青色吐息 喧嘩が多そうな大人二人

1

 竜だ。竜。アニメじゃない。現実。竜だ。竜。
 見た目ほどごつごつではない。まだ子供だからだろう。けっこうふにふに。動くとさすがに筋肉を感じるが、白いので綺麗だ。もう少し大きくなれば、さぞ見栄えのいい乗り物になるだろう。
「あの……ハルカ、あんまりベタベタ触らないでください」
 意思疎通が図れるようになって、中身が人間の男だと知って、私は容赦なく観察を始めた。しばらくすると、抗議の声が上がった。
 パニックになってわめいてたのを落ち着かせてくれたのは感謝するが、やっぱりまだ現実逃避をしたいのである。
 なにせ生贄に使うために、適当な他所の世界の人間を召喚したのだと説明を受けた。ちょっと気が立っているので自分を癒していたのに、心の狭い男。
「初めてなんだから触らせてくれてもいいじゃん」
「私なんか初めての竜が自分なんですから」
「それはまあ、ご愁傷様です。まだ若かったのにねぇ。私も若い身空で餌になんないでよかったよ」
 彼は二十四歳だったらしい。子供からも完全に卒業し、一番いい時期である。独身だから金も使えて、色んな事が出来る。そんな矢先にこれだ。
「うう……もっと若く見えたのに、同年代なんて詐欺です」
「失礼だね。一応年下なのに。アディスはもっと年下が好みなの?」
「そりゃあ若い方がいいに決まってるじゃないですか。女の子は十歳から十五歳ぐらいまでが最高ですね」
 少し考える。
 考えるまでもなく、あんまりお近づきになりたくないタイプの人間。
「若いくせにロリコン? まあ、せっかく生まれ変わって自分でショタになったんだから、若い竜の彼女でも作ったら」
 アディスは言い合いに飽きたのか、しゅんとして身を丸める。傷つきやすい男だ。
「可愛いね。見た目はすごくかわいいよ、うん。女の子もきっとメロメロだね」
 きっときゃーきゃーと言われる。間違いない。この私がきゃーきゃー言いたいのだ。前から大型犬が欲しかったから、乗り物にもなってちょうどいい。
「心にもないことを。だいたい、この姿でもてても意味ないじゃないですか」
「ロリコン男よりは、可愛いロリコンドラゴンの方がいいでしょ」
 女の子とイチャイチャしていても、それ以上の害はないし、世の中ちょっと平和になる。
「これでも小さな子にはふつうにモテてたんですよ。容姿には自信があったんですから。そのふちっこにある服に包んまれた頭蓋骨を取ってください」
「ず……なんでそんな気色の悪い物を」
「私の頭蓋骨です。この身体じゃあ何も出来ませんから、元の姿に戻ります」
「戻る?」
「化けるが正しいですね。もうすぐ私を狙った人間が来るから、撃退しないとあなたも危険ですよ」
 竜を狩るための生贄だ。それが失敗していたら、少なくとも私を生かしておく必要はない。始末しておく方が後のトラブルを防げる。確かに私も危ない。
「まあいいけど。げぇ、本当に人骨」
 嫌悪感もあらわに布にくるんだままアディスの前に運ぶ。
「その反応はものすごく傷つくんですが」
「骨なんてせいぜい魚と骨付きカルビと鳥のしか触ったことないんだからしゃーないでしょ」
「捨てないでくださいよ。丁寧な扱いをして下さい」
「ううぅ」
「頭に乗せてください」
 嫌だが、頑張った。
「で、私に続けて……」
 アディスが動くので、ころりと頭蓋骨が落ちた。私の膝の上に。
「うげっ」
「うげとか言わないでください。泣きたくなるじゃないですか。騒ぐなら、この危機を乗り越えてからにしてください」
「っく……」
 アディスがばしばしと尻尾を床に叩き付けている。下が布なので、布団を叩くような音がして埃が舞って迷惑だ。
 仕方がない。
 嫌々、もう一度頭蓋骨を置く。
 もうなんで私こんな事やってんだろ。

 

