黒の魔道師

 2話 もう一組の白と黒

  1

 

 そいつらは、突然やってきた。
 一人は金髪の男、師カロン。
 一人は銀髪の、カロンに並んでなお目立つ、空色の瞳をした美貌の青年。
 嫌な男が嫌なときに嫌なやつとセットでやって来て、玄関のホールに無断で上がった。
「……どうしたの、父さん、師匠」
 心からの不愉快を顔に表し、ディオルは父親を睨む。
「いやぁ。お前どうしてるかなって」
 世間一般ではさわやかと言われるらしい、含みのある邪悪な笑顔をもって息子を見つめる父。ディオルは敵意を込めて父──ハウルを睨む。
「元気だよ。分かったらとっとと帰れ」
「ディオル!」
 突然、アシュターがディオルの首根っこを掴んだ。正直痛い。油断していた。屈辱。
「お前、この僕にそんなことしてただですむと思ってるのか?」
「……お前も本当に人間だったのだな」
 彼はハウルを見つめて呟いた。目頭に涙が浮かんでいるような気がするのは気のせいだろうか? 
「はぁ?」
「ちゃんと父親というものがいたとは……はっ、まさか養父? そうか……似ていないわけだ」
 あまりにも突拍子もないセリフだった。しかし、この男は真剣だった。むしろ、冗談を言うような高度な脳みそはない。考えるのはエリキサに任せているぐらいだ。それにしてもこの男は、人が木のまたの間から生まれてきたとでも思っているのだろうか? ディオルは怒りを覚えながらも、頭の狂った元神の頭を殴った。
「わけの分からない自己完結をするな。正真正銘実の父親だよ。僕は祖母に似ているらしいから、似ていなくても不思議じゃないんだよ」
 アシュターはディオルと父を見比べた。似ていないのは分かっている。あのクソムカつく長身だけは似たかったと思うのだが、それすらも似ていないのだから仕方がない。しかし、ディオルの似ているのは祖母。父の母親だ。血の繋がりはある。なのに似ていない。
 ハウルはきょろきょろとまだ見比べるのをやめない鬱陶しいアシュターを見つめて言った。
「それが月神アシュター?」
 ハウルは物珍しげにアシュターの周囲をぐるぐるとまわる。服をめくり上げ、人と蛇の継ぎ目部分を眺めたり、触ったり、ひっかいたり。
「ええい。思い切り引っかくなっ」
「痛覚もあるのか。へぇ」
 アシュターは素早くその場から逃げ、着衣の乱れを整える。彼は上半身にしか服を着ていないが、長衣で腰部分を隠している。全裸でいても違和感などないのだろうに、下手に文明人を気取っていて笑える。
「で、師匠は何をしにきたの? 僕はこれから出かけるんだ」
「別に。ハウル君についてきただけだ」
 元々カロンと知り合ったのもこの親づてなのだから、二人の仲がよいのも当然だった。共通点のない二人がどうして仲がよくなったのかは分からないが。
 ──しかし、何もこんなときに来なくても……。
 約束があるのだ。こんなどうでもいい奴らの相手などしていられない。
「お前が好んで出かけるなんて……どこに行く気だ?」
 ハウルはディオルの肩を掴む。なぜか瞳を大きく見開き驚愕している。
 ──僕が出かけるのが、そんなに珍しいのかね、このおっさんはっ。
 確かにエリキサを手に入れてからはあまり外出もしなくなった。しかし、それまではよく外出していたものだ。
「別に……」
「それなら女の所だ」
 背後から、アシュターが余計な事を言う。
「お……………………女?」
 ハウルは後退する。小奇麗な顔を間抜けに歪め、隣に立つカロンの肩を掴んだ。
「今の、聞いたか!?」
「ああ、聞いた」
「女だと?」
「ディオルにも人並みに人を愛する心があったとは……」
