11

 


 似ていた。とても、似ていた。
 柔らかな雰囲気が、とても、彼女に。
 一目見て分かった。
 彼女の子だ。
 部屋の中の様子を、離れた部屋から見ていた。
 ワーズが人質にされ、賢者二人が一撃で気を失った。
 強い。
 当然だ。カーラントの王族ならば、無能な方が珍しい。
 何よりも、彼女の息子だから。
 この場所は向こうにもバレている。
 ウィトランが来る可能性かせ大きい。
 今、ワーズの契約している魔物たちは、加勢に出したばかりでここにはいない。肝心の三人が気を失っていては、どうしようもない。
 さすがに、ウィトランには敵わない。
「どうしますか?」
 同僚が問うてきた。
「これを使いましょう。完成したのでしょう?」
 カプセルの中で眠る化け物を指し示す。
「たぶんとお二人は言っていました。タイプBは制御に重点を置いたそうですが、この以前から作成していたタイプAは、能力重視だそうです。簡単な命令を理解するかどうかところでしょう」
「構わないわ。もう一週間も放置されているじゃない。
 とにかく、ワーズ様が捕らえられていては、どうしようもないわ。
 結界を張った魔法陣に来るなんて……そんな方法があったなんて……誤算もいいところだわ」
 彼女は爪を噛む。
「しかし、なぜよりにもよって奴らは自分達の切り札を?」
「知るはずないわ。早くなさい。あの二人が来たら、厄介よ」
 彼女の言葉に、部下達が動く。
 この研究に彼女、ニーナは一切関わっていなかった。むしろ、こんなことに夢中になっているワーズと二人の賢者に呆れていたほどだ。
 いつか、奴らが動くと理解していて。
 まるであの二人を試すかのように。
 おそらく、そういった意味が強いのだろう。
 自らの血を引く賢者。彼自身はなれなかったもの。彼の兄はなれたのに、自分はなれなかった。それを苦にしていた。だから彼は賢者にこだわった。
「よろしいでしょうか、『世界』様」
「いいわ。開放なさい。その隙に、私たちは三人を」
 隣に立つ青年に言う。
「分かっているわね、『吊られた男』」
「ニーナ。その呼び方はやめて欲しいと言ったじゃないですか。間抜け具合が好きでないんですよね」
「さっさと行きなさい、ゼノ」
 言うと、ゼノはドアへと向かう。
 ニーナもそれに続いた。
 その時だ。
「ぎゃぁぁぁぁぁあ」
 男の、学者の悲鳴。
「何!?」
 振り返ると、化け物──タイプAが学者の一人の頭を掴み上げていた。学者はもがいていたが、すぐに動かなくなった。
 生気がなくなった。
「な……どういうこと?」
「魔力──精気を吸い取ったのでしょう」
 ゼノは呟いた。
「馬鹿な。こんな力など持たせていないぞ」
「だめだ、制御が利かない」
「やはりお二人がいないときに開くべきではなかっ……」
 もう一人、学者が捕らえられた。獲物を捕らえる蛇のような素早さだった。
 それは動かなくなった学者を、こちらへと投げつけた。
「何!?」
 驚いた。その行動に。
「知恵があるの?」
「元は人間ですよ。あっておかしくはありません。
 とりあえず、魔力の強い私たちに興味を示したようですね。上手く誘導してやれば……」
「そうね。魔力に引かれるのなら、ウィトランとシア様が現れたら……好都合ね」
「シア様には逆にやられかねないな。まあ、彼女があの動きについて来られたらの話ですが」
 二人は部屋から出る。研究者達をこれ以上巻き込むわけには行かない。
「な、何だ、あれは」
「んなこと、僕に聞かないで下さいって」
 二人の王子が、向かう先に現れた。王と、賢者二人を人質として。
「その方たちを放しなさい」
「げっ、なんかこっちに来ますよ」
「むぅ。手を」
 銀髪の方が、小さく呪文を唱えた。
 突然、確かにそこにいたはずの五人の姿が掻き消える。
 追ってきていた化け物──「タイプA」の動きが止まっていた。その視線が、タイプAの背後に降り立った王子達に向けられていた。
「な、なんか見ていますよ」
「切れ。触れるなよ。嫌な感じがするから」
「また無茶を……。この子よろしく。えい」
 黒髪の方がソーラを預け、しかしムーアは抱えたまま、言われた通りあっさりと切りつける。
 タイプAは反射速度が上げられている。制御が出来ていない以外は、完璧な出来だ。
 あの男が、信じられないほどの腕だというだけで。
「再生しました」
「むぅ。腕まで生えてくるとは……どあえず逃げよう」
「はい、賛成」
 言って二人は、気を失った王と賢者二人を連れて走り出した。
 呆然と、見送ってしまったから、
「ど、どうするの!?」
「だから反対したんですよ」
「いくらなんでも、こんな事になるなんて予想しているはずがないでしょ」
「そりゃそうですけど。先回りして奇襲をかけて、三人を奪還して逃走、ですね。学者達は地下通路から逃げたようですし。
 まあ……連れて行かれるよりは、マシといえばマシですし。奪還すれば問題はないでしょう。貴女はこのまま追ってください」
 ゼノはそれだけを言うと、走り出した。

