れっつ☆くっきんぐ

 扉を開けて、人の気配がないことを確認する。
 閑散とした古城の一室で、彼は腕を組み上向いた。
「いないな」
 庭にもいないし図書室にもいない。この部屋にいないとすれば、本当にいないのだろう。
 と、そこで彼は背後に現れた気配に気付く。
「あ、ディオル。そこで何をしているんですか?」
 振り返れば金の聖眼が忌々しい、女のような顔立ちをした少年が立っていた。父親によく似た顔立ちの少年は、世間的に見ればかなりの美少年である。稀に見るナルシストの父親の血が、彼をこれほどまでに女々しく成長させたに違いない。そしてこの男もベクトルは違えど究極のナルシスト。子は親の鏡という言葉を体現する、度を超えた自分大好き人間が、彼である。
「ヴェノムさんは?」
「いない」
「キーラさんは?」
「いない」
「……じゃあ」
「いない。女達は皆いない」
 その言葉に、彼は顔を顰めた。
 ここはヴェノムの部屋だ。北側の薄暗いが、風通しが良く魔道士の部屋としては最高の条件のいい部屋である。本や薬物は日差しに弱く、薬物を扱う以上風通しがよくないと命取りになる。本来ならディオルもこのような部屋を理想とするのだが、子供は日光に当たりなさいと、寝室は日中に一番の日が差し込む部屋を利用している。爽やかな朝なのはいいが、徹夜明けで寝ようとしている時は辛い。
「……お腹がすきました。食事はどうするんですか?」
 彼は愛らしい見目に反して、自分では一切何もしないタイプだった。甘やかして育てられたと言うよりも、厳しさをはね返して我が道を歩いてきたのである。我が儘のためならば、断食をして呆れて放置されるまで我慢する、堕落のためなら努力をするのがこの男だ。
「……自分で適当に食べればいいだろう、エリア」
 人に頼ることに慣れきったこのお坊ちゃまに、さすがのディオルも呆れ半分言う。せめてそれぐらいは自分でしろ思いながら、一番簡単な方法を教えてやった。彼とて、食事は誰かが作ってくれることぐらいは知っている。
「食べるって何を?」
「パンとミルクと卵ぐらいあるだろ。卵でも焼いて食べればいい。それぐらいも出来ないほど、不器用で物知らずではないだろ? 僕に言う前に、自分でやれ。ここは君の実家じゃないんだ」
 エリアスは唇を歪めて不機嫌を露わにする。感情むき出しの少年を鼻で笑い、事情を聞くべく野良仕事に精を出す父のいるだろう、裏庭のさらに奥にある畑へと向かった。ヴェノムの部屋の窓から出て少し歩くとすぐのところにある。
 予測したとおり、光できらめく銀の頭が見える。間違いなく父だ。あの髪質を持ち者は、世界に数人しかいない。
 ついでに、白っぽい頭も見える。淡い紫と白い髪が混じった奇妙な色合いの地毛を持ち、しかも邪眼という、生まれて初めて見る父以外のいるだけで衝撃的な異様に目立つ人物だ。今はヴェノムが邪眼の扱いを教えているが、魔道士でもないただの武闘家だった男である。
「父さん」
「ん? どうした?」
 父であるハウルは見上げて、爽やかに笑う。野良仕事という、神がかり的なハンサムに似つかわしくない趣味を持っている男だ。
「みんなは?」
「ああ、買い物ついでにバカンスだと」
「バカンス?」
「ヴェノムの好きなブランドのバーゲンがあるらしくって、ついでにリゾート地で女だけで楽しんでくるそうだ。男は適当に何でも作って食べていろとさ。ついて行っても荷物持ちを雇う必要が無くなるだけだからな」
 ハウルも女達の買い物には、辟易しているのだろう。ヴェノムなど豊富な資金で迷い無くあれこれ買うのだ。荷物はかなり重くなり、楽しくもない。
「ああ、そう。どれぐらい?」
「一週間」
 その言葉に、ディオルは初めて不安を覚えた。
 身体をなまらせないためと、ハウルに無理矢理野良仕事を手伝わされているジークは、理解していない様子で草刈り用の鎌を肩に乗せた。


