魔女の弟子 設定を丸っと無視して毒界に異世界迷い込み
1

 気付くと知らない場所にいた。神社にいたはずなのに、異国情緒溢れる森の中にいた。
 気味の悪い森の中をさまよい、変な動物に囲まれて泣きそうになっていると、どこからともなく現れた銀髪碧眼の男の子が颯爽と助けてくれた。
 それはもう美形で親切なのだが、何を言っているかさっぱり分からない。
 とにかく安心するようにとばかりに笑顔を向けて、手を引いてくれる。転けそうになったらひょいと抱き上げてくれたりと、男前だ。
 何でこんな大自然の中にいきなりいるのかとか、なんでこんな格好いい外国人に抱き上げてもらっているのかとか、色々と考えて夢なのだと、とりあえず結論づけた。しかし夢だろうが、夢だと思い込むのは危険である。だから夢でない可能性もあると仮定して行動しなければならない。
 どこに連れて行かれるのか分からないが、逃げて生きていられる可能性の方が低く、仕方がないので無害で従順なふりをしておく。
 親切すぎる相手は信頼しすぎてはいけない。
 話しかけられ、指さされる方を見ていると、木々の隙間から大きなお城が見えた。城だ。歴史を感じる古びたお城。
 人のいる場所はありがたいが、これからどうなるのだろうという不安もある。見たことのない植物ばかりだし、聞いたことのない言葉で話しているし、判断する材料が少なすぎた。
 大きな門は開いていて、綺麗だが見たこともない花を咲かせる庭を横切り玄関へと向かう。見上げた城は、何か出るんじゃないかという陰鬱な雰囲気だ。曇っているのが大きい理由だろう。
 男の子は笑顔で何かを誤魔化すように手を振りながら聖良を城の中へと連れ込む。恐くないとか、そういう意味だ。きっと。
 手を引かれ、どんどん奥へと連れられる。
 男の子は綺麗だし、城は立派だけど恐い。よく分からない夢だ。綺麗な人形が廊下を歩いているし、メルヘンなんだかホラーなんだかわからない。
 男の子が足を止めた。ドアを開いて明るい部屋に入る。
 古くて高そうな家具ばかりだが、聖良の知る様式とは違い戸惑う。見たこともないような場所を夢に見るほど、想像力が豊かだっただろうか。
 男の子が窓辺にいた女性に声をかける。彼女は振り返り、聖良は少し引いた。
 ヴィジュアル系のそれはそれは恐い美人さんだった。
 赤い目はコンタクトなのか天然の色なのか。長くてサラサラで綺麗な黒髪に、病院の壁のように染み一つ無い白い肌。ホラー映画のヒロインにでも抜擢していただきたい恐怖の超絶美人である。
 男の子が聖良に椅子を勧め、座るのを確認すると女性に説明を始めた。女性はそれを聞き終えると聖良の隣に立つので、聖良も立ち上がろうとしてそれを手で押さえられた。顔に触れられるので、身体の向きだけ変える。間近で見ると本当に綺麗だ。化粧はそれほど濃くないのに、バリバリに化粧をして形を繕った人達よりも綺麗だ。
「私の言葉はわかりますか?」
 突然、理解できる言葉で話しかけられた。少し低めの綺麗な声。
「え……あっ」
 わたわたしていると、女の人が無表情のまま頭を撫でてくる。
「あの……」
「はじめまして。私はヴェノム」
「森聖良です」
「モリセラ?」
「森が苗字で名前が聖良です」
「セーラ。落ち着きましたね。賢い子」
 子供扱いされている気がする。
「おまえ、どこから来たんだ?」
 男の子が意外な口調で聞いてくる。もっとノーブルな雰囲気の子かと思っていたのに、聖良は心の中だけで落胆した。
「さあ……気付いたらあそこに」
 聞きたいのはこちらである。
「…………アイオーンですね」
「げっ、マジで? でも俺、ここまで手を引いてきたけど無事だぞ」
「毒がないアイオーン……」
 二人とも難しい顔で聖良を見つめる。何か問題なのだろうか。夢のくせに知らない単語が出てくる。
「あの……?」
「ここはあなたのいた世界ではありません」
「はあ」
「……………行く場所もないでしょうから、うちに住みなさい。部屋を用意します」
「それはどうもありがとうございます」
 ヴェノムは相変わらずの表情で首をかしげる。
 これは現実なんだなぁとおぼろげに理解したのは、翌朝のことだった。

