魔法少女ウル様
最終話 さよなら、ウル様
空は浮かれていた。
隣を歩いているのは、魔法少女のウル。
彼の兄が召喚した悪魔についてきてしまった悪魔の主人である、異世界の魔法少女だ。
魔法少女だと言ったら魔法少女なのだ。性別不明でも、少女なのである。魔物使いだとしても、魔法なのだ。
(ああ、魔法少女とデートできるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう)
例え使い魔達が一緒でも、幸せだった。
盆栽展様々であった。
ウルは盆栽を堪能してよほど満足したのか、軽やかにスキップをしている。彼女が子供のようにはしゃぐのは珍しい。
「ウルちゃんは本当に盆栽が好きなんだね。ああいうの珍しいの?」
「珍しいよ。花屋の寄せ植えとかも好きだね。サボテンとか。うちの庭師はなぜかいつの代も大ざっぱでね。
水をあげなくても枯れない草もいいね」
趣味、ガーデニング。
魔法少女に相応しい、可愛い趣味だ。
可愛いければ全てが許される。
最近起こっている怪死事件が、ウルをナンパしようとした身の程知らずを、彼女のペットが食い殺したという真相があろうとも、可愛ければいいのだ。
「じゃあ、今度は日本庭園にでも行こうか。枯山水とかウルちゃんは好きそうだから」
「何それ」
「日本庭園の一種だよ。石や砂で山や水を表現したような、落ち着いた様式なんだ」
「へぇ、今から行く?」
空は荷物持ちをしているウルのペット達を見た。
数少ない人の姿を取れるペットのトロとアディスだ。他にもいるが、召喚に巻き込まれなかったとロバスが話した。
「あれ、そういえばロバスさんは?」
いつもちょろちょろしているナンパ悪魔が今日はいない事に気付いた。
「そういえば朝から見ないね」
飼い主であるウルまでロバスの姿を探して首を廻らせる。それを見て、アディスがくすくすと笑った。
「ははは、ナンパした女の子とデートだって、朝から浮かれて出て行ったじゃないですか」
アディスに指摘され、ウルは首を傾げた。彼女の記憶にもないようだ。
「ウルは浮かれて気付いていなかったんですね」
「そうなのかな?」
「私達から見ても、楽しみで仕方がないという様子でしたよ」
「そっか。態度に出してたかぁ」
ウルは腕を組んで首を傾げた。
落ちかけた帽子を後ろからアディスが支え、被り直させる。ウルの彼氏と言って違和感のない、銀髪の美少年だ。青い目が涼しげで、爽やかなのだ。すらりと背が高く、物腰の一つ一つが様になり、悪魔執事と違っていい意味で頭がいい。そして走るのも速く、喧嘩も強い。
空はこの美少年が嫌いだった。彼を好きな男などいないはずだと思うほど、憎しみに近い思いを抱いていた。
「ウル、目を逸らしてください」
「え? アディス、いきなりどうしたの?」
「前方からよくない気配を纏った少女が向かってきます。ああいう手合いは目を合わせてはいけません」
空は前を見て、顔を輝かせた。
「あ、華子様っ」
空は前からこちらに来る少女に手を振った。
華子は空に気付いて帽子のツバを上げた。同じ学校に通うハーフの美少女だ。様付けで呼ばれ、それが定着している。彼女と向き合うと、世界は彼女のために存在するのではないかとすら思うようになることで有名だった。彼女には親衛隊ではなく、信者が存在する。空にとっても憧れの少女だが、父親同士が友人なので、信者とまではいっていない。
「あら、空くんじゃない」
「華子様、お散歩?」
「宮参りに行くの」
「そうですか」
ウル達は知り合いだったためか肩の力を抜いたが、アディスはウルをかばう位置に立っていた。
「その人達はどうしたの?」
「ホームステイみたいなものかなぁ……」
「ふぅん」
空の言葉を無視して、華子はアディスとトロの顔を覗き込む。
十にも満たない少女と目が合い、アディスは笑みを浮かべた。しかしその顔から、複雑な色を消しきれてはいなかった。
「うちのペットをじろじろ見ないで欲しいな。
アディスは下がっていた方が良いよ。同類ではないけど、近い物を感じるから」
「はい」
美少女二人はしばし見つめ合った。
方や爽やかな栗毛のお嬢様。方や妖しい赤毛のゴスロリ。
「素敵な方ね」
「でもこの男は妻帯者だよ」
空は驚いてアディスを見た。
まだ十代半ば、彼の兄よりも年下の少年だ。
「け、結婚してたの!?」
何が原因で、人生の墓場とも呼ばれる誓いを建てたのか、空には想像も出来なかった。
「ええ。この国の出身の女性ですよ」
