黒の魔道師

 

    1話

 道に迷った末、偶然中庭に出てしまった。そこで偶然にもそれを見た。
 少女が数人の男に囲まれていた。熱心に何か誘われているらしい。もちろん、無理矢理というものではない。紳士的な誘いだ。しかし、蜜にたかる羽虫のような印象は拭い去る事は出来ない。
 少女はやんわりと断りの文句を口にしているが、男たちが引く気配はない。
「君たち」
 彼は少女を囲む男たちに声を掛けた。
 少女がこちらを見た。その姿を見、正直驚いた。こちらから顔が見えなかったとはいえ、これほど美しい少女だとは思っていなかった。美しいが、決して儚げなものではない。柔らかい印象の、春を思わせる。繊細だが、生き生きと輝く春こそ彼女を表すのに相応しい。
 どおりで紳士的に、しつこいほど熱心に口説くはずだ。
「そのように取り囲んだら、そちらのお嬢さんに迷惑だろう」
 彼らは顔を顰めた。
「失礼ですが、貴方は? 見かけない方ですが」
 内の一人が問うた。
 国の者ではない彼が、不審に思われるのも当然だった。ここは王宮の中心部である。
「クロフィアから、使者として来た者だ」
 その言葉に、少女が目を見開いた。そんな表情も、また美しい。
「では、やはり貴方があのロウム将軍でございますか?」
 その言葉に、彼女の周囲に群がっていた男達が驚く。
「男性?」
 驚くべき点とはずれているが……。
 よく間違えられる。髪を伸ばしているのが最大の原因だろうが、切るつもりはない。せっかく綺麗に伸びているのだから。
「お初にお目にかかります。
 私は白の賢者シアと申します。お会いできて光栄ですわ」
 微笑む少女は、事もあろうに賢者と名乗る。
 賢者とは「賢者の石」に触れ、その知識を得る──いや、感染してしまった者のことだ。忘れたくても忘れられない。頭の奥深く、死を迎えるまであり続ける知識。その得た知識の領域によって、色分けされている。大まかには六つの領域に分割され、白とは生物に関わる知識だ。それがどのような知識なのかは知らないが、少なくとも望まれる賢者である事は確かだ。人体のスペシャリストであり、白の賢者の出現は、医療面で大きな躍進を生むらしい。
「君が……。こちらこそ、お会いできて光栄です」
 情報が正しければ、今回の白の賢者も王族だ。
「ふふふ……。ところで、ロウム様はお一人でこのような場所で何をなさっているのでしょうか?」
 彼女は優美に笑いながら、痛いところをついてきた。褒められた理由ではないが、黙っていても怪しまれる。
「連れとはぐれてしまって、探していたらここに出てしまいました」
「まあ、それは大変。では、一緒にお探しいたしますわ」
 口実だろう。それでも、美女と共にいて楽しいのは当然の事。断る理由などはない。
 シアに連れられ、彼はあの男達の目の届かぬ場所へと移動した。
「ロウム様のお連れ様はどのような特徴のある方でしょうか?」
「私によく似た十五歳の女の子です」
「まあ、分かりやすい」
 彼女はくすりと笑う。本当に綺麗に笑う少女だ。歩き方も、物腰も、見本のように完璧でいて、違和感がない。板についている。
 ──うちの子も、これぐらいおしとやかだったら……。
 ありえないことを想像し、彼は頭を小さく横に振る。夢は見るだけ無駄だ。少しお転婆な彼女も可愛いのだ。贅沢は言うまい。
「……エルマ。そこにいるのでしょう?」
 シアは突然どこともなく呼びかける。
「はい」
 突然天井の一部が開き、少女が逆さまに顔を覗かせた。シアよりも三つ四つ年下の、可愛らしい少女だ。
「……なぜそのような場所に」
