冥王が冥王であるために
以前そこへ来てから早一週間がたっていた。二度目といえども、そこへ入るのには抵抗を覚えた。
そこは見るからに怪しい城だった。門は朽ち果て、かつては庭園と呼ぶものだったのだろう庭は適度に雑草に蹂躙され、噴水にある女性の像は上半身を亡くし、外壁は苔と蔦に覆われ、いかにも何か出そうな雰囲気。
「一度来た事があっても、なんだよなぁ、ここ」
彼は供である少年に声を掛ける。
いろいろとあって友達になった金髪少年、ミシェル。姓は知らない。意味の無いことだから。
「冥王様。何を恐れていらっしゃるのですか?」
「だからやめろって、その呼び方。公の場でもないのに。いつもみたくヨルでいいって」
この名も本名ではないが。
「じゃないと、千里眼って呼ぶぞ」
「あはは。それは嫌だな。まるでお年寄りみたいだよ」
彼は今まで隠すようにつぶっていた、額の瞳を開いて瞬きした。
「しっかし、本当にこの世界は、イメージに忠実と言うか……」
ヨルは城を見上げ、ため息をついた。
「灰になったのが、本当に復活してしまうからねぇ」
ミシェルはくつくつと笑う。
「でも、そんなところは面白くて好きだな。この世界」
「……面白いとか言ってられるのは、強い証拠か」
知り合いの女の言葉。
ここは異世界。ふと気がつけば、いる世界。夢ではないだろう。あまりにもリアルすぎる。
ここは現実。隠された世界。神隠しの先にある世界。
「まっ、楽しもうよ」
「化け物屋敷で?」
「可愛いもんじゃない? 君に比べたらさ」
ミシェルはくすくすと笑う。ヨルは小さくため息をつき、門であったものの間を通り、敷地内へと入る。
城の中は、意外にも清潔だった。積もるほど埃は溜まっておらず、区間によっては掃除されたばかりだと分かるほど。
城の中をまじまじと見たのはこれが初めてだった。以前は玄関止まりだったのだ。そこでいきなり城の住人に見つかってしまったからだ。
「なあなあ。奴はどこにいるんだ?」
「さあ」
「さあって……千里眼のくせに」
「陛下には千里眼は使うなって、言われてるんだ。つまり、純粋に能力を平均化しろということだと思うな。僕の場合、探査能力が突出してるのに、闇の民としての力の使い方をしてこなかったせいか、戦闘能力は兵卒並みだし。つまりはこれはヨルの修行でもあり、僕の修行でもある。陛下の期待に応えなきゃならないから、力は使わない」
真面目な男だ。
ヨルは漆黒の瞳で、この世界で初めて友人になった少年を眺める。額の瞳以外は、変化していない。ぱっと見は、何も変化せずにこちらへとたどり着いた、『光の民』とか呼ばれる連中にも見える。そして異形と化したヨル達のような者は『闇の民』と呼ばれる。
ミシェルは能力の珍しさ故に、闇の民の築く国の一つシェオルの軍部に引き抜かれた。
そしてヨルは、『王』の称号を頂いた。
王の称号は別に国の王という意味ではない。国王に並ぶ地位の者に与えられるものだ。なぜか彼の場合、その尊称が『冥王』であった。だから、それに相応しくなるよう、潜在能力を自由自在に引き出せるようになって来いと言われ、ここに来たわけだ。
「んじゃあ、一つ相談があんだけどさ」
「ん?」
「何で床つるつるなん?」
ヨルは歩きながら床を指差す。この区域は、小気味よいほど綺麗に床だった。
「外で少しだけ中を見たとき、誰かが掃除していたから」
「誰が?」
「決まってるよ」
ここは化け物屋敷──幽霊城だ。
「ゆ……幽霊?」
「違うよ」
その言葉に、ヨルは素直にほっとしてしまった。
曲がり角に差し掛かった時だった。
「あっ、ほら、あれだよ」
ヨルはぎくりとして、ゆっくりと前方を見た。
「うげ……」
そこにいたのは、骨だった。理科室の準備室ぐらいに置いてある、人骨模型のようなのが十体ほど。その姿は薄汚れている上に、ぼろぼろの鎧など着込んでいるので、恐さは人骨模型の倍数倍はあった。