 デュークは試しに、消滅魔法をかけてみた。
 疲れるだけで、無駄だった。魔法では、吸収されてしまう。
 かと言って、マシェルに再生しないほど細かく切り刻めとは、さすがに言えない。触れると切り裂かれると言っていた。魔力を吸収する余波、だろう。
 触れるのは危険すぎる。だから、無茶はさせられない。
 もしも彼が死んだら、寝覚めが悪い。その上、確実に王にさせられる。逃げられない。どう足掻いても。
 二人ならまだマシだが、一人でそんなものにはなりたくない。
 絶対に。
「くそっ」
「どうしましょうか?」
「とりあえず、この男を起こすか」
 いい加減、抱えるのに嫌気が差してきた。
「おい、起きろ」
 デュークはつぼを押してやる。
「暴れると死ぬぞ」
 暴れ出される前に念を押しす。
 ふと、この男を殺しに来たのではなかったかと思い出したが、下手に餌を与えてパワーアップでもされたらたまらないので、とりあえず今は生かしておく事にした。
「な、何なのだ?」
「後ろを見てみろ。納得するから」
 ワーズは言われて後ろを見て、
「あれは『クララ』ではないか」
 デュークは一瞬この男の正気を疑った。
「……あれにクララと名付けたのか、お前」
「毒草の名を。しかしなぜあんなものに追われているのだ?」
「暴走しているようだ。……どうでもいいが、放すぞ」
 デュークはワーズを放り出す。
 ワーズは自分の足で走り出す。
「どうにかならんのか? このガキどもも起こすか?」
 少しは役に立つかもしれない。
「制御を失っているものは仕方がない。白と黄の領域の知識に該当するものだ。賢者の石に触れなければ、明確な知識はない。無駄だ」
「役立たずな」
 デュークは振り返る。追って来ている。
「魔力に引かれているのか……」
 デュークはワーズを盗み見る。
 騒がれるだけあり、大した魔力だ。
「どうにかならないんですか?」
「そうだな。三つまたになった道のところで一斉に別々の三つに行く。
 そうすれば、被害者は一人だ」
 マシェルは手を打った。
「おお。そういえば、ここに来たのって、ワーズさんの暗殺も目当てでしたっけ」
「うむ。上手くいけば自滅してくれる」
「勝算はあるんですね」
「ん。私は魔力を抑えられる。幼少時の訓練の賜物だ」
「絶対に一人になどなってやるか」
 それがなくとも、一番狙われそうなのは彼だ。邪眼の力を使えばこちらについてくるだろうが……。
「邪眼は……効かないよな……」
「無理だろうな。邪眼も魔力だ」
 デュークは考える。
 ──魔力か……。
 一つだけ、試したい事があった。
「このガキを持ってろ。足止め程度にはなるやも……」
 ワーズにソーラを押し付け、髪の毛を一本抜いた。染めていると思われがちな、風変わりな紫交じりの銀髪。それに指を掛け、もう片手の4本の指で引きちぎる。
 それに「気」とか呼ばれるものを込める。魔力とは違う。内にあり、外にもある、少し魔素に似た力。
「っ……はっ」
 気を込めた髪を投げつける。それはクララの周囲に突き刺さり、独特の気の流れに絡みつかれ、足を止めた。
「何だ!?」
「ふん。アークガルド流の結界術だ」
 驚くワーズに、デュークはもう一回結界術を施す。二重にすれば、しばらくは持つはずだ。
「弱点は無いのか? 核とか」
「首を切れば」
 その言葉に、マシェルはムーアを床に置き「クララ」へと剣を向けた。
「はぁあ!」
 駆け抜けた。
 その太刀筋は見事で、デュークですら目で追うので精一杯だった。
 首が落ちる。
 しかし、それは止まらなかった。
 狂ったように胴が暴れ、落ちた首は意思を持ってデュークへと向かってきた。
「デュークっ」
 デュークは退こうと思った瞬間、マシェルが床に置いたムーアの存在に気がついた。
「くそっ」
 ムーアを拾い──。
 マントを、引っ張られた。
 マントにかじりついていた。慌ててマントを外す。クララの重みにより、マントはあっさりと外れたが、今度はようやく結界を抜け出した本体が来た。
「くそっ」
 体勢が悪い。
 ムーアを抱えたままでは、どうにも出来ない。
「お兄様、伏せてっ」
 考えるよりも早く、デュークはその言葉に従い、伏せた。
 頭上を、何かが通り過ぎて行った。同時に、人が通り過ぎた。
 どっ!
 目の前に、今度は胴が真っ二つとなったクララが倒れた。
「シア」
「はい」
 ウィトランと、シアの声。
 シアの姿が、未だに動いているクララの向こう側に見えた。
 デュークの腕の中から、ムーアが取り上げられた。
「滅びなさい」
 シアがクララへと触れた。
 クララに魔力を吸われるどころか、逆にシアが魔力を吸い取っていた。やがて、「クララ」は干からびた。
 ──吸魔……か。
 どうりで、神が警戒するはずだ。
 目の当たりにして、ようやく実感が持てた。
 神は力の塊。それにより存在しているのだ。魔力を奪われれば待つのは消滅。シアには、それが出来る。
 理屈では分かっていたが、ようやく実感した。
「おい、お前達そろそろ起きろ」
 ワーズが賢者二人を揺り起こす。
「ワーズ様、お怪我はありませんか?」
 ニーナがワーズの傍らにいた。賢者二人は目を覚まし、歳相応の可愛らしいしぐさで周囲を見回していた。
「問題ない。なかなか楽しかったぞ」
「……そぉですか……」
「兄の息子のくせに、なかなか面白い奴らだ」
 ワーズは笑う。
「それに、私の娘も優秀に育っているようだしな。なかなか愉快だった。首が痛いがな」
 手加減しなかったから、当然だ。
「まったく、制御できないものを作るなんて……」
「ウィトランが、お前を誘拐していなかったら、こんなことにはならなかっただろうにな」
 ワーズとシアはにらみ合う。いや、シアが一方的に睨んでいた。
「十七年ぶりの再会だと言うのに、つれないな、娘よ」
 デュークは反射的にシアを見る。
 彼女の美貌は、怒りに歪んでいながらも美しかった。
「だまりなさい」
「ねぇちゃん」
 ユーノがシアの腕を掴んだ。
 しかし、シアは呪文を唱え始めた。
 二人の賢者が、ワーズの前へと飛び出る。
 現状を把握してと言うよりも、とっさの判断だろう。
「シアさん」
 マシェルが、シアの口を優しく手で覆う。
「シア、やめろ」
「なぜ!?」
 マシェルの手を振り切り、ユーノの手を振り解き。
「お前に身内殺しはさせられない」
「どうして!?」
 シアが髪を振り乱して叫んだ。
「私はお前が大切だから」
「なら、止めないで下さいっ! 私はこの男を殺すために生きてきたのにっ」
 デュークはシアの頭に手を置いた。
「それでも」
「私はあの時が忘れられない。ずっと……お母さまの血の暖かさすら覚えています」
 その言葉に、デュークは胸を打たれる思いになった。
 大切な妹。
 彼女を傷つけた存在は許しがたい。
 それでも、それが彼女にとって父親であると言うのなら……。
「それでも、私はお前にそれをさせたくはない」
 シアはデュークを見上げて、唇を噛んだ。

