魔女の弟子の裏

 こっそり日記で連載していたおまけを定期的にまとめます。

0 出動風景(本編とは関係なし)

 ヒュームが完全防備で庭いじりをしていると、玄関からネフィルが姿を現した。手にはちょっとした荷物を持っている。
「二人とも、サメラを頼むね」
 ネフィルは誰かに見送られている。おそらくファーリアとリオだろう。
「はい、ネフィル様。ところで今度はどちらにご旅行ですか?」
「ちょっと招待されてね」
「付き合いがいいのはよいことですが、くれぐれもお気をつけて」
「わかっているよ。サメラ、行ってくるね」
「はい、兄様」
 サメラは笑顔で兄を送り出し、ぽつりとつぶやく。
「兄様は本当に旅が好きじゃな」
 ちなみに、彼女に女神としての記憶はない。
 ヒュームは気になってネフィルを追ってみた。次はどこに何をしに行くのか。
 彼の向かうのは、地の神殿裏にある、時の神殿。その神官である、下僕二人の元へと。
 近づくにつれ、彼は無意識にマントを羽織る。ちなみに、彼にも記憶はない。無意識に行っているのだ。彼は本当に友人宅に行くつもりなのだ。
 そして、いつものようにラナにいいより殴られているヴァルナを発見し、目の色が変わった。
「お前は引っ込め」
 蹴り倒され、しぶしぶヴァルナはダーナへと代わる。
「今日はどうした、ザイン様」
「北に予感がある。行くぞ」
「しかしこれから家畜の世話が」
「ダーナは引っ込め!」
「二人しかいないのに、私たちに一体どうしろと」
「ラナ、やれ」
 ザインの命令で、ラナはダーナの後頭部を殴りつける。出血を止めると、軽々と小脇に抱えて歩き出す。
「ああ、まったくどちらでもろくでもない欠点を持つなど、使えない!」
 彼はザインになるとストレスを溜める傾向にある。
 神よりも人間の時の方が心穏やかというのも、妙である。
 運命とは、なんと皮肉でゆかいなことか。

1(2部1話ラスト時 ラァス視点)

「何? 今忙しいんだけど」
 巻き貝から、いいから聞けと言うようなハウルの声がする。内容は、カロンの昔の男発見云々。
「あー、はいはい」
 カロンに昔恋人がいたのは当たり前だ。一人も恋人がいなかった男に見えるのだろうか。
「カロンは顔いいから、男からもててもいいんじゃない?」
『なんか無理矢理っぽいぞ。お前も気をつけろよ』
 カロンにも若気のいたりというものがあるだろう。その相手がラァス自身でない以上、正直どうでもいい。
「大丈夫だよ。今クリス様のご加護があるし、変な術はもうきかないよ」
『そりゃそうか。で、忙しいって何してるんだ? なんか騒がしい気がすんだけど』
 気がするだけだったら、それはただの大馬鹿者だ。
「城の人との交流中なの」
『大変だなぁ、お前も』
「いやぁ、みんなしつこくてさぁ。頑張るのはいいけど、もう少しこりようよみたいな?」
 ハウルが貝の向こうでふーんと相槌を打つ。納得しきっていないようだが、それはそれでいい。
「ところで、その相手って女顔だったんだよね。カロンそういうのが趣味なの?」
『かろーん、お前女顔が好きなんだよな?』
『男は中身に決まっている!』
『じゃあラァスよりもナルシスト連れてきてやる』
『自分を理解していない男など冗談ではない! ラァス君は自分の価値を理解しているからこそ素晴らしいんじゃないか!』
 向こうは相変わらず楽しそうだ。
 ラァスは顔を上げ、なぜか自分に食ってかかってくる兵士達を、片手で軽くねじ伏せながら、昔を懐かしむ。
 あの頃は良かった。

2 ラァスの受難(2部2話ラスト時)