 

2

「いい。絶対に一人で裏庭に行ったらだめだよ。変質者がいるからね。セーラはよく怪我するし、絶対に行ったら駄目だよ」
 ラァスの言葉に聖良は首をかしげる。
 ラァスは怪我が絶えないこの少女を見ているとハラハラするらしい。ハウルも可能な限りは気にするようにしているが、本人がケロリとしているのでそれほど心配はしていない。
 彼女も少しはこの城に慣れてきているし、見た目は小さくて可愛いのに、中身は一番どっしりと構えているタイプだ。理不尽なことには目を伏せ、小さく笑って受け流す。
 ウェイゼルに口説かれている時も、あれが数分で諦めるほど呆れ半分の白けた目で見つめ続けたりと、とにかく肝が据わっている。
「本当に物怖じしないなぁ、お前は」
 ハウルが言うと彼女は眉を寄せる。
「幽霊ぐらい、慣れれば気になりませんよ。部屋に入らないようにお願いすれば入ってきませんし」
「ぐらいっ」
 ラァスは頭を抱える。それを見てアミュがクスクスと笑っている。
 普通の女の子だから始めは驚いていたが、数日で慣れた。セーラのことだから、ジェームスのこともそれほど気にしないだろう。
「ラァス君は大袈裟ですよ」
「セーラ、怖い物ないの?」
「うーん……自分?」
 彼女は自分が命に関わるほど運がないという自覚があるらしい。
 もしもハウルが彼女の立場だったら、こんなにのほほんとして外などで歩けないと思うぐらいついていない。他人から見てもそうのだから、実は知らないところで色々な目に合っているのだろう。
 今のところ五体満足で生きているが、腕の一本や二本なくなりそうで、ハウルも彼女が恐い。彼女から目を離すのが恐い。
「それに、幽霊だからって悪い人ばかりじゃないですよ。
 この前、夜中にトイレに行った時、どうしてか迷って地下室に行っちゃったんですよ。そこで落とし穴に落ちて、変な斧持った人に追いかけられたりして、また穴に落ちて罠にはまって自分のついてない人生を振り返っていた時、肉切り包丁持ったコックさんが助け出してくれて出口まで案内してくれました。
 どんな時にも、一人ぐらいは親切な人っているもんですよ」
 彼女は腕を組んでうむうむと頷く。
「もう裏庭の変態に追いかけられてたんだ……」
「ああ、あの人が変態なんですか。コックさんはただ逃げる相手を追いかける習性があるだけだって言ってましたけど。あれからもう一回遭遇しましたけど、逃げなかったら追われませんでしたよ」
「セーラ……」
 にこにこ笑いながら報告する様を見て、ラァスは諦めたらしい。
 初期のころの反応は普通なので、感覚的には一般人の物だ。しかし、その順応性が人の数十倍高く、高すぎて、共感してもらえる相手がいなくなったとラァスが文句を言う。
「ところで、このお城って、そんなにたくさん落とし穴があったんだ。ちっとも知らなかった。歩き回らない方がいいのかな?」
 アミュが不安そうに言う。
「居住区域はないみたいですよ。迷子になって変なところに入り込んだだけですから。でも、居住区域を少しでも出ると、たまに仕掛けがあって恐いです」
 ハウルは居住区域以外にもよく行くが、そんな罠を発動させたことはない。あるとは聞いていたが、ほとんどは解除されているはずである。なのに彼女はそれをいくつも発動させているらしい。生け捕りにする物なので、死ぬようなことはないのだが、彼女は何度かヴェノムの治療を受けている。
 本人の不注意を越えている事ばかりで、どうしたら彼女の怪我を減らせるか、そろそろ本当に対策を練った方がいいだろう。


こういうのはどうですか

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