 失礼な連中だ。
 ──実の息子を何だと思ってるんだ、このオヤジは。
 二人は手を取り合い、おそらくは感動の涙とやらを流した。ハウルなどポケットから鏡を取り出し語りかけた。
「あ、きーちゃん。きーちゃん、聞いてくれ。え? 今忙しい? ああ、夕飯までには帰るよ。え? 何で泣いてるかって? ディオルに彼女が出来たんだって。そう。よかったねって、冷てぇなぁ。あのディオルが、人並みに愛を得たんだぞ。え? 忙し……ああ、切れた……」
 ハウルはいじけながら鏡をしまう。
「……彼女に何かしたのか?」
「うう……心当たりがいくつも……」
「上手くいっていないのか。大変だな。うちの家庭はこの上なく円満だ」
「けっ。どうせ罵倒されてるだけの毎日なん……って、ディオル。どこに行くんだ?」
 無視。無視。無視。部屋に戻ってとっとと行くべし。
「そうか、恥ずかしいから一人で行く気だな?」
 ある意味恥ずかしい。これが父親です、などと知られたら絶対に笑われる。
「しかし、父としては相手のお嬢さんとご両親に挨拶ぐらいしなくちゃな。うん」
「ついてくる気か!?」
「当然だ。よそのお嬢さんを傷モノにした責任を取らせなければ」
「誰が誰を傷モノにするんだ?」
「……手出してないのか?」
 さも意外そうに言うハウル。そりゃあこの男ならすぐにでも手を出すだろう。そういう男で、そういう家系だ。
「当たり前だっ! 人をそこらにいる愚かな男と同じにするなっ! くだらない」
「そうだ。この男は本当に意外なのだが、純愛主義者だぞ」
 隣で胸を張って言う恐怖、蛇男。一瞬、ホルマリン漬けにして、趣味人に売り払ってやろうかとすら考えた。もちろんエリキサに文句を言われるので思いとどまる。女の涙は苦手であった。
「ディオルが純愛……」
「感動的だな。是非その女性を……なんとしてでもディオルのお嫁さんにしてあげなければ」
「世界は平和になるだろうな、カロン」
「ああ。子供が出来れば彼も落ち着くさ」
 ディオルはそのうち自分の血管が切れるのではないかと思った。
 ──ああ、どうしてこんな日にエリキサは出かけてるんだ!?
 それはもちろん、ディオルの命令で買い物に出かけたからだ。
「さあ行こうぜ。将来の娘を見に!」
 誰でもいいからこいつを何とかしてくれと思うが、残念ながらあの男を止められる者はいない。例え師たるカロンであろうとも。
「ディオル。頑張って来い」
 一人留守番するアシュターは、真面目な顔つきで手を振った。
 帰ったら、絶対に仕置きをしてやる。


 正直、彼の息子は少しどころではなく危ない性格をしている。誰に似たのか正直なところ分からない。色々な要素が、このディオルと言う息子を作り上げた。彼が一人暮らしをすると言ったときは最期だと思った。しかも理想の物件とやらはあの人里は慣れた場所にある塔である。その上自分の塔に作った魔法陣を、自分専用に設定し他人の出入りを極端に封じてしまったのだ。それ以来、幸せな家庭、何よりも可愛い孫、あこがれの「お義父様」と呼ぶ可愛い義理の娘。その他もろもろを諦めたものだ。
 しかし、運命は彼を見捨てなかったのだ。
 息子はどんな美人にも「別に普通だ」と言う男だった。美的感覚がずれている可能性もあり、だから容姿は期待していない。大切なのは相手が女──子供が生めると言うことだ。もう、贅沢は言わない。孫さえできればそれでいい。孫はどんな不細工でもきっと可愛いだろう。
 隣に立つカロンが周囲を見回した。長めの金髪をかき上げ、目を細める。
「……どこかで見た事があるような……」