 ラァスはぺらぺらとその本のページをめくる。それを見ていると、頭がぼーっとして胸にこみ上げるものがあった。
『だってよ、ラァス。想像つくよなぁ』
 ハウルは人の気も知らずに話していた。
「いや、僕その人見てないから。まぁ、その人のおかげで僕は今この苦労をしているんだなぁと思うと、感謝すると同時に恨めしい気もするんだ」
 この本を見ていると、本当に消えてなくなりたくなる。
 問題のこの本は、神殿の女の子が持っていた。書いたのは、あの姉妹だ。クリスの娘達。ラァスの天敵。
 彼女たちが書いた『カロン×ラァス本』らしい。
 理解できない。なんか純愛している。っていうか、二人の人格すら本人とは似ても似つかない。
『恨めしい……って、今度は何してるんだ?』
 こんなこと言えるはずがない。ハウルは理解できないだろうから、口で説明しなければならない。それはラァスにとって苦痛以外の何でもない。操を捧げるのはアミュと決めているのに、目を覆いたくなるような辱めを受けているのだ。
「聞かないで」
 忘れたいことだった。しかし、この後彼にはこの本をすべて回収するという仕事が残っている。神殿の金を使いどれほど刷ったのかはわからないが、神の娘である。それなりの量を刷っていると思った方がいいだろう。
 ──あああ、どおりで最近女の子がこっちをみてきゃーきゃー言うはずなんだよ。
 カロンが遊びに来ると、なぜか女の子が遠巻きからこちらを見ていた。カロンがハンサムだからだと思っていたのだが、これが原因なのかもしれない。
「……………はぁ」
 ラァスはため息をついた。向こう側から、カロンの声が聞こえた。
 カロンが襲われる云々。それを想像して、ラァスはため息をつく。
「カロンが女の人に襲われるの……なんかいいかもねそれ」
 ノーマルだと思われれば、こんなばかげた本を書く気にもならないだろう。つい悪のりした自分が馬鹿だったのだが……。
 カロンと会うごとに、『らぁちゃんカロ様らぶらぶ大作戦』を決行してくれるようになるとは、さすがに予想できなかった。
 ──せめてサメラちゃんの目に入る前に回収しなきゃ。
 あの連中に、笑われる前に。

3 ラァスの受難2(1の数日後 カロン視点)
 ラァスはため息をついて、それをカロンに見せた。それは一冊の本だった。
「なんだい、これは」
「表紙見れば分かるでしょ」
 立派な装丁の本だった。それはもう、立派な。
「…………」
「カロン×僕本だって」
「……………………だ……誰が?」
「あのお嬢様達だよ。それ以外ないだろ」
 カロンは顔を引きつらせてぱらぱらとページをめくる。
 めくるめく耽美な乙女の妄想爆発本を見て、さすがのカロンも驚いた。夢見すぎである。カロンに襲われて、こんなに乙女な反応など彼はしない。カロンが死なない限りは。死ねば、乙女チックに気絶してくれるだろうが、それは目的とは違う。
「…………よくもまぁこんなものを」
 カロンは目眩すら覚えた。彼の中で世界がぐるりと回っては元に戻り、再び同じ方向に回る。それが繰り返され、少しずつ進んでいるような、そんな感覚。
「でしょ。それが、神殿や城中に出回ってるんだよ……」
「し、神殿と城中!? 冗談だろうっ!?」
「もう止められないよ。君と恋人同士とか影で囁かれるぐらいなら別にいいけど、こんな風に噂が広まるのは……ねぇ」
 すべてが嘘なのだから、救いがない。実はカロンが怪盗で、ラァスが女装して助手しました、などと言ったら、もっとひどい事になるだろう。恐ろしい。カロンはともかく、ラァスにとってはかなりショックだったのではないだろうか。たとえ事実恋人との話だったとしても、このような事を書かれていい気になるはずもない。
「うーん、私が君を無理矢理襲っているのだが」
「カロンやりかねないし」
「しないよ。君に嫌われたら私の生き甲斐はラフィしかなくなるじゃないか」
「一つあれば十分な気がするけど」
 それとこれは別である。妹はいつか嫁に行って他人の者になってしまうが、彼は嫁にはいかない。もらう方だ。
「しかしこの国は、強姦は死刑なのだがねぇ」
「え!? マジで!?」
「ああ」
「知らなかった。いい法律があるんだね。んもうそういう犯罪者はじゃんじゃん磔にされろって感じ?」
「ああ、しかし男同士だとそういうのはないのかな」
 男と女の間には、法律上にも大きな溝があるのだ。
 そんな会話を交わしていると、突然ラァスの背後にゆがみ生じ、いつものように流砂が出てきた。
「どしたの流砂」
「その法律はね、うちの母さんのために作られたものなんだよ」
「レイア様の? どうして?」
「母さん美人だからねぇ。当時はバカが多かったらしいんだ。
 もちろんあの人をどうこうできる人間なんてそうそういるもんじゃないから本人は平気だったんだけど、クリス様の方がすんごく怒ってね。昔から母さんらぶだったらしいから。んで、未遂でも下手すると」
 彼は首をかき切る仕草をして見せた。
「まあ、元々から罪は重かったけどね」
「でも、それなら安心だね。アミュに手を出そうするバカも、国が裁いてくれるんでしょ。わざわざ出向いて殺さなくていいなんて、ちょっとらっきー」
「いや、ナンパは違うよ。ナンパは」
「ええ!? ナンパも犯罪にしようよ。どうせ性犯罪者一歩手前だよ!」
「そういう事はクリス様に言ってね」
「分かった。言ってくる」
「え、本当に行くの!?」
 張り切り部屋を出て行くラァスの背を見つめ、残された二人はただその結果が心配になる。さすがにナンパ禁止というのは、男女の出会いすらつみ取る形になり、出生率にも響くのではないだろうか。

