弟子入り

1

 魔道都市と呼ばれるここアンセムで週に一度行われるこの市は、魔道絡みの貴重な商品が出回り、各国から人が集まる世界でも変わった市だ。
 魔道師にとっても、商人にとっても、一般市民にとっても、大切な市だ。この市で扱われるのは、薬や魔具、魔動機の類である。そのため、様々な人間が集まり、時にトラブルも起こる。
 賑やかな市に、小さな人だかりが出来ていた。その中心では、若い男と女が争っていた。魔道師と商人の女だ。
「娼婦を探してるんなら、場違いだ。とっとと帰れ」
 分厚い眼鏡をかけた長い髪の女は、今し方身につけた魔道機により叩きのめした男を睥睨した。攻撃用の端末が、彼女の動きに反応して姿を消す。
「お前は馬鹿か。相手に魔力がなかったとしても無力だと思うな。それ以上の力を持っていることを考えて行動しろ。思慮深さのない魔道師など、ただの道具にしかならないぞ」
 低く笑うと、男は悔しげに呻く。
 自分の実力を過大評価する男の空しい空虚な自尊心の、なんと脆いことか。相手をする価値もない、益にもならない男など、いつまでもいてもらっては商売に差し障る。
「これ以上居座るなら、警邏を呼ぶぞ」
 この街の治安は、魔道機関『理力の塔』の手によって行われている。街の警邏には、理力の塔員も当番制で参加している。魔道士の多いこの町の警邏は、その専門職含めて例外なく魔道を身につけた者なのだ。もしも同僚にこの姿を見られたなら、彼にとってはさらなる屈辱だろう。
「たかが修理屋にやられた、助けて、なんて言えるならこのままいてもいいけどな」
 彼女の言葉に、名も忘れた男は唇を噛んで人を押しのけ去っていく。負け犬の去る背中は可愛いが、人間となると可愛くもない。
「マナラちゃん、大丈夫なのかい? あんな男の恨みを買って」
 知り合いの中年男が声をかけてくる。行商人の男で、壊れた魔動機を安く買い入れ、マナラに修理を頼んでは高く売っているようだ。魔具を作れる呪術師や、魔動機技師は世の中多くいても、修理屋というのは少ない。そのため、こういう商人とは縁がある。
「大丈夫だよ。あれは虚栄心の固まりで、自分より格下と思う相手にしかちょっかいを出さないから。私のように塔から出た者を、脱落者として見下しているんだろう」
 かつて彼らと同じ学舎に入り、落ちこぼれた彼女のことを、彼は無力の証と思っていたのだろう。
 だが現実など、そこまでは単純でない。魔力のみが力と思っている塔の中しか知らないお坊ちゃまには、難しい現実だろうが。

