赤いコートのサンタクロース

「ク・リスマスだ!」
 ハウルが突然立ち上がり言った。
「で?」
 ラァスはセルスに貰った真珠で遊びながら適当に言った。
「サン・タクロースがやってくる」
「はいはい。サンタなんて来たことないなぁ、うちは」
「可哀想だな。サンのおっさんはいい子が好きだからな」
「………………」
 ラァスは正面にいたアミュを見た。そして、隣にいたメディアを見た。
「何が目的だと思う?」
「ヴェノム様に毎年プレゼントもらっているんじゃないの?」
「違う。毎年サン・タクロースは来るんだ」
 真剣に見えた。しかも、区切りが変だ。サンとは誰のことだろう。
 ラァスは目をこすり頭を振り耳をぽんぽんと叩き。
「で、何が言いたいの?」
「今年こそサンを見るぞ!」
 ラァスはメディアを見た。彼女もラァスを見る。
「さすがは師匠。こんな大きな子供にまで夢を与え続けてるんだね」
「立派だわヴェノム様」
「いるんだって、サンは本当に」
 二人でハウルに哀れみの目を向けた。
 子供が純粋に信じるのは美しい。しかし、妄信は醜いときもある。
「サン・タクロース。死神配下の四級神。特性、子供好き。だから子供の守り神でもある。子供は死にやすいから、死へと来ないように、毎年ランダムで何人かの子供にプレゼントをやっている」
「サンタって神様なの!?」
「しかもあんたと同じ位!?」
 ハウルは頷いた。
「毎年捕まえようと起きてるんだけどな、毎年眠らされるんだ」
「……それって、師匠の冗談じゃ」
「だって、俺が物心付く前から来てるぞ。毎年誰にも言ったこともない欲しかったものとか置いてあるんだ。あのババアではありえないし。母さん俺の趣味理解してないし。親父はそんな趣味ないし、ウィア達は人間のそんな習慣に興味ないし」
 なぜだろうか。妙な説得力が存在するのはなぜだろうか。
「ってわけで、お前ら、今日は徹夜だ」
 ハウルは宣言した。
 反対する理由もないし、それはそれでおもしろそうなので皆は頷いた。
 嘆きの浜に、夕暮れが訪れようとしていた。

 夜。
 皆はベッドを持ち寄って同じ部屋にいた。持ち寄って、というよりも、広い部屋にラァスがベッドを運んでくれたと言うのが正しい。
 ハウルはベッドの上で枕を抱きしめ、くつりと笑う。
「今年は眠らされないぜ」
「そだね」
 ラァスは舌に薬を塗りこんでいる。
 眠気覚ましの薬で、一度塗れば最低一時間は眠気が吹き飛ぶと言う代物だ。
「で、捕まえてどうするの?」
「お礼を言う」
「…………手紙とかにすればいいじゃん」
「だって、毎年欲しいものくれるんだぞ。直接言いたいだろ、お礼。子供の頃はいつも保存できる美味い食い物だったんだ」
「命の恩人なんだね。そりゃお礼言わなゃね」
 ラァスは塗りすぎたのか、ほろほろと涙を流しつつ言う。塗りすぎると刺激が強くて鼻が出たり涙が出たりするのが唯一の欠点だ。味は悪くない。
 母の料理を親子揃ってこっそりとすべて捨て、果物をかじっていた育ち盛り。彼の支援がなければ、きっとハウルはこれほど大きくなることはなかっただろう。
 そう、命とまでいかなくとも、彼の健やかな成長は彼のおかげ。この長身もまた彼のおかげ。後数年で、ひょっとしたら父を追い抜くことも可能かもしれない。そうしたら、父がその分自分の身長を伸ばすだけなのだが。基本的に彼は何にでもなれるが、好きこんで今の姿をしているのだから。
「おもしろそうね。サンタが本当にいるなら見てみたいものだわ」
 メディアはくつくつと笑いながら邪悪さを隠そうともせずに言う。白い厚手のネグリジェを着ているのに、黒いローブを着ているときとなんら変わりない黒い印象が彼女にはある。
 アミュはピンクのパジャマだ。
「ふぁ」
 アミュは小さな口を押さえながらあくびをする。
「アミュ、あーん」
「あーん」
「舌出してぇ」
 ラァスがアミュの舌に薬を塗ると、うつろであった彼女に生き生きとした表情が戻る。
「すっとして気持ちいいね、これ」
「でしょ。僕昔から愛用してるんだぁ。絶対に眠くならないの。これで丸三日徹夜したこともあるから」
 ラァスはメディアにも薬を渡して、自分は布団の中に入る。
「……それやってると寝ちまわないか?」
「でも、こうしないとサンタ来ないよ。一時間たったら薬をもう一回塗る。これでいいね?」
 ずいぶんと杜撰な作戦である。簡単なトラップは仕掛けてあるのだが、それ以上はない。
 ハウルもベッドに入り、逸る気持ちを静める。
 今年こそは、きっと。