「す……スケルトン?」
ゲームの中で登場したモンスターとしての名を口にした。
「この世界に、ゴーストなんて概念はないんだって。闇の民なんて、死んでも肉体にしがみ付いてるんだよ。それも完全に壊れたら生まれ変わるみたいだけど」
ミシェルはくすくすと笑う。彼は見た目に反して豪胆な性格をしている。
ヨルは笑えない。明日は我が身だ。「どーするんだ!?」
「君は誰?」
「冥王……」
「君がどうにかしなくちゃ。そのために来たんでしょ?」
「ホラーは苦手……」
「大丈夫。一度死んだだけの、僕らの同類だから」
「でも恐いし」
「何を言うの? 彼らも力さえあれば復活できるんだよ。仲間はずれにしたら可哀想だよ。
大丈夫。君は一度最高位の不死者、ヴァンパイアを灰にしてるんだから」
そういう問題でもない。ヴァンパイアの場合、まだ人型をしているのでここまでのインパクトはなかった。むしろ、それを見たからこそここに来たのだ。
「うわ、こっち見た」
「ヨル。冥王の名とか、その立派なローブとかが泣くよ」
ヨルは自分の服装を見下ろした。
黒一色だ。凝ったデザインのローブも、長いマントも、頑丈なブーツも、すべて黒。唯一彼の持つ杖だけが木で出来ている。その先端には、口の中に瞳を模したような宝石を咥えた、獣か何かの頭蓋骨がついている。容姿の方も、髪も瞳も黒い。黒くないのは彼の肌ぐらいだろう。
「……俺、この城にヴィジュアル的に馴染んでる!?」
ミシェルは魔道師用の白いローブを着ている。彼は青軍に所属しており、いつもは薄青の軍服なのだが、現在は私服で白いローブを身につけていた。杖は月を模したようなものだ。ヨルとは対照的に正義の味方で、勇者御一行の僧侶か魔法使いで通じるような姿である。
「くっ……軍人のくせに俺よりもライトな服を……」
「いや、私服に文句言われても……。嫌なら脱げばいいのに」
「そんなことしたら、あいつ怒るだろ」
「だったら文句言わない。それよりも、こっちに向かってきてるよ。片して」
本当にいい性格をした友人だ。
「冥王に相応しく、支配してあげなよ」
ミシェルはうっすらと微笑んで。
──こいつ、だんだん闇の住人らしくなってきてるよなぁ……。
ヨルは小さくため息をついた。
そして、最近覚えた支配というものを、試した。
彼らは抗った。どれほど化け物じみていても、彼らは人であり、理性を持つ。力をつけて復活したいと願う。それにはまず、肉を手に入れるための力を得なければならない。そのためには、月の光を浴び、土の中で眠る。それにより、腐らない肉を得る。しかしもっと簡単に力を得ることができる。他人の力を奪い取るのだ。だから彼らは久々にやってきた獲物から力を奪うため、集団でやってきた。その信念は強い。誰よりも多くこの生き人から力を奪い取ってやるといった意思を感じられる。
生への執着。
それを持つ彼らを屈服させるには、それ以上の意思が必要だ。
ヨルはただその死人たちを見つめた。見つめ、その足を止めるように念じる。それだけで、彼らの歩みが遅くなる。
「跪け」
ヨルは口に出して命令した。
死人たちは、カタカタと骨を鳴らし、やがて全員跪く。
「やったね、ヨル」
「うわぁ、本当にひざまずいた。すげぇなぁ」
「……自分でやっといて何言ってるのさ君は」
「でもさぁ」
ヨルは跪く死者達を見た。それをヨルの一言がさせたのだ。魔王や竜王のように。違和感しかない。
「いいんじゃないかな。爆発させるしか芸がないって言われるのから卒業できて」
「そ、そんなこと言われてたのか、俺」
「そうだよ。じゃなきゃ、修行に追い出されたりしないって」
確かに、何度か城の一部を灰にして叱られた。そこに偶然弟の春日がいたときもあったが、ちょっと重症で医務室に運ばれたこともあった。カーティスは、涼しい顔をして防いでいた。
幸い、一般兵卒は巻き込んだことはなかった。怖くて誰も近寄らなかっただけだが。