2 服屋にて

 ブティックに入ると、私は内心飛び上がった。着ていたのは男物だし、自分の服には穴空いてるし、服屋に来てこんなに喜んだのは生まれて初めてである。だって、高くてセンスのいい服はトキとかおばさんがくれたし。
「どれでも好きなように買ってください。連れに変な格好されていても迷惑ですし」
「口の減らない男ね。まあいいや。有り難くその言葉受け取るよ」
 私は店員に勧められるまま、次々に服を試着する。変わった物が多いけど、組み合わせによってはなかなかいける。
「他人の財布だと思うと楽しいなぁ」
「まさかその山全部買う気ですか?」
 何か言ってるアディスに笑みを向ける。売り物の赤いカットソーと膝下のスカート着たまま近づいてその肩を掴む。
「私が、誰のせいで、自分の家と財産失ったか言ってごらん。ほら、言ってごらん、こんのドジっ子のぼんくらがっ!」
「っく」
 アディスは目を逸らす。
 せっかくなので、自分の身元は大袈裟に話している。彼も悪かったとは思っているらしく、これを話題にすると大人しくなる。滅多にやらないが、だからこそ効果的だ。財布のヒモぐらいなら全開だ。どうせこいつ金持ちだし。
 ロリコンの資産を減らすのは、世の中の少女達のためにもなるだろう。本気で少女にしか興味がないらしくて、私は助かってるけど。
 本人が言っているとおり、小さな子でもこの顔で口説けば落ちるだろうし、他人の恋愛に口を挟む気はないが、それでも数年後にはポイ捨てしそうな男だから、機会を減らせればそれに越したことはない。
 そう、私はいいことをしているっ!
「じゃあ、これ全部」
「ちょ、本気で!?」
「冗談だよ。何マジになってんの? 持ち帰れないでしょ」
 普通に持つのも大変そうなのだ。それを空飛んできたのにどう持ち帰れと言うんだ。
「まあ、確かに現実的ではないですね」
「それにサイズ合わないの多いし」
「ハルカは小柄ですからね」
 私は日本人女性としてはどちらかというと背は高い方なのだが、この世界ではけっこう小柄になるらしい。ズボンとか長すぎて切っても不格好になりそうで恐い。無難なデザインを選ぶと、買える物が極端に少なくなる。
「それに、これから靴とか化粧品とか揃えたいし」
 もう若くないので、保湿したり、クリームとかの油分を塗りたいのだ。
「化粧品はともかく、靴ならここで作ってもらえばいいですよ。トータルでやってますから」
「…………あんた、ケチなんだか浪費家なんだかわかんないよね」
 靴を作る方がこの服より高いと思うんだけど。
「あそこでの生活は、丈夫な靴が必要ですよ。これから冬になるし、しっかりした上着と靴は必要です」
「なるほど。そういえば誰かさんを捜索するのに足が痛かったのは、足場と靴の問題もあったか。
 私、今まで素足でも歩ける完璧な舗装の上しか歩いたことないから靴の履き心地とか歩き心地以外の良し悪しは気にしてなかった。寒くてもボタン一つで暖まったしぃ」
 懐かしいアスファルトの道路。あれは本当に素晴らしい物だ。
「だから最善は尽くそうとしてるんじゃないですか。もう文句は言いませんから、必要なら何でも好きなように買ってください」
 真剣な顔して言うもんで、おかしくなって笑ってしまう。
 彼はけっこう真面目だ。腹黒さがあっても、こういうところが憎めない。
「しゃあないから、常識の範囲内の買い物にしてあげるよ。あんた苛めてもどうにもならないしね」
「そうしてください」
 素直な男だ。
 まあ、高そうな店だし、簡単に計算しても一着が高い店だし、少量でもけっこうなダメージだろう。

