ミラ

 足に絡みつくからドレスは嫌い。
 人を見下すような連中が多いからレストランも嫌い。
 でも可愛い服は嫌いではない。
 美味しい物は好き。とくに甘い物は好き。
 動けないのが嫌い。堅苦しいのが嫌い。型にはまっていると、隙が出来る。隙があれば死ぬ。
 死ぬのは仕方がないが、悪意に殺されるのは嫌だ。だから殺される前に殺す。
 そうやって生きてきたミラは、彼女を育てた男以外とこうして長期共にいるなどなかった。
 ドレスを押しつけられ、武器を取り上げられ、淑やかにしていることを命じられる。
 死んでしまいそうだ。心の支えが、太股に縛り付けている短剣だけ。そわそわして落ち着かない。
「ミラ、笑って」
 ユイがミラの前で意味もなく笑顔を作る。
 人間は笑顔で安心して心を開く。表情など作るのは簡単なのに、騙される。
 騙されずとも、騙されたふりをしているつもりになって、最後には騙される。
 そして騙されれば屍となる。
「なぜ楽しくもないのに笑う。私は騙すつもりなどない」
「ミラは笑った方が可愛いよ。
 それに場所も場所だし、時も時だからお願い」
 ユイも騙す人間だ。
 笑いたくもないのに笑い、殺し、後で愚痴をこぼす。
「なぜ私が」
「だって、ミラが恐い顔をしていたら、みんな危険人物だと思うよ。今から謁見する方は神子の長老なんだ。外の人間に威厳を見せるのはかまわないけど、中の人間には危険因子扱いされたくないんだ。だから、一度だけで良いからお願い」
 ミラは顔を顰める。
 ドレスを着せられ、笑えと言われる。
 それが『人間』の普通。
 ミラには生まれてこの方縁の無かったものばかり。
「理解できない。なぜ笑うことが危険因子としての要素を無くす。笑っていても疑いなど晴れることはない」
「ポーズだけで良いんだ。どうせほとんど会わない人だから。
 もしも女の子らしく笑ってくれたら、一つだけ欲しい物を何でも買ってあげるから」
 ミラは無言で頷いた。
 嬉しい。もうすぐとても欲しい物が売られる予定があるのだ。
 嬉しいから笑うのは普通だ。
「やっぱりミラさんは笑顔だと華やかですね」
 ハノは変なことを言う。
「はなやか?」
 ハノは笑顔を向けるだけでそれ以上は言わなかった。
 数日後、約束どおりミラが欲しかった、五十年前に亡くなった伝説の鍛冶が打った名刀をオークションで競り落としてもらった。
 ユイが値段のことで少しだけ暗くなっていたが、ミラは嬉しかった。

 

 

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