27話  弟子達の選択

3

 彼の片目は紫になっていた。
 ヴァルナ達と同じ色。
「その手を離せ、ザイン」
 彼に向かってそう言ったのは、風神ウェイゼル。
 メディアは振り返り、サメラを見た。
 サメラはぼおっと、うつろな目をネフィルへと向けていた。
「……サメラちゃん?」
 アミュがネフィルとの間に入ると、サメラはうつむいた。
「サメラちゃん?」
 サメラは顔を上げた。ザインのような変化はないように見えた。
 しかし、その目はアミュを見ていない。寝ぼけたような、うつろな瞳。
「やぁ、久しぶりだね、サギュ」
 地神がサメラへ向かって言った。
「サギュが素直に出てくるなんて珍しいですね。殺されても出てこないときもあるのに」
「お前が嫌われているからだろう。サギュにいらんちょっかいを出すからだ」
 ウェイゼルが物騒な事を言い、ガディスが返答をする。
 メディアは再びサメラを見て、一瞬何もかもがばからしくなった。
 彼らがここにいるのだから、彼女の想像は正しいのだろう。彼らが他の誰かを、あのように呼ぶはずがない。
「サギュ……って?」
 アミュはいつもの明るさを失ったサメラを見て、動揺しながら一歩後ずさる。
「サギュ、サギって言う人もいるわ。サギウェレア時の女神の名よ」
 メディアはアミュの手を引いて、彼女から離した。
「時の……」
「どうやら、あのお姫様は時の女神のようね」
「女神様が人間?」
「さあ。時についてはカオスにもヴェノム様にもきいたことないもの。よくは知らないわ」
「でも、サメラちゃんは人間だよ。今も」
 そう、神の気配はない。それだけが気がかりだが、神の気配などさせていれば、とっくに生神として崇められているだろう。
 二人の疑問に答えたのは、クリスだった。
「サギュはね、ちょっと特別なんだ。この子も力が強くてね。母さんがいないと、自分の意志を保てないような手の力を持っているんだ。だから半分以上は母さんと一緒に眠っている。半分は、人の中に封印されている。
 ザインは力なき人間となったサギュの護衛として、彼女が死んでは共に死に、彼女の側に生まれ、彼女を守り、彼女の手足として動く。そうやって世界を見守りながら長い時を生きてきたんだ。変わってるでしょ」
 クリスは満面の笑みをたたえて言う。
 いざ作ってみたらバランスが悪く、半分にわけられた。そういう神は少なからずいる。アミュがお友達になった流血神も、その一人だ。
 神は万能ではない。創造主も欠陥だらけだ。だからこそ、結局自分は眠り、一部の神にもそれに追従させた。
「兄上様」
 サメラ──サギュは口を開いた。
「そこな人間の娘、なぜ妻などになされたか」
「人間の感覚を一番わかっている君になら、この気持ちはわかると思いますが?」
 サギュの言葉に、ウェイゼルは明確な答えは返さない。
「ではもう一度問う。なぜ、そのような人間が在る?」
「知りませんよ。僕がこの子に会ったのは、もう五歳になった時でしたから。過去を知る力は僕にはありませんからね」
 ウェイゼルはメビウスの元に寄り、戸惑う彼女の肩を抱いた。
「ウェイ……どういうこと? 私何かしたの?」
「風神様……」
 ウェイゼルはテリアに名を呼ばれ、その瞬間、彼を見下したように鼻で笑う。
 当たり前だが、愛人同士は仲が悪いようだ。
「ウェイ、この人が私の父さんって本当?」
「違いますよ」
「でも、ハウルが言ってたわよ?」
 ウェイゼルよりもハウルの方が信用されているらしい。日頃の行いを知っていれば、当たり前だが。
「本人も知らぬのかえ? 兄様は秘密主義でおられる」
「別に言っていないだけですよ」
「ではなぜ言わぬのじゃ。その娘に、己は始祖であると」
 メビウスは何度か瞬きして、自分を指で示す。
「へ? 始祖?」
「隠すつもりはなかったんですけどねぇ」
 ウェイゼルは爽やかとすら言える笑顔で言った。
 ハウルは目を大きく見開き、気楽な父と、驚きながらもショックを受けた様子はないメビウスを穴が空きそうなほど見つめていた。
