嘘はトップページでつきまくっているので、本音でゴー。
 今年は直球です。
 ひよこはかわいいです。ひよこへの愛を感じてください。
 ひよこらぶ! ついでにうさちゃんもらぶ!
 ……この一日限定行事に、私は一年で一番力を入れているかも知れません。

 

卵神官


 ラァスは神官である。
 神官といっても、見習いだ。見習いの神官は、下っ端だ。どれほど恵まれたギフトを持っていようが、しなければならないことは多い。もちろん、地神ご指名とあり、優遇されているが、それでもやるべきことはある。
「ラァス様、器用ですねぇ」
 次々とできあがるオムレツを見て、ラァスと同年代でおなじく見習い神官の少年がつぶやいた。
「俺……じゃなくて私は野菜の皮むきや鍋をかき回すのが精一杯ですよ」
「慣れだよ、慣れ。一人称も、そのうち慣れると思うよ。常に気をつけることが大切」
 ラァスは女装で慣れたため、意識の切り替えは簡単にできる。
「ラァス様は、使い分けが上手いですよねぇ。お……私は演技力もないんで」
「神官なんて少なからず演技力が必要だけど、精一杯やれば認めてくれるよ。好意を持って集まってくる人たちがいれば、自然と笑顔になるでしょ?」
 ストーカーやエロオヤジを除いて、と心の中で付け加えた。
 ラァスは今、朝食の準備をしている。朝食を作るのは、彼ら見習いの仕事である。もちろん、専用の調理師も雇っているが、昼と夕食の分だ。それにしてもすべてを任せるわけにはいかない。万が一と言うことがある。この神殿にあるのは、形ある高価な宝石だ。そのため、見習い達が必ず立ち会い、毒味をすることになっている。その理由を調理師達も見習達も気づいている者は少ないだろう。これは昔からの習慣らしい。昔何かあったのだろうとラァスは予測している。
 それでも始めは無防備だと思った。普段ならこの大鍋の料理は大神官の口にも入るのだ。毒殺を恐れないのかと疑問を持ったが、生活するうちに気づいた。ここは治癒魔法の達人が揃う地神殿。その頂点に立つ大神官が、老いたとはいえ毒殺されるはずもないとすぐに気づいた。問題なのは、この神殿の大半を占める見習い神官達だ。それよりも心配なのは、世間を騒がせる怪盗セイダだ。彼なら、いたずら心で予告状を送ってきても不思議はない。
「でも、ラァス様って気さくな方でよかった。つんけんした選民意識に凝り固まった貴族の腐ったような人だったらどうしようかと思ってたんですよ」
 それを言ったのは別の少女。
「はは。だったら、なんで僕がこんなこと、とか言いながら、みんなに仕事を押しつけていたかな」
 ラァスは最後のオムレツを完成させ、皿に盛りつける。
「さ、これをシーロウ様のところに」
 今日はシーロウとその知人達がともに朝食をとることになっている。そのため、彼らの分の朝食は普段よりも豪勢だ。このオムレツにはハムと野菜が入っている。ウインナーとサラダも備え付けてある。スープもあり、デザートもある。それぞれが個人のために作られている。これらが、配給制の彼らの食事の差だ。
「ラァス様は、シーロウ様と食事をしないんですか?」
「しないよ。僕は見習いに過ぎないからね」
 出しゃばろうと思えば出来るだろうが、それをしても意味はない。顔を大々的に表に出すのは、もっと成長してからでいい。まずラァスには知識が足りない。貴族のように振る舞うことは出来るが、なりきることは出来ない。聖人の振りは出来るが、聖人になりきることは出来ない。物腰は大切だ。話すことも大切だ。聖人君子らしき雰囲気も、また大切だ。
 ようは圧倒的に経験が足りないのだ。
「ラァス様はここに来る前は、魔女の弟子だったんですよね」
「そうだよ。ま、この目のせいで攻撃魔法はほとんど使えないけどね」
「素晴らしい方だったんでしょうね。ラァス様の見事な治療術を見ていれば、教育の内容がどれほど高度であったか想像もつきません」
「ほんとだね」