「え、いつ結婚したの!?」
「いえ。彼女が私達のいた所に来たんです」
アディスは幸せそうに笑ったが、すぐに肩を落とし、顔を手で覆った。
「ああ……セーラに会いたい」
空はその言葉で、ようやく彼の言葉の意味を理解した。
「奥さん置いてきちゃったんだ……」
顔が良いからと嫉妬した事を空は恥じた。彼は立派な愛妻家だ。
「変態に捕まったりしていないと良いんですが……」
「そんなに可愛い子のなの?」
空は彼の隣に並ぶ、お人形のような大和撫子を想像した。人生の墓場どころか、勝ち組だ。
「もちろん可愛いですが、どうしようもなく運のない子なので」
アディスは深くため息をつく。
似た者夫婦という言葉が空の頭を過ぎる。
アディスの言葉を聞いて、ウルがケラケラ笑った。
「下手に出歩かなきゃ人食い沼を踏んだりしないから大丈夫だよ。護衛も付けているし、うちの屋敷にいる限りは絶対に安全だね。ミラとハノもついているしさ」
物騒な言葉を耳にして、空はぎょっとした。ウルのペットの数々を見ていれば、彼等の世界がどれほど危険な生物がいるのかよく分かる。
そんな所に日本人が紛れ込んでしまったら、生きていけるはずがない。
「あら、あなた帰りたいの?」
「まあ……」
「あなた達どうやってこの世界に来たの?」
「どうやってって……」
「迷い込んだの?」
「彼の兄に呼びつけられたんですよ」
「ああ、彼。無自覚なのよ。災難だったわね」
空は話が通じている事に驚いた。驚いたが、相手は華子なので不思議ではない。
「よかったら一緒にいらっしゃい。帰れるかもしれないわよ」
「本当ですか?」
「ええ。行き来があるなら痕跡が残っているかもしれないもの。痕跡さえあれば、叔父様がどうにかしてくれると思うわ。叔父様はそういう研究者だから」
アディスは振り返りウルを見た。
「ふふふ、何にしても面白そうだね。ソラ、彼女はどこの誰?」
ウルに問われてソラは紹介がまだなのに気付いた。
「同じ学校に通っている東堂華子様。華子様、こちらは魔法少女のウルちゃ」
二人は互いに互いを見つめた。
「ボクは魔法なんて使えないって言ってるよね? 魔女扱いされるなんて不愉快だよ。ボクはあれの主であり、あれはボクのペット」
「魔女と魔法少女は違う物だから! 魔法少女は穢れ無き乙女しか認められてないから大丈夫っ!」
空は区部師を握りしめて力説した。
ウルの世界の魔女は、悪魔信仰で信じられる魔女に近い者だ。しかし魔法少女は違う。
ウルは理解できない世界を見て、顔を顰めて首を傾げた。
「…………ボクにはわかんない」
「分からなくても良いのよ、こういう馬鹿は。
まったく、どうしてそういう変な所だけ伯父様の影響を受けるのかしら。
ほらいらっしゃい。取って食べたりなんてしないから。自力で帰るというなら別だけど」
ウルは肩をすくめた。
「帰れる可能性があるなら、連れていってくれると嬉しいな」
「ええ」
華子はふふっと笑い、歩き出した。ウルはその後を追い、ペット達も続く。
空も慌てて追いかけた。
空も光の宮の関係者とは会った事はあっても、本家のお屋敷に入るのは初めてであった。接触があるのは父親が親しくしている華子の伯父ばかりで、本家のことは何一つ知らないに等しい。
信仰宗教と間違えられるが、歴史はとても古く、庭の大樹と犬を生き神として信仰していることを、客間で家人を待つ間、ウルに説明する。
「多神教はいいよね。一神教が幅をきかせると、押しつけがましくて鼻につく。ま、この世界の一神教よりも寛容ではあるけど」
「一神教なのに寛容なの?」
華子が可愛らしく首を傾げる。
その姿一つで、彼女は女神とすら呼ばれ、信仰の対象となる。
「土着の神の伝説は、すべて自分達の神の別の姿であると、功績を取り上げるんだ。だから邪神とは明らかに神ならぬ者。それを信仰する人々が邪教徒や、悪魔信仰者として狩られる。狩られる対象は滅多にないから、寛容と言えば寛容」
「なんとも言い難い信仰ねぇ。
うちの明様はそれはもう寛容よ。他国の宗教的な意味合いを持つ祭りを楽しく祝う方だから」
華子はころころと笑い、出されたお茶を飲む。
ウルは緑茶を飲んで、庭を眺める。
ちょうど見に行く予定だった枯山水の庭で、話しながらも彼女は庭しか見ていなかった。
少女らしからぬ会話も、二人の持つ雰囲気のせいで違和感はない。
「庭師を一人持ち帰りたいなぁ」
「ウルちゃんは本当に松とか渋いのが好きだね」