 日付が変わって少したった頃。
 ヴェノムは突然現れた赤いコートの男に驚きもせずに会釈した。
「いらっしゃいませ、サン様」
「久しいなヴェノム殿。相変わらずの美貌、目にかけるのを毎年楽しみにしている」
「お上手ですこと」
 一人蚊帳の外に置かれたカロンは、ラフィニアがあーあー言っているのをあやしながらそれを観察する。
「……これはずいぶんと大きな弟子だな」
「違います。カーラントの第二王子カロン殿下です」
「そうか。可愛い子だな。これをあげよう」
 コートの男はカロンへとラッピングされた箱を渡した。
「……ありがとうございます」
 カロンはとりあえず礼を言う。その後の対応は中身によるが。くだらないものならともかく、おかしな物がは言っていなければ問題ないのだ。
 赤い服を見てラフィニアが喜んでいた。
「また来たのですか」
 通りすがったヨハンがサンを見て声を掛けた。
「一年ぶりですね、サン」
「相変わらず年々老いていくな、ヨハン」
「人間ですので」
「聖騎士であったお前が今では執事まがいか」
「しかし人生で最も幸せな時代です」
 ヨハンはちらとラフィニアを見た。ラフィニアはヨハンの視線を感じ取り、彼を見る。そして、だぁ、と言って手を差し伸べた。
「ラフィニア様」
 ヨハンへとラフィニアを手渡すと、彼は慣れた手つきで彼女を抱いた。
「そうか。幸せか」
「はい」
 カロンは受け取ったプレゼントをあける。中は赤いマントだった。もちろん、ラフィニア用だ。羽根がある彼女は着る物が限定されてしまい、上着に困っていたところだった。
「…………ヴェノム殿、この方は誰なのだ? なぜこのようなものを……」
「この方はサン。死神様の作られた四級神。子供の守り神。世間ではなぜかサンタクロースと呼ばれています。以前からあった伝承に当てはまるところのあるので、名前が似ていることから混同されたと思われます」
 サンタ。
 死神の部下のサンタ。
 ──なんというか……。
「で、何をしに?」
「私はどうも子供の期待を裏切れなくて、強く念じている子供の所を回っている」
「で、なぜここに?」
 ここにはいかにも信じていなそうな子供達と、物欲の少ない子供しかいない。
「私の事を知っている分、彼の期待は核心だ。下手な幼児よりもよほど強い期待だ。毎年起きて待っている。いつも眠らせているのだが、年々抵抗力が高くなっていて、眠らせるのが困難になっている。
 というわけで、彼は寝たか?」
 ヴェノムは首を傾げて見せた。
「……弟子達が皆一つの部屋に集まっています」
「そういえば、ラァス君が何かを捕まえるとか言って、眠気覚ましの薬を作っていたな」
 サンは沈黙する。そして、懐から小瓶を取り出した。
「ならば物理的手段で」
「物理的手段によって防がれているので無意味では? 元々ラァス君あたりが薬に抵抗力がありそうだ」
 彼は再び沈黙する。
「仕方ない、全力で行くか」
 気合を入れる彼を見て、ラフィニアがきゃっきゃと笑う。最近のラフィニアは赤がお気に入りらしい。

