様。万が一のことなど心配するなら、世界の危機を心配していた方がよほど前向きである。
「すごいねぇ。さすが地神殿、お金持ち」
 石壁の通路を抜けて、神殿らしい場所にまで来ると、ゲイルが瞳をきらきら輝かせて言う。
 ここは一般人は立ち入れないため、観光できるのは貴重な体験だろう。
「ラァス、いらっしゃい」
 いつものように流砂が足下から現れ、ラァスは気にせず笑みを向ける。
 彼はゲイルを見て、一瞬きょとんとして微笑んだ。
「ああ、ラァスの親戚の。アンセムにいたね」
 ゲイルを見て流砂はご機嫌である。同じ属性の聖眼を見て不機嫌になる神や精霊はいない。
「こんな日だから外に出ると拝まれるんだ。だから、裏方から祭りを楽しんでもらおうと思って。ダメだった?」
「いいよ。金の聖眼の持ち主が来てダメだなんて、そんなこと言う精霊がいるとでも?」
 分かっているから言ってみた。
 二人を連れて奥の祭壇へ進むと、見知った精霊達がこちらに気づいて集まってくる。
「こんにちは。クリス様は上?」
「はい。すぐに戻られます」
 ラァスは奥の部屋へと向かい、可愛らしい子供部屋のような場所に入る。これまた外に出ると大変な目に遭うレイアがいて、手を振った。
「その子は?」
「従姉のゲイルちゃんと、半漁人のハディス」
「人魚と魚人は名前は似ているが姿は天と地ほどに違うっ!」
 ハディスが怒った。海に詳しくない彼に、その差があまりよく分からないのだが、きっと彼が怒るほど違うのだろう。人種の差とは、難しいものである。
「聖眼の親戚がいるなんて、聞いてないわよ」
「たぶん親戚なんだろうって関係なんで、巻き込むのも。お嫁さんになるために日々がんばってるし」
「らぶらぶなのねぇ」
「彼のお父さんが好きなんだって。かわいそうなの」
「…………そう」
 どう反応していいのやらといった顔をされ、ラァスは肩をすくめた。レイラはクリス一筋というか、クリスの手によってそれ以外の選択を用意されていなかったから気持ちが理解できないのだろう。
「まあ、相手が娘としてしか見ていないから」
「それはよかったわ」
 手に入らないとはいえ、仮にも聖眼の少女が第二婦人やらになるのは、いただけないのである。
 楽しんでいってとレイアが行ってしまうと、精霊達がわらわらと寄ってくる。それはそうだろう。同属性の聖眼というだけで、彼らにとってはラァスにとっての宝石のような輝きなのだ。
「流砂、どこか楽しいところある?」
「うん、いいよ。聖眼の子なら、どこまで通してもどうぞどうぞってなるから、気兼ねなく案内できるよ」
 聖眼の恩恵を受けたことがないのか、ゲイルは首をかしげて自分の目に触れている。
 流砂はゲイルへと媚びた笑みを向けると、その手を握る。無邪気を装うその行為に、ハディスが少しむっとしていたが、ゲイルは笑みを返して歩き出す。


