卯詐欺

 兎獣族のラントと心優しい少女ルゼ。
 一人と一匹は敵として出会い、しだいに惹かれ合っていった。
 人と獣族に芽生えたほのかな友情。
 やがて一人と一匹は手を取り合い、種族の壁を越えて共に生きていこうとした矢先、ルゼはサディスト王子に攫われてしまった。
「この女を返して欲しければ僕の言う事をきけ」
 
 友情、種族の壁、裏切り、新たな出会い──
 兎のラントの大冒険が始まる!

「待ってろよ、必ず助けてやるからな」





「って人形劇を、ルゼんところの子供がやってた」
 テルゼ様から話を聞いたルゼとギルはテーブルに突っ伏した。
 ここはギルの部屋だ。
 ルゼは私服のワンピースを着て、髪をピンで留めて少し女らしくしていた。もう少し小さければ可愛いだろうが、デカイので別の印象を受ける。もちろん似合わないわけでは無い。可愛いという印象が無いだけだ。
「テルゼ様、お茶のおかわりは?」
「いただくよ」
 執事は相変わらず動揺しない。まあ当事者じゃないしな。
 しかしあのガキどもは、俺をなんだと思ってるんだ。
「で、お前はちゃんと叱ってきたんだろうな」
「もちろん」
 テルゼ様は胸を張って、
「サディストはコンビだって訂正しておいた」
「おいっ」
 青筋を立てたギルが、立ち上がってテーブルを叩いた。そりゃそうだろう。
「冗談だって。ちゃんとイケメンコンビだって伝えておいたから」
「ふざけるな」
 間違いなくふざけていらっしゃるな。
 ガキどもの事は本当なんだろうが……。
「でも子供って凄いよなぁ。ある意味間違ってはいない。ある意味」
「どこがだ」
 ギルが嫌がらせのつもりか、出した茶と菓子を回収しようとして、テルゼ様とくだらない攻防戦を繰り広げる。
 あんたら王族だろ……。
 何だかんだ言って、ギルも成体になったばかりの、子供に毛が生えたような年齢だからな。
「ギル様、そういった行儀の悪い事は、ご友人とのお戯れにしても、あまり感心いたしません」
 今まで黙って見ていた執事が、ちくりとクギを刺した。ギルは手を引っ込め、舌打ちして自分のカップを手に取った。
「お前はそんなくだらない報告に来たのか」
「ちょっと立ち寄っただけだろ。つれないなぁ。ギルの好きそうな土産も買ってきたのに」
 その言葉で、ギルネストは眉を持ち上げる。
 王族と言えども現金な物だ。
「これこれ」
 荷物の中から、いくつか瓶を取り出した。ラベルはラントには読めない字体だった。同じ言語を使っていても、まったく同じというわけでは無い。少し癖があると読めなくなる。
「ふぅん。珍しいな」
「だろ。果物とか野菜とかを干したり漬けたようなのを集めてきたんだ。これは酢漬けだからルゼちゃんでもいけるな。これは肌にいいらしい」
「ほう」
「気に入ったのがあったら言ってくれ。ついでに仕入れてやる」
「本当に商売人だなお前は」
「ったりまえだろ、商人なんだから。金がなけりゃナンパ旅行にも行けやしない」
 ギルはため息を吐いた。ルゼはテルゼへと軽蔑の眼差しを向けている。
 そんな視線に負けず、テルゼはギルネストに一つ一つの商品の説明をしていった。一通り終わると、テルゼは満足げに立ち上がる。
「もう帰るの?」
 ルゼはテルゼを見上げて言う。彼は神殿には出入りできないため、この部屋を出たらすぐに帰る事になる。
「ああ、これからカルパの所に行くんだ」
「じゃあ私も行く」
 ルゼは手にしていた瓶をテーブルに置いて言う。
「ルゼちゃんも?」
「施設の方も気になるから。ほら、聖騎士になってから、人に任せて行く頻度が減ったから。ラントちゃんも」
 しゃあない、行くか。後で文句を言われるしな。玩具になりに行くようなもんだが……。
 肘掛けに手を置いて、ひょいと床に下りると、ギルまで立ち上がるのが見えた。
「なんだ、ギルも来るのか。忙しいんだろ?」
「僕も用がある。書類ばかりではどうにもならない事があるからな」
「そっか。じゃあ送ってくれ」
 テルゼは親指を立てて片目を瞑った。ギルはため息をついて、適当に頷きながら部屋を出た。