 これが『可愛らしい女の子』でなければ、きっとこんなこともあるのだろうと流していた。世の中不思議なことはあるものだ。しかしそれをするのが年端も行かぬ少女であれば、驚き疑問に思うのも無理はないだろう。
「いえ、一応まだ何か潜んでいないか、すべての隠し通路を調べさせておりましたの」
 何か。
 ──そう言えば、魔物に占拠されていたとか聞いたな……。
 一掃したつもりでも、一匹ぐらい残っている可能性もある。明日の戴冠式のために、各国から要人が来ている。神経質になるのも当然だ。
「いいのですか? そんなものを私に見せても」
 隠し通路など、本来王族とそれに近い高官しか知ってはいけないはずである。
「隠しても無駄な方には隠す必要性はありませんわ。クリスフィア様ならご存知でいらっしゃるはずですし。それにお兄様達の代でこれを使用することはまずありえませんから」
 シアはころころと笑う。
「地神様をよくご存知で?」
「いえ、知識として」
 賢者とは、便利なものだ。知りえないはずの事を知り、誰かの過去の体験すら、己のものとする。
 それがよい事か悪い事かは別として。
「そちらの方のお連れ様を探せばよろしいのですね?」
 エルマと呼ばれた少女はシアに問う。
「ええ、お願いします」
「はい」
「入り口は閉めなさい」
「はい。失礼します」
 少女は入り口を閉めて立ち去る。
 ──人手不足とは聞いたけど、あんな子供まで……。
「彼女は?」
「私の部下です。優秀な黒魔術の使い手ですわ」
 賢者の部下という事は、特殊部隊「ナイブ」の第一部隊の一員であることを示す。
 あの年頃なら魔術師としてならば玄人として働く事も可能だが、もう少しある程度の経験させるのが普通だ。実力主義の魔道機関『理力の塔』ですから、十六歳になるまでは見習いとして扱うのだ。
「年齢など関係はありませんわ。どれだけ上手く教えられたかが問題です。教える者によって、才能は大きく花咲くこともあれば、枯れもします」
 絶対の自信を感じる。
 ──綺麗なだけではない……か。
 面白い少女だ。
「間もなくお連れ様は見つかりますわ。ロウム様は、こちらへどうぞ」
 食えない雰囲気の漂うその少女の後をついていく。
 なかなか、面白い事がありそうだ。

 正直、ぐうの音も出なかった。
 紫交じりの銀髪に、邪眼と呼ばれる赤い瞳のハンサムな双子の片割れは、その腕に少女をぶら下げていた。その少女が、それはもう可愛いのだ。派手なデュークの隣に立っても見劣りしない、今まで見た誰よりも『可愛い』女の子だった。金髪に金の瞳という珍しい色彩が、目立つ色彩のデュークのインパクトに劣っていない。美男美女同士で、見事に絵になっている。
「……くっ」
 マシェルは今まで、これほどの敗北感を味わった事はなかった。
 好きになる人はなぜか兄やら、周囲の知人やらに奪われて、シアというとんでもない女に一目ぼれして玉砕して以来、女性よりも子供達の面倒を見ている事の方が楽しくなって、彼女などどうでもいいやなどと思い、つまり彼女いない歴二十年めの彼は、この日、知人達に好きになった女性を奪われていった時以上の屈辱を味わっていた。
 別に付き合っていたわけではない女性が誰と付き合おうがその女性の勝手だ。だから、恨んでは逆恨みになる。
 だが、同じ立場だと思っていたこの男が、こんなにも可愛い女の子を「彼女」として紹介するのだ。これを呪わずに、何を呪えと言うのだろう。
「まあまあ。マシェルにーちゃん。気持ちは分かるけど落ち着いて」
 ナイブの中でも特殊な存在「愚者」である少年、ユーノは言う。放浪の杖に導かれてどこかへ行っていたのだが、途中で見失ってしまったとかで明日の戴冠式のために戻ってきた。マシェルは彼の仕事をよく理解していないが、国を巡り、問題を解決する、影の仕置き人だと判断していた。もっと複雑なのだそうだが、やっているのは悪人排除であるらしい。