 憎しみは消えない。
 消し去りようも無い。覚えているから。この身で、その血飛沫を浴びたから。
 母の、命が失われる瞬間を見たから。
「私とて、殺したくて殺したわけではない。あんないい女、そうそういるものではないからな」
 ワーズは笑う。
 母は娼婦だったらしい。国一番の美女と呼ばれるほど美しかった……らしい。顔は、覚えていない。顔も、似ていると言うほど似ていないらしい。
「ウィトランなどと通じていなければ、ずっと側に置いていてやったものを……」
「自分に人望がないだけでしょう?」
 それをウィトランのせいにするのは間違いだ。彼は怪しい人だが、人望はある。
 くだらない男だ。くだらない野心を持ち、隣国に攻め入り侵略してしまった。
 そんな男を慕う馬鹿な弟達。
「なぜ」
 口を開いたのは、マシェルだった。
「なぜ、貴方は争いを好むんですか?」
「見えるから」
「何が?」
「見えたからだ。兄が軍事をおろそかにし、カーナンに攻め入られる未来が」
 ──未来?
「誰も──下の兄を除いて、誰も信じようとはしなかったがな」
 シアは振り返る。ウィトランは、小馬鹿にしたように言う。
「貴方の見たのはただの夢です」
「何とでも言うがいい。
 だが、あのおろかな兄は軍を不要と称し、軍費を削減したのは確かな話だ」
 彼は笑う。
 知らない。そんな話は知らない。
「そんな話、私には関係ない」
 呪式を展開する。
「ああ。そうだな。お前には関係のない話だ。未来は変わったのだから。凶源を絶ったのだから」
 ワーズはシアを見た。
「お前はそこにいるのだから」
「………私?」
 彼は後退した。
 シアは呪文を唱えた。
「私も、そろそろこの生活には飽きていた所だ。好きな研究も、ろくにさせてはもらえないしな」
 わけが分からない。
「ゼノっ」
 ワーズの声と供に、

