黒の魔道師

 2話 もう一組の白と黒

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 ディオルとシア、二人きりの午後の一時──のはずだった。本来なら。
 しかし今日は
「いいなぁ。僕んとこのはあれだよ。もっと普通の息子が欲しかったよぉ。うちの息子も普通じゃないしぃ」
「いいだろぉ。いいだろぉ」
「男の子だと心配事がなくて羨ましいな。私は妹だから、心配で心配で」
 ハウル、ラァス、カロンの順で言った。
 なぜこの中年トリオがついてくるのか。
 ディオルはシアに入れてもらったお茶を飲みながら三人を睨んだ。自分がもしもデュークのような邪眼を持っていたら、全員ここの視線だけで死んでいたに違いない。
「ええい、忌々しい中年どもが」
「お前、口に出てるぞ」
「はっ」
 デュークの指摘に、ディオルは口をつぐむ。
 三人が三人、同時にディオルを見た。
「ディオル様はお幸せですわね」
「は?」
 突然シアが言い出した。
 この状況で、何がどう幸せなのだろうか?
「なんで?」
「だって、こんなに素敵なお父様がいらっしゃるんですもの」
「そりゃあシアさんところに比べたら多少はマシかもしれないけど、これもどうかと思うよ。何度も殺されかけたし、母さんに近寄る男は全部殺すし」
 デュークがお前も似たようなものだと言ったような気がしたが、誰も耳を貸さない。
「あら。私生後三日目で殺されかけましたわ」
 デュークがまた何か言ったが、シアは気にもかけない。
「ああ、そうか。それはさすがにどうしようもないな」
 やはりシアに比べればマシな親かもしれない。少なくとも、乳飲み子の頃は無茶をされていないと思う。せいぜい、高い高いと投げられて受け止めてもらえなかった程度だろう。それ以来、母はハウルにディオルを抱かせなくなったらしい。
「結局どっちなんだ? 父親」
 カロンがデュークに問う。しかし答えたのはラァスだった。
「ワーズさんの方に決まってるでしょ。シアちゃん賢者だよ。頭いいんだよ。下の救いがない馬鹿の子なわけないよ」
 ディオルはあったことのないカロンの弟を想像する。カロンやワーズの弟でありながら馬鹿だというのが信じられなかった。
「いや、ワーズは頭は悪くはないと思うが、救いようのない馬鹿だぞ」
「え? そーなの?」
「そうだ。ただ、馬鹿と天才は紙一重というだろう。欲しがり屋の後先を考えない馬鹿だった」
 そのことに関してはディオルも覚えはあった。馬鹿ではないのだが、馬鹿だと思いたくなる一面があったのだ。いろいろと。
「そーなんだ。じゃあ、シアちゃんは誰に似たんだろね。ディオル君が褒め称えるぐらいだから、本当に頭いいと思うし」
「たぶん祖母だろうな。体は弱かったが、天才だった。私も間違いなく祖母に似ているだろう」
 その会話を聞いて、シアは嬉しそうに笑った。
 父親に似ていないというのが嬉しいようだ。以前、目元が母親似だと言われていたときも、彼女はこんな表情をしていた。
 シアの美貌はシアだからこそここまで輝かしいのだ。血統など気にする必要などない。そう言おうとして、ディオルは口を開きかけ、
「シア、お前には立派な両親がいるだろう。そんなことを気にしていると知ったら、きっと父さんたちは悲しむぞ」
 デュークに先を越された。
「……そうですわね」
 シアはデュークへと微笑みを向けた。
 それは自分のものなのに。
「ええい、忌々しい」
「息子、口に出てるぞ」
 ディオルはハウルを睨む。
 だいたい、こいつらがいけないのだ。本当なら、シアと二人だけの時間のはずだった。
「だいたいなぁ、お前はいざとなると行動が遅いんだ、馬鹿」
 無視だ、無視。こんないるだけで無駄な存在は無視。ディオルは忌々しい連中から目を逸らし──ルリアと目が合った。
「ディオル様、気になさる必要などありませんわ。ディオル様のお気持ちはシアお姉さまに通じていますとも」
 本当に素直で可愛い子だ。
「ディオル様とシアお姉さまの絆は、罪人をつなぐ鎖よりも頑丈ですもの」
