終章


 シアは部屋に入ってくるなり笑った。
「あははははははははっ」
 指差して、腹を抱えて。
「何がおかしい?」
「お兄様、王子様みたいっ」
 戴冠式のための衣装の仮縫いが終わったので、身体に合うか試していた最中だ。
 自分でも、似合わないとは思っていた。こんな、きっちりとした白い服。それこそ、物語の王子様にこそ似合いそうな、そんな馬鹿げたデザイン。出来上がりは、刺繍などを施され、これ以上に豪華になるはずだ。
 マシェルも同じデザインなのだが、彼はそつなこ着こなしていた。
 元々凛々しい顔つきをしている男だ。この手の服が似合うのも当然。
「くそっ。やはりお前一人で出ろ」
「嫌だね」
 最近、彼はデュークに対して敬語を使うのをやめた。
 むしろ、もうすぐ行われる一世一代の大恥をかく儀式で、どちらが何を先にするか。それで連日喧嘩をしていた。それにより、二人の仲に遠慮の二文字が消滅した。
「マシェル様は似合っていますね」
 シアに付き添っていたエルマが微笑みながら言う。
 そのは背後には、目をまん丸にするデュークの預かり子達。
「変!」
 ロアがこちらを指し、遠慮なく言う。
 マシェルが一人腕を組み頷いた。
「貴様に、私の気持ちが分かるか!?」
「……じゃあ、衣装を黒くしてもらったらどう?」
 デュークはシアを見た。
「そうですね。それもお似合いになりますけど……ぷ……黒いものを用意いたしましょう。まだ時間はありますからね」
 噴出さずにはいられないほどおかしいのだろうか?
 デュークは白い上着を脱ぎ捨てる。
「そういえば、最近ユーノを見ませんけど、どうしたんですか?」
 マシェルが言う。しばらく前までは、エルマのいるところには必ずユーノがいた。
「ユーノは旅に出ました」
「旅?」
「放浪の愚者とは、杖に導かれるまま行動するのが仕事です。国が正常へと向かえば、それを阻もうとする者を見つけ出し、排除します。
 それが、放浪という名の由来です」
 マシェルは目を見開いた。
「聞いてません」
「杖の導きは突然ですからね。
 それに、ひょっとしたらワーズがまた何かしようとしていて、殺すチャンスがあるかもしれないと、それはもう喜んで出かけていきました。お二人の存在を忘れるほどに」
 シアは笑顔でそれを言う。
 ──私たちの心配というのは……果てしなく無駄だったのだろうか?
 愚者の仕事は止められない。
 人を殺すこともある。
 しかし、それを笑って送り出す殺される側の身内に、喜んで殺しに行く子供。
「……何かを悩むのが、馬鹿らしくなってくるな。私も旅に出たい」
「僕も出ていいなら出てくよ」
 デュークはマシェルを睨む。マシェルはデュークを睨む。
「はいはい。その話はもう終わりです。
 じゃんけんで百回連続あいこになった素晴らしいシンクロニシティをお持ちのお二人なのですから、喧嘩はなさらないでくださいまし」
 言うシアは、純白のドレスを着ていた。
 思わず目を奪われるほど、よく似合っている。
「僕たちはどう見ても二卵性ですよ。シンクロニシティも何もあったものじゃないと思うんですけどねぇ」
「まったくだ。こんな頭の悪そうな男」
「はははは。邪悪な人に言われたくないな」
「物知らずが何かほざいているな」
 その様子を見て、シアがくすくすと笑う。
 最近、この男との口げんかはだいたいこんなものだ。何度か取っ組み合いになった事もある。
「お二人とも、外見は似ていなくても、中身はすごくよく似ていますよ」
 エルマが、無遠慮に言った。最近、マジシャンズの連中は、遠慮と言うものがない。
 主君が人の言う事を聞かないから、上の連中が幼い子供に意見を言わせているのだろう。
 ここで駄々をこねれば、大人気ないと後ろ指差されて笑われる。
 ここの連中は、そういう奴等だ。
「お兄様、マシェル様。もしもこれ以上我が侭を言うのでしたら……」
 シアは目を細めた。
 何か、とんでもない事を企んでいる目だった。
「お二人の衣装、取り替えてしまいますよ」
 その姿を想像する。
 変だ。
 絶対に間違っている。
「ごめんなさい」
 二人は同時に謝った。
「まあ、許して差し上げますわ」
「あげますわ」
「すわぁ」
 足元に、ミアとロアがしがみ付いてきた。
 デュークは二人を抱き上げる。
 ──王か……。
「お前達、ここの居心地はどうだ?」
「大好き。美味しいものいっぱいあるの」
「うん。ちょこれーとっていうのが、美味しい」
「そうか」
 デュークは二人を床に下ろした。
 ──まあ、我慢してやるか。
 ちらりとマシェルを見た。マシェルもデュークを見た。
 一人ではないのだから。

 

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