 転移用魔法陣は、普通奥まった狭い場所に一つあるものだ。間違っても一般人に触れさせないためだ。しかしここは広い場所に、とても大きな魔法陣が三つ並んでいる。
 個人ではない。
 ここは……。
「当たり前だろう。師匠の実家なんだからな」
「何!?」
 ハウルとカロン。二人は同時に声を上げた。
 仮にもカーラントの王族の血筋であるカロンの実家。すなわちカーラントの王城。
「な、なぜよりにもよってうちの城なんだ!?」
「そりゃあ彼女がここで働いているからだよ」
 戸惑う父と師を無視して、ディオルは魔法陣を降り勝手に行ってしまう。二人は戸惑いながらもそれに続いた。ハウルは今まで頭のねじの外れたカーラントの関係者を見てきたが、城に入ったのはこれが初めてだった。
 つい最近まで乗っ取られ魔物だらけだったらしいが、そんな感じはまったくしない。
 ──ここがあの変なヤツ製造所かぁ。
 もちろんそれはハウル限定の認識だ。
 途中可愛らしい女の子達と出会い、ディオルが立ち話を始めた。
「ディオル様、いらっしゃいませ。お元気そうで何よりです」
 ディオルとかわらぬ年頃の、可愛らしい女の子が礼をする。
「ああ。エルマ達も元気そうで何よりだ。ルリアは少し大きくなったね」
「本当に?」
 ルリアと呼ばれた少女は花咲くように笑顔を浮かべた。
「ああ」
「おねーちゃんにね、正しい立ち方をすると背が高く見えるっていわれてるから、がんばってるの」
 十歳ぐらいの女の子だ。そんな小さな女の子が、なぜか見た事のある紋章の入ったローブを着ている。
「……ナイブの隊員が低年齢化しているとは聞いたが……こんな小さな子供まで……」
 カロンは驚きを含む声音で言った。
「ナイブって……」
 思い出した。一度だけこの紋章を見た事がある。
 魔法陣を模した紋様。ナイブ第一部隊、通称マジシャンズの紋章だ。
「こんな小さな子供が!?」
 ハウルは驚いて少女たちを見つめた。
「むぅ。子供だからって、どうして馬鹿にするの? ディオル様、この失礼な人たち誰ですか?」
 ルリアと呼ばれた小さな魔道師は、二人の大人を見上げて頬を膨らませた。
 ──可愛いなぁ。
 栗色のくるくるした巻き毛と、頬のそばかすがとても可愛い。家に持って帰りたいぐらいだ。こういう娘も、なかなかいいものだ。
「僕の父と、王の叔父のカロン」
「まあ!?」
 ルリアは口を両手で覆い、すぐさまローブの端をつまんでちょこんとお辞儀をした。
「生意気を申しまして、誠にご無礼いたしました。子供の戯言と受け取ってくださいませ。ほほほ」
 可愛かった。その仕草や、少しおしゃまなところや、生意気なところ。大人びた仕草をしようとしているところが、とても可愛い。
「いいなぁ。こういう女の子」
「無理だ。君のところの家庭環境ではこの子の様には育たないだろう」
「……そっか」
 息子にしても、もう少し可愛げがあればよかったのだが……。
「さあ。ディオル様、風神様、カロン殿下。こちらですわ」
 ルリアは微笑み、歩きながら道を示す。
 ハウルは少し驚いた。彼女は風神と言った。それはディオルの血統を知っているということだ。ディオルがそれを自ら話すことはない。だからこそ、ハウルは驚き息子をちらちらと見た。
「ディオル様。せっかくですから、皆様と一緒にお茶をしませんか?」
 エルマと呼ばれた女の子が言う。こちらも可愛い女の子だ。クセの弱い栗毛と、優しい目元が印象的だ。
「あいつらと?」
「はい。個人的な用事は、後で二人でゆっくりとなさってください」
「……そうだね」
 ディオルは小さく笑い、頷いた。
 ──ディオルが人の提案を受け入れた!?