2
 家路は足取りは重く、おっくうである。売り上げが悪かったわけではない。持ち帰る荷物が重く、リアカーを引く足は物理的理由で重い。
「まったく。あのオヤジ、人をなんだと思っている」
 もちろん修理屋だ。修理屋だからこそ、大量に壊れた魔動機を置いていったのだ。これだけ多いと、一週間では無理である。週に一度のあの市で、出来た分だけ持って来いと言ったが、目利きなだけあり、かなりいい品ばかりである。必然的に複雑な構造をしていて、修理にはかなりの時間がかかる。
 食うには困らないし、楽しいし、腕もあがるので、文句は言えないが、それにしても多い。
「町の便利な修理屋さんか……落ちたものだ」
 元は魔道師を目指していた過去もある。それが今では、便利屋扱いだ。腕に自信はあるが、多少情けなくもなる。女一人と男には甘く見られるし、それを理由に値切ろうとする。技術者に女も男も関係ないというのに、世間の風は冷たいものだ。彼女も好きでこのような仕事をしているわけではない。知識があったための成り行きだ。師もいなければ、友と呼べる同業者もいない。完全な独学の、デタラメ修理屋なのだ。
 彼女の住まいは町の外れにある。市の外れからも、かなり遠いかわり、安く小さくない家を買えた。元々は商売をしていた店らしく、一階が広いので、実に使いやすくていいのだ。
 その住まいにたどり着くと、彼女は顔をしかめた。泥棒よけの仕掛けがきれいに外されている。
「客か」
 わざわざ彼女の仕事場にやってくるのは限られた者ばかりだ。なじみの客にも、善し悪しがある。そのほとんどは中にまでは入ろうとせず、ここまでするのは、一人しかいない。
「キーオ、何の用だ!」
 大きな扉を蹴り開け、中に待つだろう知人の名を呼んだ。
「ひぃっ」
 聞こえたのは、少年の声。椅子にちょこんと座る、品のよい可愛らしい少年は、剣を抜いたマナラを見て、青ざめ硬直していた。
「…………君は何の用でここにいる?」
 問うが、少年は答えない。剣に怯えているのだと気づき、彼女は剣を鞘に収め、再び同じことを問う。
「君は何の用でここにいる」
「せ……せんせぇ」
 情けない声を出して、少年は奥の台所へと呼びかけた。
「ああ、マナラ、勝手に邪魔している。しかし、茶もないのかここは」
 奥から出てきた長身痩躯の男は、水の入ったグラスを持っていた。彼は知人のキーオという魔道師である。理力の塔でも指折りの攻性魔術の使い手であり、開発者だ。
「先生……優しい人だって言ってたじゃないですかぁ」
 情けない声を上げる少年は、どこからどう見ても箱入り貴族のお坊ちゃまだ。
「修理してほしければ、塔の頑固オヤジに頼めばいいと言っているだろう」
「俺、あのジジイ嫌いだって言ってるだろ」
 この男は、先ほど会った同窓の男よりはずいぶんとましだが、彼女からすれば似たようなものである。嫌いな男に頭を下げるよりは、落ちぶれた同窓に金を払って頼む方がいいという理由で、頻繁にここに来るのだ。物の扱いが乱暴なため、頑丈なはずの道具も壊すような男の尻ぬぐいなど、本当は一切したくない。渋々引き受けているのは、彼の背後にいる理力の塔の塔長の世話になっているからだ。
「それよりさ、こいつ」
 彼は少年を指さした。金髪で大きな青い瞳の十代前半の少年だ。高い魔力を感じるため、彼が理力の塔の塔員の一人であることは間違いないだろう。魔道の才能はなかったマナラだが、感知能力だけは低くない。
「俺が担任しているクラスのウィーゲム。十三歳。成績よしの優等生」
「それがどうした」
 馬鹿な知り合いの言葉に、彼女は反射的にそう切り返していた。少年が今にも泣きそうな顔になり、キーオはくくっと笑う。
 世の中、みんな自分を馬鹿にしているのではないかという気分になり、彼女はリアカーを作業場に入れるために再び外に出た。

