番外編 3  先生と俺

 

 車から降りて、空を見上げる。
 もう真っ暗だ。
 慎をここまで贈ってくれた彼女の車は、一般人には手が伸びそうもない立派なスポーツカーだ。使い勝手が悪いと嫌っているのだが、買い直すのももったいないと使っているらしい。
 そのスポーツカーから降りた彼女は、その車に相応しいゴージャスな美人だ。別に派手なわけでも、ブランド物で身を固めているわけでもないのだが、身につけているアクセサリーはいかにも高そうで、身につけている本人が日本人離れしたスタイルの持ち主である。スーツは膝丈までのタイトスカートで、長い髪の一部をアップにし、残った垂れている髪がまた彼女の色気を二割り増しにしている。これで眼鏡でもかけていたら完璧なのだが、彼女の視力はかなりいいらしくその可能性はない。
「立派なマンションに住んでいるのねぇ、君のお兄さん」
「金だけは持っている人だから。っても、高層マンションの二階なんですけど。飛び降りても怪我をしない高さだからって」
「変わった感覚で選んでるのね」
 正確に言えば親戚のお兄さんだ。
 金持ちで顔がよく能力もあって女にももてる嫌味な男だ。
「部屋に明かりがついているから、一応いてくれているみたいですけど……本当にするんですか? 僕が言うのも何ですが、女好きの嫌な奴です」
 そんな男がいる場所にこの女性を連れて行くなど間違っている。
 やはり断ればよかったのだ。しかし今更遅い。もう彼女はここにいて、あの男と会おうとしている。
「さあ、案内して」
「はい」
 彼女に言われるがまま、荷物を持って部屋に向かう。
 女性に乱暴するような男ではないが、目をつけて口説きはじめたりしたら、そして彼女が彼になびいたら、きっと立ち直れない。彼女はきっと彼の好みだ。胸の大きな女性が好きだから間違いない。
 二階にある部屋の前につくと、ドアの鍵を開けて中に入る。
「ただいま」
「んー」
 リビングのソファで人が動くのが見えた。
 組んでいた足を解き、ゆっくりと立ち上がる。
 艶やかな癖のない黒髪がよく似合う甘い顔立ち。ストレートの黒髪は、こういう顔がいい男だからこそはまっている。平凡な顔立ちならば髪は明るい方が似合うが、彼のようなタイプは下手に髪を染めては品を落とす。世にも稀な、上品で色のある雰囲気の美青年だ。こういう男性を捜すのはかなり難しいだろう。おかげで町中を歩いてはよくいろいろなものにスカウトされている。
 しかしその品のある顔は今、気だるげな抜けた状態だ。それはそれで色気ばかりはあるのが肉らしい。どうやら退屈でソファで寝ていたようだ。
「ん、遅かった……」
 彼の動きが止まった。
 その視線は彼女に向いている。慌てて振り返ると、彼女もまた固まっていた。
 ──知り合い?
