慶子
小さな子供というのは、夢一杯でなければいけない。
将来は正義の味方になるんだ、パパのお嫁さんになる、サンタさんいるもん見たもん、などという、可愛らしい子供でなければならない。
決して、幼稚園児が暗い物に目を向けるのは我慢ならない。
しかしまあ、個人の好みにもよるのは認めよう。
慶子自身もパンのヒーローよりも、悪魔のような姿をした悪役の方が好きだ。その現象が起こるのが少しばかり早かっただけ。
「いけー、レッド」
可愛らしく腕を振り上げる預かり子の側頭部に、姪の回し蹴りが入る。
「それはあたしのうるわしいクイーンにやられろってこと?」
まだまだ舌っ足らずな幼稚園児が、敵役の女幹部が追いつめられているのを見て、苛立ち紛れに行ったらしい。
確かに知的で巨乳で美人で、変な層の人気を呼び込んでいるらしい女性だが、五歳の幼女が『お姉さま』と憧れるのは、何かと問題だ。しかもその回し蹴りは慶子の師に護身術だと騙されて教え込まされたものである。派手な技は観客のウケがいいとか言っていて、慶子は育ての親としてそんな師に預けてしまった自分に悲しくなった。それはもう可愛い子なので護身術を身につけさせる必要があるのは確かなのだが、別の人間に頼れば良かった気がするのだ。
生みの親ではないものの、育てているのはほとんど慶子なのだ。彼女が非行に走ったら、それは慶子の責任である。
「クイーンはカンペキよ。ニホンてきなとくちょうをくずすことない、ようえんなかんばせ。
しなやかなきんにくは、ていねいにトレーニングしているしょうこ。
きたえられたからだに、かたちよいむね。とくにニホンジンばなれしたおしりがサイコーよ」
この幼女は身内の男達と一緒にグラビアアイドルを見て、あれはだめだ、これは素晴らしいと語り合い、母親を理想の女性と言い切る。
いつか自分もすらりと背の高い巨乳美女になるのだとはりきっている。
父親の妹も、自分も母も胸が大きいからきっとそうなると確信しているらしく、遊びに来る友人の息子に、結婚はしてあげないけど、下僕にならしてあげるなどと胸を張って言っている。
こんな風に育てた覚えはないのだから、遺伝というのは恐ろしい。
今から何とかしてそんな気持ちを隠しているぐらいの常識を教えなければならないのだが、周りが可愛らしい、美しいと褒め称えていて、なかなか難しい。
「ねぇ、母親として本当にあれでいいわけ」
慶子はファッション雑誌を眺めるアリシアに問う。夫の稼ぎがいいものだから、彼女はかなりの浪費家だ。夫が稼がなくとも貢いでくれる相手はいくらでもいるので不自由することはないだろう。
「かまわないわよ。美しい他人を美しいと認められることは大切よ。自分の先天性の美に胡座をかいていたら、自分は磨けないからね。実際に私から見てもいい女だし、審美眼が確かなら止める事じゃないわ。
あ、慶子、喉が渇いたわ。この前もらったあの紅茶をいれてくれる。お茶請けはいいから」
子が子なら親も親である。
マイペースというか、自己中心的というか。
「いいこと。おとこがしょうらいほんとうにあこがれるようになるのは、クイーンみたいなびじょなのよ。びじょになりそうなおんなのこには、しっかりこびをうりなさい」
子供同士の話を聞いていると、二人の十年後が恐ろしくてとても想像できない。
吸血族というモノの血が、恐ろしくてならなかった。
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