「……一度、自分で修理させられたんだよなぁ」
「教訓になったでしょ? ま、今は得意な事を延ばしていきなよ」
「そうだな」
「僕は得意なことは完璧だから、苦手な部分に手を伸ばすんだけどね」
自慢げに言うが、彼の弱点は体力のなさ。ここまで来ることすら、彼にとっては修行に等しい。
「さ、最後の一押し」
ミシェルはヨルの背を押した。
ヨルは現実にある死者達を見て──
「うう、やっぱこいつらいらない。怖いだろ」
「わがまま言わないの」
「こんなの連れて帰ったら、春が泣くぞ。フェミナだって泣くぞ、きっと」
「……言われてみれば、フェミナ昔からホラー映画苦手だったんだよね」
「な? だろ? それにこんなの連れ帰ってどうするんだ? 地面の下に生めておくのか?」
「あ、それがいいよ。こういうの、勝手に地面にもぐってくれるし。もしものときに番犬代わりにできるよ。ええと、十二体いるね。うん、いいんじゃない」
冗談で言ったヨルの言葉に、ミシェルは手を叩いて喜んだ。ヨルは思わず身を引き、友人を凝視する。
「ねえ、君たち。これは魔王様の友人の冥王、ヨル様って言うんだけど、ヨル様の下で働かない? 万魔殿の地面は、力に溢れてると思うよ。こんなところの吸血鬼よりも、魔王様のお側の方が生き返るのは早まると思うけどな」
それにスケルトン達は顔を見合わせあう。
目もないのに見えるのかとヨルは考え、馬鹿らしい疑問を自ら一笑する。常識のなど通じない連中なのだ、闇の民と言うのは。王があれなのだから。
「それに、今では情けないこの冥王様も、将来はきっと立派な冥王様になるよ。ほら、ヨル、ボケた顔しないで、冥王らしい顔を作りなよ」
「作れって……どうやって?」
中学生が冥王らしくなれる表情。ヨルには想像もつかなかった。
「冥王なんだから……まずは感情なんてなさそうな顔して、何もかも知っているような顔をして、最後にその健康的な肌を青白くすれば」
「特殊メイクをしろと!?」
「とりあえず過激なダイエットすればいいんだよ。頬もこければさらにいいと思うよ」
文化部のヨルの肌は黒くはないが、ミシェルのように真っ白ではない。どこからどう見ても健康的な、ごく普通の十五歳の男の子。近所のおばさんには、美少年の宝庫である、某タレント事務所のオーディションを受けたらどうだと言われ続けた程度には整った顔立ちをしている。昔はそれがコンプレックスだったが、これがなければ好きな人にも相手をしてもらえそうにないので、今では親に感謝していた。これが原因で、可愛いなどとからかわれ、昔は兄弟揃って元気な姉妹だねと何度言われたこともあるが、これが役に立つのなら悪くはない。何より、今では女に間違えられることもないのだから。
「だいたい、俺がそんなことしたら、アヤに嫌われるだろ。提案したお前も」
「……なるほど。それはいけない。じゃあ、君には今を保ってもらわないといけないな。うん。ヨル、可愛いよ」
ヨルはため息をつき、目の前のスケルトンを見た。空洞の目が、それって彼を見つめた。泣きそうになる心を落ち着かせながら、ヨルは問う。
「く……来る……か?」
『はい』
まさかしゃべるとは思っていなかったヨルは、腰が抜けてミシェルにしがみ付いた。
これを見て、平気な方がおかしいのだ。だからおかしいのは平然とするミシェルのほうである。
ヨルは自分に言い聞かせ、見ないように見ないようにと、ミシェルに押されて彼らの真ん中を通り抜けた。
言うまでもないが、ヨルはお化け屋敷が大嫌いだった。
背後では、かちゃかちゃと音がした。
「ああ、ついてくるぞ」
「当たり前だよ。今はもう君の支配下なんだから」
ヨルは悩む。怖い。理屈ではどうとも言えるが、やはり心の中では怯えている。
吸血鬼の居所を教えてもらえただけでもありがたいのだが、それ以上はただの迷惑でしかない。
そこでヨルは決心した。