 まさか彼に捨てられた掃いて捨てるほどいる女の一人だった、という恐ろしいことはないだろうか。ないに違いない。彼女は体つきこそエロティックだが、中身はとてもとても熱心な、こうして日が暮れてからわざわざ日にちをずらして家庭訪問に来てくれる程度には、熱心な教師なのだから。
「…………大樹、ここ、あんたんち?」
 彼女が、今まで見たこともないほど冷ややかな目で従兄を見ていた。
「せ、先生……?」
 やはり連れてきてはいけなかったのだ。彼女ほどの女性を、あの従兄が見つけたとしたらほっておくはずはないし、学校も彼女の家も比較的近所である。顔を合わせたことがあってもおかしくはない。
「せ、先生って……慎、お前の担任って、ケイちゃんだったのか」
「け、ケイちゃん!?」
 確かに彼女の名前は慶子で、生徒達から慶子先生と親しまれている。しかしケイちゃんとはずいぶんと親しげだ。彼が誰かをそのように呼ぶのを見たことがない。
「知り合いなんですか?」
「俺のフィアンセ」
 慎はショックのあまり玄関でへたり込む。
 フィアンセ。
 婚約者。
 結婚する。
 この最低の男と、今時稀に見る出来た女性が結婚する。
「フィアンセ? この世のどこにフィアンセが住んでいる場所を知らない人間がいるのか教えてくれる?」
 慶子は引きつった笑みを浮かべて、今にも掴みかかりそうな雰囲気で問う。
 政略結婚にしても、そのようなことは聞いていなかった。知っている誰かと婚約したなら、噂は届いてくるはずだ。
「だって、教えると来るだろ」
「来ちゃいけない理由でもあるの?」
 いつも優しい慶子の目は氷のように冷ややかで、大樹の顔は今まで見たこともないほど引きつっている。
「ほら、邪魔者がいるから」
「あたしの可愛い生徒を邪魔者扱い?」
「いや、子供の前じゃ恋人らしいことも出来ないだろ。
 おぉお茶でも入れるから、さぁ上がって上がって」
 慶子は靴を脱ぐと玄関を上がり、綺麗に揃えてからリビングに向かう。
「……あんた、部屋が散らかってるし、寝てるだけだからうちがいいとかぬかしてなかったかしらぁ?」
「そいつが来るまでは、月に一度掃除してもらってただけだったから。俺家事できないし」
「広瀬君はいつからここに住んでるの?」
「去年の夏頃」
 まだ慶子が担任ではない一年生であった頃。いきなりこの男の所で学んでこいと言われ、何を学ぶのか分からなかった頃だ。大樹の元に送り込むことで、本家に取り入ろうという魂胆である。本当は三男の真樹の方が力としては近いのに、長男に近いでたらめな能力を持つ彼の元に送り込まれてしまったのは、慎の一番不幸なところだろう。
 慶子がため息をついてソファに座る。彼女は家事を全部押しつけ、料理の味に文句を行ってくるという『従兄』に怒っていた。それが自分の婚約者だったらため息もつきたくなる。
 大樹が家事を出来ないというのは本当だ。皿など洗わせたら油が落ちていないし、変なところにうっかり置いて割ることも多い。彼の欠点はそう、生活上で必要なことに関する不器用さだ。絵を描かせたときはひどかった。慎が特色を聞き出して絵を描く方がよほど現物に近くなる。だから見ていると、貴方は仕事以外何もしないで下さいと言いたくなる。
 本当に婚約者だというなら、彼女も知っているだろう。味にうるさいのも、不味い物をほとんど食べたことがないからだ。
 だから彼の横暴は諦めるしかない。
「仕方がないからそれは追求しないでおいてあげるわ。
 でもまさか、広瀬君がまさかあんたの親戚だったなんて。可哀相に」
「どういう意味だよ。まあ、本家の人間と違って能力も顔も凡庸だからね」
 彼に比べれば何もかも凡庸だというのは認めるが、一般と比べればそれなりに上の方だ。比べられるレベルが高いと比べられる方はたまらない。
「広瀬君はあんたと違って真面目でいい子よ。成績もいいし、何よりも横暴な同居人に家事を全て押しつけられて、男の子なのに調理部に入るぐらいいい子なのよ。ちなみに、その顧問があたしよ」
 横暴のあたりから一字一句をはっきりと大きな声で発音し、その声で大樹の肩がびくりびくりと跳ね上がる。実に面白い光景だ。
