ハウル
自分らしさとは何だろう。
神の息子ではなく、自分自身。
考えれば考えるほど、ウェイゼルの息子でない自分の存在価値など皆無という気がしてきた。ヴェノムの血のつながらない孫という立場でしかない。血もつながっていないのに、こうやって毎日出される料理を食べ、気ままに遊んで学び、暢気に過ごしている。
そんな自分が嫌になる。
「ってか、デカい図体して鬱陶しいね! しょうもない事で落ち込んでるんなら、庭の片隅でしてきな!」
庭の真ん中で薬草の天日干しをしているアヴェンダが、近くで落ち込んでいるハウルへと怒鳴りつけた。いつもなら清々しくさえ思うのだが、落ち込んでいる今は言葉の一つ一つがぐさりぐさりと胸に突き刺さる。
「ああ、癒しが欲しい。今は叱咤よりも癒しが欲しいっっ」
「癒しです」
いつの間にいたのか、ヴェノムがラフィニアを差し出した。彼女の純粋無垢な瞳は、癒されもするが薄汚れてしまった自分には清らかすぎて毒だった。
「ラフィ……」
ハウルは彼女をぎゅっと抱きしめ、ほのかな花の香りを吸い込んだ。カロンの趣味か、彼女の髪留めから匂いがするのだ。少し甘い、かすかな香り。
「ハウルさん、どうなさったんです?」
ヴェノムについてきたヒルトアリスが、ハウルを心配して声をかけてくる。キーディアも見える片目に不安の色を浮かべて見つめる。
「何でもありませんよ。いつもの発作です」
「発作って言うな」
「発作でしょう。年に一度ぐらい、自分が父親似にて成長するのを嘆き、自分の存在価値に不平不満を唱えるのです」
ヴェノムは言いながら地面に座るハウルの頭を撫でる。
悔しいが、昔からこれが一番落ち着くのだ。
「うう……」
「ハウル、あなたはその顔でその性格であるだけで十分価値があります」
「顔……」
いつも言われる。ウェイゼルの顔は文句なく好きだから、ハウルが似たのは嬉しいと。兄弟の中で一番似ているらしい。
「いつまでも、貴方はそのままでいてください」
「俺はって……そのままじゃなかったのって、兄貴……じゃないな。
ひょっとしてテリアのことか?」
彼女は悲しげに目を伏せる。
今でもそれほど悪い奴ではないと思うのだが、何がそんなに変わったのだろうか。もちろんあんな男は好きではないが、彼女が鬱陶しがる理由も分からない。
「誰それ」
「俺のジジイだよ」
「先生の旦那?」
「もと教え子です。昔はヴェノムヴェノムと人の後をついてきたのに、杖に選ばれたとたんに抵抗もせず出て行くような薄情者です」
あっさり納得して出て行ったのが問題だったのだろうか。
「でも、杖に選ばれると逆らえないんだろ」
「必要な最低限の分は逆らえませんが、帰ってこようと思えば週に一度は帰ってこられるんです。
それすらせずに、戻ってきたのが三年後。
選りに選ってあのクソアマの囁くままにほいほいと世界を二人で楽しく飛び回り、それで帰ってくれば愛してるなどと、誠実さの欠片もない!
しかもさらにさらに数年後に帰ってきた理由が、始祖の卵を拾ったからどうしよう!」
確かに不誠実だが、クソアマという彼女の口から出たとは信じがたい言葉にショックを受けた。
「クソアマって……」
「あの杖に宿る美少年好きの阿婆擦れです」
杖の人格が女性であることは知っていたが、二人の不仲の原因だとは思いもしなかった。
テリアも情けない。ヴェノムのためなら、忙しくても週に一度とまでは言わないが、もっと頻繁に帰ってくるべきである。
「俺は、万が一ここを出て行かなきゃならないとしても、絶対に月に一度は帰ってくるぞ」
「ええ、分かっています。ハウルはそういう子です」
撫でられて、信用されて、少し嬉しい。
ヴェノムのまだ生きている他の子供達はほとんど帰ってこないし、ハウルだけは彼女の側にいたい。誰かが側にいないと寂しくて弟子を取ってしまう女だ。どちらかというと、ほどほどに賑やかでないと、彼女はストレスがたまるらしい。だからいつまででも話し続けることも黙り続けることも出来るウェイゼルと関係が切れなかったのだ。逆にガディスは言葉数が少なすぎることでも、ヴェノムの好みではない。
「……ハウル様は、本当にお姉さまのことを大切に思ってらっしゃるんですね」
「ってか、ほとんどマザコン男の台詞だねぇ。結婚したら奥さんに呆れられるタイプだよ」
ヒルトアリスが祖母と孫の愛にうっとりとため息をついて、アヴェンダが軽口を叩く。
何と言われようと、やはりヴェノムから離れるのは不安だ。
「ハウルは大きくなってもいい子ですね」
「…………ババア一人だと、ぎっくり腰で倒れたとき困……風邪で倒れたとき困るだろ」
目の前に短剣を向けられてハウルは言い直す。
「姉と呼びなさい」
「そっちかっ」
「私は二十三歳です」
「はいはい」
彼女の自称二十三歳も、最近ようやく呆れや切なさを通り越して、受け流せるようになった。
祖母と呼ぶなと言われても、やはり彼女は大好きな祖母で、いつも一緒にいたい。
彼女がそれで喜んでくれるなら、自分が生まれてきた価値もあるような気がして、少し救われる。
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