「待ってくれる? 始祖って、基本的に能力の高い少数種族だけ生まれるんでしょ? だから絶滅しかかっている種族の危機を救うために、女神が遣わせているって言われるぐらいなのよ」
 メディアは自分の中の少ない知識との矛盾に気づき、それを指摘する。
「それが問題だ」
 答えたのはザイン。ネフィルと同じ顔だが、雰囲気は全く異なる。ザインという別人だと言われれば、納得してしまう。それほど違う。
「今まで人間の始祖など存在しなかった。今でも信じられない。人間など、害虫のように後から後から増え続ける生き物なのに」
「ザイン様、私たちも一応人間だが?」
 ダーナが指摘し、ザインは頷く。
「言われずとも覚えている。だが事実は事実だ。人間の始祖など、初めての事だ。狂っている」
 それを見てウェイゼルは、ヒースの頬を撫でながらくすりと笑う。
「始祖を狩ることを試してみるというのは、ある意味いい手だと思いますよ。前の時がひどかったですからね。そういう時の次は、いつも僕らの力でどうにかできる程度の規模だ。チャンスは今しかないと思う気持ちはよくわかる」
 意図がつかめない。
「試すって、何を試すんですか?」
 ラァスが首をかしげた。彼が話しかけたのは、当然地神だ。この中では、一番近い存在なのだから。
「この世界はね、周期的に結界が弱まるんだ。その周期がやってくるという前兆というのが、始祖の多発」
「時期が来ると、どうなるの?」
「魔物が暴れて、しだいにアイオーンが流れ込んでくる。エノだっけ? あの子が流れ着いてきたのもこの時期。最後の方だったから、余裕があった。それに凶暴じゃなかったから封じた。でも、多くは狂った凶暴なアイオーンだったから、手を焼いたよ。近づくと僕らでもちょっと痛いからね」
「でも、どうして始祖を狩るの?」
「始祖っていうのは他の同種族よりも力が強い傾向があるのは知っているね。その力故に世界のバランスが崩れているんじゃないかって、サギュは考えたんだと思う。力が強いから、毒にあてられて暴れられたら手がつけられないし。若い始祖の場合、魔物みたいに理性を失って暴れる事があるんだ。だから、百年以上生きている始祖は殺されていないよ」
 ラァスは表面上にこにこ笑いながらあいずちをうつ。決して心は笑っていない。
「んで、僕らなりに調べてみたんだけど。始祖を刈り始めたのは、前の時だよね?」
 前の時。サメラの前。歴史に埋もれた、名も残らない時の女神の器。
「メビウスが生まれたのは、三十年ぐらい前。君たちが始祖を刈り始めたのが、その数年前と考えると、彼女が生まれるゆがみを作ったのは君たちだと、僕は予想を立てた。
 これがどういう事かはわからないし、何か問題があるのかとかもわからないけど、始祖を狩ればまた別の始祖が生まれる。行き場を失った力は再び形をなす。それだけは確かだと思うよ。
 自然って、よくできてるものでしょ? 計算されていないのに、それでもバランスをとろうとする。
 でもね、そのバランスが壊れる時がある。
 それは誰かの手が入った時。
 僕らじゃ手に終えなくなるかもしれないよ」
 サギュは顔にかかる濡れた髪を払い、薔薇のつぼみのような唇を開く。
「手を入れねば枯れる花もある」
「だから僕らがいるんだろ。っていうか、じゃないと、存在する意味がないよ。サギュ一人で頑張るなんて、おにいちゃん悲しい」
「失敗は成功の母」
「チャレンジ精神旺盛だねぇ」
 迷惑なチャレンジ精神だ。
 メディアは段々とイライラが募る。歪みだの、実験だの、彼女の知ったことではない。
「結局、あんた達はどうしたいのか、はっきりしなさい! うだうだと言ってないで、最終的な結論を述べなさい!」
 メディアに視線が集まる。話し合いはスピーディに越したことはない。
「……そなた」
 サギュは初めてメディアへと意識を向けた。彼女はメディアへと歩み寄り、手を伸ばす。
「何よ」
「そなた……面白い魂をもっておるな」
「なにが面白いのよ」
「かすかに、母の臥所の匂いがする」
「はぁ?」
 母とは、母神のことだろう。匂いがする。アルスのせいだろうか?