 軽口をたたき合い過剰に反応する様が、二人の仲を事実と肯定している。仲がよくなければ、このような会話にはならないだろう。仲がいいから喧嘩をする。
「ど、どーりで慎の料理が食べ慣れた味になってきた気がした。ここら辺の地域の味じゃあなかったんだね」
「美味しいでしょう。不味いと叱られるって、頑張ってたのよぉ。それはもう健気に。先生、教えてくださいってさ。健気で可愛かったわぁ」
 大樹に出された紅茶を飲み、慶子は棘のある言葉を発する。大樹は居たたまれない様で小さくなっていた。
「あんたさぁ、金はあるんだからまともな茶葉買いなさい」
「俺、ティーバックしか入れられないから」
 彼は緑茶にも熱湯を入れるほど自分のすることには無頓着だ。
「じゃなくて、もっといい物買えばいいでしょ。あんたがティーバックでもお茶を入れることに驚きだけど」
「さすがにそれも出来ない男って最悪だろ。それと、紅茶よく分からないから茶葉の善し悪しは」
「じゃあ買わなきゃいいじゃない」
「前にお茶も出さなかったら文句を言った奴がいたから」
「あたしを呼ばずに、他人の呼んだわけ」
「や、真緒。また喧嘩したらしくて、勝手に荷物持ってきてさ。慎をからかうだけからかって帰ってた。あいつら図々しい」
 あの時は大変だった。あれが欲しい、これ不味いと言い、下着姿で家をうろつき、迎えが着たら無茶何代を押しつけた。しかも相手の男がその無茶何代を一晩で叶えてしまって満足して帰って行った。
 あの時は別の世界に迷い込んだ気分になったものだ。
 その前から噂には聞いていたが、本当にわけの分からない女性だった。
「女って言っても、あれは問題外だからね。けっしてやましいことがあって呼ばなかったんじゃなくて、どうせならケイちゃんところでゆっくりしたいし。やっぱり慣れたキッチンで料理をするケイちゃんの後ろ姿とか好きだし」
 はにかむ大樹がこれほど気色悪いとは思わなかった。彼が彼女を家に呼ばない理由は、そんな姿を見せたくなかったのだろうか。
「あたしのところに来るよりも、ちゃんと家のことをしなさい。広瀬君はまだ中学生の男の子なのよ。遊びたい盛りなの。どうして友達と部活じゃなくて、女の子に混じって料理の勉強しなきゃいけないのかしら」
 確かに、大樹のことがなかったら調理部には入っていなかっただろう。恥を忍んでダメで元々と入った部活だ。しかし今は違う。
「先生、俺、料理は普通に好きです。楽しいです。大樹さんと離れても、俺部活やめませんから」
「もう……君は本当にいい子ねぇ。ついでだから、今夜は先生が夕飯作っていきましょうか」
「本当ですか?」
 慎は嬉しくて頷いた。
 彼女の作る料理は本当に美味しい。性格もよく、仕事熱心で、料理上手で、家事上手。植物も好きで子供も好きで、本当に女性の鏡のような人だ。
「慎、お前ずいぶんとケイちゃんに懐いてるな」
「先生はみんなに懐かれてるよ。少なくとも、嫌っている奴は見たことないな」
 とても優しいし授業が分かりやすく、彼女が担当しているクラスの英語レベルが上がるらしい。そして厳しいときは厳しい教師でもある。たばこを吸っている生徒がいれば集団相手でも一人で説教し、暴力に訴え出ようとする生徒がいれば普通にねじ伏せる。
「嫌われていると言うよりも、恐れられるかな」
 相談に乗ったら、多少やばいことでも最後まで付き合ってくれるし、そしてどうやってか知らないがどうにかしている。彼女は彼女なりに大きなコネがあると思っていたが、その一番大きなのは大樹なのかも知れない。今までは有名人の妹だからだと思っていた。
「……ケイちゃん、仕事のことはほとんど話してくれないよね。学校で何をしているのか教えて欲しいなぁ、とか今すごく思った」
「別に普通よ。
 あんたこそ、なんで広瀬君を住まわせているの?」
「実家から距離があるんだよ。それに、鍛えてやってくれってさ」
「あんたが何を鍛えるのよ。広瀬君に悪い遊びを教えたら即別れるからね」
「いやいやいや、悪い遊びなんて俺もしてないよっ」
 大樹は大袈裟に手を振り無実を訴える。
「先生って、夜は香水変える?」
「変えないわよ」