4 ラァスの受難3(2の数日後 カロン視点)

 カロンが遊びに来ると、ラァスは頭を抱えていて、その周辺だけが異様に暗く感じた。落ち込んでいるとは聞いたが、ここまで暗いとは思っても見なかった。
「どうしたラァス君」
「増えた」
「何が増えふたんだい? まさかサギュ様と愉快な仲間達メンバーが増えたのか?」
「それぐらいならいいじゃん、別に」
 ということは、アミュの男関係ではないようだ。
「では何が増えたんだい?」
「これ」
 ラァスは何か本を差し出した。見た事があるような装丁だが、しかし実際に見覚えはない。カロンは本を受け取りページをめくり挿絵を見て、ラァスの落ち込む意味を理解した。
「今度は私が受けか」
 ラァスがカロンを組み伏せているイラストがあった。実際には絶対にあり得ない姿だ。そういう願望がないわけでもないが、これに関してはカロンもラァスに同じく深いところに沈みかけた。
「僕、ふしだらじゃないもん! かたくなに貞操守ってきたもん!」
「わかっているよ。君がこんなことをするはずがないのは、私がよく知っている。されてみたいが」
「よるな、変態!」
「ただの願望だよ」
「それでもイヤ!」
 ラァスはふくれっ面で顔を背けた。そんな姿も可愛い。彼の内から放たれる輝きは、彼を生き生きと見せ、カロンを魅了する。この本に書かれた人形のような少年には、この生命力や魅力がないのだ。その辺りを、あの姉妹は理解していない。
「流砂も、自分の妹だろ。なんとか言ってよ!」
 ラァスは何もない壁へと怒鳴りつける。しかしカロンもそろそろ慣れてきたので、彼の登場を黙って待つ。
「ここにいるって、気づいてたの?」
 壁から流砂が顔を出して言う。
「いいかげんわかるよ。僕は鈍感じゃないからね。心がとっても繊細なの!」
「ごめんごめん。あの子達にはちゃんと言ってるんだけどね。二人はもっとプラトニックだよって」
「言い方って、すごいね」
 間違いだが、ある意味は正解だ。まだ友達止まりなのだから。
「でも、それでどうしてこうなったんだい?」
 カロンは失礼にならない程度、親しみを込めて言う。彼との接し方は難しい。年齢がわからない子供の姿、その上親しいハウルと似たような立場である。気さくで無礼に関しては何も気にしないか、やはり神は神。失礼があってはならないだろう。かといって、慇懃すぎると彼は不愉快な顔をする。その辺りの調整は本当に難しい。
 カロンの問いに、流砂はうーんと言いながら思い出していますとばかりに頬に手を当て、それから曇りなき笑顔で言う。
「カロンさんは受けだって言った」
「お前が原因かぁぁぁあ!!!」
 ラァスが力一杯流砂の首を絞める。それにはさすがの流砂も白目を剥いていた。死なないところが人間ではない証だろう。
「まてまてラァス君。それ以上やるとひょっとしたら死ぬかもしれないぞ。人の血が混じってるから」
「ああ、ムカツクっ」
 解放された流砂は、しばらくうずくまって喉を押さえていた。その間ものの十数秒で、ぜいぜいと息をして立ち上がる。どうやら絞首に問題はないようだ。
「しかし、なぜそんなことを知っているんだい?」
「げ、本当の事なの!?」
 ラァスが驚き後退する。
「わた……僕の情報網を甘く見ないでくれないかな」
「いや、無理をして僕と言わずとも」
「いいの。ほっといて。ああ、僕もまだまだだ。昔の自分を捨てられないでいる」
 彼は昔は女の子として育てられた。男の子として振る舞うのは、彼女にとって負担なのではないだろうか。
「何も無理して父親に似なくとも」
「これが僕なりの復讐なんだ。まだ足りない。何が足りないと思う? クリス様が嫌がりそうな、そんな自己改革を」
「それよりも、誰に聞いたのか」
「うーん。何が効果的かなぁ。よし、ちょっぴり嫌がらせの達人こと風神様に聞いてくる。じゃあね」
 と、流砂はさっさと行ってしまう。結局、誰から聞いたのやら。
 それからラァスは再び本の回収に力を注いだらしいが、おそらく無駄だろう。