 あの何にでも反発し、人とは関わろうとしなかったディオルが。
「ディオル」
「ああ?」
「その子が目当ての子か?」
 素直そうな子だ。あれなら、是非お義父様と呼ばれてみたい。想像すると、とても素晴らしい光景だった。
「ご冗談を」
 否定の言葉を口にしたのは、エルマ本人だった。
「ディオル様が、私ごときを気にかけるはずがありません」
「君をそういう風に見た事はないが、ごときとは思わないよ」
「あら。ありがとうございます。光栄です」
 エルマは微笑み、ルリアの頭を撫でた。
「ルリア。私は報告に行くから、貴方は皆様を失礼のないように案内して差し上げてね」
「うん……はい。了解」
 敬礼するルリアを見て、エルマはくすくすと笑う。それから三人に一礼し、立ち去って行った。
「……あの子じゃないのか。で、どんな子なんだ?」
「とてもお美しい方ですわ」
 ルリアが少し胸を張って誇らしげに言った。
「あの方ほど美という言葉が相応しい人はおりません。あの方はきっと美の女神よりも美しいのですわ」
「そうだね、ルリア。じゃあ行こうか」
 ディオルはルリアへと手を差し出した。その手をはにかみながらルリアは握る。
 ハウルは目頭を押さえた。
「カロン……あれは本当にディオルなのか?」
「喜びたまえ。あれは紛れもなくディオルだ」
「俺、意外と早く孫が抱けるかもしれねーな」
 前を行くディオルは振り返りハウルを睨む。
 そんな息子が可愛い。今までの親不孝など忘れ去ってしまうほど可愛い。
 ハウルの頭の中は孫の事でいっぱいで、何が起こっても寛容に許してやろうとすら思っていた。
 何よりも、相手は相当な美人らしい。
 可愛い孫が期待できそうだ。


 ハウルという男は、少し変わっている。どれほど変わっているかというと、神の血を引いているぐらい普通ではない。
 一級神である風神ウェイゼルの息子、四級神ハウル。それが父の肩書きだ。だからと言って、ディオルに特別なものがあるかと言われれば、ないとしか言いようがない。神の血は三代目まで受け継がれる事がほとんどない。だからこそディオルは父親似のハウルに似ていないのだ。
「神様って、意外と普通なのですね」
 手をつないだルリアは言う。
「ウィス様といい。あの方といい。とてもお美しいのですが……」
「見た目だけだよ。中身はただの馬鹿以下だ」
「まあ。ディオル様ったら」
 ルリアは口元に手を当てて笑う。この少女はシアを真似ようとしているらしい。もちろんシアの真似などできるはずもないが、頑張る姿は可愛いと思う。子供たちの中ではかなりお気に入りの少女だ。彼女はこれでも、結界術ではユーノに次ぐ腕を持っている。魔道は年齢ではない。センスだという生きた見本。才能ある者は皆素晴らしい。
「ディオル様。このお部屋ですわ」
 いつもの部屋だ。デュークとマシェル専用の談話室。
 ルリアは部屋のドアをノックする。
「ディオル様がいらっしゃいました」
「ディオル君が? 入ってもいいよ」
 マシェルの声だった。ルリアがドアを開けると、なぜかマシェルはお茶の準備をしていた。そして、その周囲には見覚えのある子供が二十人ほどいた。孤児院にいた、普通の子供たちだった。ついでに少しマジシャンズの子供も混じっている。
「……おい、お前何やっているんだ?」
「もちろん、子供達のおやつの準備だよ」
 保父そのものの笑顔で、カップにお茶を注ぎながら言う国王の一人マシェル。
「……あのな。お前……仮にも国王だろう」
「ああ、聞きたくない聞きたくない。今だけは。せっかくの息抜きなんだから」
 マシェルは近くにいた子供を抱きしめる。
 彼は多忙だったはずだ。ストレスがたまって駄々をこねたから、こういった特別な癒しを用意されたのだろう。時折餌を与えれば、あの男は文句を言うことはなさそうだから。
「あれがデュークの片割れなのか?」
「まあ、一応」
 ハウルはマシェルに疑惑の向ける。気持ちは理解できなくもない。あまりにも共通点がないのだ。
 あきれつつもそれをしばらく眺めていると、奥の部屋からラァサがやってきた。
「あれ、ディオル……と、おじ様たち!」
「おお、ラァサ」
「久しぶりだな、ラァサ」
 ラァサはハウルとカロンへと抱きついた。
 ──まだいたのか。
 ということは、保護者もいるのだろう。暇な将軍もいたものだ。
「あれぇ、ハウルとカロンじゃん。どしたの、二人とも」
 案の定出てきたのはラァス=ロウム。いつものすました調子を忘れ、地で話す。この男はハウルの弟弟子だった。
「いや、こいつの将来の嫁を見に」
「ああ。シアさんね。ちょっと待ってね。彼女、今ケーキ切ってるところだから。
 あ、デューク。ハウルが来てるよ」
 呼ばれ、デュークまでもが子供を首に引っ掛けて現れた。
 ──こいつら実は本当に暇なのか?
