窖のお城 ルゼちゃんのお城訪問

1 大人なはずのノイリ視点

 ベッドで寝ていると、身体を揺り動かされて目を覚ます。
 目をこすり、身を起こしてだぁれと問う。
「本当にだぁれ?」
 知らない闇族っぽい男性がベッドの傍らに立っている。小さな明かりを持っているから顔が見えた。闇族とは違い、人間のような感じ。ハーフだろうか。
「覚えていないかもしれないけど、ルゼだよ。地上から君に会いに来たんだ」
「ルゼ……ルゼちゃんは闇族じゃないよ」
「これは変装だよ」
「ルゼちゃん? でも男の子みたい」
「髪を切ったからね」
 にっこりと笑うと、ルゼの面影がある。
 それからノイリはこくと首をかしげた。
「どうしてルゼちゃんがいるの?」
「君がここにいると知ったから忍び込んだんだ」
 ルゼの顔に手を伸ばす。
 魔族よりも少し温かい。
 久々に触れる、人の体温。
「本当にルゼちゃん?」
「びっくりした?」
「びっ……くりした!」
 涙が出てきた。
 生きていた。いつも後ろをついてきた小さなルゼ。一緒になって水を飲み、一緒に歌った小さなルゼが、生きていた。
「ルゼちゃん」
 ぎゅっと抱きしめる。花のいい匂いがした。
 この花は知っている。これで香水を作るのだ。それが一番有名な特産品だと聞いた。みんなで手入れして、みんなで収穫して、みんなでエキスを搾り取った。
 懐かしい匂い。
「ノイリ、ずっと、会いたかった」
「わ、わたしも」
「私は君のために生きてきた。君と再び会うためだけに」
 抱き返されて、身体が震えた。しがみつき、ルゼの熱を感じる。身体を押しつけて、もっともっと感じたい。
「ノイリ、誰か来そうだ。私は行っ」
「やっ」
 さらに強く、ぎゅっとしがみつく。
 まだ何も聞いていない。行っては嫌だ。
「ノイリっ」
 ドアが開いて、マルタの悲鳴が聞こえた。
「行っちゃいやっ」
「ノイリ、また来るから、ね?」
「だめ」
 また来るなんて、簡単なはずがない。人間が自由に外を歩くなんて、考えられない。
「ノイリの間男!?」
「君が勘違いされるから、まずは離れよう」
「いや」
 ふるふると首を横に振る。
 ルゼがそっと頭に触れて撫でてくれる。撫でるのはノイリの方なのに。
 エンダーが来て、ノイリが落ち着くまで、ルゼはずっとそうしてくれていた。