 三日目。
 朝食に出てきた魚を見て、一同ため息をつく。
「僕は、魚嫌いだと何度も言ったんですけど」
 エリアスはいつものように我が儘を言い、普段は我が儘など言わないジークもまた、哀愁を漂わせて魚を突いている。ヴェノムの作る料理になれてしまった今、この毎日は辛いだろう。
 川魚の塩焼きに、堅いパン。
 どこで野宿をしているのだろうと思うようなメニューである。昨日の夕食は、海で釣ってきたという知らない魚の煮付けだった。
 昼もメニューは覚えていないが魚だった。ずっと魚だった。ハウルはそれらを嫌々ではなく、嬉々として用意していた。
 そう、調理をするヴェノムがいないと、この男は魚と野菜しか食べなくなる。しかも野菜は調理すればいいのに、こちらは生のまま出てくる。野菜は丸かじりが一番美味しいのだそうだ。
 最悪なのは、ヴェノムがいると普通に一流のレストラン並の料理を作るということである。物によってはヴェノムよりも美味いものを作るのだ。作れるのに、ヴェノムがいないというだけで自分が作りたい料理を作るのである。
「さすがに飽きた」
 ディオルも呟いた。
 満足そうに魚にかじりつくハウルの表情が固まった。せっかく作ったのに、とばかりの視線が突き刺さる。
「ジーク、あなたが作ってください」
「私は料理など、外でしか作ったことがないぞ。それこそ、獲物を狩って丸焼きのような」
 貴族の長男のくせに、やっていたのは辛酸極まりない訓練に、アウトドアというのがこの男の特異性を示している。
「それでいいよ。僕はとにかく肉が食べたい」
 ここは広大な森の中心である。仕入れに行くには、時間が掛かる。転移すればいいのだが、子供達だけでの使用を禁止を言い渡されており、ディオル達では使用できないようになっている。逃げ出して、好き勝手に生活を始めかねないかららしい。
 唯一自由にどこにでも行けるハウルに頼めばいいのだが、彼は今の生活で満足しており、拒むことは目に見えている。何より彼は魔法陣に頼る必要がないので、魔法陣の使用に慣れていない。そのため、彼に任せるのは不安でたまらない。かといって抱えられていくのは恐ろしい。この男のいい加減な正確を反映してか、抱えられた者だけ違う場所に落ちる事が、ごく稀にあるのだ。幼い頃、そのせいで迷いの森を一人で泣きながらさ迷う羽目になった。あの時、ラフィニアが来てくれなかったらと思うとぞっとする。
 そのため結論としてはやはり自分たちで作ることこそ、毎日の研究がはかどると結論づけた。食事に不満があれば、効率が悪くなる。
「パンも作らないとね。じゃないとこの素っ気ない堅焼きパンが続くことになる」
 そればかりは耐え難い。彼は子供らしくないといわれるが、寝る間も食べる間も惜しんで研究するタイプだが、食べるときは最低限の物は食べたいと思うのだ。ハウルの作る食事が不味いわけではない。彼の場合、作る物が魚料理に偏りすぎているだけである。しかし食べ盛りの子供にとって、毎日似たような味付けの魚というのは飽きる。とにかく飽きる。ミルクやバターをたっぷり使ったパンに、こってりとした肉も食べたい。
「パンなんて作れるんですか。意外な技能ですね。てっきり研究しか出来ない不器用物だと思っていましたよ。字も下手ですし」
 エリアスは意地悪く笑う。何もしないでも育った彼は、なにぶん将軍の孫で魔術師なので、王宮に私室がある。食事など食堂に行けば食べられるし、調理場など入ったことがなくても仕方がないという、恵まれた環境で育っている。なまじ金の聖眼など持って生まれたので、大地の国と呼ばれるクロフィアでは蝶よ花よと愛でられて、畏れ敬い奉られて育てられた。彼に逆らう者はおらず、両親は仕事で忙しく、姉は己を鍛えることに夢中と、弟とは真逆の道を歩んでいる。神殿の近所にあるという彼の実家には当然使用人が何人もいて、この一家に家事などというものとは一切の縁がないのだ。