 少なくともデュークは子供を相手にして癒されるタイプではない。嫌いではないだろうが、緊張して逆に疲れるタイプだ。
「おお、デューク久しぶりだな」
 ハウルはデュークに手を振った。
「……なぜここへ?」
「将来の娘を見に」
「…………」
 デュークは黒味がかった赤い瞳──邪眼でディオルを見る。見つめ……ディオルはとっさに空間を歪めてその視線を遮る。
「人を殺す気か?」
 今、この男は邪眼を使った。邪眼とは死を招く瞳。かなり溜めていたので、本当に殺す気だったのだろう。視線をつなげた先にあった庭の木が一本枯れてしまっている。彼の邪眼は決して強くはないが、この程度の事なら容易だ。
「害虫は今のうちに抹殺しておこうかと思ってな」
「ふん。お前ごときにこの僕をやれるとでも?」
「ものは試しだ」
 二人は睨みあう。
 昔からこの男はいけ好かなかった。いつも涼しげな顔をして、そのくせ運も強い。いつもいつも人の癪に触る事をするのだ。大人になってもこの男は変わらない。おそらく一生変わらない。この男との相性の悪さは変わらない。すべてが気に食わないのだから。
「お二人とも、どうして見詰め合っていらっしゃるのですか? 私、妬けてしまいますわ」
 デュークの背を蹴り飛ばし、給湯室から出てきたのは女神の如く美しい少女、シア。
「やあシアさん。こんにちは」
「こんにちは、ディオル様。ルリア、あなたがディオル様を案内してくくれたのね。偉いわ。ありがとう」
 シアはルリアの額にキスをする。ルリアは褒められて頬を赤く染めた。
「そちらにいらっしゃるのは……あら?」
 シアはカロンへと視線を向けたまま止まる。
「あら?」
「あれはカロン……ゼディアスだよ」
「まあ。あの黄の賢者のゼディアス様?」
 シアはカロンの前へと進み出て、白いドレスの端をつかみ一礼する。
「お初におめもじいたします。私、シア=アークガルド。王家の者としての名はシアン=トゥリア=アンヘルドと申します」
「……ええと……」
「貴方様の姪に当たる者ですわ」
 カロンはシアを眺める。眺め、その両肩に手を置いた。
「君の方があの二人よりもずっと身内感がしていい」
 髪や瞳の色という共通点があるからだろう。
「まあ。光栄ですわ」
 シアは頬に手を当て、小さく首を振って恥らう様子を見せる。
 確かにあの突然変異と母親似に比べると、シアが一番この国の王族らしい容姿をしていた。
「……ディ、ディオル。まさかとは思うが……彼女か?」
「うるさい。恥ずかしいから黙っていろ」
 本当に恥ずかしい男だ。動揺を隠そうともせず、声を潜めようともしない馬鹿男。馬鹿親父。最悪だ。もういなくなって欲しい。
「しかし、そうなると君の父親はどちら……」
「その事には触れないで下さいませ」
「……そうか」
 身内に関してカロンは冷たい。身内に対する嫌悪。二人の思いは共通なのだろう。ディオルには理解できない。彼には殺したいほど憎らいしい相手などいない。そこまでの情熱を持って誰かを見た事はない。シアの事とて、思うとそわそわする程度。一緒にいると落ち着く程度。それがディオルにとっては何よりも大切なのだ。大切な者があり、それを傷つけられる者は今のところいない。切迫していない。だから、安心している。
「そうか……私には姪もいたのか」
 カロンはシアの頬を撫でる。珍しく身内を気に入ったようだ。
「シアンか」
「シアとお呼びくださいませ」
「わかった、シア。伯父として一つ忠告する」
 カロンはシアから目を離さず、ディオルへと指を向けた。
「ああいった危険な男とは付き合ってはいけない」
「おいっ」