 慶子は言って大樹に微笑みを向ける。その笑みに大樹はひるみ、後退した。
「仕事の関係だって」
「樹さんに連れられていかがわしい店にでも出入りしたんでしょう」
「そんなまるで見てきたかのように」
「あんたらの行動パターンは分かってるのよ。昔っから変わらないじゃない」
 慶子はキッチンに向かい、冷蔵庫の中を見る。整理整頓しておいてよかったと胸をなで下ろす。彼女にだらしのない男だなどとは思われたくない。
「大樹さんって、先生と昔からの知り合いなの?」
「同じ病院で生まれた生まれた瞬間からの知り合い」
「一般人……でしょう?」
「一般人だけど聞いたことないのか? 慶子の噂。昔はフルネームだったけど、最近じゃ名前だけが一人歩きしているはずだから、聞いたことはあるはずだぞ」
「ケイコって、鬼達を改心させて全国を行脚するという伝説の?」
「行脚はしていない。旅行先とかで何かしたらしいけど。それに基本的に無意識でしている、彼女の意志に関係ない能力だ。一般人だけど、その能力があるから俺の嫁候補として昔から上がってた。まあ、そんな他人の意志に関係なく、ケイちゃんは自由に生きてるけどな。その自由に生きた結果がうちの一部の鬼達だけど」
 確かに最近で本家に出入りする鬼の数が劇的に増えたという。人間も食わなくなって、それはもう使いやすい真面目な連中が増えたと。
「…………先生、不良以外にも突撃していたんだ」
「まあ、予想してたけど……どうせ他校の不良でも説教してるんだろ」
「昔からあんなだったんだ」
「そんなところもケイちゃんの可愛い所なんだけどな。回りの男に苦労をかけまくるところが何とも」
 彼は遠い目をして言う。
「あと、変なことは吹き込むなよ。ようやく指輪受け取ってくれたのに、返されたら殺すからな。マジで」
 慶子がしている指輪には、そういう意味があったのだ。今は独身女性がおしゃれで左手の薬指に指輪を着けることも珍しくはない。今の指輪を着ける前から、別の指輪を左手の薬指にしていたが、指輪が変化したのが結婚するからだったとは気付かなかった。
「広瀬君、お酒ってどこにある?」
「あ、今出します」
 冷蔵庫から料理に使っている酒を取り出し慶子に渡す。
「あら、料理酒じゃないのね」
「え、すみません」
「いいのよ。これなら飲めるもの」
 慶子は飲むならもっとおしゃれな酒だと思っていたのだが、日本酒で喜んでいる。若い女性が飲むとは驚きだ。
「ケイちゃん、もっといい酒買ってこようか。それじゃたりないだろ」
「あらそう。ああ、でも車で来たんだった」
「送るよ」
「あら悪いわね。じゃあ張り切って作っちゃおうかな」
「料理作っている間には飲むなよ」
「飲まないわよ。あたしはアル中じゃないの」
 くすくす笑いながら大樹が車のキーを持って玄関に向かう。その途中、慎を睨み付けて念を押した。
 別れる原因になったら、本当に殺されそうだ。
 少なくとも彼は本気で慶子のことが好きなようで、遊びでないなら口を出せない。しかし慶子の不幸は生徒としては望むところではない。
 彼女は一部の男子生徒にとっては大きな憧れである。慎だって例外ではない。
「先生は……大樹さんのどこが好きなんですか」
「どこがって…………何とか絞り出すなら顔?」
 彼女は本当に大樹のことが好きなのだろうか。
 確かに彼の最大の美点は顔だが、結婚しようという相手だしもう少し違う言葉があってもいいだろうに。
「物心ついたときから一緒にいたのよねぇ。
 で、人生の節目節目に結婚しようってしつこくて。
 冗談だと思ってたのに、十八になったときに婚姻届を持ってきて、高校も卒業してないのに出来るかって言ったら卒業したらまた持ってきて、大学入るでしょって言ったら大学卒業の時に持ってきて、教師になって二、三年もしないうちに結婚なんてしたら顰蹙買うでしょって言ったら、今年の春今度は指輪こさえて持ってきたのよ。で、夏休みに式とハネムーンって決めてとっとと逃げられないように準備始めちゃって」
「押し負けたって感じですか」
「そうそれ」
 彼女は明るく夢のないことを言う。