 そんな甘えたこの男に、ディオルは苛立ちすら覚えた。
「……君も手伝うんだよ」
「な、なぜ私が!?」
「じゃあ、こいつの魚料理を食べ続けるか? パンはせいぜい混ぜて焼くだけだぞ。僕は嫌だ。柔らかいパンが食べたいし、肉も食べたいし火の通った野菜も食べたい」
「うぅ……」
 彼もそうなのだろう。今まで食に対する不自由など無かったのだ。自分で作ろうとも思ったことがないのだけである。料理は空腹を覚えたころには出来ているものなのだ。
「とりあえず、朝食はこれで我慢する。ジークは鳥でも兎でも狩ってこい。父さんは炒めて美味しそうな野菜を取ってくる。僕らが調理。ついでにパンを作っておく。これで文句ないな?」
 渋々と言った様子で、エリアスは頷いた。手を貸さなければディオルが彼に何も分け与えないのを理解しているからだ。


 ジークは最近、狩りの腕が上がったと実感していた。実家にいたときは毎日練習していたものだが、やはり近所で狩れる動物など限度がある。難易度を上げるために、小動物相手には向かない道具で狩りをすることもあった。食材ぐらい自分で獲ろと父は言い、実際に彼が狩った獲物が食卓に上っていた。しかしここでは、ほとんどは動物達の胃袋に収まることになる。際限がないので、大きな獲物ばかり狙うようになった。今日は久々に自分の食事のための狩りである。
 魔物が出ない場所は少なく、あまり広い範囲で狩りは出来ないのが残念だ。さすがに彼も魔物が徘徊する森にずかずかと足を踏み入れ狩りをするつもりはない。
 今日の収穫は見たことのない大きな鳥と、変わった毛色のウサギである。美味そうだ。
「これならばあいつ等も満足するだろう」
 我が儘小僧二人は、今日は珍しく協力して一つのことをやり遂げようとしている。実に素晴らしい成長である。彼らに必要なのは一般常識と協調性だ。
 ジークは二人が健闘する姿を想像して、台所に向かった。焦げていても、不味くても、肉があるから腹はふくれるだろう。大切なのは二人が協力して──
 がしゃあああああん!
 ジークは咄嗟に横に動いていことに、響く音が止んでから気付いた。
 この攻撃を避けられたのは、父の教育のたまものだろう。普通は避けられない。勢い余って尻をついたが、彼はなんとか無傷だった。
 唾を飲んで落ち着くよう自己暗示をかけて原因となった物を見れば、それは鍋のフタだった。
 さらによく見れば、圧力鍋のフタだった。
 冷や汗が背中から吹き出てくる。
「び、びっくりした!」
 頭を抱えて蹲っていたエリアスが、目をまん丸にしてそろそろと立ち上がる。
「おかしいな。鍋が爆発するなんて。栓が詰まっていたのかな?」
 テーブルの下から出てきたディオルが、けろりとした様子で首をかしげた。
「だから圧力鍋なんてやめようって言ったんじゃないですか」
「だって、昼食の時間に間に合わせようと思ったら、これが一番だろ」
「ったく」
 ジークは突然の攻撃に腰が抜けたまま動けないでいると、近づいてくる異様に速い足音を聞いた。勢い余って一度通り過ぎ、戻ってきたのはもちろんハウル。
「な、何だ!? 今の音はなんだ!?」
 と、彼はジークの目の前に転がる圧力鍋の蓋と、そして傷ついた上に食材が張り付いた天井を見つめた。その反応を見て、エリアスは腕を組む。
「料理がかくも危険な作業だったとは……」
「普通こんな危険なんてねぇよ」
「ただ芋を茹でようとしただけなのに」
「帰ってきたら、ヴェノム怒るぞ」
 エリアスは視線をそらした。我が儘大王の彼も、ヴェノムだけは苦手としている。
「俺が作ろうか?」
「僕は魚が嫌いです」
「肉があるのに魚は嫌だ」
「私も魚以外のタンパク質とスープ以外の火の通った野菜が欲しい。油で炒めたい」