 ディオルとハウル。同時に同じように声を上げる。
「お前、俺の念願の夢を邪魔するつもりか!?」
「この僕のどこがどう危険だって言うんだ!?」
 言って、親子は互いに視線を交える。青い瞳が見下ろす形でディオルを見つめた。
 だから嫌なのだ、この父と横に並ぶのは。こいつらといると「小さいね」とまで言われるのだ。別にそこまで小さくないのに。しかもまだ成長期だ。去年だって、五センチは伸びた。だからもうチビではない。チビではないのだが、この男の横に立つと小さく見えるのだ。腹立たしい。
「自覚ないのか!?」
「夢とか人に押し付けるないでくれないかっ!?」
 怒鳴り散らすディオルの足に、突如子供の一人が突進した。
「ディオルにーちゃん、あそんでぇ」
 ディオルはしがみ付く子供を見た。へらりと笑う、少し抜けた感じのする元気な男の子だ。この連中は本当に物怖じしない。
 そう思っていると、今度は反対側の腰に別な子供が突進してきた。
「前に見せてくれた、変な生き物また見せて」
 そういえば、そんなものを見せたことがある気がする。何か面白い物はないのかと言われたのだ。
「まあ、みんなディオル様のことちゃんと覚えていたのね」
「うん。変な怪物見せてくれるもん!」
 確か翼猫のロロを作ったのも、この子供たちに受けそうだったからだ。その前に飼育状態が悪いとデュークに文句をつけられた挙句盗まれたのだ。せっかく可愛く出来たのに。
「そうだったね。でもごめんね。君たちにあげようと翼のある可愛い黒猫を用意したんだけど、そこにいる凶悪ないつか暴君になるのではないかと不安にさせられる邪眼の国王片割れに強奪されたんだ」
「ええー?」
「デューク様が?」
「私が!?」
 デュークに自覚はなかったようだ。どうせ哀れな生物を救った気でいたのだろう。彼は拾い癖がある。前だって、エルフを二匹拾ってきた。その他、くだらないキメラを自分の家に繁殖させたりしている。救いようもない馬鹿だ。
「当たり前だろ。なんで僕があんな可愛いだけしか脳のない生物作るんだよ。まあ、オプションとして魔法も使えるボディガード程度にはなる便利生物にしておいたけど。本当はシアさんにあげるはずだったんだよ」
 その言葉にシアは目を輝かせた。
「じゃあ、ロロちゃんは私のものでいいのですか?」
「もちろんだよ、シアさん。シアさんが白いイメージだから、対照的な黒い猫にしたんだ」
 まるで自分と彼女のようなイメージだった。自分だと思って飼って欲しい。ついでに子供たちの愛玩道具になればいいと。そう願いをこめて作ったにもかかわらず、だ。
「それがどうしてこんな男のものになったんだか」
 あの時は確か、ラァサとデュークが何かを取りに来たのだ。その時に外で慣らしていたロロを見られたのだ。子供の玩具にされるのだから、多少は乱暴な扱いに慣れておかせるため、多少乱暴な飼い方をしていた。それを怒った二人が、人の言い分も聞かずに勝手に持ち帰った。そのなような経過だったと思う。
「まったく。あの猫も創造主よりこんな……」
 ディオルは空間の狭間を作り上げ、目当ての猫を引っ張り出した。
「ただのロリコン野郎の方がいいのかねぇ」
 首根っこをつかまれぶら下がる翼ある猫。
「ひぃぃぃぃい」
 ロロは人を見るなり悲鳴を上げた。
「可愛い!」
「いいないいな、シアねーちゃんいいな」
「はい、みんな遊んでいいよ」
 創造主に召喚されたというのに怯えて暴れ出す恩知らずな猫を、可愛くてやんちゃで元気で、そして無邪気に凶悪な子供たちへと引き渡した。
 子供達が喜ぶし、お仕置きにもなる。一石二鳥だ。