「お前ら、これからお前らの元主のところに行くんだぞ。危ないから外で待ってろ」
彼らは足を止めた。ヨルは振り向かない。
「そうだね。ヨルってよくものを壊すからね。骨なんて、木っ端微塵になるね」
はははと笑って言うミシェルの言葉に、スケルトン達は動き始めた。その足音はどんどん遠ざかる。
「やっぱり、みんな『命』は大切なんだね」
「……お前……お前……確かに前は、間違えて山を少し削ったけどなっ。支配するのでそんなことになるかよっ」
「ほら。でも偶然いた人が死んでるかも」
「うう……」
「君も立派な人殺しの仲間入り」
「うううっ」
悩むヨルを見てミシェルはまた笑う。
──アヤに侵されてきれねぇか、こいつ。
アヤに会う前までは、もっと大人しい印象があった。アヤに出会って、本来持っていたモノが表に出たのかもしれない。
「さっ、邪魔はいなくなったしとっとと終わらせよう」
ミシェルはヨルの手を引く。ヨルはその手の温もりに、言い表しがたい安心感を覚えた。一人でなくてよかった。相手が誰であろうとも。
「ミシェル。吸血鬼って、やっぱり変身するのか?」
「さあ。そんなことは知らないよ。僕も闇の民のことはよく分からないから。まあ、してもいいんじゃないかな。陛下なんて性別変えるしね」 紅顔の美少年は爽やかにそれを言う。
──一番の化け物は、一番身近にいる魔王か……。
世間の人間は、骸骨などよりも魔王の方がよほど恐ろしいのだろう。だがヨルには、骸骨の方が恐ろしかった。
「なぁ、ミシェル」
「何?」
「今夜、一緒に寝ないか?」
「竜王様にいいなよ。必要以上のサービスをしてくれると思うよ。あんな美人の手ほどきを受けられるなんて、ヨルラッキー! きっとテクニシャンでいらっしゃるから、さらにラッキーっ!」
ミシェルは天使のような顔をして言った。こういう男なのだ。清純な見た目に騙されがちなのだが、この男はこういう少し下品なタイプなのだ。妹のフェミナの目の届かないところでは、彼はどんな汚れ役でもこなしてくれる。フェミナの前では紳士ぶっているが。
「それとも、やっぱり僕の方がいいのかな?」
「……もういい。春と一緒に寝るから」
素直で可愛い弟。彼なら快くいいよと言ってくれる。昔のように。
「青将軍様はご多忙でいらっしゃるんだけど」
「俺は冥王だ。偉いんだからいいんだ」
「うわぁ。せこい事で暴君ぶりを見せるねぇ」
「るせぇ」
「まずはその怖がりを直しなさいませ、冥王様」
ヨルは足を止めた。ミシェルの暴言に腹を立てたわけではない。ついたのだ。
突き当たりの少し豪華な造りのドア。この奥に目当ての男がいる。女性を惑わし、その血を吸う男。
ヨルは小さく息を吸い、その扉を開いた。
直後、赤い瞳と目が合った。
「……き、貴様はっ」
「うわぁ。本当に生きてた。すげぇ」
ヨルは感心した。
それは窓辺で月光浴を楽しみながらワインを楽しんでいたところだった。
背の高い男だ。映画の中で見た俳優並みにハンサムで、普通に出会えば。女ならきゃーきゃーと騒ぐのは間違いない。今、殺気立った顔さえも、どこか現実味がなかった。あまりにも、吸血鬼らしくて。
「カッコイイな」
怖いと思うよりも、ヨルの中ではそちらの方が強かった。
「ヨル……」
「うん。やっぱり俺、あれなら平気そうだ」
見た目は他の闇の民と大差ない。同性から見ても格好いい。目の色さえ何とかすれば、どこにでも連れ歩ける。
「そう。なら捕まえなよ。捕まえたら君のものだよ」
「おお」
ヨルは拳を作った。あれを捕らえれば、きっとアヤも満足する。スケルトンなどでは馬鹿にされるが、あの格好いいのなら文句はないだろう。出来れば美少女吸血鬼を捕らえて献上でもしたかったが、上を望んではきりがない。
「貴様、いい度胸だな。よもや自ら私に殺されに来るとは」
吸血鬼は俳優さながらの歓喜と狂気に満ちた顔を作る。ヨルはあまりにも現実離れした光景に、それを半分夢の中の出来事だと認識していた。あまりにもスクリーンの中が似合いそうな青年は、牙を見せ付けるように笑った。