 ジークも彼らの意見に賛同する。ハウルは他の食材があろうとも、魚を使う魚が大好きな男だ。というよりも、釣りが。釣った魚は食べなければいけないと、全部食卓に並べられる。そのため他の食材が並ぶ隙間が無くなる。よって飽きる。
 ジークは非常食で暮らすような訓練は受けているが、魚ばかりは味付けに工夫する非常食よりも飽きるのだ。干し肉は焼けば美味いし、乾パンとの相性もいい。
「……じゃあ、今度は変な道具は使うなよ。お前らはともかく、ジークはよそのお坊ちゃんだからな。怪我させるなよ」
「何ですか。私のような天才聖人を捕まえて、怪我をしてもいいような言いぐさ!」
「自分で治せるだろ」
 今まで庭の手入れをしていたらしいハウルは、タオルを振って去っていく。女達がいないと、本当に一日中、土をいじっているか釣りをしている。
 なんて気楽な生活だろうか。道楽でやっているのだから、まるで隠居した老人である。
「気を取り直して……ジーク、君はその獲物をさばけ。僕は主食作りだ」
 言ってディオルは計量中の小麦粉に向き直った。テーブルの上には本が置かれている。どういうわけか、サジを使って、本当に微量な小麦粉を調節していた。何もそこまでしっかり計らなくともと思い声をかけようとしたら、先にエリアスが口を開いた。
「ところで、卵というのはサイズが違いますが、何グラムが正確なんでしょうね」
「大体でいいだろ。慣れた者は普通目分量だぞ」
 ディオルも異様にしっかりと計っているのだが、その上がいた。
「曖昧な。僕はきっちり謀らないと気が済まないんですよ」
 この言葉から、彼が日頃どんな生活をしているか伺える。部屋にこもっているときは、妖しげな薬を作っているらしい。最近はディオルと競ってどちらが先に成功させるかと罵り合っているほどだ。
 二人の仲が悪い理由はただ一つ。同族嫌悪である。
 言葉遣いや生活環境は全く異なるが、似ている部分があるのだ。そのせいで──
「男のくせに細かいことにこだわるね。女々しいのは顔だけにして欲しろ」
「餓鬼のくせに悪事を企まんばかりの悪役顔に言われる覚えはありません」
「は、何それ。中身腹黒活字中毒自我絶賛魔物使いの言葉とは思えないね」
「何を言うんだか。君が悪役なら私は主人公的清らかな天使もかしずく超絶美少年です。
 確かにディオルの腹黒さは、悪役の中でもかなり位が高いでしょうが、その時が来れば世界を救う清廉なる聖人たる私の前には、膝を屈し、許しを得なければならなくなるでしょう。今から練習なさい」
 とまあ、このように些細なことから口喧嘩が発生する。いつものことだ。
「本は出すなよ。力使うなよ。魔法も」
 二人は喧嘩となると、平然と殺傷力のある方法を取る。脅威となる力と魔法さえなければ、この二人は無力に等しい。同年代の少年に比べて、情けないほど身体能力に劣るのだ。
 よって、
「このナルシストめっ!」
 ディオルがせっかく計量した小麦粉をひとつかみ投げた。
「このサディストが!」
 エリアスもそれに倣い、小麦粉をひとつかみ投げる。
「蛙の子は蛙男っ!」
「このアヒルの子っ!」
 くだらない罵倒と共に、粉が舞う。
 思えば初めから、期待などしてはいけなかったのだ。
 しかも、ついに袋ごと持ち上げる自称聖人がいる。彼は運動音痴だが、その聖眼のおかげで力だけはある。
 迎え撃つのは悪役顔と言われる程度には目つきの鋭いディオル。その手には、その場しのぎか包丁が握られていた。
 ジークは無言で部屋を出た。
 どこかで獲物をさばき、ほとぼりが冷めた頃に戻ろうと台所を離れる。あのまま留まれば、自分の服まで洗濯が大変なことになるだろう。
 そして階段にさしかかったときだ。
 台所から爆発音が響いたのは。


 爆音と窓ガラスが吹き飛ぶ音を耳にし、ハウルは慌てて見上げた。
 作業に戻ろうとしていた彼は、己が実はまだベッドの中にいるのではないかと疑った。
 爆発したのだ、台所で。