「ディオル……お前、意外に子供好きなのか!?」
 ハウルが子供たちとのやり取りを見て呟いた。
「当たり前だろう。可愛いじゃないか」
 シアが好きなものはほとんど皆好きだ。例外もあるが。
「そうかそうか。それはよかった。父さん、お前が子供嫌いだったらどうしようかと思ってたぞ」
 孫孫孫と、鬱陶しい男だ。
「あのねぇ。僕には一応姉がいるんだよ。そっちに期待すればいいだろ?」
「……あの子に? どうやって?」
「……どっかから適当に男を見繕って、適当にこいつと結婚しろって言えば、まず間違いなく言うとおりにするよ」
「お前、鬼か」
「どっちが」
 まだ十六歳の息子と、十七歳の少女に何を求めているのやら。ハウルはこの頃には結婚していたかもしれないが、それを息子に押し付けるのは間違っている。三十歳にもなって一人身というのならまだしも、二十歳にも届かない子供に結婚しろ孫を作れとは、とんでもない常識外れの親だ。見苦しい。
「ディオルにーちゃん」
 マントをくいくいと引っ張られた。このマントはお気に入りだ。昔から黒が好きだったのだが、いつ頃からかデュークまでそれを真似し始めた。この方がらしいと言って。やけに似合うものだから、よけいに憎らしく思った記憶がある。
「他にもっと面白いのないの? かっこいいヤツ!」
 集まってきたのは、少年達だった。少女たちは可愛らしい猫に夢中で、男の子はその輪の中に入れない様子だ。
「かっこいいもの、ねぇ」
 怖いものなら山のようにあるのだが……。
 ──そうだ。
 いいものを思いついた。ディオルの最高傑作。ついでに見た目もなかなか格好いい。これならば、きっとウケる。ディオルの顔にうっすらと笑みが浮かぶ。
「よぉし。とっときのヤツ出してあげよう」
 ディオルは自分の部屋をイメージした。そこから気配を辿り──目標を捕捉する。
 作り主と作られた者であるからこそ、ここまで正確な位置がつかめる。
「くくく。アシュター!」
 腕を異空間に突っ込み、それを掴んで無理矢理引っ張り出す。
 なぜか斧を振り上げた体勢のアミュターが間抜けに床に転がった。
「あら、アシュター様。ご無沙汰しております」
 シアは律儀に転がったままのアシュターへと一礼する。
「……お前はディオルの……シアだったか?」
「はい」
 アシュターは起き上がり周囲を見回した。そして、彼を取り囲み始めた子供たちに気づく。
「……な……なんだ、このガキどもは」
「シアさんの大切な子供たちだ。そんな物騒なものを向けるな」
 彼はその時初めて自分が斧を持っている事に気づきあたふたとし始める。
「なんでそんな物持ってるの?」
「いや、エリーにまき割をしておいてくれと」
「はいはい」
 ディオルは斧を取り上げ、それだけを元あった位置に捨てる。これで危険は取り払われた。
 女に頼まれてまき割をする元神様というのも情けないものである。
「しかし、なぜ私を呼んだ?」
 普通なら人が恐れる姿をした彼。だからこそ、連れ歩く事はしない。それがなぜ子供達の真ん中にいるのか。
「遊んでやれ」
「な……何!?」
「ただし、傷一つつけてみろ。エリキサの半径三メートル以内に寄るの禁止するからな」
 それだけを言い残し、ディオルはシアの手を取り部屋を出た。
 後ろの方でマシェルの「よかったね、みんな」という声がしたような気がした。
 大切なのは、今この時、自分がシアと共にある事なのだ。子供たちには悪いが、しばらく彼女を借り、落ち着いて話をしようと思う。

 

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