「うわぁ。吸血鬼に狙われる美女の気持ちだね。ヨルは美人だからお似合いだよ」
「っのなぁ」
ヨルは呆れてミシェルに反論しようとしたときだった。
「貴様……女だったのか!?」
ヨルは眩暈を覚えた。
──信じるか? 普通。
「女か……そうではないかとは思っていたが」
──しかも思ってたのかよ。
口に出して言えるほど、今のヨルには余裕はない。あまりにもショックで口も利けない状況だった。
確かに昔は女の子と間違えられた。だが、今は背もそこそこある。そりゃあ小さな顔に、似合うからと母がカットした少し女の子に見えなくもない髪形。おまけに着ているものは身体のラインの分かりづらいローブにマンとまで羽織っている。だが、それでも誰もが男として認識していたはずだ。
「そうですよぉ。ヨル様はあなたのことが忘れられずに、会いに来てしまったんです。ほら、恥ずかしくてつい灰にしてしまって大丈夫なのか心配してたんですよ。僕はお供です」
間違いはないが、女と勘違いされた現状でそれを言えばさらに勘違いされるのは必至。吸血鬼はヨルを上から下まで観察した後、蠱惑的に微笑み腕を広げた。
「おいで」
──その気になってる!?
「さあ。ヨル様。彼が欲しかったら、あの腕に飛び込んでいきなさい!」
直接の方が効きやすいでしょ、と最後に小さく付け加えてミシェルは言った。
計画犯がここにいる。
しかし彼のいうことは最もなので、ヨルは仕方なく吸血鬼に向き直る。杖をミシェルに押し付けて走った。
おそらく、彼にとってこんなことは日常茶飯事的にあることなのだ。まさか、捕らえに来たとは思ってはいないはずだ。普通の人間にそれをする意味などないのだ。
ヨルは吸血鬼の胸の中に飛び込んだ。すぐ側に、それこそ特殊メイクをしているのではないかと思う、完璧な吸血鬼がいた。吸血鬼はヨルの顎を捉えた。
「今日は化粧までしているのだな。可愛らしい」
吸血鬼は女殺しの微笑を浮かべ、とんでもない事を言った。
「化粧!?」
ヨルは驚いて自分の顔に触れる。
そういえば、ここに来ることになったとき、その前になぜか急に眠くなって小一時間眠ってしまったのを思い出した。そして、肌に違和感があるような気がしたが、誰も変ではないというので気にもしなかったのだ。
計画したのはミシェルではない。アヤ、もしくはハクだ。
「っつら……」
突然形相を変えたヨルに驚く吸血鬼を、睨み付けた。怒りをぶつけるようにして。
「俺に従え」
スケルトン達にしたように。
それ以上に力と意思を込めて。世間ではこれを八つ当たりという。
「っ!?」
吸血鬼は突然の強烈な支配力に小さく息を呑んだ。
「お前の名は?」
逃さぬよう。この影響を染み込ませるよう。
「私は……」
吸血鬼は顔を歪める。それはささやかな抵抗の跡。元々、持っている力が違うのだ。だから簡単に。
「マリウス」
支配されてしまう。
ヨルは微笑み、身体を離す。
「俺はヨル。冥王ヨルで、お前のご主人様だ」
「な……何なんだ」
マリウスはまだ理解していない。おいおい理解してくれればいい。今一番大切なのはただ一つ。
「それと、俺は男だ!」
それを言った瞬間、集中力が途切れた。
集中力で無形のものとしてマリウスへと向けていた力が目に見える光の形となり、膨張する。
「げっ、爆発する」
ミシェルは呟き、マリウスの手を取って窓から外へと飛び出した。ヨルは必死にそれを押さえようとしたのだが──
その日、天に昇る閃光を見たと証言する者がたくさん現れたのだが、それは気のせいだとヨルは言い張ることとなった。
城が少し壊れたりもしたが、困るのはマリウスだけなので気にする必要もない。
たかが吸血鬼の城が半壊しただけなのだから。
それが原因で、ヨルは徹底的に修行させられることになるのだが、それはまた別の話である。