5 ラァスの受難4(3の数日後 カリム視点)

「僕はアブノーマルか? 否! 僕はノーマルだ。可愛いくて優しくて内気なぐらいの女の子が好きで、男なんてどうでもいい! そんな僕がなぜこんな本を燃やしているのか!」
 ラァスは忌まわしい本を燃やしながら、拳を握りしめて言う。
 可愛い男の子なので、一見して彼の異様さは分からないだろう。顔だけなら何をしていても愛らしく、その内にある真剣さが分からない。
「ラァスさん……そんなに怒らなくても」
「なにも、こんなところでたき火しなくても」
「あの、そろそろ煙くて部屋にいられないんすけど」
 騎士達は言うが、ラァスは聞く耳を持たずに新たな本を火に投げ入れる。
「屯所が汚れると、叱られるんすけど。たばこも中では吸わせてもらえないのに、壁にすすとかついたら掃除しなきゃいけないじゃないですか」
 今、彼は屯所の風上でたき火をしている。火事の心配はないが、煙は屯所をじわりじわりと攻めていた。
「壊されるのとどっちがいい?」
「今日だけなら、好きなだけたき火してください。今日だけなら!」
 たき火程度で分かるほど汚れるはずもない。匂いはあとで香水をまいておけばごまかせる。穴さえあかなければ、あとはフォローできる。彼の岩をも砕いた拳に比べれば、煙程度問題ではない。
「ん、よく言ったな野郎ども。今芋を焼いてるんだぁ。たくさんもらったから、ちょっとずつわけてあげるねぇ」
「ああ、この人がいまだに分からない」
 がらの悪い時は大の大人が震え上がるほど恐ろしいのだが、それ以外は可愛い男の子である。怒る時も可愛くて、時々男であることを忘れる者が出るほどには可愛い子だ。最近彼らはまともな女性と話す機会がないほどハードなしごきを受けている。
「イモいらないの? 僕一人で食べちゃうぞ?」
 これでも彼は地神の気に入りらしく、その怪力は屈強野男十人が束になっても敵わないほどだ。これで元は魔女に師事していたというから謎はさらに深まる。
 その時だった。
「いい匂いがするわ」
「あらぁ、ラァス様ではありませんか。こんなところで何をしてらっしゃるの?」
 黄金色に輝く髪を揺らしながら、近づいてくる二人の少女。この火種の制作者二人。
「焼き芋なの」
 ラァスは慌てずに笑顔で返す。
「私にも……ああ、これは私たちの本っ」
「よく燃えていいですよ」
「ひどい! ラァス様のために作ったのに!」
「作らないでください! 僕の品性が疑われるじゃないですか! とりあえず、回収した分は全部処分します! お二人が隠していた在庫も処分してます! あと、印刷できないよう、各方面に手回ししました! 脅迫とか苦手だったのに頑張ってすんごく大変でした! もうしないでください!」
 ラァスは一つ一つをはっきりきっぱりと二人にたたきつける。以前は遠慮があったのだが、今では手加減はない。
「カロン様の何がご不満なのですか?」
「ねぇ。とてもお似合いなのに」
 ずれた返答をする姉妹。それにラァスは耐えに耐える。これで相手が男なら、とっくに手が出ているはずだ
「仮に僕とカロンが本当に恋人だったとしても、こんな本出されたら怒ります!」
「なぜ?」
「お二人が絡み合う本を勝手に書いてもらうって言ったらどうします?」
「殺します」
「関係者全員」
 花びらのごとき唇から、震えが来るような恐ろしい言葉が漏れ出た。
「…………だったら他人にしないでください」
「……分かりました。仕方ないから諦めることにします。そしてこれからは、あいた時間でより一層カロン様の応援に力を注ぐことにします」
「やっぱり美しいリアルの方が魅力的ね、お姉様」
「ええ」
 ラァスの闘志は、たき火の炎のように燃え尽きかけていた。
 この件に関しては、二人に何を言っても無駄なのかもしれない。