「確かに、私の母は女神降臨をした聖女だけど」
「…………ふん。汚れがないのはそのせいか」
「汚れ……」
 あの夢と、何か関係があるのだろうか。
「覚えておるか、ザイン。あの時お前が封じた娘」
「あの時の……」
「狂いは面白い方向に向かっておる。千年生きたダーナにも出てこれぬ場所を、何の知識も持たぬ肥大するだけの小娘が出てくるなどあり得ぬ」
 意味が分からない。カオスが言うには、メディアは前世で母親に殺されたと言っていた。なのになぜ、ザインが関係するのだろうか。
 ──まさか、母親ってこいつ?
 考えて、想像して、ぞっとした。
「その子と何があったかは問わないけど……サギュ、わかってくれた?」
「兄様の言いたい事は了解した。今回は、どうやら思った以上に不安定のようじゃ」
「今回はって……」
 クリスは大きくため息をつく。何も説明されぬまま、メディアは、そしてラァスとカロンはサギュの熱のある視線を受けた。突然巻き込まれた二人はうろたえた。
「なんか見てるよっ」
「ほら、君はサメラちゃんに気に入られていたし」
 危機感を覚えたのか、二人はこそこそとクリスの背に隠れる。
「今回は、始祖狩りはやめよう」
「今回はって……」
「その代わり、そこな人間達、わらわにくれたもれ」
 ラァスは目を見開いた。
「ダメっ! これは僕の!」
 クリスはラァスをかばい、いやいやと首を振る。身が子供なら、中身も子供のようである。
「もちろんそれでよろしい。時折、わらわの実験に貸していただければよい」
 サギュは諦めずに食いつく。サメラとサギュの差とは何だろうか。雰囲気は別人だが、言っている事は同一人物だ。
「僕のなのに……」
「資源は皆平等に分配すべきじゃ。貸していただけぬのであれば、わらわはわらわなりの方法を進めるが」
「わけても進めるくせに」
 サギュは笑いもせずに、クリスと言葉を交わす。
 巻き込まれたラァスは、おろおろとして、近くにいたハウルの背に移った。誰かの背に隠れるのが好きな男だ。気持ちは理解できるが。
「ではまずそなたに問う。わらわのものになるかえ?」
 サギュはメディアへと問う。
「いやよ。どうして私が誰かの所有物にならなきゃならないの? あの二重人格二人みたいになれっていうの? それともそっちで小さくなって成り行きを見ているあべこべカップルみたいになれって言うの?」
 カップルという言葉に、リオが首を横に振り、ファーリアがそれを見て苦笑する。
 二人とも、サギュの事は知っていたようだ。ただし、ラフィニアを殺そうとしていた事は、知らなかったのだろう。それを知って、笑って接する事ができるタイプではない。二人は罪悪感が過敏にできている。
「気の強い娘じゃ。もちろん、束縛はせぬ。そなたはそなたの道を歩むがよい。そなたは理力の塔の魔女じゃ。わらわが欲しいのは、その中における地位。そなたは予定通りに出世せよ。そして時折わらわの意に沿えばよい」
「どうしてそんな事しなくちゃいけないのよ。私は意に反する事をするのはいやよ」
 殺しはしない。そんな事をして、後悔するのは目に見えている。
「そんなことにラァスまで使おうっていうの?」
 それでは彼が可哀想だ。せっかく足を洗って──やや極端にまで足を洗ってしまった彼に、再びろくでもない世界に戻れなど。
「だれそれを殺せなどとは言わぬ。
 ただ、前々から考えていたことの一つを、始祖狩りの代わりに試してみる事にした」
「何?」