 どっ!

 ワーズの後方の天上が崩れた。
「何!?」
 粉塵が舞う。前がよく見えない。
 術を放とうにも、相手の位置が分からなければ意味がない。
「こんな国でよければ、お前達にくれてやろう。
 そろそろ面白い事もなくなってきたからな」
 わずかに粉塵が薄れ、影が見えた。天上へと跳ぶ影が。
「待ちなさいっ」
 シアも後を追った。
 許せない。許さない。
 例えどんな事情があったとしても。
 ──私は絶対に……。
「さらばだ」
 声は窓の外からした。
 痛む目を見開いて、窓へと駆け寄る。
 そこでワーズは、見た事も無い竜に似た生物の背に乗っていた。
「土産に放った魔族どもは、そのままにして置いてやる。
 せいぜい、手早く駆逐するがいい」
 言って、ワーズは竜の腹を蹴った。
 見送るしか、手は無かった。
 あれを追う手段は、さすがに持ち合わせていないから。
 姿がみえなくなるまで、シアは呆然としていた。
 我に返ったとき、シアは地団太踏んだ。
「悔しいっ! せっかく殺すチャンスだったのにっ」
 長年の願望が、目の前で立ち去った。
 それを見て、王となるべき二人は笑った。
「なんか、ワーズさんがシアさんの身内だなぁって、じみじみしちゃいました」
「うむ。厄介な置き土産をするあたりなど、その当たりが特に」
「どう意味です!?」
 突然、デュークはシアを抱きしめた。
「冗談だ。お前は、人の命を軽んじたりはしないから」
 頭を撫でてくる。
 子ども扱い。
 はらわたが煮えくり返るような怒りが、急速に萎えて行く。
 兄の、手の感覚が懐かしい。
「シアさん。それよりも、魔族とやらを駆逐しなきゃいけないんじゃないですか? エルマだって、きっと寂しがっていますよ」
 緊張感がない。
 実感がない。
 わけが分からない。
 なぜだろうと考える。
 そして……
「ん。死人が出る前に行かなければな」
「そうですよ。子供たちが怪我でもしたら、どうするんですか? 助に行かないと」
「って、お二人が行ってどうするんですか!?」
 二人は同時に顔を顰めた。
「人手は多い方がいいだろう?」
「人手は多い方がいいでしょう?」
 同時に言って、互いに顔を見合わせる。
 どこまでも緊張感がない。
 この二人のせいだ。この緊張感の無さは。
「シア、まあとりあえず、お二人の言うとおりだね」
 ウィトランが呆れつつも許可をした。
「戦力になっていただこう」
「……んもう」
 シアは頬を膨らませる。
「んじゃ、俺とウィスは北へ行く」
 アズバルが言った。
「じゃあ僕は東。ウィトラン様は西ね」
「はいはい」
「では、お二人は私と一緒に南へ行きましょう。エルマたちがいます」
 シアは二人の手を取った。
「ああ」
「そうですね」
 魔法陣をイメージした。一度しか行った事のない場所だが、大丈夫。
「行きましょう」

 

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