着ているのは空の姉の趣味でゴスロリチックな物だが、心は百鬼の女王である。
「長く生きてると、落ち着いた物が好ましく思えてくるんだよ」
ウルはため息をつく。
「長く生きてるって、ウルちゃんいくつなの?」
「うーん? 三百年は生きているよ。ボクは人間だけど、ペット達の寿命分だけ生きられるから」
身を引いた空の態度など目に入らぬかのように、ウルはくつくつと笑い茶碗を撫でる。
「このコップいいなぁ」
「それは二百万ぐらいするから、さすがにあげられないな」
ウルは音もなく部屋に入ってきた青年を見て、顔をしかめた。
「アディス、触っちゃダメだよ。空から何か降ってくるかも知れないから」
男に対する不審ではなく、本当に価値のある物だと分かって顔をしかめたようだ。
アディスの不運っぷりは空もよく知っていた。とにかく細かい所で不運なのだ。何かの切っ掛けで茶碗を割っても不思議ではない。彼なら今ここで足下が崩れ落ちても、いつものことで流されるほどだ。
「くくく……」
青年はウルを見ておかしげに笑い、胡座をかいて座った。
華子が明に向き直り、会釈をした。
「こんにちは、明様。今日は慶子叔母様が作った佃煮をお持ちいたしました」
「いらっしゃい、華子。今日は珍しいお友達を連れてきたね」
明はおっとりと笑い、彼を追いかけてやってきた豆柴を膝に乗せてなで回す。
「竹光おじさまのところの長男が、この子達を呼び込んでしまったそうなの。元の世界に帰りたいそうだからお連れしました。彼は奥さんを残してきたらしいわ。可哀想」
「それは可哀相に。奥さんもきっと心配しているだろうね」
アディスは深く頷いた。彼がこれほど溺愛する妻というのに、空は興味を覚えた。
「アディスの奥さんってどんな子?」
問われるとアディスは惚気るように話し始めた。
「セーラ……モリ・セーラという名で、この国によくある黒髪の人形によく似た愛らしい少女です。お菓子作りが趣味で、常に快適な住環境を整えてくれる私には過ぎた妻です」
アディスが語るのは、正しく絶滅危惧種の大和撫子だった。
結婚するなら大和撫子が一番だ。
「くっ……」
空は負けた気がして拳を握りしめた。
なぜ数少ない理想の女性が、異世界に行ってイケメンと結ばれてしまうのか、イケメン補正の理不尽さに素背は涙がこぼれそうになった。
「じゃあ、ご両親も心配しているな」
アディスの肩に、男の手が乗った。
「あら、おじさまもいらしてたんですか」
「ああ。お前が珍しい客を連れてきたと聞いてな。最近の騒ぎの犯人か」
ウルはきょとんとして男、空の父の友人であるアヴィシオルを見上げた。
「で、そのお嬢さんは綺麗な黒髪なんだな」
「ええ、まあ」
アヴィシオルはにやりと唇の端をつり上げた。彼は筋金入りの黒髪フェチなのだ。
「ご両親の事は分かるか?」
「大丈夫です。ご両親は早くに亡くなり、親戚に財産と家を搾取されて、こき使われていたそうです。恨みはあっても会いたくもないでしょう」
空はシンデレラのように不幸な少女が、この日本に本当に存在していたとは思いもしなかった。そんな少女がハイスペックイケメンと出会えば、恋に落ちるのは必然である。
「それはいつのことだ?」
「時間の流れが同じかどうかは怪しいですが、聞いていた話とそれほど違いは無いから、二、三年前だと思いますよ」
「そうか。確かこの国の法律では、失踪の場合は何年かは財産の相続がされないはずだ。分かっているのは名前だけか?」
「当時は学生で、18歳だと言っていました。とても小柄で今でも私より年下に見えます」
「そうか。誰かに調べさせよう。育った家が不当に取られるなんてたまらないからな」
アヴィシオルは笑みを浮かべ、上機嫌に足にまとわりつくチワワとマルチーズを抱き上げた。
「ひょっとして彼女はこちらに戻ってこられるんですか?」
「当たり前だ。世界を越える扉を作るんだからな」
その言葉に喜んだのは、アディスではなくウルだった。
理由は言われなくても、好きなだけ植物を持ち帰れるのが嬉しいだけだと分かる。
「その扉を作るのに、ボクはどうすればいいの?」
「痕跡を見つけるだけだから、一人いれば十分だ。ただ数日かかる」
「じゃあ誰かついていって」
ウルがお願いをすると、彼女のスカートの下から、リスのような生き物が出てきた。
「やぁん、可愛い」
華子は手を伸ばし、リスはその指にすり寄った。
「これは大人しいのか?」
「言葉はしゃべれないけど、言っていることは全部理解しているよ。ボクの命令は絶対だから、例え殺されようと逆らわないから安心して」