「あ、別に好きじゃないわけじゃないのよ。でも、あいついざというときは雰囲気も何もない方法でプロポーズしてくるのよ。普段は格好付けてるくせに」
「あの人がそんなことするんですか? なんか用意周到に雰囲気作りとかしそうな人なのに」
「するわよ、必要のないときは。でも普通は恋人が一緒にいるようなときはみんなと一緒にいるのよね。クリスマスとかバレンタインとか。宗教関係者だから正月もだし、いっつもみんなで祝ってくれる誕生日も。不満はないけど、少しぐらい手を回せばいいのに。
 でさらにタチが悪いのは、そのみんながいる誕生日に婚姻届を差し出したりすることよ。たいたいは酔いつぶれて寝こけているけど、あたしだって泥酔してたりするのに」
「…………大樹さんって、そんな不器用な人なの?」
「何でか知らないけど、肝心なときには不器用ねぇ。そういう必死なところは呆れるけど、けっこう好きなのよ」
 包丁を持って笑う彼女は、それなりに幸せそうだった。
 今更あんな男はやめた方がいいと言っても、そんなことは彼女自身がよく知っていることだろう。
 こういう恋人同士もいるのだ。
「ところで、あいつの企みどおり事を進めたら、広瀬君のことはどうするつもりなのかしら。うちに住む気満々みたいなんだけど」
「え…………」
「教師と生徒が同居ってのはまずいわねぇ」
「え、や、俺まで引っ越していいんですか?」
「ああ、来年は担任から外れるし、三年に当たらないようにしてもらえばいいかしら」
「いや……あの……」
 本当について行ったら、大樹が激怒するのではないだろうか。
 いや、間違いなくそうに違いない。
 さすがに周囲も新婚夫婦の元に住み込みで弟子を取れなどとは言えないだろう。
「まあ、そういうことは後々考えればいいわね。部屋はまだ足りてるし」
 そう言って彼女は野菜を切り始めた。
 大きな鍋に湯を沸かし始め、パスタが用意してあることから、ささっとできるイタリアンを作ることにしたようだ。
 パスタだけではなく、メインディッシュにサーモンのムニエルも作っている。特売品が三切れ入りしかなかったので買ってきたのだが、ちょうどよかった。
「先生、手伝います」
「気にしなくていいのよ。女の人が作るって言うときは、どんと任せといてあげなさい。あんまり料理上手な男の子が隣に立つと緊張する物よ。
 だから、たまぁに作ってあげるの。
 相手の女の子の腕前を考えて、手を抜かなきゃだめよ。で、その子の得意料理っていうのを、その子以上に美味しく作るのは問題外。料理の上手な男の子はもてるけど、太刀打ちできないぐらい上手な子は友達止まりよ」
「は、はい」
「宿題でもやってなさい」
 慎はこくこくと頷いて、テーブルの上に課題のプリントを広げた。今日に限って英語の課題はないが、どのみち英語だけは満点を取れるし、普通に話せる。逆に苦手なのは国語だ。
「そういえば俺、普通に英語出来るし、英語の先生と同居してもあんまり疑われないんじゃ」
「そうねぇ。いつも些細なスペルミスで点数落とすだけだものね」
 痛い言葉だ。話は出来ても、書くのはまた別の知識である。日本語を話せても漢字が書けないように。日本語を覚えるよりははるかに簡単なのだが。
 こうしてじっとしているとため息が漏れる。問題は難しいと言うことはないが、考えられるほど頭が働かない。
 二人は本当に結婚するのだろう。
 彼女の態度を見れば、大樹がどれだけ情けない姿を見せたとしても、夜遊びをしたとしても、そうなるのだろう。
 思った以上に落ち込んでいるらしい自分に気付き、ますます考えることが出来なくなる。
 この世は理不尽な無常が溢れている物だが、できればもう少しマシな失恋をしたかった。
  
あとがき

 慶子と大樹のラブを見たいという方が大勢いましたが、見たい物が見られるとは限らないのがこの世の常でございます。期待をしてしまった肩には申し訳ないが、私は開き直っているのです。
 本当は日記で書こうと思っていた話の一部だったんですが、それだと長くなりそうなので天使に一番関係ある部分だけ抜粋という感じです。

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