「あの街の地下がこんなだなんて、驚きだねぇ」
 ゲイルは上を見て呟く。
 天井には、上の様子がなんとなく見える。なんとなくであり、曇りガラス越しのようなうすらぼやけた光景だが、動けば何かいるかどうかぐらいは分かる。
「特別な日だけだよ。僕ら精霊だって、プライバシーは欲しいから、人間の生活をのぞくこともしないんだ。今日みたいな祭りの日だけは特別」
「スカートの下のぞいてるみたいでちょっとやなんだよね」
「だからぼやかしてるんだよ」
 流砂の説明にラァスはぼやいた。けっして見えないのだが、白い足は見えるので悪い事をしている気持ちになる。こんな風に思うほど、自分は浄化されたのだなぁと、少しばかり複雑な思いも胸にあるのだが。
 地下神殿は有名だが、大通りの下も空洞だとは誰も思っていないだろう。
 もしもの時は、町中の人間が地下に避難できるほど広いし、このぼやけを取り払う事も出来る。実際に軍事施設もある。神殿はクリスの物で、クリスは王族に知恵と力を与えている。だから地下施設を国──国を守るために軍が使うことも許している。ここから神殿に行くにはクリスの許可がいるので、精霊達の「城」が脅かされることもない。
 クリスが許すことだから、ラァスが軍に出入りすることに誰も顔を顰めない。むしろ神殿が積極的に治安に参加していること喜ぶ。クリスがいるかぎり他国に侵入することもされることもないと、長い歴史が証明し、皆が信じている。
 信頼があるのは素晴らしいが、それが平和ボケを生む。
 ラァスが色々とつついたので、彼が来た時に比べれば緊張感は生まれたが、兵士達はやはり抜けているところがあるのだ。
「ラァス様、見回りですか。ご苦労様です」
 地下から上の様子を見張る兵士が、しきりに首をかしげながら挨拶してくる。人がいなくてやりやすいのだが、長くやっていると首が痛くなるのだ。中には大きな鏡を画板のように持ち歩く者もいる。そのような大きな鏡は安価ではないので、全員が全員もてるわけではないが。ラァスはよい案だと思うし、現在強化鏡の採用を軍の上部に提案している。
「違うけど、まあ結果的にそうなるね。異常はない?」
「私の所はスリと喧嘩が何件か。すぐに仲裁したので負傷者は出ていません」
「そう。今年は平和だね」
「ところで、そちらの女性は……ラシィさんではないようですが」
「ボクの親戚でゲイルちゃん。召喚師だよ。ドラゴンとか召喚するの。この人は水妖」
 こうして脅しておく必要がある。どうにもラァスが男であり、ラシィには恋人がいる(ということになっている)のが未だに惜しいらしく、ゲイルを見ると目の色を変える者がいるのだ。
「ラシィさんと違って、聖眼なんですね」
「そう」
「……すみません。ちょっと上の様子見てて下さいませんか。俺、ちょっと行ってきますんで」
 彼はデートに行くから変わってくれと言っているような、浮かれた表情でこちらの返答も聞かずに通信機を押しつけてくれる。
「え、何で」
「お願いします!」
 真剣なまなざしで、嫌だとは言えない口調で言って、走っていく。
 ラァスは流砂を見ると、ちょうど地面に潜るところだった。今の彼は騎士ではないが、流砂の知り合いらしく追っているのだろう。
「何なんだろうねぇ」
 ゲイルは首をかしげてから、素直に頭上の観察を始める。
「……あんまりいい予感しないんだけど」
「……しっかりしてくれ。誘ったのはお前だぞ」
 ハディスは浮かない顔をして言う。不機嫌な彼はよく見るが、それとはちょっと違って新鮮だ。もしも自分が女だったら、わけのわからないヴェノムが好きすぎて不老不死になるような男よりも、ずっと側にいて守ってくれる男の方がいいと思うのだが、恋心というのはそう簡単に上手くいかない。
「分かってるよ」
 しかし彼は神殿の関係者ではないのだ。勧誘などの用があるわけでもないだろうから、個人的なことに違いない。
 ラァスはため息をついて上を見上げる。タイミング悪くまさにスリでも起こったのか動きがあった。
「ちょっと行ってくるから、悪いけど見てて」
「うん、いいよ」
 ラァスは後を任せると地上への出口へと走った。面倒だが、知って見過ごせるほどこの街への思い入れは薄くない。