 一年前まではろくに字も読めなかったほどだ。職業柄、暗号さえ読めれば問題なかったのだ。あのまま組織にいれば、貴族の振りをするための学を叩き込まれていただろう。
「さて、僕らも食事にしようか」
 ここからが大変なのだが。
 なにせ、この神殿には推定千人以上が住んでいる。全員が一カ所に集まったところを見たことがないので、正しくは不明だ。そんな大人数に、これを平等に配らなければならない。


 それは遅い朝食にようやくありついた時だった。昔は一日一食で平気だったのに、育ち盛りの身体は一日三食を求めていた。朝食はシンプルで、オートミールのみ。神官なので粗食は当然だ。もちろん他にも理由はある。これだけの人数のパンを焼こうと思うと、かなりの手間暇がかかるため、一度に煮込めばいいようなものが主食となる。
「ラァス様も変わってますねぇ。あっちはデザートもついてるのに」
「腹に入ればなんでもいいよ。それに贅沢に慣れるのはよくない。人間は贅沢を覚えると、それが他人の力で出来たことであってもそれを当然のことだと思う馬鹿がいるからね。そしてそれが不満でもっと上を見るんだ」
 上も下も知って、受け入れられる大物は少ない。シーロウは、数少ないそういう大物だ。普段なら、皆と共にこの質素な食事を取るのだ。そんな彼は元々は市民下級なのかと思っていたが、意外にも貴族階級らしい。人とは生まれも身分も関係なく、分け隔てのない大物になる者はいるのだといういい例だ。
「ラァス様はよく考えていらっしゃるんで……あら」
 一緒に食事当番をしていた少女が、食堂の入り口を見て口に手を当てて言葉を切る。どこか嬉しそうな表情に、ラァスは首をかしげた。
「ヴァルナ様だわ」
 ラァスは嫌な予感を覚えて振り返る。ヴァルナはこの神殿では有名だ。お隣の時神殿の神官は、ハンサムで美女を見たら口説かないではいられない。そして、今問題なのは、彼が真剣な顔をして早歩きでこちらに向かってきているということだ。
 彼が真剣な顔をするときは、ダーナという人格になっているときが多い。ダーナとは、大昔に死んだ伝説的魔道師だ。
「何かあったんですか?」
「追われている」
「追われ? 何でダーナさんが?」
「あの鬼女に」
「ああ、サリサさん。なんで?」
「この子達を。湿度と温度に気をつけてくれ。お前のコントロールなら出来るだろう。では」
 と言って、彼は木箱を押しつけて颯爽(さっそう)と去っていく。遠くでサリサの怒声と、何かが破壊される音が聞こえた。
 ラァスは渡されたものを見る。木製で、大きさは虫かご程度の箱だ。ふたを取ると、真綿にくるまれた卵が二つ入っていた。慌てていたのか、あまり丁寧な仕事とは言えない。中からは暖かく湿った空気があふれ出た。
「それは……」
 覗き込んだ少年が顔をしかめた。
「たぶん、飼っている鶏の卵。孵化させたいんだと思う」
「でも、どうしてそれをラァス様に?」
「たぶん、これ以上増やされたくない人が時神殿にいるんだと思う」
「どうしてですか? 鶏は多くいた方がいいと思いますけど」
「品種改良されたとは、魔物の一種だからじゃないかな」
「ま、魔物!?」
「ちょっと大きいだけだけどね」
 育て方によっては、火を噴いたりもするらしいが。
 普通に育てれば、あり得ないことらしいので、普通に孵化させるのは問題ないだろう。今後は普通の飼育をするように警告すれば、孵してもいいはずだ。
 問題は──。
「僕、こんな事したことないんだけど……とりあえず今の温度と湿度を保てばいいのかな?」
「鶏の飼育係に聞いてみてはいかがですか?」
「そうだね」
 ひよこは可愛い。それを自分の手で孵せるのなら、やってみるのも悪くない。なにせ、ひよこはこの世のものとは思えないぐらい可愛いのだから。ラァスは時々黄色い頭のせいでひよこと呼ばれるが、可愛いものに例えられるのであれば上等である。ひよこは可愛い。
 ラァスはふたを閉めて、魔道式を展開する。