「人間の効率の良い使い道」
 ろくでもないことには代わりなさそうだが、始祖狩りよりは幾分かマシなのかも知れない。
 メディアは懲りない彼女を見て、息つをつく。
 兄と呼ぶ者達に囲まれて我を貫く彼女こそ、気の強い女ではないか。
 メディアは、肝を据えた。
 徹底的にやってやると。


 サギュは笑わずにメディアを見た。笑わないのに、笑っている気がする。
 ラァスはハウルに隠れて、それでも彼女を見た。
「サギュ、あんまり人様を巻き込むのは良くないよ」
「兄様は、人間の存在をどう思っておられるかえ?」
「人間のこと? 脆弱だけど、器用だから繁栄した、世界一世渡り上手な種族」
 クリスの人間に対する認識は、言いたい事はあるがはずれてはいないものだった。彼が人間を悪く思っていないのは知っている。自分の妻に選んだのは、人間の女だ。しかし、一言言いたくなるのはなぜだろう。
「わらわの考えは若干違っている。
 人間とは、力も魔力も大したことはないのに、時折神すら殺す力を持つ。能力の幅が最も広い種族じゃ。この者達のように、人ならぬものが混じっている場合もあるが、邪眼の魔女のように純粋な人間でありながら、下級の神に匹敵する力を持つ。アイオーンすら自力で排除ことも可能じゃ。アイオーンの側に寄っても何も感じない人間という種族は、竜や妖精達よりもよほどアイオーンを狩るのに向いておる」
 ラァスはサギュのとんでもない発言に、ついハウルの背に爪を立ててしまう。ハウルに一発殴られるが、それ以上は追求されない。
「サギュ、ヴェノムのような人間は滅多にいるものではない」
 ガディスはヴェノムを引き合いに出され、それがまるで凡庸とまではいかないが、稀ではないと言うような言い方に、あからさまな反感を覚えて反論する。
「甘いな、兄様。割合からすれば少ない。しかし数で言えば、竜よりも多い。器用だから、道具の扱いもすぐに身につける。強力な道具は、人間に与えた方が上手く使いこなすというのは、人間と密接した関係を持つわらわの経験じゃ」
「……言われてみれば、非凡の人数は少なくはないな。このような狭い場所に、これだけ集まれば立派なものだ」
 サギュの言葉にガディスは納得してしまう。意外と素直だ。その様子に小さく笑いながら、ウェイゼルも口を挟む。
「しかし、ヴェノムはやれませんよ」
「邪眼の魔女は兄様達のもの。その時が来れば嫌でも動かざるをえないじゃろう。成長期も終え、完熟しておる。未完であるなれば、わらわの思うように染められる。ならば今と変わらぬ生活を続ければよい。弟子の大成率も高い。
 メディアに関しては、あと百年時間があれば、わらわのものになっていたのだから、そなたに拒否権はない」
 妙な所有権を主張され、メディアのほほがひくひくと動いた。
「馬っ鹿ね。今まで気づかなかったくせに、所有権主張してるんじゃないわよ。私はアルスから生まれたの。アルスかカオスかはわからないけど、私は呼ばれたの。だから少なくとも私はアルスのものよ」
「記憶があるか。それはますます面白い」
「暗いところにいた事だけよ。記憶があるのは。あんた達に封じられたとか、そんなことされた記憶はないの」
「カオスと言ったか、あの時の小童。あれに聞いてみるがよい」
「必要はないわ」
「気の強い娘じゃ。ますます気に入った」
 初めて、彼女の唇が笑みの形となる。
 ──うわぁ、サメラちゃんまんまの性格……。
「あいつら、実は人格別れてないんじゃないか?」