 ある日突然お前は王子だ王になれ、と言われこんな場所にいる身としては、知り合いは多い方が心強い。元々仲のよかった彼がいると、妙に落ち着く。
「マシェルにーちゃん優しいから、きっといい人が見つかるよ」
 ユーノは五年以上前から言い続けてきた言葉をかけた。
 空しすぎる。
「エルマなんてどう?」
「? どうしてエルマが出てくるの?」
 エルマとは彼の双子の妹だ。とても可愛らしい女の子で、ここに来る前にいた──潜んでいたと世間では表現されるらしい──孤児院の頃から一緒に暮らしていてた。みんなのお姉さん的存在で、年少の子供たちにも慕われている。今も昔もシアの補佐役として働いており、大人たちからの信頼も厚い。マシェルとデュークの護衛役として共にいる事も多い。
「なら、まあいいや」
 ユーノは視線を逸らした後、デュークへと向き直る。
「デューク様。一つ、個人的な質問をしてもよろしいでしょうか?」
 孤児院にいた頃からの知り合いのマシェルには気さくに話しかけるが、デュークに対しては皆はある程度の壁を作っていた。もちろん、それにしても主君への発言とは思えないような口調だが、デュークはそれすらも気にしている様子がある。大人たちはともかく、子供たちにだけは以前と同じように接して欲しいと、心の中では思っているのだろう。きっと。たぶん。
「何だ?」
 デュークはやや嬉しそうに耳を傾ける。個人的な意見というのが、嬉しいのだろう。
「シアねーちゃんは、そのこと知ってます?」
「う……」
 知らせていないらしい。
「万が一にも見つかったら……」
「言うな。そのうち話さなければならないことだ」
 彼はやや青ざめていた。
 気持ちは痛いほどよく分かる。
「シアさんに知らせてないって……そんな命知らずな事を……」
 些細な隠し事の一つでさえ、彼女はきっと飛び蹴りをくれる。彼女は見た目の可憐さに似合わず、武術の腕もかなりのものだ。
「分かっていた。早めに教えた方が安全なのは分かっていた。だが、シアに会うたびに言いそびれてしまうのだ」
「どうして?」
「妹に彼女ができたと報告するのも、気恥ずかしいだろう」
「ちょっと、どーして恥ずかしいのよ」
 デュークにぶら下がっている、ラァサという少女が頬を膨らませた。
 ぶら下がっているように見えるのは、二人の身長差のせいだ。ラァサが小柄なわけではなく、デュークが人よりも背が高いのだ。マシェルも長身の部類に入るが、彼よりは背が低い。
「失礼な男ねぇ。こーんなに可愛い彼女を紹介できないなんて」
 気持ちは複雑なのだろう。彼女が出来て、妹が離れていく可能性もある。シスコンの彼は、二人とも側にいて欲しいのだ。贅沢な悩みである。
「紹介、しに行くか……」
 デュークは悲壮感すら漂わせ、意を決して呟いた。
「そうした方がいいと思います。修羅場は早ければ早い方が……。明日を過ぎたら、多少怪我をさせても文句は来ませんから」
 ユーノは哀れむようにデュークを見上げた。戴冠式が済んでしまえば、多少乱暴にしても問題ないと思われる。もしも何かあっても、戴冠式で疲れておられるとでも言えばいいのだから。
「怪我させるって……」
 ラァサは顔を顰める。
「あんた、妹はおしとやかだって言ってなかった?」
「うちは、淑やかな娘も淑やかな雰囲気を保ったまま相手を瞬殺するような教育方針をしている」
「前から思ってたけど、けっこう嫌な家よね」
 マシェルはふと考えた。もしも、シアが来ていたのがマシェルの預けらていたユニオール家だとしたら……多少はマシな性格になっていただろうか?