 大切なのは温度と湿度だと言うことは聞いたことがある。ダーナが保っていたときと同じ状況を保ぐらいならラァスにも出来る。熱を操るのは得意ではないが、苦手というわけでもない。


 より保温性の高い素材を詰めた箱を首から下げている。
 下手な場所に置いて、万が一誰かに美味しくいただかれてしまったら、ダーナに顔を合わすのが恐ろしい。何より、魔物だ。手の届く範囲に置かないのは、無責任極まりない。
 何よりも、だんだん愛情を感じるようにもなってきた。ダーナに渡すのが惜しい。絶対に返すものかと思っている。このまま育てて、鶏たちの王様になってもらおうか。この鶏の方が成育が簡単で、はやく育つ。卵も多く産むらしい。肉質もよく、何でも食べる。
 繁殖に成功させれば、きっと売れる。
「名前は何にしよっかな。二つあるから、男の子と女の子の名前を二つずつ考えなきゃなぁ」
 ラァスは預かってから二週間目の卵を取り出してつぶやいた。
 ここは聖騎士達のものとなった謎の施設、第二地聖騎士館。通称「恐怖の館」という。市民の皆様がつけてくれた、その施設のすべてを物語る相性だった。
「げっ、鶏に名前つけるのかよ」
「もっと可愛げのある鳥ならまだしも、鶏だぜ?」
 ラァスは訓練をしているくせに、さぼって休憩室にやってきた聖騎士達を睨んだ。
「ひよこは可愛い!」
「ああ……ひよこか。お前さんが好きそうだよなぁ。で、大きくなったら平然と食うんだろ」
「僕は繁殖させるつもりだから、まあそのうち食べるだろうね。雄なんてそんなにいらないし」
 増やすだけでは何も意味がない。可哀想だが、食料になってもらう必要がある。可愛らしさと食欲は別物だ。
「ラァス、商売を始めるなら、僕も協力するよん」
「流砂が?」
 いつものようにカリムにまとわりついていたはずの流砂は、いつの間にかそこにいて満面の笑顔で言う。神出鬼没は彼のためにある言葉だろう。
「神といえども、買い物にはお金がいるからね。そのためには自分で稼がなきゃ」
 彼はラァスの耳元で囁いた。彼にも色々と事情があるのだろう。
「それにあのすごい鶏なら、かなりいけると思うよ。卵美味しいし」
「流砂も食べたの?」
「うん。黄身がしっかりしていてすごくいい卵。また食べたいなぁ」
「これはダメだよ。ほら」
 ラァスは光を生み出し、下から光を集中させて照らす。そうすると、中のひよこの形が見えるのだ。動いているのがよく分かる。
「育ってるね」
「うん。もうすぐ生まれそう」
 ラァスは二匹とも生きているのを確認し、箱の中に戻す。ラァスの魔力で中は常に温度が一定だ。霧吹きで保湿して、ふたを閉める。熱が逃げたので、もう一度暖める。当然だが暖めすぎないのが大切。
「ひよこを馬鹿にした人たちはイヤだけど、流砂だけは仲間に入れてあげる」
「ラァスだぁい好き」
 仲間はずれにされた彼らは、美味しい卵を逃したことを知り、悔しげに唇を歪めた。
 そうして暖めながら、流砂と充実した未来設計を語り合っていたときだ。
 休憩室のドアが開き、ブロンドの美女が入ってきた。
 ダーナが鬼女と呼んだ、慈悲なき怪力の女神、サリサだ。
「あんた達、死にたいの?」
「ひぃっ」
 今日は彼女が悲鳴を上げた騎士達の教師である。荒っぽいところが、魔物とそう違いがないところがいいと、ラァスは心の中で思っていた。ラナしか知らなかった彼らは初めは喜んだが、別人格を見て以来、彼女のことを恐れるようになった。当然だ。ラァスも彼女は怖い。
「まあまあ。あんまり飛ばしすぎると、壊れちゃいますよ。代えは簡単には補充できませんからね」
「簡単に壊れたりしないわ。こういう奴らはね、殺す気でやってもなかなか死なないものよ」
「いやぁ、精神的に追い込みすぎると、本番使えないから」
「はん。私がしくじるとでも……ん?」
 サリサはラァスが抱える小箱を見つめた。
 ──ま、まずい。
 可愛いものにも容赦なし、破壊と無慈悲の女神サリサは、気に入らないことに容赦はない。