「そうかも」
 ハウルの言葉にラァスは同意する。それを聞き、今まで黙っていたザインが動いた。瞬き一つせず、真剣な面持ちで二人に詰め寄る。
「私たちに人格の差異などない。確かに人間の時は私としての記憶はないが、ネフィルは私だ。完全に別人になっているあの二人が変なだけだ」
「えぇ、うそ。ザインさんはネフィル君の可愛げが見えないけど」
「家庭環境だ」
「でもサメラちゃんそのまんま」
「サギュ様ほどになると、周囲の影響などというものは些末なものだ。私とは存在レベルが違う」
 わけのわからない理屈だ。ぷぅと頬をふくらませると、ザインはカロンへと目を向けた。
「黄の賢者」
「私はよその国の人間だ。関係ないぞ」
「娘の命が惜しければ従え」
「私に対してはいきなり脅迫なのか!?」
 ザインはふんと鼻を鳴らす。左右の瞳の色が違うというのは、妙なカンジだ。だからこそ、彼は顔を隠していたのだろう。あの目では目立ちすぎる。他の二人がいるだけで目立つので、彼一人が顔を隠しても意味はないのだが。
「その始祖だけではない。お前が作ったのだろう。あの時の精霊」
「ノーラに一体何の問題がある?」
「あるから言っている。失敗すれば、また封じなければならなかった。素体に死体を使用したから成功したのだろうな」
 カロンはすっと目を細めた。ラフィニアをぎゅっと抱きしめ、ザインを睨む。
「また?」
 ラァスは首をかしげた。
 封印と言う言葉は、先ほど聞いたばかりだった。
「ノーラを作ろうと思ったのは、魔女ディナドラの事を知ってだが……」
「あら、カオスの母君じゃないですか」
 ヴェノムの言葉に、メディアは不機嫌そのものの顔になる。この話題は、彼女にとっては最も好ましくないもののようだ。
「あなた達は、一体何をさせたいのよ。何も言わずにただ協力しろなんてむしがいいとは思わないの?」
 神に対して杖を突きつけ、声高に言う彼女はまさしく怒っていた。小さな身体で激しい怒りを主張する。全身から溢れる魔力は、ラァスにすら目に見えた。
「簡単なこと。世を制するのは、人材じゃ。いつ来るかわからぬ冬に向けて、多くの人材を確保する。質より量で対応できるか。それが肝心じゃ。魔物はアイオーンに狂わされる。しかし、人間はそれがない。アイオーンと向き合うに、これほど適した種族はない。ただ、力不足だけが問題じゃ。だからこそ、アイオーン狩りは真に優れた一握りにしか無理であろう。その『一握り』の実力者というのが、他の種族の全体数を上回るのじゃ。使わぬ手はない。しかも、狂った魔物相手なら、人海戦術で十分。一握りからこぼれようとも、育てた人材が無駄になる事はない。
 そなたは、この世界の均衡を守るのに、人間の力をくわえる事に、反対するかえ? 神や妖魔に任せ、苦痛を強いるかえ?」
「そうは言わないけど、なんで私に言うのよ」
「理力の塔。母神神殿。あと、最近は傭兵ギルドとの和解の話も出てきている。国に干渉はできぬならば、私設の組織を強化するが吉」
「理由はわかったわ。その中から、そちらに使えそうなのを見繕えっていうのね」
「そうじゃ。神の力と武器。そして不老という餌があれば、食らいつかぬ者もおらぬじゃろう」
 不老というのは、さすがは時の女神だった。
「それをすれば、もうラフィとルート……卵もはほっといてくれるのね」
「兄様にばれた以上、今生でそれをする度胸はさすがに持ち合わせておらぬ」
「見繕うだけよ」
「説得はしてくれぬのかえ?」