 それを想像すると、さらにデュークを呪う気持ちが強くなる。人に面倒を押し付け痛めつけてくる兄と、多少は性格の悪い可愛い妹なら、妹の方がいいに決まっている。
「デューク、シアさんに殴られる程度で、何を憂鬱になってるんだ。僕なんて、あの兄に殴られ続けてたんだぞっ。今もシアさんに蹴られるし」
「知るか」
 きっぱりと言い放ち、デュークはラァサを連れて部屋を出て行く。
 残ったのはマシェルとユーノ。
 ストレスがたまっていた。何か、ストレスを発散したい。
「そうだ。ユーノ、僕はちょっと行ってくる」
 ある事を思い出し、マシェルは実行を決意した。
「どこに?」
「はは。気にしない気にしない」
「ダメ。にーちゃん一人にしたら、僕が叱られるから。一緒に行く」
 マシェルはユーノを振り切る自信はなかった。彼は空を飛ぶから。
「なら、内緒な」
「うん」
 彼は笑う。無邪気な笑顔が可愛くて仕方ない。
 ユーノの手を引き、マシェルは目的の場所へと向かった。

 重いな、というのが印象だった。
 鎧が重いのは当然だ。兜も重い。長時間着続けていろと言われれば、そんな仕事をしたくはない。しかし、短時間であるならば話は別だ。兜の面当ては、顔を隠す事が出来る。
 だからこうして、訓練中の騎士たちに混じる事が出来る。
 なぜかナイブの連中も混じっていたりするので、レベルが高い。
 そんな中に明日には王となるマシェルは、こっそりと混じってた。
 見つかったら大目玉だ。しかし人間ストレスが溜まると動きたくなる。剣とはマシェルにとって生活の一部だった。それを奪われ、しかも周囲には人が沢山いて、片割れにはうらやましいほど可愛い恋人がいて、とにかく限界点に達しようとしていた。
 ユーノもそれを汲み取って、傍観している。
 それ故に、騎士たちは緊張していてる様子だった。
 何せ、ユーノはウィトランやシアと並ぶ地位の存在だ。自分たちを指揮していた隊長クラスとは、別格の存在。ここには確かに緊張した雰囲気がある。与えている本人はあまり気にしていない。理解できないほど愚鈍ではないので、理解して見物しているのだ。
 そんな緊張感の中、上の存在であるユーノに少しでも認めてもらおうと、いつしか訓練は試合形式になり、なぜかマシェルが連勝していてた。
 もちろん、簡単な事ではない。慣れぬ鎧は鬱陶しいし、相手は普通に強い。だからこそ、勝負は一瞬でついてしまう。相手が強いと、手加減が出来ないがらだ。手加減をしない場合、マシェルは相手を一撃で仕留めるつもりで打ち込む。遅くても一分以内には勝負がついていた。
 その勝負の早さが、彼の圧倒的な腕を見せ付ける結果となっていた。
 ──なんで列が出来てるのかな?
 いつの間にか、マシェルに挑むための列が出来ていた。
 さすがに十人抜きは疲れるのだが、並んでいるのはその倍近い数。
 汗をかく程度のつもりで紛れ込んだのに、本格的に疲れては、明日の戴冠式とやらでもたないだろう。
 ちらりとユーノを見ると、やはりぽーっとこちらを見ていてた。
 見捨てられている。いや、この程度勝ち抜いて当然だと思っているのだろう。
 ──はぁ。
 鎧さえなければ問題はないのかもしれない。しかし、その鎧や視界を狭める面当てが邪魔で邪魔で仕方がない。
 ──いくらなんでも無茶だよなぁ……。
 眼前に立つ大柄な男性の持つ剣を一撃で破壊する。同じ刃のない鉄の棒に近い剣なのだが、本人の腕によってはこのような事も可能だ。
 ──そろそろリタイアするかな……。
 マシェルは次の騎士が構えを取る気配があるのに気づき、前を見る。
 今までとは、毛色が違っていた。
 金髪に金色の瞳。とても美しい女性──いや、男性だ。上等の服を着ている。明らかに、この集団を見ておもしろ半分で参加している。
 ──ラァサさん?
 似ていた。珍しい目の色まで同じなのだから、間違いなく身内だろう。
「素晴らしい腕だね。ちょっと、相手をしてもらってもいいかな?」
 マシェルは頷いた。
「行きます」
 マシェルは低く言う。地声で話して正体が露見すればいい恥さらしになるからだ。
 青年はマシェルと同じ訓練用の剣を手にし、構える。洗礼された剣の使い手ではない。むしろ……。
 ──デュークに近いな。
 デュークは、どんな武器でも使いこなす。しかし、それは洗礼された美しいものではなく、相手に負けなければいいという、体術重視の戦法を取る。全身が武器。武器自体も、手足の延長程度の扱い。
 本当に恐いのは、こういった相手だ。
「っ」
 マシェルは踏み込む。小さく、鋭く息をつく。防具を着けぬ相手だからこそ、その手元を狙った。しかし、こともあろうに青年は、素手でその剣の腹を弾く。その力がすさまじく、マシェルはバランスを崩した。
 ──な!?