「何、それ」
「いや、僕の大切なコレクション」
「あら宝石? 見せて」
「いや、ダーナさんと近い傾向のコレクションだからダメです。アミュに見せるためのものだし」
「男が軟弱なこと言ってるんじゃないわよ」
 言って、サリサはラァスの手の中から箱を奪い取る。抵抗できなかった。抵抗すれば、確実に箱が壊れて中の二匹が生まれることなく死んでしまう。
「ああ、それ壊れ物っ」
「何よ、卵じゃない。さてはあいつの仕業ねっ!」
 気づかれた。ダーナとサリサは仲が悪いようで通じ合っている。仲が悪いがあまりにも長く一緒にいるため、互いのパターンが読めていると言った方が正解だ。二人の不仲は決定的で、人格から変えない限り修復不可能であったため、人としての人格が防波堤である。今はサリサだ。ダーナのすることが気にくわないサリサだ。
「ダーナじゃあるまいし、こんなもの後生大事に抱えてるんじゃないわよ!」
 言って、破壊と無慈悲の女神は箱を床に投げつけた。
「いやぁぁぁあっ」
 ラァスは絶叫して頭を抱えて目を伏せた。
 死んでしまった。毎日毎日声をかけて、今か今かと孵るのを待っていたのに、名前候補も何十も考えて、迷い続けていたのに、アミュやラフィニアに見せて、一緒に愛でようと思ったのに。
「あああっ」
 ラァスは力が抜けてしゃがみ込んだ。
 生物の命に貴賤(きせん)はない。命が失われるという、この重み。それはこういう形ではあってはならないはずだ。誰かの気まぐれで、このように散るために存在するのではない。なのに……。
「ラァス、大丈夫だよ。目をあけて」
 流砂に言われるがままに目を開くと、壊れた箱が目に入る。そして、宙に停止する二つの卵が目に入る。
 流砂がとっさに力を使い、二匹を助けてくれたのだ。
「ああっ」
 ラァスは震える手で二つの卵を受け止めた。暖かな二つの命は、ラァスの手の中でわずかに動く。
「あれ?」
 少しひびが入っていた。
「ひ、ヒビがっ」
「さっき取り上げたときに!?」
 慌てた様子で流砂がラァスの前までやって来て、卵を覗き込む。
「う、動いてる?」
「動いてるっ。の、載せる場所。入れ物っ」
「了解っ」
 流砂は果物かごをひっくり返し、騎士達の上着を奪い取り、その上に清潔な自分の袋のような帽子を敷いた。中に収まっていた黄金色の長い髪がばさりは落ちる。思ったよりも髪が長く、帽子が袋のように見えた理由が分かった。
「ほい」
「おうよ」
 ラァスはそっと卵をその中に入れる。そしてかごの周囲に結界を張った。理想の環境を整えると、嬉しくて頬がにやけた。
「動いてる」
 ひよこが、くちばしで殻をつついて外に出ようと必死になっている。
「孵化するねぇ」
 サリサが恐ろしくて、はやく動けるようになりたかったのだろうか。彼らは二匹同時に必死で殻を可愛いくちばしでつついている。
「ひぃよこちゃん、出でおいでぇ」
 うきうきわくわく、ラァスは見守った。
「そんなにすぐは出てこないよ。お産と一緒。時間がかかるもんだよ」
 なるほど、と頷き、ラァスは自分が喉が渇いていることに気づく。
「そっか。長期戦かぁ。じゃあカディオさん、おやつとか飲み物とか食事とか欲しいなぁ」
「はい、ただいまっ」
 サリサから離れられると知って、喜んで下っ端聖騎士カディオは出て行こうとする。
「戻ってこなかったら、僕が怒るからね?」
「はいっ」
 カディオは走って部屋を出て、とろとろと廊下を歩き始めた。
「なんで流砂まで関わってるのよ。孵るものはまあいいわ。それをあの馬鹿に渡さないでよ。これ以上うるさいのが増えたらたまったものじゃないわ! 私は朝はゆっくりしたいのよ」
 低血圧なのだろうか。鶏の鳴き声が耳障りだなど、彼女らしい理由だ。
「でも、普段はラナさんじゃ」
「私はもう帰るわ。やる気のない連中を相手にしているほど、暇じゃないのよ!」
 そして、次の瞬間、彼女の顔は急に穏やかになった。