 ロマンも何もない例えだが、シアの教育の成果だと思えば自分たちに相応しい表現である気がしてくるのが不思議だった。
「そういえばお前たち、一体どこでどう出会ったんだ?」
 デュークは子供を二人ほど首からぶら下げた状態で問う。
 大半の子供は隣の部屋で猫と蛇妖怪に夢中だが、一部のお話好きの女の子達がこちらについてきていた。
「それ、私も知りたいです」
 報告を終えたのか、エルマがミアとロアを引き連れてやってきた。
 ──くう、どんどん人が増えていく……。
「お二人がどうやったら仲良くなれたのか、想像も付きません」
 エルマは純粋な瞳でこちらを見た。
 確かに、シアは外面がいい──ではなく、社交的なので利益があれば誰とでも仲良くなるだろうが……。
「そうだそうだ。お前、どうやってこんな美人と知り合ったんだ?」
 ディオルは小さくため息をついた。
「サーガンディの遺跡だ」
「サーガンディって、あの?」
「そう」
 ハウルはディオルとシアを見比べた。
「さーがんでぃ?」
 ラァサが首をかしげてディークを見つめる。
「ある意味伝説の遺跡だ。十年に一度一日だけ入り口が開く遺跡。その存在理由は解明されていないが、最奥に行けばこの世のものとは思えない宝の山があるらしく、その中から一つだけ持ち帰ることができる」
「複数持ち帰ったら?」
「戻れなくなるらしい。少なくとも、そういった生還者は一人たりとも存在しないという話しだ。ただ、普通に生還率は低いらしいがな」
「どうして?」
「一日で入り口が閉じる。次に開くのは十年間後」
 そう。とても危険で、とても魅力的な遺跡。
 あれは確か……三年前だった。
 当時ディオルは力に飢えていた。生物であれば、ディオルは向かう所敵なしだった。だからこそ、危険を求めていたのかもしれない。


 ディオルは目の前の遺跡を見て、くつりと笑う。神の作られたとうたわれる謎の遺跡。身内の一級神に聞いてもその存在意義に首を傾げられた。
 世界一の謎。
 ──まあ、奴らのことだから、どうせ忘れているだけだとか言うのだろうけど。
 大切なのは、この先に本当に特殊なアイテムがあること。
 ディオルは周囲を見回した。皆、何人かでパーティを作っていた。一人でいる者は極端に少ない。
 遺跡が開くまであと数分。
 ──ふん。僕の敵じゃないな。
 ここにいる連中など一瞬で皆殺しにできる。ただ、それをすると親どもがうるさいのでしないだけ。何よりも意味がない。殺しを快感に思ったこともないのに、意味もなく才能を無駄遣いするのはプライドが許さない。
「おい、見ろよ。あんなガキが一人でいるぜ」
「誰かとはぐれたんじゃないか?」
「可哀想じゃねぇ? 保護者探してやるか?」
「馬鹿、そんな時間ねぇよ」
 皆殺しも、いいかもしれない。
 そう思いかけた時だ。
「おい、あれ見ろよ」
「……うわぁ……」
 人々がある一角を見て騒ぎ始めた。
 ──なんだ?
 ディオルはそちらを見た。
「…………」
 ずっと、ずっと。ディオルは見慣れていると思っていた。見慣れすぎて、驚いたことなどなかった。
 しかしディオルは少なからずその少女の美しさに驚いた。
 歳は自分と変わらないだろう。長い黄金色の髪。爽やかな青い瞳。計算されて作られたかのような、左右対称の顔。それでも彼女が作り物めいて見えないのは、強い意思を秘めたいい目をしているから。
 まさに美しいとか可憐という表現が似合う美少女だが、微笑みの下には何か強い意思があった。
 ──へぇ。面白そう。
 よく見れば、太陽神の神官だ。前あわせの衣装で、見習いを示す薄青だった。手にしているのは、黒の棍と、白いマント。今まで顔を隠していたのだろう。時間が近付き、邪魔なマントを脱いだ。
 ディオルは時計を見た。秒針までしっかりと合わせてある。あと少し。
 ディオルは準備をした。邪魔者を排除する準備を。
 その時だ。
「眠れ」
 少女の涼やかな声が響き渡る。
 ディオルは目を伏せ、その力が行き過ぎるのを待った。強い魔力。
 ──これで見習いだって?