 一瞬何が起こったのか理解できず、鎧など着ているせいで体勢を整えるのが遅れた。
 その間に、隙が出来た。喉も元に、剣先を突きつけられる。
 ──負けか。
「ははは。鎧を着慣れていないね、君」
 マシェルは苦笑いする。
 この男、強い。
「もう少し力があれば、完璧だな」
 青年は笑う。マシェルは力は強いほうではない。しかし、この青年の華奢な体のどこにあれほどの力があるのか……。
「君、名前は?」
「え!?」
 マシェルは硬直した。
 名前。名前。名前。
 思いつかない。
「えい」
 ごんっ
 背後から、突然殴り倒された。
 兜のおかげでダメージは少ないが、響いて頭がくらくらする。
「何をなさっておいでです?」
 突然、視界が開けた。兜が取れ上げられたのだ。
「陛下!?」
「なぜマシェル様が!?」
 周囲は騒然となった。
 マシェルに倒されていった者たちは、あまりのことに口を大きく開いたまま硬直したり、後悔のため騒ぎ出したりと始める。
「まったく、少し目を離した隙に……貴方には、自覚という物がないのですか?」
「いや、一ヶ月やそこらで自覚を持てと言われても……」
「一ヶ月もあったんですっ。万が一怪我でもなさったらどうするんです!?」
「シアさんの一撃が、一番効きました」
「私はいいんです。死なない程度なら、いくらでも治して差し上げます」
「無茶苦茶言わないで下さい」
 マシェルは小さく頭を振った。まだ目がおかしい。
 その様子を見て、青年はくすくすと笑った。
「その人、シアさんの知り合い?」
「こちらはクロフィアからおみえになった、ロウム閣下よ」
「……将軍本人?」
「ええ」
 ラァスは再びその青年を見る。軍人だと言うだけでも、その秀麗な姿からは想像も出来ないのに、こともあろうに国の重役だと言う。
「だって……どう見ても二十代前半……」
「ロウム様は最高位の魔道師ですもの」
 マシェルは悲しくなった。
 魔術まで使える人間に、剣の勝負で負ける。自分はまだまだ修行が足りないらしい。
「お初にお目にかかります。ラァス=ロウムと申します。知らぬこととはいえ、失礼をいたしました」
「いや、楽しかったですし。勝手にこんなところに混じっていたのは僕のほうですから……頭を上げてください」
 いたたまれない。自分は敬礼されるに値する存在ではない。それなのに皆、その肩書きへと敬礼する。
 正直、これが一番のストレスの元だった。
 シアが相変わらず乱暴に扱うのですら、最近嬉しく思ってしまう。それほどまでに追い詰められている。そこまで追い詰められては、人間としてダメになると思いながらも、どうしようもない。
「そういえばシアさん。デューク達と会わなかった?」
「いえ。今、ロウム様のお身内の方を探していますの」
 どうやら、互いに探しあっていながら、すれ違ってしまったようだ。
「さっき、ラァサさんとお会いしましたよ。二人でシアさんを探しに出て行ったんですが……」
 そのとたん、ロウムが目を細める。
 ──な……なんか気に障る事でも言ったかな?
 目が据わっていた。
「失礼ですが、どこに行かれたかご存知でしょうか?」
「き……きっとシアさんの部屋周辺ですよ」
 ロウムは微笑む。雰囲気だけは、変わらぬまま。
 マシェルはシアを見る。
「ではロウム様。こちらですわ」
 シアはロウムの手取り、彼を案内する。
 恐いので、彼はついていかなかった。恐すぎる。
「マシェル様もおいでください」
 振り返ったシアが、まるでマシェルの心の内を読んだかのようなタイミングで言い放つ。
 逆らったら、きっと何か嫌がらせをされるに違いない。
 仕方なく、彼は彼女に続いた。

 

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