序章
それを聞き、目眩に襲われる。
死刑宣告に等しいその内容。
「援助がうち切られたですって!?」
ばんっ、と隣で同僚の女性が机を叩く。
「ウィトラン様、どういうことです!? 削減ならともかく、いきなり打ち切りなんて、あんまりですわ」
神官長は首を横に振る。何を考えているか分からないがハンサムだからいいとご近所の女性信者に評判の、二十代半ばにしか見えない男だ。実年齢は不明。出会って三年、彼はまったく変わっていない。
マシェルは叫ぶ気力すらなかった。だが、彼女の叫びは彼の思いの代弁でもある。
おそらく、そこにいる者達は皆同じ事を思っているはずだった。
「神官長様それじゃあ、子供達はどうなるんですか!?」
「このままでは食料が足りません」
援助とは、孤児院への援助。神殿が主に運営しており、その多くは寄付金と援助金によってまかなわれている。寄付金は貧民院の方にまわされており、純粋な孤児院は援助金によってまかなわれている。
それがいきなり打ち切りである。
食料もそうだが、問題は冬。暖かい衣服に、凍死しないための暖炉の薪。そして薬。
なにもかも、援助金で仕入れる予定であったもの。冬のためのある程度の積立金もあるが、それで足りる人数ではない。
戦争孤児は、この孤児院にいるだけで百人近くいるのだから。他の支部を含めれば、足りるはずがない。
「仕方がない。領主様がお決めになられたこと」
「領主って、あの変態エロオヤジですの!? まさかっ……」
彼女の言葉にウィトランは顔をしかめる。
「心当たりがあるようだね、シア」
彼女は頭を振る。
「そんな。ただ、愛人になるように誘われたのをお断りしただけですわ」
「ほぉう」
神官長ウィトランは冷たい目でシアを見る。
「まあ」
「見た目に騙されて」
「見た目だけの女とも知らずに」
囁き会う同僚達に、シアは鋭い視線を向ける。そのとたん、皆は口を閉じる。
「まさか、領主様ともあろう方が、そんな理由で神殿に圧力を?」
マシェルにはとても信じられず、ウィトランに問うた。
「シア、他には?」
「触ってこようとしたので、とりあえず棍で殴っときました」
「阿呆」
「子供達にまでイヤらしい目を向けていたのです。あやうく女の子が一人お菓子につられてついていってしまうところでしたわ」
「それならばしかたがないか」
ウィトランはあっさりと納得する。
無類の子供好きという数少ない共通点を持つ二人は、子供に関することに関して意気投合するのだ。
「だが、シア。人間どんな理由があろうとも責任をとらねばならない」
「責任?」
「愛人になっておいで」
「あの………わたくし聖職者なのですが」
「馬鹿だな。子供達のためだ」
頭が痛い。
シアもシアだが、そんな取り返しのつかない責任の取らせ方をしようとするウィトランもウィトランだ。
しかし、実際に残された道はそれしかない。
もしくは、
「領主様の弱みを握ってきましょうか? 」
「それは危険すぎる。領主を完全に敵に回すのは得策ではない。あれは仮にも爵位を持っている。むしろ、シアに抱き込んでもらった方がまだ益がある」
「仕方がありませんね」
驚いたことに彼女は頷いた。
「お金を工面すればよろしいのですね」
「抱き込んでもらった方がいい」
「ついでに暖房機代わりになるアイテムももらってきますわ」
「どこから?」
「悪からですわ」
彼女は言い切った。
「シア」
ウィトランはじっとシアを見つめた。眼鏡の下で、剣呑な光を携えて。
──きっと、諫舐めてくださる。
皆が確信した。
「また、この前のような傷を治すアイテムや、病を治すアイテムも奪っておいで」
「はい。了解ですわ。ほほほほほほ」
シアは当然とばかりに高笑う。
──だ、ダメだ、この二人は。
子供達のためになることになると、自分たちが聖職者であることを置き去りにする。マシェルの場合は孤児院の方につとめているので、本来ならばそれはマシェルの役所であるはずだった。
しかし、マシェルも子供好きだが、最近はこの二人ほどではないと実感するようになってきた。
子供達のためとはいえ、マシェルは人を不幸にする考えなど思いつかないから。
だからこそ、思う。
──このままシア一人を行かせたら、悪人さんが未曽有の不幸にさらされる。
いくら悪人といえども、処罰以上の拷問じみた暴力を受ける必要はない。
「ぼ、僕も行きます」
「あら。わたくしの護衛をしたいという気持ちは分かるけれども、それは不要ですわ。
元はわたくしの女神のごとき至高の美貌が招いたこと。私一人で片を付けますわっ」
高飛車に、彼女は再び高笑う。何が至高か。それは彼女の破天荒ぶりである。
「僕が心配しているのは、相手の方です」
「うむ」
ウィトランはもっともだと言わんばかりに頷いた。
「シアのお目付、頼んだぞ」
「はい」
こうして、今回の冒険らしきものは始まった。
これによる今後身に降りかかる苦労も知らずに。