 恐ろしい見習いもいたものだ。ディオルは魔力に対する抵抗力は並みではない。その上いくつもの強力な護符を身につけている。
 目を開けると、ディオルと少女以外の全員が倒れていた。
「あら」
 少女はきょとんとして首をかしげた。
 ディオルは余裕綽々の態度で言ってやる。
「残念だったね。僕にその程度の魔法は効かない……」
 と、そこで気づいた。少女が走り、飛び上がった事に。
 そして、その意味を理解したのは、少女の靴底が顔面に直撃したときだった。

「運命的な出会いだった……」
 ディオルは遠い目をして呟いた。
「どこがっ!?」
 なぜか一斉にディオルを怒鳴りつける一同。ただし、子供たちは含まない。
「ええ、あれは私たちの運命の日でしたわ」
 シアはディオルへと微笑んだ。ディオルはそれに、はにかみながら笑い返す。
 あの時はこんな関係になろうとは思いもしていなかった。今思えば、あの日がなければ、ディオルは本当の意味で無目的な青春を送っていただろう。シアと出会って変わった。彼女がいるから、今の自分がある。エリキサを本気で探し出し始めたのも、実験的にアシュターを動けるようにしたのも、元々はシアのためだ。
「……シア」
「はい、お兄様」
「お前まさか、どこに行ってもそんなことをしているのか?」
「それこそまさか」
 シアはころころと笑う。
「やるときは証拠すら残さずにやりますわ」
「さすがはシアさんだ」
 子供達が拍手喝さいを送る。
 根は優しいが、いざと言うときの非常さはディオル以上だ。女子供でも容赦ない。それでこそ、彼女なのだ。
「なぁ、ディオル。お前、自分をけり倒した女に、どうやったら惚れるんだ?」
 ハウルが、シアに聞こえないように声を潜めて訊ねてくる。
「もちろん、その後もいろいろあったんだよ。結局、目当てのものはなかったけどね。適当にあったものを一つ貰って帰って終わり」
「……ふぅん」
 嘘はついていない。嘘ではない。結果がそうなっただけで。
 でも、本当に運命だったと思う。
 数少ない異能の者同士が出会うなど。しかも、彼女はその能力をなんとも思っていなかった。将来、何かしらの理由をつけられて殺されるかもしれない。なのに、気にしていなかった。彼女が気にしていたのは、もっと別のもの。
 異能は出会うと傷を舐めあうように寄り添うか、殺しあうか。そのどちらだと言う。しかしシアはそれを望まなかった。そして自分も。あるものはあるのだから、利用せねば損だと。そこが、気が合うきっかけになったのだ。さすがに、けり倒されて惚れるほど常識外れではない。ほんの少し、些細なことの積み重ね。だから決して一目ぼれではないが、それでもやはり殺そうなどと思わなかったので、気に入っていたのだろう。
 ──僕を傷つけられる奴なんて、少ないしね。
 その希少価値を買って、生かしておいた。
 そして……。
「ご主人様!」
 突然、ミアとロアがデュークへと走り寄った。
「お前、まだそんな呼び方させているのか。ひどい男だな」
「人のこと言えるのか?」
「エリーは好きでああ呼んでいるんだ。ディオル様でもいいよって言ったけど、むしろ聞く耳を持たなかったね。でも君は、預かり子だろ」
「仕方ないだろう! ロロのマネをしだしたんだから」
 ディオルは鼻で笑ってやる。この男を見下すことの、なんと愉快なことか。
「ところでシアさん。そろそろ……」
「はい。分かりました。
 皆様、少し失礼させて頂きます。ディオル様こちらへ」
 ディオルはシアと共に部屋を出た。途中アシュターが乗り物にされているのを見たが気にしない。
 二人はいつも、このために会っているようなものなのだから。


 部屋に着くと、シアは部屋のカーテンを閉めた。薄暗い部屋の中、ディオルは緊張した様子で椅子に腰掛けた。
「サーガンディの遺跡……懐かしい話でしたね」
 ディオルは頷いた。
「覚えています? ディオル様、あのときの事」
 彼はまた頷く。
 シアが遺跡に足を踏み込もうとしたら、けり倒した少年は怒声を上げながら復活した。
