魔王誕生?

 

 魔王。
 それは最強の称号とも言えるだろう。闇の民の中で最も強い者。唯一絶対の存在──だった。
 しかし魔王は封じられ、新たな魔王が玉座に着いた。
 魔王は幼い少女だった。幼く華奢でありながら、絶対の力を持っていた。そしてこの世界に置いても特殊な存在だった。感覚の鋭い闇の民ならば、それが分かる。魔王と同じだった。ただし、以前の魔王は命を命とも思わず、自らでは考えず、友人の男の言いなりだった。
 だからこそ、反乱が起こった。
 そんな折に現れたのが、幼い魔王だった。
 小さくて幼くて頼りなさげな少女。
 後に立派な魔王となる少女だ。

 彼女は呆然としていた。あとは二人が出て行くだけだというのに、彼女は戸惑い足を止めた。
「ハクちゃん。どうしよう……」
「どうって、どうにもならないよ」
 彼はどうでもいいとばかりに言う。実際、彼には関係のない事だ。魔王になったのは彼女だ。自分はただのおまけ。
「アヤ、魔王になってっくれって言われて頷いたのは君」
「だって、あんなに大勢の人に頼まれて、断れる?」
 彼女の瞳は涙で潤んでいた。それを見て、ハクは小さくため息をつく。
「でも、私にあんなに大勢の前に出て、どうしろって言うのぉ?」
「僕も横に立つよ」
 今から行おうとしているのは、魔王としての初仕事。魔王は魔王であり、戴冠式などない。よって、自分が魔王であると知らしめるため、高位の闇の民たちを集め、会議を行うのだ。つまりはこれからどうするかを話し合う。もちろん、進行するのも意見を言うのも何もかも心得ている淫魔カーティスだ。
 アヤはただ、威張ってその方針を許可すればいいだけだ。
 彼女は気にしているのは、何をすればいいのかではない。どうすればいいのか、だ。
 彼女は小さな身体で大仰なローブを身につけている。彼女は可愛らしいワンピースが似合うような、小奇麗な容姿の持ち主だ。誰が見ても育ちのいいお嬢様だと言うだろう。実際にお嬢様だ。メイクで多少はらしくなっているが、魔王らしいとは言いがたい。そんな彼女がどんな態度をとっていれば、魔王らしくあれるかが問題。
 彼女は潤んだ瞳でハクを見る。
「んじゃあさあ、身近な人で考えてみよう」
「身近?」
「そう、君のお父さん」
 その言葉に、彼女はしばし考える。
「あの横暴さ。態度のデカさ。あれを少し参考にしてご覧。もう、男になっているぐらいの気持ちでさ。つまり、何様だって思うぐらい偉そうな『演技』をするんだ」
 その言葉に、彼女は頷いた。二度、三度と頷く。理解しても、この可愛い少女がそれを出来るとは思わないが、ようは本人の気持ちだ。
「そっか。お父様のようにすればいいのね? 自分を男の人みたいに思って」
「まあ、あれぐらい堂々としてれば、問題は……」
 彼女は再び頷いて、突如力を練り始めた。
 ここに来てから、何でもありだった。とくに彼女は器用で、何でも出来た。いや、元々あった力だが、ここに来てそれを扱いやすくなったのだ。しかしまさか、こんな事が出来るとは思っていなかった。発想の問題だろう。
「これなら、魔王らしい?」
 彼女は低い声で、ハクを見下ろしながらそれを言った。
「…………ええとぉ」
 考える。
 言ったのは自分だ。男になったつもりぐらいでいろと。本当に男になれるとは思わなかったし、彼女の父親を思い出すような背の高い男前になってしまうとは思いもしなかった。
「変かな? 私、似合わない?」
「……ええと、その女の子っぽい口調と仕草が変」
 彼女はしばし考え、
「分かった。では、これからは男言葉にしよう。確かにこの声で女言葉は変だな。どうだ? 他に魔王として必要なものはあるか?」
 彼女は急に別人のようになった。背を伸ばし、胸を張る。メイクもあって、なかなか魔王らしい。
「…………ないと思う」
「よし。ハクにそう言ってもらえると心強い。お父様のように態度の大きい、自己中心的とも取れるような存在になるよう心がけよう」
 絶対に間違っている。
 その時、ハクはその一言が言えなかった。
 可愛くて、いつも人の服の裾を掴んでくるようなあの従妹が、一瞬にしてあまりにも遠くに行ってしまった事が彼にはショックだったのだ。
 その後、あの滅多に表情を変えないカーティスが、目を見開き口をあんぐり開けているのを見て、彼はようやく我に返った。
 こうして、魔王アヤの暴走は始まった。

 後々に、可愛い従妹を懐かしむ事があるという事実は、変えてしまう大きなきっかけを作った本人の口からは、絶対に出せなかったことだけは確かだ。
 愉快。
 そう思っている振りをして、彼の中にもかろうじて存在する良心というものを封じていたのだ。
 非道なる竜王ハク。彼も所詮は人間だったということだ。

 

 

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