 煙が吹き出ると言うことはないので、火事の心配はなさそうだ。酒を変な風に使って火がつかなければ火事になる心配などないので、ハウルはそれを確認するため、外からそっと中を覗いてみる。
 ハウルが覗く窓の向かい側にあるドアが開き、ジークが飛び込んできた。
「な、何があった!?」
 どうやら彼は巻き込まれていないようだ。なら安心である。なにせハウルの息子は万年結界を纏っているし、エリアスはあれでも金の聖眼の聖人である。頑丈さが取り柄だ。
「どうしたんだ? なんで爆発なんて?」
「わ、分からない。こいつらただ小麦の引っかけ合いをしていただけなのに……」
 血が出るならともかく、と彼は続ける。
 言われてみれば、小麦の入った袋がひっくり返って燃えている。これでは使えない。
「馬鹿なガキどもだな。料理してるだけで粉塵爆発なんて起こしてるんじゃねぇよ」
 ハウルはせせら笑いながら、魚を馬鹿にする子供達を睥睨する。エリアスなど、魚が嫌いだというお粗末さだ。好き嫌いをするから、天罰が下る。天の神は彼の父のウェイゼルなので、何とも言えない気分になるが。
 ハウルはとりあえず火元の酸素を避けて、一瞬で消火する。これで安心だ。
「うう……ヒドイ目にあった」
 次元のひずみを纏うディオルは、鼓膜ばかりはいかれたのか、頭を振って耳を叩いている。
 もう片割れは、さすがに目を回して失神している。生きているどころか目立つ傷もない頑丈な身体をくれた父親を有り難がるといい。起きたらきっと髪が焦げたと騒ぎ立てるだろう。しかし男なので問題ない。ぼうずにでもしてしまえばいいのだ。
「ははっ、髪焦げてるよこいつ! 日頃の備えの差だね!」
 命を狙われているわけでもないのに警戒心の強い息子は、目を回した少年を指さして笑う。
 なぜこうも意地が悪く育ったのだろうか。姉のキーラは人に預けていたとはいえ、真面目で思いやりのある子に育ったのにと、悲しく思う。
「ディオル、部屋まで連れて行ってやれ。仕方がないから、今日はなんか肉料理作ってやる。もうお前等、一緒に料理するの禁止」
 一緒に何かやらせると、また争いを始めるだろう。
 ハウルとラァスはじゃれ合うような口喧嘩はしても、罵り合い傷つけ合う喧嘩はしたことがない。なのにこの子供達と来たら、些細なことで奥の手を使って相手をねじ伏せようとするのだ。ディオルがこれだけ感情をむき出しにするというのも、これに関してのみである。そう思うと、親としては悲しい。どうせ反抗するなら、親に全力で向かってくればいいのに、彼は実力の差を理解しているためこの上なく淡泊だ。
「で、運び終わったら」
 ハウルは天井を指さした。
 鍋の中身で汚れている。
「あれの始末」
「なんで僕が!?」
「お前の方が強かったから、強い子が後片付け。で、手伝ったらエリアが起きたときに胸を張れるだろう?」
「ちっ、しかたがない」
 ディオルはエリアスの足を持ち引っ張っていく。
 息子ながら、頭はいいがこういうところは実に扱いやすい性格だ。どう言えば動くか、理解しているのは父親として嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない。
「俺もああだったのかねぇ」
 昔はよく、それで誰かにからかわれていた。
 今も大して変わらないのだが。
 顔は似ずとも、性格は似ずとも、肝心な部分は似ていると皆は言う。
 本当に、まさにその通りで、ハウルは息子の将来が心配になった。
 好きな相手が出来たなら、きっと散々振り回されるのだろう。
 ハウルはやれやれと息をつき、そして散らかった台所を見回した。まずは、ヴェノムにこれを悟られぬように徹底的に片付け、小麦を買い足しに行かねばならない。まったく、実に困った子供達だ。

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