2

 エンダーは見事に変装した人間の若者を見て感心した。片親が人間だと言われれば、誰も疑いはしないだろう。花の香りで人間の匂いを誤魔化している。
 ノイリが誘拐された時からずっと探し続け、こんな所まで来てしまうなど、なんとも一途な若者だ。
 城内で眠っていた者はいても、怪我を負った者は一人もいなかった。ここまで住人を傷つけずに来るなど、本物の闇族でも不可能だ。
「みんなは元気?」
「ごめん。私以外は連れて行かれて分からない。君は翼があるし、四区の方にも噂が広まってきたから探し出せたけど、他の子は会っても分からないと思う」
「…………ルゼちゃん、一人だったの?」
「別の所に移って、魔術を習ったんだ。傀儡術って特殊な魔術の才能があってね。これを使って君を捜したんだよ。君がよくしてもらっていると知って、とても嬉しかった」
「とってもよくしてもらってるの」
 ノイリの笑顔を見て微笑むルゼ。話を聞いているとノイリよりも年下のようだが、しっかりした好青年である。
 マルタがそわそわ、はらはらしながら見守る。
 ノイリが喜んでいるのは嬉しいが、取られてしまうような気がして不安なのだ。ここまで誰にも気づかれずに来た以上、気付かれずに抜け出すことも可能だ。ノイリはそんなことをする子ではないが、もしも交際の反対などしたら、そういうこともあるだろう。
 どれも可能性だけで、そうなるとは限らないが、男女とはどうなるかわからないものだ。
「ルゼちゃんは今何をしているの?」
「騎士をしているよ。君を捜しやすいしコネが出来るからね」
 実際に探し出してしまえるなど、人間の中でも最上級の術者なのは間違いない。種族に関係なく、認めるべき才能というのはある。自分のために困難を乗り越えて迎えに来てくれるなど、女にとってはさぞ魅力的に映るのだろう。彼女はここに来たときと違い、見た目だけはすっかり大人の女性だ。心も大人となり、こういう男に引かれるのは、止められるものではない。
「女の子でもなれるの?」
 誰かが物を落としたらしく、部屋にかんっと音が響く。
「性別と年齢と身分だけルーフェス様のを借りているんだ。彼は病弱で騎士なんて出来ないだろ」
「ルーフェス様になっているの?」
「うん」
「男の子の振りをしているの? だから男の子の格好しているの?」
「そうだよ。けっこう楽しい。王子様とも知り合ったんだよ。金髪じゃないけど、すごく格好いいよ」
「ルゼちゃんすごいね!」
「魔術師だから優遇されるんだよ。白鎧だからすごく女の子にもてるようになった」
「すごいね。見てみたいな」
「あの鎧は上に来る犯罪者連中に嫌われるから、持って来る自身はないな」
「上で悪いことをするのは、下でも犯罪者なんだよ」
 だんだんと──女性特有の姦しい会話になってきた。
 本当に女性のようだ。言われてみればノイリよりも細い華奢な体つきをしている。背が高く男のような仕草がなければ、女のように見えるだろう。
 人間の女性は子供のようにか弱いので、戦うのは男だけだと聞く。男がここまで来る以上に覚悟が必要だ。
「でもルゼちゃん。私がいなくなって大変じゃなかった?」
「大変だったけど、ノイリのことに関しては結果的には悪くなかったと思うよ。あのまま上にいたら、命を狙われていたかも知れない」
「どうして?」
「権力者の抗争ってやつだよ。私には理解できないけど。
 今戻ってもインチキ宗教でも作って安全な地盤作らないと危ないからね」
 傀儡術師だと言っていた。魔物の傀儡術師など、人間の傀儡術師以上に珍しい。
 心身掌握も可能だという、伝説級の能力。
 それを駆使すれば、彼女の言うとおりのことは可能だろう。
「ノイリが望むなら、やってあげるけど」
「よくわかんない」
「分からない方がいいよ」
「よく言われるけど、なんでかな」
「ノイリっぽいから」
 ずいぶんと長く離れていたのに、彼女はノイリのことを理解している。
 取られてしまう寂しさを危惧したのに、女で残念だとも思う。ノイリにふさわしい男はなかなか現れない。
「ルゼちゃんはいつまでいられるの?」
 ノイリは人間であるルゼが帰ってしまうことは言われずとも理解していた。寂しそうだが仕方がない。人間が地下にいるのは珍しくないが、自由に出歩くのは珍しいというか、前例がない。この都だけならともかく、移動をすれば身元不明の人間は捕まってしまう。
「仕事があるから戻らないとね。翼をそれっぽく動かすのもまだ慣れないから疲れるし」
「ルゼちゃんは器用だね。すごいね」
「苦労したんだよ。それっぽく飛ぶのって難しいんだ」
「飛べるの?」
「飛べるよ。傀儡術師だからね」
 翼を動かさずに浮くルゼ。
 飛べない鳥に、飛べる人間。
「いいなルゼちゃん」
「まあ、人間やって出来ないことはないって事だね」
「そっか。私もいつか飛べるかな」
「魔力は大きいから、ものすごく訓練すれば不可能じゃないと思うよ。私が上達したのは足を痛めて必要になったからだしね」
「足痛いの?」
「痛くないけど、ほとんど動かない。傀儡術で動かしてるんだよ。
 でもノイリはそんな必要ないでしょ。歌うために全力を出すのがノイリだ。小手先の技に頼ってたら、あんな癒しの歌は歌えないよ。君の歌こそすべてに優る。とても上手くなったね」
「聞いてたの?」
「綺麗な声だった」
「えへへ。ルゼちゃんはかっこうよくていい匂い。懐かしいお花の匂いがする」
「懐かしい? じゃあ、これをあげるよ」
 綺麗に包まれた箱を取り出す。ノイリは受け取った箱の包みをはがす。見事なガラスの細工の入れ物だ。
「あまり大きな物は持ち運べないし、地下では花の香りは珍しいみたいだから」
「香水? ありがとう」
 ノイリがぎゅっとルゼに抱きついた。
 なぜ、彼女は男でないのだろうか。男であったら人間でも婿にしたいぐらいなのに、女性なのだ。
 寂しさは遠のくが、大きな獲物を逃がしたような気分になる。


 

 ルゼは、やろうと思えば地下に潜入できます。ただ、リスクが大きいので、ノイリが見つからない限りは地上から地道に探します。でも四区の上に住んでるので、五区の中央の情報はなかなか入ってきません。
 これもウルの話しと同じで、これを続きとすることも可能な流れですね。

こういうのはどうですか

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