3

 世の中、腹が立つことは多くある。この世のすべてが呪わしい瞬間すらあるが、細かく頭を使う作業をしているときはそれらを忘れられる憩いの時だ。
 マナラにとって、魔動機いじりは趣味であり、ついでに生活費を稼いでいるだけである。だから必要以上の依頼は邪魔だ。しかもこの男は、魔動機ではなくただのカラクリまで持ち込んでくるのだ。
「依頼なら断る。今し方大量の依頼を受けた。お前のわがままで魔道に関係ない物まで直している余裕はない。帰れ」
 リアカーの上にある、普通に取引されていればかなり高額になるはずの品々を見せつける。とても複雑で、並の魔動技術者なら、修理どころかどこが原因で故障したかも分からないだろう。
「マナラ……前から思ってたんだけどさ、何でお前、自分でジャンク品買って修理して販売とかしないんだ? そっちの方が儲かるだろ」
「私は細々した作業が好きで修理をしているんだ。そんな商売を始めたら、一人でこつこつ分析して修理なんてしていられるか。店も構えて、従業員雇うのか? 知識が必要な商売だから、従業員探すだけでも大変だぞ」
「じゃあ、助手なんていらないか?」
「助手? なんだそれは」
「言い方を変えてみると、弟子」
「それはつまりあれか。側に置くことを許す代わりに、炊事洗濯他諸々の雑務を押しつけることができる、奴隷と言い換えても支障ないあれか」
「どんな認識だよ」
「職人の世界ではそれが当然だ。しかも技は教えず、見ることも許されないという狭い世界だ」
「じゃあどうやって盗むんだよ」
「見ないように見るに決まっている。もちろん、見ているのに気付かれたら仕置きをされるんだ」
「お前そういうの嫌いだろう」
 もちろん好くはずがない。それが嫌いで、独学でここまできたのだから。もちろん、魔動機の技術を全部をこっそり盗めなどとは言われない。雑用に使われ、それでもある程度の才能の開花を見せた者には、しっかりと教えられる。ようは技術を他に売ることがないようにということだ。
 しかしマナラの場合は女であり、始めから知識が豊富だった。工房の連中は、彼女を毛嫌いしていた。ああいう職人というのは、女性蔑視が激しいのだ。だから一人でここまでやってきた。
「まあ、炊事洗濯ぐらいは言われなくてもやるだろう。手足が増えたと思って、置いてやってくれ」
「いらん」
 マナラは一言で終わらせた。
 キーオは肩をすくめて、リアカーから魔動機を一つ手に取った。作業台に置くと、指先にわずかに魔力を込めて、封印の蓋を外して中をのぞき込む。実はこれが難しいのだが、さすがは魔道のことには強いだけはある。
「相変わらず、訳わからんな」
 魔道の知識があろうとも、機械混じりの魔動機について、彼はど素人だ。分かるはずもない。
「私にもまだわからない。もっとバラしてみないと」
 一度分解して組み立てただけでまた動くようになることもあれば、部品を交換しなければならないこともある。魔石が砕けていたり、魔力補充式で魔力が空になっているだけだったりと、動力が原因の場合もある。
 原因を突き止めるよりも、分解することが楽しい。組み立てることが楽しい。原因を探るのも、少し楽しい。
「……これを、どれぐらいで直すんですか」
「こいつなら今日中には」
 教え子と教師は人の作業をのぞき込んでささやき合う。
「帰れ」
「まあまあ。この狭い業界、安心して任せられるレベルの職人が指で数えられるほどしかいないんだ。しかもそのほとんどが偏屈で弟子がいない。いてもお前が言った通りの奴隷扱い」
 修理屋の弟子になりたがる者がいないという方が正しい。広い知識が要求される上、一つのやり方にこだわっていては、自分の知らない構造の物など修理など出来ない。だからこそ、知識とセンスが必要なのだ。
「お前も弟子いないし、弟子とれ」
「馬鹿か!? 私がまともな師匠を欲しいぐらいだっ!」
 弟子を取るなど、弟子になったことがないマナラにはどうしていいのかよく分からない。師弟関係というのは、分からない。
「まあまあ。お前ももう世界に通じる職人なんだし」
「言っておくが、私をいくつだと思っている?」
「二十歳だったっけ?」
「まだ十代だ。弟子などとれるか。教えを請いたいのは私の方だ」
 キーオは陽気に笑いながら、マナラの方に手を置く。気安いその手を打ち払い、睨み付けると彼は真剣な顔をした。
「ウィーゲムって、聞いたことがないか」
「知らな……いや、確か……太陽神の怒りを買い、魔道を封じられた一族だったか」
 思い出し、魔力は高い少年を見つめた。彼の頬には朱が入り、悔しげに唇を噛んだ。
 難儀な一族に生まれてしまったものだ。
「こいつの家系は魔力すら持たないようになっていたが、こいつは魔力を持って生まれた。だから一族の期待を受けて来たんだけど……どうも、魔法として発動させる事が出来ないみたいらしくてさ」
「だからってどうして私の所に? 魔力だけでも利用価値はあるし、実家に帰ればいいだろ」
 その言葉に、少年はびくりと震えた。
「帰るはいいけど、そうするとこいつんち貧乏だから、色々と困るんだ」
「じゃあ、塔で働けばいいだろ。もしくは他の職に就け。何で私がこの歳で、それほど年の違わない弟子を取らなきゃならない? 弟子といったら住み込みだろう。何で男を住み込ます若い女がいる」
 キーオはくつくつと笑いながら首を横に振る。
「こいつ、女の子」
「女の子?」
 可愛らしい顔立ちだが、その金髪は男の子のように短い。
「髪、どうした」
「学用品を買うために切って売ったらしい」
 神の呪いに蝕まれた少女は、さらに真っ赤に頬を染めて俯いた。
4

