呪いの魔女

 

 彼女は怒っていた。彼女はいつも不機嫌で、常に周囲を威圧する態度を取る。せっかく可愛いのに、もったいない。
「メディア、何が不満?」
 右手には呪具。左手には分厚い本。制服の紫のローブが異様なほどにこの暗い部屋に似合っている。
 ここに学生は使用禁止の儀式の間。人がいなくなったのを見計らって忍び込んだのだ。
「誰を呪うつもり?」
「知らないわ」
 知らないのに、彼女は儀式を行おうとしているらしい。
 彼女が呪詛の媒体としようとしているのは、正体不明の可愛らしくラッピングされた包み。
「それって、ただのプレゼントだと思う」
「どこが?」
 ボクはメディアを見た。黒の艶やかな長髪。暗い藍色の瞳。そしていつも黒っぽい服を着ている。小さな背丈で人を見下しているような態度と威圧感。その上気に食わない事があれば教師であろうが迷うことなく毒を吐く。それがこのメディアという少女だ。そんな彼女に、どこの誰がプレゼントをこっそり机の中に入れておくというのか。そういう意味なのだろう。
「中身確かめてからにしない? ちょっとした悪戯かもしれないし」
 彼女はその言葉を鼻で笑う。
「この私に悪戯をして、ただで済むと思っているのかしら?」
「いやたぶん、みんな恐がってしないと思う。だからひょっとしたら本当にプレゼントかも」
 彼女の呪いの腕は既に教師達よりも上だ。そんな彼女に誰がわざわざ悪戯をするというのだろう?
「大丈夫よ。ちょっと笑いが止まらなくなる呪いをかけて、誰がしたか見定めるだけだから」
「そんな呪い、あったっけ?」
「最近考えみたの」
「……失敗したら?」
「死にはしないわ。失敗を恐れていては、人間前には進まないもの」
「ボク人間じゃないから、そんなのよくわかんない」
「分かりなさい。まったく、人間くさいくせに、どうしてそんなことだけ反論するのかしらね」
 彼女はボクを見た。ボクは彼女を見つめる。やっぱり可愛い。
「中身ぐらい、見てみない?」
「嫌よ。絶対に変なものが入ってるわ」
 彼女は唇を尖らせる。そんな表情は歳相応でとても可愛い。
「どうして?」
「女の勘」
「じゃあ、ボクが開けてて見るのは? 変な呪いがかかってても、ボクなら大丈夫だし」
 彼女は腕を組む。
「そこまで言うんなら、別にいいけど」
 ボクは思わず安堵して包みを手にする。柔らかいものと硬いものの感触。何かとてつもなく変な形をしたものもある。確かに触れるだけなら怪しい雰囲気だ。
「……変でしょ?」
「うん」
 メディアは怯えていた。彼女はいつも強気だが、二人きりになるとこういった弱さも見せてくれる。そんなところが可愛くて大好きだ。可愛いメディアを怯えさせた包みのリボンを取り外す。どうせ大したものではない。ひょっとしたら、本当にプレゼントかもしれない。彼女はとても綺麗な顔をしている。本人は気づいていないが、性格が多少きつくてもいいという男子生徒は少なくない。ただ、近付きがたいので誰もが遠くから眺めているだけだ。そんな誰かが、彼女の好きな変な呪具を贈ったのかもしれない。それを彼女が嫌がらせと受け取らなければいいのだが。
 ボクは包みの紙を破り裂く。
「…………」
「何、これ?」
 彼女はそれを手に取った。
「鞭?」
 彼女はそれを眺めてから、もう一つの黒い物体に手を伸ばした。
「……何? 水着?」
 分かっていない。
 確かに彼女の性格では、異様なほどに似合ってしまいそうな気もするが。
 問題は彼女がこれこそ最もタチの悪い内容だと、理解していないことが問題だった。彼女は生まれてからずっと勉強に身を捧げてきた、少しおませな十二歳の女の子なのだから。俗世の事を知らないのも当然。
「メディア、呪っていいよ」
「え?」
「いや、それよりも直接ボクがやるよ。君はこの事は忘れた方がいい」
「ミンス? どうしたの?」
 ボクは暗い儀式の間を出る。包みの中には匂いが染み付いていた。知った匂いだ。ボクの可愛いメディアにセクハラ的なものを送りつけた愚か者に、たっぷりと思い知らせてやらなければならない。

 それを見て、私は首をかしげた。
 いつも好んで少年の姿を取るミンスは、珍しく元来の白竜としての姿に戻り、グラウンドで一人の先輩を追い回していた。当然先輩は必死になって逃げ回る。
「どうしたん、あれ」
 いつの間にか隣にいた母が問う。
「よくわかんないけど、これを貰ったら怒り出して」
 母は私の持つ鞭とへんな黒い水着を見た。
「……そりゃ怒るわ。実の娘のように育てたお前にそんなもの送られたら」
 母は当然だとばかりに、その光景を傍観している。止める気はないらしい。
「どうして?」
「メディアは知らなくてもいいよ」
 いつも知っておいて損なことはないというのが母の教えなのだが、よく分からない。
 私にとって一番大きな問題は、せっかく呪いを試すチャンスがなくなってしまったという事だった。

 

 

あとがき
 適当に書いた見本SSです。最強かつ最凶といえば、この子でしょう。
 追いかけられているのは、もちろんハランです。二人が出会って間もない頃。好きな子にプレゼントを贈る……と書くと、とても爽やかな青春っぽいのでやめます。

 決して色物推奨ではありません。真面目な話しも歓迎です。
 ふるってご参加くださいませ。
 

 

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