3 青の箱庭にて

 ハルカが不機嫌だ。私の愛人二人を見てから、それはもう不機嫌だ。
 女性の不機嫌は嫉妬の場合が多い。が、彼女の場合は違うだろう。彼女は男に興味がないらしい。男嫌いではなく、とくに恋愛に興味がないという、若いくせに枯れてしまったような事を言うのだ。もっとも、経験がないからこそ、恋やら愛やら肉欲やらの良さが分からないのだろう。
 だから嫉妬ではない。
「おい、そこの変態」
 酒が入ったグラス片手に、ハルカは人を指さしてくる。本名で呼ばれるよりはいいが、大きな態度がより大きくなっている。
「何ですか。つまみが口に合いませんか?」
 彼女は舌は肥えている。料理も初めて触れる食材や調味料で戸惑いつつも、文句を言うなと言いながら日々上達していっている。満足できる物を食べた時の顔は、いつものやる気のないだらけた表情と違い、ちょっと可愛い。近い歳の女性を可愛いと思うのも初めてで感動したものだ。ハルカは自分を平均的だ言っていたから、彼女の世界はきっと素晴らしいところなのだろう。話を聞いている限りでは、魔術以外で発達しているようである。幼く見える女性に、便利な生活。行けるものなら行ってみたいものだ。
「アーネス様、変態は普通に受け入れてるんですね」
「彼女には怒るだけ無駄。体力を消耗するだけです。年増女には口答えしないに限ります」
 クレアといい、彼女といい、口が達者な女性というものにはどうにも弱い。
「あんたがどんだけ変態でも、一時的にでも誠実さとかとういうがあればまあいいかとか思ってたけど、よくもまあ二人も愛人がいますなんて言えるね」
「二人とも同じぐらい愛してますよ」
「ほぉぉぉう」
 低く呟き、足を組む。ハルカはなんというか、こう、迫力がある。普段はだらけているのに、こういうときだけ怒ったクレアを前にしているときのように身がすくむ。
「……怖いから睨むのやめてください」
「睨んでいる覚えはない」
「ただでさえいいとは言えない目つきが凶悪になっていますよ」
「うるさい」
 本当にこの頭蓋骨はどこから、そして部下二人のどちらの趣味で持ってきたのやら。二人とも気の強い女性が好きなので、二人合わせての趣味という可能性もある。
 彼らはまだ、寝ている間に耳元で呪いのような言葉を囁かれ続ける嫌がらせをされていないから、あのような下心が持てるのだ。この女は恐ろしい。
「あんまり睨むと、この子達が怯えるでしょう。ただでさえ怖いしゃべり方しているんですから、もう少し柔らかい態度を心がけた方がいいですよ」
「黙れ変態に言われる筋合いはない」
「酔ってますね。ほどほどにしません?」
「黙れロリペド野郎。生きていて恥ずかしくないのか屑。歩けば穴にはまり、転げ落ち、川流れし、人の手を当てにする、週一で救助されてるダメ男が、生意気にも若い愛人囲うなんて、本当に生意気だな」
「ご…………ごめんなさい」
 もう謝るしかない。いつも迷惑をかけている気がする。見捨てられずに助けてもらっているので、頭が上がらない。そう、そういうところもクレアに似ている。
「アーネス様……今何してるんですか」
「危ないところにいるより、危ないのが人か馬車しかない町中の方が安全だと思います」
 組織の長が、暗殺よりも自分の不運に怯えるというのも、情けない話である。しかもこんな少女達にまで心配されているのだ。
「大自然の驚異以上に、恐ろしいものがあるんですよ。呪われたようなものなので、ここに来るにも制限されます。ちなみに、彼女は私に巻き込まれただけで、それはもうお世話になっています」
 二人が横暴な態度を取るハルカを悪く思わないようにフォローを入れる。
 本当に、変態と罵りながらも加害者の私に口を貸してくれて、食事の準備をしてくれて、考えれば考えるほど世話になりっぱなしだ。彼女なら言葉さえ覚えれば好きに働き始めてしまいそうなので、捨てられないように気をつけねばならない。
 まさか、自分が捨てられるなどと心配する日が来るとは、のほほんと人として生きていた時には、思いもしなかった。
 情けない限りである。

 


 合わなさそうな二人です。ハルカさんは聖良よりはパニックになるし家事能力は低いですが、聖良より気が強くて嫌味で運がいいです。アディスとは完全に対等ですね。

こういうのはどうですか

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