「ハードボイルドうさぎきぃぃぃっく」
「ドエスバリアー」
 子供達の人形遊びを見て、ギルネストはテルゼの首を絞めながら揺さぶった。
「おい、何だあれは、なぁ、おいっ」
「うぐぎぎぎぐぅ」
 テルゼ様の手が宙を掻く。力はギルの方が強いらしい。
 しかしまったく何なんだ、あれの遊びは。
「ギル様、絞まってます絞まってます。顔色が変わってきたからヤバイです」
 ルゼに止められ、ギルはテルゼ様の首から手を離す。
「ドエスだぁ」
「カッコイイ」
「アクのビガクってヤツだな」
 子供達が好き好き言っている。なれ合いすぎて、遠慮が無くなっているようだ。
 ギルが足を振り上げようとするのを、ルゼが後ろから羽交い締めにして止めている。ギルとは身長差があるため、俺には何も出来なかった。
 まあ悪いのはテルゼ様だ。
「まったく、お前はろくな事をしないなっ!」
「冗談で話したのに、まさか広まってるとは。
 お前等、ギルは防御なんて出来ないぞ。攻め一筋だ」
「お前はぁぁっ」
 再びルゼがギルを強く拘束する。
「ルゼちゃんナイス。そのまま押さえててくれ。俺は自分の用を済ませてくるから」
「ギル様、堪えて! 相手はテルゼですよっ。ヤったら問題になりますよっ!」
 ギルは鼻息荒く、立ち去るテルゼを睨み続けた。いい男が台無しだ。
 テルゼの姿が見えなくなると、解放されたギルは、ズカズカと子供達に近寄り、変な人形遊びをしていた子供達を捕まえた。
「坊主
、テルゼのホラを信じるな」
「でも王子様ドエスだってうわさあるのに」
「それは嘘だ。僕は基本的に優しいだろう」
「でもドエスだし」
「意味分かって無いだろう」
 ギルが子供達に説教を始めたので、ルゼは彼を避けるように建物に入って園長に挨拶をした。
 ギルの説教が終わりそうにも無かったから、ルゼはそのまま子供達の勉強を見てやった。生意気だが、ガキってのは姿形が違っても、似たようなもんだ。
 ひとをぬいぐるみ扱いするのは気に入らないが、まあ子供のする事だ。女の子なら櫛で毛をといたり、紐を結びつける程度の事しかしない。もう慣れた。
 黙って耐えていると、外から揉めるような声が外から聞こえてきた。
「あら、なんでしょう」
「院長、私が」
 真っ先に外に出ようとする院長を制して、ルゼが先頭に立って外に出た。ついてこなくて良いのに、ガキ達も追ってくる。
 俺は外に出て、日の光に目を細めた。
「申し訳ありません、俺の注意が足りずに、本当に申し訳ありませんっ」
 と、カルパが土下座をしていた。
 ギルは止めているが、カルパは止まらなかった。まあ、気持ちは理解できる。
「まあまあ、話したの俺だし」
「ああそうだよ。お前が悪いんだよ」
 ギルがテルゼ様を小突く。どうやら説教している間に、テルゼ様はカルパを連れて戻ってきたようだ。ここから近いからな。
 再びギルがテルゼ様の首を絞めそうになっていたため、ルゼがやんわりと止めた。
「もう、何やってるんですか。そんなカリカリしてるから、色々言われるんですよ。せっかくいい男なんですから、余裕で笑っていて下さい」
 ルゼに手を押さえられ、ギルはふんと鼻を鳴らす。
「そういえば用があったんじゃないですか?」
「ん、ああ。院長、話が。ルゼ、お前は続けていろ。また馬鹿な話を吹き込まないようにそれを見張りながらな」
 ルゼに念を押し、今度はギルが院長と一緒に建物の中に入っていく。完全に姿が消え、声も届かないほどの時間が経った後、テルゼ様は子供達に向き直った。
「でもなぁ、あれはないだろ。なんでギルがバリアーなんだ。あいつは攻め専門だぞ」
「それが問題なんじゃ無いでしょ」
 ルゼが口を挟んだが、彼等の耳には届いていない。
「そっか。攻められても攻めるのか」
「だから、ギル様は攻められるような事をした人しか攻めないって。ラントちゃんの事だってすごく可愛がってるし、ギル様の悪い噂に繋がりそうな発想はやめなさい。失礼でしょう。あとカルパが可哀相でしょう」
 子供達はぶすっとして唇を尖らせた。
「だって、最近ルゼ様もティタンさんも来てくれないんだもん。王子様が忙しくしてるからだろ」
「だったら、王子様を余計に忙しくさせちゃ駄目でしょ。ティタンにも今度来るように言っておくから」
 ルゼのところのガキどもも、ルゼを取られたような気がしてギルを悪役にしたんだろう。
 ここのガキどもは、テルゼ様が原因だけどな。
「湯を沸かして茶でも飲むか。売り物にはするにはちょっと古くなった茶葉があるから持ってきたんだ」
「飲むっ」
「俺が湯を涌かそうか。破壊力命のギルと違って、俺はそういうのは得意だ」
 テルゼ様が腕を回して言う。
 どうでもいいが、何を思ってかも戻ってきたギルが、空恐ろしい笑みを浮かべて、そこに立ってるんだが……。
 まあ、いいか。

 

 

感想、誤字報告等

 

 

 

 いつぞやのノベルゲームクオリティで、微妙に動く動画を作り、読み上げソフトで声をあて、アニメ化しましたとかやろうかと思った時期もあった。
 でもうさぎ年だったから、こっちにした。今年にしか出来ない。
 けっして面倒臭かったから、というわけではない。