終話 それぞれの現在

 ラァスの場合。

 神官見習いとして、僕は皆に紹介された。
 すごいなぁ、僕。この僕が神官だよ。しかも地神様と面会を許される大神官の候補として紹介された。
 紹介された日、地神の奥方であるレイア様は、僕の事を真っ正直に本名フルネームで皆に紹介した。
「いいんですかぁ? 僕を本名で紹介なんかして……。普通もっと裏工作していい身分用意しません?」
「馬鹿ねぇ。そんなことすると嗅ぎまわれるわよ」
「僕、そういうの始末するの得意ですけど」
「別に神官は身分じゃないのよ。あんたのその目があればいいの」
「僕のこの名前、暗殺者時代も使ってたけど」
「誰も気にしないわよ。人間、暗い過去の一つや二つや十はあるものよ!」
 レイア様は、とっても呑気な人だと思った。まあいいけど。
 アミュはどうしているだろう。
 僕はどうなるんだろう。
 考えるのも馬鹿らしいが、確かな事が一つある。
 今日から僕は、神官として学ばなければならない。作法、しきたり、神殿についてなど、勉強する事は山のようにある。
 勉強は嫌いじゃないからいいけど。
 師匠に字を教えてもらっててよかった。
 その時ばかりは、彼女の高度な教育に心から感謝した。



 アミュの場合

 私の用意された部屋は、日当たりの良い、とても広い部屋だった。
 すべて同じような木を使った、暖かみのある家具がとても気に入った。ごちゃごちゃしていないので、落ち着く。
「どうじゃ?」
「すてき」
「気に入ったか。それはよかった。足りぬ物があれば、遠慮せずメイド達に言えばよい」
「うん、わかった。でも、私は何すればいいのかな?」
「そうじゃな。しばらくはここに慣れることに専念するといい。数日したら、ラァスを呼ぼうぞ」
「ラァス君を?」
「なぜかそうしたい。なぜじゃろうか」
「えと…………意識下では覚えてるのかな」
 ラァス君が少し可哀想。今、何をしているんだろう?
「これから、屋敷の中を案内しよう。使用人達も。その後、時の神殿に遊びに行かぬかえ?」
「うん、わかった」
 意識下で、きっと彼女は色々と考えているのだろう。表面上は、浮かれているようにしか感じないけど。
 きっと、そうだと思う。
 上手くやっていけるといいな。
 私はテーブルに、みんなで撮った写真の入った写真達を置き、屋敷の中を案内してもらった。
 みんなどうしているかな?



 メディアの場合

「メディアちゃん! メディアちゃん!! ああ、メディアちゃん!!!!」
 突撃してきた変態馬鹿を軽くいなし、メディアはミンスの腕に飛び込んだ。
「メディア、立派になって」
「大きくなったとかはないの!?」
「大きくなって」
「もう」
 メディアはミンスの腕を抜け、授業を終えて泥だらけになったアルスを見上げた。
「お帰り」
 アルスは私には触れず、手を振った。手まで真っ黒だから、撫でられても嫌だけど。
「ただいま。変わりはない?」
「ったりまえだろ。再会の抱擁といきたいけど、泥だらけだから後でな」
「今日は一緒に寝ましょ」
「だな」
 アルスは相変わらず。
「カオスは?」
「部屋にいる。最近元気ないから、喝入れてやりな」
「そう」
 私はカオスの部屋に走った。途中、すれ違った男が大げさな悲鳴を上げて逃げたのは、今は見逃す。しかし、姿を見せるだけでどうして悲鳴を上げるのかしら。
 走るのがまどろっこしくなり、窓から飛び出てカオスの執務室へと向かう。中を覗くと、カオスは仕事もせずに爆睡していた。
「…………」
 帰るって、言ってあったのに。
 私は軽い電撃を放つ呪文を唱えた。



 ハウルの場合

「カロン、カロン! なんで帰るんだ!?」
 カロンがこの城に居座っていたのは、ラァス目当てもあるが、ヴェノムと気が合ってということもある。だから彼は居座っていたのだが、突然戻ると言い出したのだ。
「いやだって、ノーラのメンテが」
「そっか。ノーラか」
 二児の父は大変だ。
「いつ帰ってくるんだ?」
「しばらくは……」
「んなもの、施設ごと自分の部屋に空間つなげろ!」
「無茶を言わないでくれ。私は人間だ。そういうのは、神業なのだよ」
「わかった。オヤジに頼んでみる」
「おいおいおい」
「オヤジもサギュの事には賛成してたし、円滑化することを拒んだりしないだろうからな。うん、いいと思うだろ」
 ラフィニアは意味もわかっていないのに大喜びだ。
「ハウル君、まだ気にしてるのか、ヴェノム殿の事」
「ナニガ?」
「ハウル君も、青春だな」
「何が!?」
「では私は行く。ハウル君、たまには家族水入らずを楽しむといい」
 カロンははははと笑い、リビングを出て行く。それと入れ違うかのように、ヴェノムがリビングに入ってきた。
「殿下、どうなさったのですか」
 問われ、戸惑った。なぜ戸惑うのかも俺自身が理解できない。
「ノーラのメンテに」
「そうですか。それで家族水入らずですか」
 ヴェノムはソファに腰を下ろし、俺を手招きした。
「なんだよババア」
「いらっしゃい」
 俺は仕方なくヴェノムの隣に座る。彼女はハウルの方へと身体を向けると、突然額に手刀を振り下ろす。
「誰がババアですか。二十三歳のレディに向かって」
「ババアにババアって言って何が悪い!?」
「まったく、口の悪いところは誰に似たのやら」
「…………誰!?」
「複合的なものでしょうね。多くはウェイゼル様の責任でしょうが」
 それはそれで嫌だ。テリアと言われても嫌だが。
「ハウル、最近元気がありませんが、どうしました?」
「別に」
「仲間はずれにされたのが寂しいのでしたら、行ってもいいのですよ」
「そういうんじゃねぇよ。ラァスには、連絡取れるように俺が作った魔具を渡したし」
「そうですか。では、どうしたんですか?」
「別に」
 なぜだかよくわからないが、落ち着かない。
「俺、ここ好きだし」
 それは変わらない。ここでヴェノムといるのが好きだ。それは変わらない。
「そうですか。環境が変わって、戸惑っているのでしょうね。そうだ、今夜は美味しい店でディナーにしましょうか? 大人数だと行けなかったとっておきの店があるんですよ」
 そう言われて、俺は腹が減っている事に気づく。
「マジ? 行く」
 まだ昼前だが。
「あら、現金な子ですね」
「うまいメシに敵うものなんてあるか」
 二人だと、ヴェノムが色々なところに連れていってくれるところにメリットがある。
 考えてみれば、昔に戻っただけ。ヴェノムは何も変わっていない。俺が少し成長したけど、ヴェノム気にしてないし。
「ハウルは大きくなっても、中身は昔のままですね」
「ほっとけ」
 変わらない。変わる必要などない。それでいいのだ。
 いつまでたっても子供の大人にならなければ、それでいい。
「じゃあ、昼食の準備をしましょう」
「手伝う」
 ここが好きだ。
 そう、ここが好きだ。
 変わらないここが、そして祖母が。
 


一部完

back  menu  あとがき