 子供達は眠っていた。皆行儀良くベッドに入っている。ひょっとしたら始めから寝ていたのかもしれない。
(疑いすぎたか)
 サンは自分の杞憂を自嘲する。
 強力な眠りの魔法により眠りに付いた子供達を見て、サンは気合を入れて部屋に入る。
 ここ最近、毎年ハウルの顔を見るのが楽しみだった。
 彼は死神に作られた。神の血を分けた存在ではない。神と人の子であるハウルは、人の血ゆえに魔力は低いが、しかし人の血ゆえに成長する。
 今年はどれほど大きくなっているのだろう。
 ハウルの顔を見ようと近付くと、足が何か紐のような物をぶちりと断ち切ってしまった。
(はて?)
 一瞬の疑問。次の瞬間には、どういうことか突然背の高いタンスが倒れこんできた。
「何!?」
 慌てて避けると、そこには床がなかった。床板が外されていた。足がはまり、タンスと倒れ……。
 地響きと、鈴の鳴る音。
 下敷きになった彼は目を白黒させた。
「な、何なんだ!?」
 純粋な神なので、物理的手段で痛みを感じることはない。しかし、驚くものは驚くのだ。
「……ふぁ……あー、赤い。サンタだぁ」
 寝ぼけ眼で言うのは金色の少年。
「な、なぜ起きた!?」
「そりゃ起きるよ。起きれるように鈴とか取り付けたんだし。って、他に誰も起きてない」
 少年はベッドから出ると片手でタンスを元に戻し、そしてサンを見た。サンは床にはまっていた足を抜きながら呟く。
「金の聖眼か……」
 最も魔力に耐性のある属性の聖眼を持つ人間。
(人間に負けた……)
 元々付属する力の使い方が苦手ではあったのだが、人間に負けるというのは神としてどうなのだろうか。
「ハウル起きないな。じゃあ、ハウルに変わって言うね。
 毎年ハウルがお世話になってます。おかげでこんなに図体の大きな少年になりました。
 で、これはいつも貰ってばかりだからって、ハウルからのお礼。ハウルの作った果物のジャムだよ」
 いくつかの小瓶に、色とりどりのジャムが詰まっていた。
「ところで、なんで眠らせる必要があるの?」
「起きていると雑念が入って、何が欲しいのか分からない」
「たぶん、ハウルは物よりも直接会ってあげた方が喜ぶよ」
 聖眼の少年はベッドに腰掛けて言った。
「伝えてくれ」
「いいよ」
「私に会いたければ、自力で私のところまで来い、と」
 自力で常闇の宮まで来ると言うこと。それは死神に認められる程度に成長する事を意味する。
「わかった、伝えるよ」
「君は何が欲しい?」
「僕の本当に欲しいものは物じゃない。物だったら、宝石がいい。生きのいい、輝きの豊かな宝石」
「分かった」
 それぞれの枕元に、本人たちの欲しがっている物を置いた。
 これで一年で一番大変な行事は終わる。
 あとはごく普通の子供達ばかりだ。

 リールだ。ハウルの欲しがっていたリールである。
 メディアはまだ何も書かれていない札。
 アミュはエプロン。
 ラァス一人値段が桁違いであろう大きなエメナルド。
「……何もかもずるい!」
「起きない方が悪いんだよーん」
 エメナルドを磨きながらラァスは言う。
 直接サンと話した挙句、直接リクエストしているのだ。
「エプロン、欲しかったの。前の焦がしちゃったから。これでおねえさんのお料理手伝うの」
 アミュはたかがエプロンで大喜びだった。メディアは製作の難しい特殊な紙で作られた札をたいへん気に入った様子だった。
「ハウルも悔しかったら起きていられる程度にはなりなよ。僕みたいに」
「くそ。自分の得意分野だからって……」
 ラァスは気にせずにエメナルドの輝きに酔いしれる。
 来年こそは必ず直接会ってプレゼントするのだ。

 

あとがき
 サンタ伝説は、日本語に訳してサンタというだけで、現地語ではきっとサンタではない。すべては翻訳マジックだ。と言い訳してみよう。ただ似たような伝説が冬にある。それだけにすぎない。というわけでこれに関してはツッコミ厳禁!


 思いついてあっという間に書けました。
 クリスマス用の天使とあたしを書いた直後なので、企画のおまけ以外の何物でもないので短いし、手抜きですが、なんとなく信じて疑わないハウルを書いて楽しかったです。
 そして新キャラのサンさん。偶然サンに近い名前をしていたので、ちょっと削ってサンタの出来上がり……。
 ひょっとしたら来年も出てくるかもしれません。来年も魔女弟子世界を書いていれば。

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