 スリを捕まえて戻ってくると、ゲイルはクリスと国王陛下と将軍閣下に絡まれていた。
「ちょ……何をしてんるんですか」
 声をかけると三人は朗らかに笑って振り返る。
 人間二人は素敵な初老のオジサマ達で、国と軍の最高責任者だと思うとまだ若いほどだ。とくに将軍は、ラァスのことを可愛がってくれている。テクニシャンなので、ラァスも彼を尊敬している。力まかせでは敵わない、上に立つ説得力のある人物だ。若い頃は武術大会の優勝常連だったらしい。今でも十分に若いと思うのだが、あまり自分ばかりが出しゃばってはいけないと、出世してからは出場を控えたらしい。
 そんな彼がゲイルの手を握り、熱心に口説いている。この異常な光景が、ラァスのため息を誘発する。彼は愛妻家なので下心がないのは分かっているのだが、微妙な違和感が胸にわき起こるのだ。
「おお、ラァス。いいところに」
「何がいいところなんですか。ボクの次はゲイルちゃんを養女にしようって魂胆ですか」
「いや私が望むのは君だけだよ。うちは女は三人もいるからねぇ。
 彼女には、ぜひ神殿にと勧誘をしているんだ」
 ほがらかぁに将軍は言う。ゲイルにラァスの代わりに軍の仕事をしろというよりは、その方が現実的だろう。
「僕の兄弟子のお嬢さんなんですよ。あんまり無茶言わないでください。ハディスも腕組んで突っ立ってないで止めないの?」
「この子は納得してくれたよ」
 クリスはハディスを指さして言う。
 ラァスは我が耳を疑った。
「はぁ? 納得? なんでっ!?」
「ほら、聞いたところによると、色々とこまってるそうじゃないか。手に職持って、親元から離れるチャンスだし。この子が神官になったら、神殿住まいだからね。土と水とは相性がいいから、ハディス君もいいよって言ったら、即黙った」
 どうやら彼は、そこまで追い詰められているらしい。ゲイルは成長してさらに美人になっている。ボディスの気がいつ変わるか分からない。実は気が気でないのだ。
「…………ハディス、ごめんね。僕、君がそこまで気にしてたって知らなかったんだ」
「か、勘違いするな。そろそろ子供ではないから、親元に居続けるのもと思っただけだ」
 彼は顔を背けて言い訳をする。ゲイルは巻き込むなと顔に書いて不機嫌だ。彼女を巻き込むのが目的だとは、思ってもいないようである。
「でも、ゲイルちゃんあんまり乗り気じゃないよ」
 本人がノリノリだというのなら手を貸してもいいのだが、本人が望まぬのに聖人になることをすすめるなど出来ない。
「ラァスも説得してよ。そうしたら、すべて上手くいくんだから」
「クリス様も、何を言ってるんですか。だいたい上手くいくって、何をしようとしてるんです」
 クリスは目を丸くしてラァスを見つめる。
 クリスだけではない。国王陛下と将軍閣下も。
「そう言えば本人を無視して話してたねぇ」
「役職が違うだけで大差ない」
「大差ないことはありませんぞ。管轄が違います」
 何を話しているのだろうか、この大人達は。
「ほら、ウィディーロがラァスを養子に欲しいって話があったよね。あれだよ」
 ウィディーロとは、このエレンデ将軍のことだ。
「僕を養子にしてどうするんですか」
 気に入ってくれるのは有り難いが、彼には娘がいる。娘婿に期待して欲しいものだ。
「いや、だから彼女がいたら、ラァスが欲しいって希望を叶えても神殿に聖眼の子が居続けることになるでしょ」
「は……?」
 ラァスはクリスの軽い言葉を噛みしめる。噛みしめれば噛みしめるほど──
「つまり、大神官の道は諦めて、軍人の道を歩み直せって事いうことになるのかな?」
 流砂が背中に張り付いて、親切にもラァスに教えてくれる。
 噛みしめた内容を肯定されて、ラァスは頭を抱えてしゃがみ込む。
「ほら、さすがにラァスでも傷ついたみたいだよ」
「なんで? そりゃあ大神官はある意味国王よりもえらいけど、自由はあんまりないよ。ラァスには軍人の方がまだ向いてると思ったんだけどなぁ。これから軍の強化が始まるから、ラァスみたいな神様に認められていますって証拠を持っている子が上にいてくれると、国民が安心するんだよね。
 何よりも、ウィディの強い希望だしさっ」
 さっ、ではない。さっ、では。
 息子の言葉に、自分で引き込んでくれた男が身勝手な事を口にする。
 ラァスはなりたくて神官になろうとしているわけではない。クリスとサギュのために神官を目指しているのだ。まだ正式に官位を得ていないが、その準備はもう出来ている。今更やっぱりやめにしようというのは、勝手すぎやしないか。
「ラァスって、けっこう長いこと騎士達を特訓してるから、最近じゃあけっこう信頼されてるんだよ。ラァスは神官じゃなくて騎士になればいいのにって、けっこう色んな人から聞くんだ」
「だからって、何の相談もなく……ひどい……」
「いやぁ、どうしようって話してたところに聖眼の子がもう一人いるって報告来たから、なんてナイスタイミングってことで」
 報告──さっきの兵士!
 彼に悪気はないのだ。悪いのはこの狸三匹。
「ラァスは何がいやなの?」
「イヤとかそういうんじゃなくて、僕が修行に打ち込んできた青春は何だったんですかってことです!」
「神殿のこともよく分かってた方がいいに決まってるじゃないか。何にしても役に立つよ」
「うっがぁぁぁぁあ」
 ラァスは頭をかきむしる。 
「もういやぁぁぁあ」
 もう頭がどうにかなりそうだ。
 この人達に関わると、なぜこうもストレスが溜まるのか。ああ、溜まるさストレス。頭に血が上って壁に頭を打ち付ける。
「やっぱりラァス君も嫌がってるし、ボクお家に帰る」
 元々乗り気ではないゲイルが指をくわえて主張した。
「嫌がってるんじゃないよ。悩んでるんだよ」
「この町にいればアミュといつでも会えるけど、囲まれるの嫌だし、ボディス様と離れるのもイヤぁ」
「ボディスって、あの不死者の?」
「うん、そう。ちょー格好良いの」
「君の彼氏の方がいいと思うけどなぁ」
「ハディスは彼氏じゃないよ」
「そう言わずに、こっちてを彼氏にしたが君にとって幸せだと思うよ。言っては悪いけど、リッチーなんて世間に顔向けできる存在じゃないし、それが君みたいな聖眼の子を囲ってるとかなったら、世間がうるさいしね」
「ボクが一緒にいると世間体が悪いって事? どうして?」
「聖眼ってのは、聖人になれるからね」
「聖人って、何が基準なの?」
「聖眼の能力をフルに使うことが出来るようになることだよ。君はまだ聖眼の力の半分も出せていない。でも神殿に来たら、その方法を教えられるんだ」
 ゲイルがうーんと考え込む。
 今の会話で何を理解できるところがあったというのだろうか。しかしゲイルはなぜか悩んでいる。
「…………もう、クリス様の馬鹿っ! 知らないんだからっ!」
 ラァスは涙を拭い、この場に留まることが辛くなって走った。
 神様に振り回される人生だとは思っていたが、ここまで身勝手な振り回し方をするなんて、最悪だ。
 こうなれば、断固抗議してやる。いや、抗議など聞き入れられないだろうから、報復してやる。
 まずは、各奥方に泣きついて味方につけよう。皆、とてもいい人だからきっと操れる。
 上等だやってやろう。ここが己の積み上げてきた腕の見せ所である。
 人間の底力、思い知らせてやるのだ。

感想、誤字の報告等頂ければ幸いです

 

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