 シアは遺跡の構造を知っていた。しかしディオルは知らなかった。自分で調べたのだ。彼は丁寧に調べたらしく、かなり正確な道を割り出していた。それでも所々違う場所があったものだ。
 だから案内した。一人、足手まといにならない程度の腕を持つ者なら、生かして返すことは難しくない。彼女がそのまま見捨てていた方がよほど命の危険に晒される。そう思って、案内してやったのだが……。
「シアさん。調子はどう?」
「悪くはありませんわ。着替えてまいりますので、そこでお待ちくださいませ」
 ディオルは頷く。照れる様がとても可愛い。
 シアは衝立に隠れてドレスを脱いだ。
 ディオルに言っては怒り出すだろうが、そんなところはウィスと似ていると感じていた。すぐに顔に出るというか、嘘をつけないというか。嘘をつくのが得意な彼女は、それを羨ましく思う。
 出会ったときも、彼は嘘をつけなかった。
 可愛い顔に靴型の痣をつくり、それでも彼女の後をついてきた。
 本人はもしも死なれたら目覚めが悪いとでも思っていたのだろう。残酷なのか優しいのか。
「ディオル様」
 シアは下着に手をかけたとき、ディオルへと声を掛けた。
「何?」
「あの時、どうして私のためにこれを選んでくれたのですか?」
 シアは胸にかかる首飾りを見た。不思議な模様の浮かぶ黒い石。もう一つ、ディオルの分もシアのためのものだった。
「正直なところ、僕はシアさんにかけられた呪いに興味があった。アシュターのものに近いから」
「で、どうでした?」
「面白いと思ったよ。今はもちろん、心からシアさんの身体を心配してのことだけどね」
「ええ、分かっています」
 シアはガウンを羽織り、衝立の陰から出て、ディオルの前に置かれて椅子に腰掛ける。
「この前あれだけ回復魔法を使ったのに、もうこんなに広がったの?」
 ディオルはシアの胸元を見て呟いた。
「そうですね。少し広がっていますね」
「それじゃあ足りなくなってきたのかな」
 それとは、この首飾り。
 本来、この首飾りは持ち主の魔力を食らい、やがて死に至らしめる呪いのアイテムだ。ただし一つだけ願いを叶えてくれるという。
 シアの願いは国の安定。
 そして一番の目的は、首下がりのしたに広がる呪紋。
「最近、また大きな魔法が使えなくなってきました」
「……そうだね。もっと有効な手を考えなきゃいけない時期だね」
 ディオルは右の親指の爪を噛む。
 シアにかけられた呪いは簡単だ。大きな魔力を放出できないようにされているのだ。吸魔の力は意図しなくても行われてしまうときがある。外に出せる量は少ないのに溜まり続ける。人の身で耐えられる力はどこまでか。シアは試したいとも思わない。これが一番の原因で、昔はよく倒れたものだ。だから少しでも発散させるため、比較的大きな力を出しやすい白魔法を好んで使うようになった。身体を動かして力を消費した。そうやって幼い頃は誤魔化していた。それでも足りなくなり、神殿に行き毎日誰かを癒して消費していたのだが、成長して魔力が大きくなるにつれ、それでも減らなくなってきた。
「そろそろ、また遺跡に行った方がいいよ。ついていこうか?」
 遺跡とは、デュークが所有する地下遺跡だ。そこには不思議な紋様がある。その紋様が存在する場所はは魔力を吐き出したり、吸収する。シアはその吸収してくれる場所によく行くのだ。
「いえ。夜中こっそりと行きます。お兄様に心配をかけたくありませんので」
 模様は心臓の辺りを中心とし、魔力が溜まると大きくなる。だから胸元や背中の開いた服は着られない。昔から肌をほとんど見せなかった。
「……他に魔力を吸収する物体か……」
 ディオルは呟いた。
 彼はこの呪いを誤魔化す方法を考えてくれている。アシュターによる実験により『誤魔化し』が有効であることが判明したので、彼は考え付く限りの方法を試しているらしい。
 解くではなく誤魔化す。
 それが難しいのだ。
 とりあえず昔に比べれば楽なので問題はない。
 最悪のときも遺跡で一晩寝れば、ほとんど空っぽになって疲れてしまうのだが、身体はうんと楽になる。
「……お兄様」
「ん?」
「吸魔について研究されていたらしいです」