「ならいい。誰か、これを研究所に」
使用人がやってきて、リスを手に乗せて去っていく。華子が寂しげにそれを見送り、ため息をついた。
「可愛い下僕がいて羨ましい」
「あれは外見の問題だよ。本体は寄生生物だから。ボクは見た目じゃペットを選ばないんだ」
「……」
華子はふっと息を吐き、首を左右に振った。
「その二人もまさか外見だけ?」
「この二人は竜だよ。アディスはボクのペットじゃなくて、ボクを抱きかかえてたから巻き込まれたんだ。アディス、戻ってあげたら?」
アディスは頷き、目を伏せた。
するとみるみるうちに膨れあがり、服が解けるように消え、ホワイトドラゴンになった。成人男性ほどの背丈で、幼さを感じる丸みを帯びた体格であった。
「か、可愛い」
「まだ子供だからね。二歳だっけ?」
「はい」
全員が固まり、じっとアディスを見る。先ほどの姿の時であれば信じられないが、今のあどけない姿だけで考えたなら、信じる事も出来る。
「二歳は人間の年数で何年?」
「二年だよ。竜は初めて食べた知的生物の知識を吸収するんだ。どうしようもなくおませなだけで、本当に赤ん坊だよ。彼の奥さんもお姉さんって言った方が正しいしね」
ウルはアディスの腕を撫でながら言う。
「知的生物?」
「そう。ボクの世界で最高の魔術師を、親がさらって与えたらしいんだ。おかげで500年生きているこっちのトロよりも賢くて優秀なんだよね」
空はアディスを見上げ、アディスは首を下げて華子に撫でられる。彼も可愛い女の子が大好きだ。
「可愛い。魔界のドラゴンはちっとも可愛くないけど、この子は可愛いわ」
「大きくもなれますよ。本来ならもう少し大きいんです。室内だから小さく戻りましたけど」
「もっと小さくなれるの?」
「もう一回り程度ですが」
華子は目を輝かせた。
「素敵。あなたの事や、貴方の世界はどんな所なのか教えてちょうだい」
「あまり面白い所ではありませんよ?」
「構わないわ。どんな生き物がいるのか、とっても気になるの」
二人は日が傾くまでおしゃべりをし、魔法少女のウルは縁側で犬に埋もれてずっと庭を堪能した。彼女は従順な生物が好きなので、命令を聞くしつけられた犬は大好きなのだ。
そして一週間後。
憧れであった魔法少女とその使い魔達は魔法の国に帰ってしまった。
空は落ち込み、陸は喜んだ。
彼女がいつも座ってテレビを見ていた真新しい革張りのソファ。
温もりなどとうに消え、テレビに映るのもくだらないバラエティ。
華が無く、静かで普通だった。
「あーあ、魔法少女が自分の世界に帰るのはお約束だけど、こんなに早いとは……」
まだ何も冒険をしていない。せいぜい、ウルのペットが人間を数人食い殺しただけだ。
始まったばかりだった。
「あーあ……」
「何をため息なんてついているの?」
「……はぁ!?」
なぜか当たり前のように今に入ってきたウルを見て、兄弟は目を見開いた。
ゴスロリとは違う、ウルの世界のドレスを着ている。
彼女の後ろには見知らぬ金髪美女もいた。
「な、なんでウル様がここに!?」
陸がわななき、ウルを指さして声を上げた。
「え、だって。庭師を呼ばないと。
さすがに異世界だから、来てくれる人が出てくるまで時間が掛かりそうなんだよね」
「で、うちに来たと」
「そうだよ」
ウルらしい理由に、陸が苦笑する。
空は立ち上がり、ウルを抱きしめた。
「ウルちゃんがいなくて寂しかった!」
抱きしめると、異世界の香りが広がった。
「たった二日なのに何言ってるの?」
「だ、だって、もう二度と会えないかと……」
「だから、庭師を連れて行きたいって言ってたじゃないか。大袈裟な」
空はぎゅうぎゅうと彼女の細くて丸みのない身体を抱きしめる。
「そろそろ鬱陶しいから離れてよ。今回はボクの使用人も連れてきたから」
「し、使用人……つまりはメイドさん!?」
「うん、それ」
空はぐっと拳を握りしめた。
魔法少女とメイドさん。
憧れが一度に二つも舞い降りてきたのだ。
「じゃ、園芸店に行こうか」
「はい、お伴します」
「その前に着替えなよ。休日だからって、いつまでパジャマでいるの?」
「着替えてきます」
空は自分の格好に気付くと、慌てて二階に駆け上がった。
なぜかこれが一番人気で、今でも続編希望が来るので、完結させてみました。
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