アーソルド

 髪の長かったころはよかった。
 あの金の巻き毛に似合う飾りはいくらでもあった。首元を飾るにしても、合わせやすかった。
 しかし今は短髪。
「むぅ」
 店先で唸っていると、背後のドアが開いて客が入ってくる。
「あら、アーソルド坊やじゃないの」
 振り返ると派手だが美しい女がいた。
 覚えがないのに覚えられ、坊やなどと呼ばれていると言うことは──
「あの時の娼館の……?」
「ええそうよ。イゼアとは……相変わらずでしょうねぇ。
 え? 何? イゼアにプレゼント?」
 アーソルドは一瞬違うと否定しそうになったが、事実その通りで、ここで隠してイゼア経由で筒抜けになる可能性を思い出して唇をかんだ。
「何もそんな顔しなくっても。好きな子にプレゼントするのは当たり前の事よ。というか、それも出来ない甲斐性なし、女の方がお断り」
 彼女たちにとっては金があるのに出し渋る男は使えないのだろう。
 出し渋っているわけではないが、誕生日以外は食べ物以外のプレゼントなどほとんどしない。
「もうすぐ誕生日なんだ。子供の頃からの知り合いだし、仕事も慣れてきたようだし祝いを兼ねて」
 いつも誕生日の時には、装身具や小物を送っていた。古くさいが立派なドレスはあっても、それに見合う装身具がないのだ。換金しやすい物は先代の時に全て売られてしまったらしい。だから年に一度、嫌味と共に贈っていた。
「ただ、髪も短くしてしまったし、ドレスも着る機会がなくなったし、女装すらすることも少なくなったし、何を贈ろうか悩んでいる」
「……確かに、難しい子ねぇ。当たり障りのないものを選べないってのは」
 だから簡単に選べないので苦労している。
 綺麗な小物などは、ゼイレムが高機能付きの物を持ってくるので身の回りにいくらでもあるようだし、装身具は散々贈ったし、花は切り花よりも鉢植えの方が好きな女だ。
「もう何を選んでいいやら」
「しょうがないから、良いことを教えてあげるわ」
 娼婦はもったいぶるようにふふっと笑い、アーソルドが促すのを待つ。
「いいこと?」
「マントの留め具になるようなものを贈るといいわよ?」
「マント?」
「そう。イゼアのコート、かなり薄汚れているでしょう。だから今ちょうどマントを仕立てているのよ。うちに出入りしている業者に頼んでるとこだから、間違いないわよ」
 その言葉を聞いた瞬間、店主はその手の留め金をアーソルドの前に用意した。
 あまり女性的すぎず、男性的すぎず。
 どっちつかずの彼女に似合いそうな──
「これなんかいいんじゃないの?」
 娼婦が指さした物を見て、アーソルドも頷いた。
 太陽の紋章が刻まれた、金の留め具。この手の物にはこの手の紋様があるのが主流である。下手に他の紋様があれば、彼女を気に入っているらしい太陽神の不興を買うおそれがある。これならその恐れもないし、細身の金鎖が胸の前に垂れるデザインが彼女に似合いそうだし、魔力で補強しているので壊れにくそうだ。
「そうだな」
 どうせ悩んでいたのだ。参考にするのも悪くない。
 彼女は青い瞳を細めて笑う。お節介が好きそうな、年を取っても客が彼女を求めてくるようなタイプの女だ。この先まだまだイゼアに関わってきそうである。
「店主、これをプレゼント用に包んで、そのブローチを」
「畏まりました」
 自分の前に並べられていた物の一つを受け取ると、娼婦の胸元につけてやる。
「あら、いいの」
「礼だ。そのドレスに飾り無しでは寂しいだろう。瞳の色と同じ色の石だ。よく似合う」
 イゼアが髪の長い頃なら似合っていただろうが、今の彼女には合わない。この女の方が似合う。
「……坊や、それだけのことが出来るのに、なんでイゼアには出来ないの」
「い、イゼアは関係ない」
「いいこと坊や。女の子は時に突き放すこともテクニックの一つかも知れないけど、突き飛ばして上から押さえ続けるとただ嫌われるだけよ。つっけんどんでもいいから、さっきの調子でやりなさい。意地悪だと思っていた相手が時々見せる優しさとかに、女はころりと落ちるから」
 分かっている。少し優しくすれば、彼女は気味悪がってみてくる。だがいつもしている親切──例えば誕生日のプレゼントをしたり、いつもの茶を持っていったりすると、いつもの調子で嫌味を添えていても、女らしい笑顔を向けて喜ぶ。
 その先に行くのは不可能ではないとも分かっているし、このままではその時は夢のまた夢だとも分かっている。
 分かっている。よく分かっているが、本人を目の前にするとそんな簡単なことが頭の中から消えてしまう。
「…………お、覚えておく」
 綺麗に包まれた小さな箱を受け取り、代金を払うとアーソルドはそそくさと店を出た。
 まさか、イゼアには言わないだろう。娼婦とは言葉の重さをよく知っている。
「覚えてはおくが…………それが出来れば、苦労はしていない」
 ため息をつき、とりあえずあの家へと行く口実をポケットにしまい、やるせなくなりまたため息をつく。

 

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