「あいつの研究? 役に立つの?」
 まるで信じていないディオルの調子にシアは苦笑いする。
「さあ。少なくとも、ないよりはマシかと思いますわ」
 ディオルはまた爪を噛んだ。彼の癖だ。滅多に見せないのだが、本当に悔しがったり悩んだりする場合に時折見せる。
「……じゃあ、それとなく探りを入れてデータとかが役に立ちそうなら奪い取っておくよ」
「はい」
 シアはディオルを頼もしく思い頷いた。
 これは二人の秘密。
 そしてここからも。
「ところでシアさん。いい?」
「はい」
 ディオルはシアの胸の前に手を置いて目を伏せた。
 シアには、それがどんなものであるか分からない。彼が、どんな感覚の力を持っているか、賢者である彼女ですら分からない。
 だが、彼の力を使えば、この呪いの呪紋を一時的に消すことが出来た。
 ほんの少し、シアの身体に負担がかからない程度に呪いとシアの次元をずらすらしい。
 効果は消えないが、視覚的な問題は多少解決する。
 暗いと紋様が輝くのだ。光の元では決して誰にも気づかれる事はない。影の中に入らない限り。そして、定期的にしなければならないという欠点があるのだが、身分が身分である。侍女たちに着替えさせられることは多いので、これがないと困っていただろう。
「終わったよ」
「ありがとうございます」
 告げると同時に背をせけた彼に、シアはいつものように礼を言う。
 いつもこうだ。胸元を見せる女性は多い。なのに彼は、シアのこの姿を見ては照れて目を逸らすのだ。
 そんなところもウィスと似ていると思う。
 ──可愛い。


 帰るために談話室へと戻ると、ディオルはアシュターの変死体を発見した。
 結ばれていた。そんな愉快な下半身を晒して、彼は死んだように床に伏していた。
「ごめんねぇ、ディオル君。みんな面白がっちゃって」
 子供達の相手をしていたマシェルが、かえって来たディオルへとへらへら笑いながら謝罪する。ディオルはアシュターを見た。
「また何かあったら貸すよ」
 その言葉に子供たちは喜び、アシュターはほふく前進してその場を逃げ出す。その間に、結ばれていた下半身を解くが、すぐに子供たちに捕まりまた結ばれる。
「まあ。アシュター様、子供がお上手ですね」
「よかったな、アシュター。子供が出来ても化け物と嫌われないかもしれないな」
 アシュターはディオルを睨んだ。ディオルはエリキサの名を出して脅そうとした。その直前、
「ほら、きーちゃん。この子だ。美人だろ」
 突然鏡を持って父が現れた。
『……お騒がせしているようですみません』
 鏡から女の声が発せられる。
「こちらこそ、いつもディオル様にはお世話になっています」
 シアは律儀に礼をした。
「なぁ、いい子だろ。おまえの将来の」
「いい加減にしろっ」
 ディオルはハウルから鏡を奪い取る。
『私はパンを焼いている最中だから、これで』
「ああ、きーちゃん」
 ハウルはディオルの手から鏡を奪い取り、普通の鏡にもどったそれへ向かって呼びかけた。馬鹿だ。
「恥ずかしい奴だな。ほら、そろそろ行くぞ。帰りは直行で帰るぞ。アシュター、お前もだ。来い」
 アシュターは子供たちを振り切りディオルの元へと這い寄った。
 ハウルも鏡をしまってディオルに続く。
「……師匠は帰らないの?」
「ああ。もうしばらくここにいよう。懐かしいし、ラァス君とももっと話をしたい。
 今は可愛い甥たちがいるから、捕らえられて王に仕立て上げられる心配もなくなったからな。本当に可愛い甥たちだ」
 その言葉に二人の王はその可能性に気付いた。
 二人が王になったのは、他に人がいないから。二人で王になったのは、二人とも拒否をして押し付けあったから。
 だがしかし、二人はそれを納得していない。今でも押し付けられるなら押し付ける事を考えている。
 格好の獲物が現れたのだ。
 その後、カロンがどうなったか、ディオルは知らない。
 少なくとも、歳若い二人が敵う相手ではないことは確かである。

 

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