「でも、だからと言ってどうした私に? 魔動機が好きなら、どこかの工房に弟子入りすればいい」
 女性にとっては厳しい場所だが、女性が一人もいないわけではない。女性の多い工房もあるにはある。だから何も小娘と言われるような女の所に押しつけることもない。それに彼女なら、ある程度は男で通りそうだ。
「俺が勧めたんだよ。普通の系統付けられた工房じゃ、たかが知れている。お前みたいに、どこの系統でも修理できるっていうことは、知識が広いって事だろ。こいつには、そういう技師になって欲しい」
 そういう技師がいないのは、その道が険しいからだ。そして、師となる者がいても、それについて行ける者が少なく、自然と修理屋は減り、知識が少なくてすむ凡庸な制作者となり、自分たちに分かりやすいよう中身が系統立って行く。工房の技術は他の流派が盗みにくくするために、無駄な造りをしている場合が多く、彼女はある意味暗号を解読しているに近い。それを見抜けるようになれば簡単だが、癖を解明するまで時間がかかる。その手間があるなら、教科書通りに作れるようになり、それを応用する方が簡単である。
「なぜだ? 私のは趣味だぞ」
「やり方によっては、金持ちになれるだろ」
「使いようによってはそうだろうが……」
 弟子になりたいという彼女は貧しいらしい。しかし、道は他にもある。
「それだけ魔力があるなら、儀式にも重宝されるだろう」
 大きな魔力だけが必要とされる事は多く、魔道を駆使する者よりも、大きな魔力を持つ者の方が少ない。需要はあるはずだ。
「残念ながら、呪われた魔力を使いたがる者は少ない。何より、こいつは速やかに独立したいと考えている」
「なぜだ」
「早くしないと、親に売られるだろうな」
 少女はさらにうつむき、落ち込んだ様子を見せる。よくよく見れば身体も丸く、線も細い。可愛いが凛々しいさを含む顔立ちが、彼女を少年のように見せているのだ。眉の形、筋の通った鼻、唇。今は少年のようだが、将来はさぞ美人になることだろう。
「売られる?」
 この容姿なら、数年もすれば買い手ははいくらでもいるだろう。遠い昔、世辞でしか美しいなどと言われたことのないマナラにとっては、縁遠い世界だ。
「こいつを妾にしたいっている奴がいてな。今ウチにルフィルの長男がいるだろ」
 有名な魔道貴族だ。この都市に住む者なら、耳にした事のある者も多いはずである。
「お前の実家に並ぶほどだ」
「私は勘当されている」
 彼女の家系も有名な魔道貴族で、無能者には用はない。そういう家系に生まれたから、こうして独立している。身内とはこの町にいる者を除き、十年以上顔を合わせていない。親など、もう顔も忘れた。思い出そうにも、写真もない。容姿が優れていれば、きっと彼女のように道具にする価値ぐらいは見いだしていたかも知れないので、人事と切り捨てるのも後味が悪そうだ。
 マナラは深いため息をついた。

5

「炊事洗濯は?」
「で……出来ます。うち、広いけど使用人はいなかったから」
「パズルは好き?」
「したことありません。高価だから」
「魔動機はどれぐらいバラしたことがある?」
「あ、あんまりありません。高価だから。ただ捨てられたのを、直して使っていました。買うお金ないから」
 直して使っていたのなら、素質はないわけではなさそうだ。キーオも、だからこそ連れてきたのだろう。
「だったら、これを直してこい。出来たら、弟子にしてやる」
 先ほど中を確かめた魔動機を手に取った。
 これは綺麗だし、中身が単純だ。素人でも、時間をかければ直せないこともないだろう。
 これは何のことはない、魔力がある限り動く仕掛け時計なのだ。仕掛けの方が、少々いかれている。
「中身を見てみなさい」
「はい」
 手渡すと、彼女は言われたとおりに中身を見る。するとその顔が顰められた。
「なんて細い線」
 間違えば、修復不可能になりかねない、繊細な作りをしている。
「中身は単純だ。ただし、手先の器用さが求められる」
 少女は不安げに教師であるキーオを見上げた。将来は美しく花咲きそうな少女に見つめられ、キーオはだらしのない顔で笑う。
 これの側に置いておくのは、問題かも知れない。妾に出したくなくて、手の届く場所で安全に暮らさせ、熟すのを待っている可能性もある。
 男というのは、顔立ちの良い女に関わると、ろくでもない人間へと成り下がる。
「これを、直すのがテストでしょうか?」
「そうだ」
「いつまでに?」
 考え、すぐにそれをやめた。
「これを直すことが出来たら、また来るといい」
 彼女はこくと首をかしげた。期限を設けないテストなど、彼女は知らないのだろう。
「その時は、荷物一式持ってくるといい。覚悟があったら、の話しだが」
 馬鹿な男達の元に置いておくには、あまりにも哀れだ。
「はい、分かりました。頑張ります」
 彼女は素直にこくと頷いた。そして嬉しそうにキーオへと笑みを向けた。その笑みを受けて、キーオは少女の頭を撫でる。
「用が済んだらさっさと帰れ。私は忙しい」
「そうだな。その前に……」
 キーオは床に置いてあった、やけに大きな荷物を作業台の上に置き、中から麻の袋を取り出した。
「お前、また痩せただろ。ちゃんと食え。あと眠れ。肌の手入れぐらいしろ。女のくせに、見られた顔じゃないぞ」
「余計なお世話だ」
「お前は暇があっても料理はしないだろうから、缶詰を買ってきたからな。お前が最低限生きているよう、塔長様に言われているこっちの身にもなれ」
「ああ、そうか。じゃあ、それを置いて帰れ」
「ちゃんとパンも食えよ。缶詰一つで終わらせるなよ」
「はいはい。さすがの私も餓死するほど没頭することはないから、安心して帰れ。お前が心配してするのは、生徒の事だけだろう」
 しっしっと二人を追い出し、マナラは玄関の鍵をかけて、今度こそ作業に取り組もうとした。その前に、腹が減っているのに気付き、袋から缶詰を一つ取り出す。肉の缶詰だ。カロリーが高く、徹夜の仕事前にはちょうどいい。