6 薬師と神官(3話ラスト時)

「ハウルぅ? いるぅ?」
 ラァスは巻き貝に向かって話しかける。騎士達曰く、妙に乙女チックな姿らしい。もちろんそんなことを言った奴らは殴り倒した。
『何だよ』
「いや、昨日さ、アミュがそっちに行ったらしいんだけど何かあったの? すっごく悲しんでるんだ」
『ああ……やっぱり』
 ハウルは予測していたのか、落ち込んだ声を出す。
『人が死んだんだ。ラァス、お前慰めてやれ』
 ラァスは低くうなる。それは落ち込むはずだ。アミュは必要がないのに命を奪うことを嫌っている。もちろん必要があるからしたのだろうが、その道以外に道はなかったのか考えてしまうのだろう。こういう時、ハウルならどう慰めるだろうか。ラァスは慰めてもらっても嬉しくなどなかったし、どう言っていいのか分からない。
『ラァス?』
 突然向こう側から聞いたことのある声が聞こえた。
『ラァスって……』
 頭をフル回転させる。物覚えはいい方だ。いや、昔は覚えなければならなかった。女の子の声。少し低めで、でもまだ大人ではない。
「この声アヴェンダちゃん?」
 薬師の孫の少しきつめの女の子だ。向こうから二人の会話が聞こえ、
『貸しっ』
 がっ、と何かが当たる音が聞こえた。
『ラ、ラァス? 久しぶり』
 どうやらアヴェンダが貝殻を無理矢理奪い取ったようだ。
「久しぶりだね、アヴェンダちゃん。元気そうだね」
『あ、うん。あたしは元気だよ。あんたも元気そうね』
 先ほどよりもトーンが高い声で彼女は話した。こういう話し方もできるのだと、少し驚いた。緊張すると人は声が高くなるものだが、それだろうか。
「でもどうして君がハウルと?」
『え、ここはあたしの村だからだよ』
「そう、ハウルがそっちに行ったんだ」
『ああ、うん。そう。でも、今はちょっと田舎の方に戻ってるんだけどね。ラァスは何をしているの?』
「はは。神官やらされてるんだ。僕は聖眼だから、気に入られたらしくて」
『神官? すごいねぇ』
 普通はある程度学んだ者にしかその資格がないので、ラァスはかなり特殊な部類だろう。
「まあ、師匠──あ、たぶん一緒にいると思うけど、面みたいな表情の見た目恐い女の人なんだけど」
『ああ、いるよ。ばぁちゃんがあの人んところに勉強しに行けって言うんだよ。ばぁちゃん、あの人の弟子だったみたいなんだ』
 と言うことは、ラァスの姉弟子ある。本当に、どれだけ長生きしているのだろうかという疑問が頭によぎる。もちろんそんな恐ろしいことは口にはしない。口は災いの元。賢き者とは、不必要なことだけは言わない者を言う。
「いいと思うけどな。僕も師匠に習ったおかげでいろいろとできるようになったし。アヴェンダちゃんは医学に興味があるって言ってたよね。師匠は知識と腕は確かだから、師事すれば最高の魔法医にだってなれるよ」
『そこまでは考えていないんだよ。もしもの時にちゃんと診察できなきゃどうしようもないからね。医者以上の知識は欲しいと思ってるけど』
「師匠はそういう人だよ。師匠は見た目は恐いけど、すごくいい人だから。
 それに、師匠のところなら僕らも遊びに行けるから嬉しいな。上達したら、ぜひ薬を卸して欲しいし」
『どうするの?』
「今、訓練を受けてるんだ。魔法で傷を回復させることもできるけど、やっぱり自然治癒の方が甘えが来なくていいと思うんだ。あ、ごめんね。アヴェンダちゃんには関係ないことなのに」
『いや、いいよ。ラァスが欲しいなら、いつでもアヴェインの薬をあげるよ。
 ところでラァスは時々、あの人……ヴェノムさんのところには来るの?』
「うん。師匠にもいろいろとまだ教わりたいことがあるし、図書室も借りたいしね。その時会えると嬉しいな」
 そういった瞬間、アヴェンダは貝から離れたところで叫んだ。
『ばぁちゃん、あたしその人の弟子になる!』
 ああ、これでまた一ついい人脈ができる。彼女のレベルでも彼らならになら十分すぎる。あのクズどもも、さぞかし喜ぶだろう。アミュに変なちょっかいをかけた罰として、これから徹底的にしごいてやる。

home