リルド
よく通る少女のような歌声が廊下に響く。
思わずうっとりと聞き入りそうになるが、残念なことにこれは男の声だ。
前方から軽い足取りでやってくる、声ばかりか顔までも少女のような、男女共用の略装がさらに少女のように見せている。だが彼は男だ。男達は皆が知っている。共同浴場で彼の姿を見るからだ。
「ラァス様、ご機嫌ですね。いい宝石でも手に入りましたか? それとも彼女とデートですか?」
彼は無類の宝石好きで、宝石ならいくらでも見られる神殿にいるのに収集にいそしんでいる。その資金源がどこから湧いてくるのかは、皆の注目の的なのだが、なかなか尻尾を出さない。ものすごく裕福な家の出かというと、そうでもないらしく謎の人物だ。恋人のアミュは評判のおっとり系美少女で、あの銀の姫君のところに住み込んでいるらしい。
「えへへ。ひみつぅ。リルドは何か用?」
「そうですか。ご機嫌のところ悪いのですが、来客です」
「誰?」
「銀の姫君ですよ」
「姫様が? 何だろう」
リルドは彼を伴い客室へと向かう。
金持ち神殿と呼ばれるこのクロフィア地神殿の客間は、王侯貴族をもてなすためにあるような高い物が置かれ、客人はだいたいそこに通される。慣れない者は緊張するらしいが、大貴族の姫君のため傅かれるのは当然とばかりにくつろいでいた。
ラァスはよく彼女の屋敷へと遊びに行っているのに、わざわざ神殿にまで来て呼び出すというのは何のためだろうか。彼女は時神殿に多額の寄付をしており、地神殿にはほとんど来たことがない。姫君の中でも、最も場違いな方なのだ。
「リルドです。ラァス様をお連れしました」
客間のドアを開けて、美しく着飾るまだ幼い姫君へと一礼する。
「こんにちは姫様。今日はどうしたんですか?」
お供はいかにも姫君が側に置くのを好みそうな顔立ちをした黒髪の剣士だ。ファーリアのような実力者を護衛にしているぐらいだから、彼も顔だけではなく腕も立つのだろう。
「ちと相談があってな」
彼女がちらとこちらを見たので、リルドと彼女を接待していた女性神官は部屋を出る。
何なのだろうと話し合っていると、背を向けた客間から悲鳴に近い声が響いた。
「け、結婚っ!?」
二人は足を止めてドアを見つめる。
「誰が!? はぁ、僕と姫様!? なんでっ!?」
ラァスの恋人は、姫君の友人の少女のはずだった。
「さ、三角関係?」
「周りが画策しているのでは。それで知らせに来たとか」
友人の恋人と婚約などさせられてはたまらないだろう。友人を失うことになるのだ。
「うがぁぁぁぁ」
姫君の声は聞こえないが、ラァスの叫びは聞こえた。ドアが開かれ、怒り心頭に発して部屋を出てくる。
「わらわの何が不満じゃ」
「ほぼ全部!」
「なんと失敬な」
「世の中には、絶対に合わない者同士っているでしょ。僕らがそれだよ! まったくリオさんも止めてよ!
ああ、くだらないことで時間潰しちゃった」
まったくもって意味不明なのだ。
あの姫君が、このような形でラァスにプロポーズをしに来たというのだろうか。そしてラァスはあのように袖にしてしまったというのだろうか。
「あ、リルドさん。姫様のことは気にしないでね。勝手に帰るしほっといていいよ」
実に気軽にラァスは言う。
そして姫君達は、さして気にした様子もなく勝手に帰って行った。
金持ちというのは、理解できない生き物だ。
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