「ごめんなさいね。サリサ様がご機嫌斜めで。私はそろそろおいとまします。ひよこちゃん達、元気に育ててくださいね」
「はーい。さようなら」
 豹変した彼女を目にし、騎士達はホットした様子で胸をなで下ろす。
 地獄の特訓の終わりを知り、命があったことに感謝しているに違いない。


「ぴよぴよ!」
 カロンがラフィニアを連れて神殿にやってきた。そしてラァスが鳥の巣のようなかごに入れて持ち歩いていたひよこを見て、ラフィニアが顔を輝かせて手を伸ばして叫んだ。
「ぴよぴよ! ぴよぴよ!」
 ラフィニアの叫びに、雄雌の二匹はピョピョピョピョと恐慌に陥る。運良く雄と雌が手に入ったのだ。もしも同性だったら、もう一度卵を暖めなければならないところだった。
「こらこらラフィ。興奮するのはレディらしくないよ」
「ぴよぴよ、かーいー」
「そうそう。ぴよぴよは可愛いね」
 ラァスは一匹、雄の方のトティをラフィニアの前に差し出した。
「ぴよぴよ!」
 ラフィニアは鷲づかみにせんと手を伸ばし、ラァスは慌ててトティをかばう。
「や、優しく」
「そうそう。やさしく、そーっと触るんだよ。そーっと」
「そと。ぴよぴよ、そとっ」
 不安はあったが、カロンがラフィニアの手を掴み、指先でひよこの頭を撫でさせた。
「ほら可愛い。これ以上は、死んでしまうから我慢しようね。ほら、魔動式ペットのラーフちゃん」
 ウサギをモチーフにした、カロン作のぬいぐるみを渡した。彼が経営に関わる魔動遊園地のマスコットキャラクターで、カロンがデザイン考案したらしい。今では、かなり人気のあるキャラクターで、カロンはかなり稼いでいる。
「ラァス君にも一つどうぞ」
「これを渡しに来たの?」
「そう」
「ぴよぴよ!」
 ラフィニアがひよこたちに向かって手を伸ばし、カロンが遠ざけると泣きそうになる。その時、ラァスの部屋のドアが開く。
「可愛いものの気配がするっ」
 どんな気配か知らないが、かぎつけてきたのは可愛いもの命の魔道師、可愛いものの守護神ダーナ。彼はぬいぐるみを抱えたラフィニアと、生後二日目のひよこを見てヴェノムほどではない無表情を歪ませた。
「なんと愛らしい」
「ダー」
 ラフィニアは久しぶりに見るダーナを見て喜んだ。可愛らしい彼女に両腕を伸ばされ、ダーナはでれでれと鼻の下を伸ばして彼女を抱き上げる。
「ダー、らーふたん」
「こんにちは、ラーフでぇす。ラフィニアちゃんのお友達なの。おにいさんはだぁれ?」
 可愛らしい声でしゃべる人形を見せられ、ダーナは驚愕した。
「な、なんだこの愛らしいウサギはっ」
「それはカロン作のラーフちゃん。ラフィがモデルだから羽根つき」
「しゃべったぞ」
「それはカロンの得意分野だから」
「素晴らしいものを作っているじゃないか。素晴らしい! 個体の識別能力もあるのか? 世紀の大発明だ!」
 今まで彼と接してきた中で、これが一番褒められた瞬間だった。カロンは複雑な心境を表情に宿しながら、それでもはははと笑った。
「よろしければ、一つどうぞ。これから全国で販売されるものです」
「これを量産するのか!?」
「もう少し精度は落ちる劣化版ですがね。注文があれば、高性能版を販売することになっています。これは配るために持ち歩いているものですから、お一つどうぞ。話しかければ言葉を覚えますよ。歩くことも出来るようになります。核になっているのが小さいながらも魔石なので、生まれたての精霊に近いですよ」
「ありがとう。大切にする」
 ダーナはカロンから高性能量産型ラーフを受け取り、子供のように喜んだ。
 心の底から嬉しそうだった。
 ひよこのことは忘れている。この隙に、ひよこをそっと隠して皆を部屋の外に押し出した。
 こうして、ラァスは流砂の共同養鶏所計画は一歩前進したのだ。

 

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