6

 太陽の当たらぬ暗い路上で、布一枚を敷きその上にあぐらをかいて修理する。
 修理するのは、単純な構造の魔動玩具。ただし、中にはしっかりと魔石が入った、かなりの高級品だ。持ってきた子供達は、先ほどまでの涙が嘘のように、興味津々とその作業を見つめている。
 どこの馬鹿親が与えたかは知らないが、高い物を壊した子供の心理は理解できる。動かなくなった玩具は、永久に動き続けるはずの魔石内蔵のものだ。そう聞いていたから、乱暴に扱って動かなくなり、驚いて隠していたらしい。この町の工房に持っていっても自分たちの派閥の品ではないから無理と言われ、どうしようかと悩んでいたとき、魔動機修理の専門家がいると聞いてやって来たそうだ。この玩具は、魔動機に関しては世界一と言っていいモルヴァルの工房の物だ。この町の技術者では畑違いと言ってもいい。
「いいか。こういう玩具は、けっこう繊細に出来ている。乱暴に扱えば、中身が壊れて魔石の力があっても動かなくなる。大切に扱え」
 子供達はこくこくと頷いた。
「だから、もう壊すな」
 再び動くようになった玩具を見て、子供達は首を縦に振った。
「ありがとう、おばさん」
「お姉さんだ。
 今回はサービスしてやるが、今度やったらお前達の身体で返してもらうからな」
「分かった」
 子供達はこくと頷き、次の瞬間には忘れて玩具を抱えて去っていく。手元にあるのは、子供達の菓子を買う小銭。本当は親元からくすねてきた銀貨を何枚か持ってきていたのだが、それを受け取れば子供達にとっては悪しき習慣を植え込むことになる。初めにそれを叱って、乱暴に扱ったことを叱って、彼らの持っていた自分たちの小遣いを出させた。
 大した労力ではないが、腹の足しにしかなりそうもない額だ。元より小食の彼女にとっては、金のことなどどうでもいい。どうせ使わないのだ。
「お前は、そんなんだからいつまでたっても、あんなボロ工場なんだよ」
 マナラが他に預かった、魔力の淀みを取り除くだけで治る魔具を手に取った時、聞きたくもない声が聞こえた。
 顔を上げると、知人の男と、ほとんど知らぬ少女が店の前にいた。
 キーオは魔動機を投げて寄越し、マナラはその中身を確認する。掃除までされて、性格が表れた丁寧な仕事だ。
「一週間?」
「一昨日だ。昨日は荷物をまとめていた」
 時間はかかったが、出来ないよりはいい。授業があったことを思えば、そこそこの時間だ。
「荷物は勝手に運ばせた。お前はこっちだと思ったから」
「女の家に勝手に入らせるな。高価な物ばかりなんだぞ」
「誰も盗らねーよ」
 マナラは舌打ちして立ち上がる。
 得意客は来たし、これ以上ここにいても実りがあるとは限らない。
「ちっ。帰るぞ……ええと?」
 名を聞いていなかった。家ではなく、彼女を指す名。
「イゼアです」
「イゼアか。じゃあイゼア、おいで。リアカーをいっしょに押してくれ」
 イゼアはこくと頷き、マナラが預かった品物を敷き布に包むと、リアカーに乗せるのを手伝った。
「少し寄り道して、私の工具を置いてくる」
「はいっ」
 イゼアは軽いリアカーを後ろから押すために移動した。
 マナラはそのまま振り返らず歩きだした。

 

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