「説得は得意じゃないの」
「まあよい。そのうち気も変わるじゃろう」
 過去に触れられ、メディアは怒りながらも説得された。
 次にサギュはカロンに視線を向けた。
「私に何をしろと」
「思う存分研究をするがよし」
「…………兵器は作らないぞ。私は争いは嫌いだ」
「兵器は必要ない。必要なのは武器じゃ。狩りに兵器など必要なし」
「しかし私は鍛冶屋ではない。手先は器用だから魔具を作るのは得意だが、武器ともなれば門外漢だ。作れるのは、システムだ」
「それをすればよい。技師は紹介しよう。そなたの発想は面白いらしいからな、期待しておるぞ」
 そして、サギュは再びラァスを見た。
「僕、ただの神官になるだけのご近所さんだけど」
「その神官という地位が、どれほど影響力があるか理解しているか?」
「…………」
「そなたの使い道は様々にある。もしも拒否するなら、アミュには会わせぬからな」
 その言葉に、ラァスは耳を疑い、アミュが首をかしげる。
「え?」
 アミュは困惑して、サギュを見た。そんな彼女も可愛い。
「そなたはわらわのところに来るのじゃろう?」
「でも……」
「理由もなしに断れば、サメラが悲しむぞ」
「……そっか。じゃあ行く」
 同一人物が何を言っているとは思うものの、記憶が一方通行ではアミュには通じてしまうだろう。
 ラァスはうっとうなり、それから助けを求めるようにクリスを見た。
「まっ、協力してやりなよ。今回は大したことないと思うし。あれもだめ、これもだめだと、サギュもすねちゃうし」
「すねるとかそういう問題ですか?」
「サギュがすねると、手がつけられないよ。無意識に人の運命を狂わせたり」
 怒ると迷惑をかけるのは、他の神と同じようだ。規模の小ささが唯一の救いだが。迷うラァスに、黙っていたダーナが近寄り、耳元に口を寄せた。
「サギュ様には逆らうな。具体的にどうまずいかというと、徹底的に不幸になることがまずい。死ななくとも、破産、離婚、孤独を呼び、絶望に身を浸す事になる可能性もある」
「…………」
「結婚はしていないから、お前の場合は失恋か」
「ひっ」
 破産ぐらいならどうにでもなる。しかし、失恋だけは、どうしようもない。
「具体的に、僕はなにを求められてるの?」
「それは後々考える」
 何か使えそうだからとりあえず確保しておくか。
 そんな考えが読み取れてラァスは少しいやだった。
「ハウルはいいの?」
「それはいい」
 いらないと言われ、ハウルはびくりと身体を震わせた。彼なりにショックだったようだ。
「なんで?」
「人には人の役割がある」
「どんな?」
「知らぬ。感じる事はできるが、未来視の力は封じられている。時には三種類がある。過去、未来、現在。わらわにあるのは現在と、見聞きした過去」
「それって、誰にでもある事なんじゃ……」
「当然じゃ。わらわは人間じゃぞ。老いては死に、病気にかかっては死ぬ。そんな普通の人間じゃ」
 不自由な神様もいたものだ。
「できれば若い始祖をすべて処分してから試してみたかったのじゃが、これで一度試してみるのも悪くはない」
 説得が一番必要なのは彼女である気がしたが、気を変えてくれた事に関しては大きな収穫だ。これでサリサとダーナに襲われる事はない。二人は強すぎて自分では相手にならない。
「サギュ様、そろそろお体に障ります。サメラ様にお戻りください」
 話が付いたところで、ファーリアが彼女の方に手をかけた。サギュは目を伏せ、ファーリアに身体を預け……眠った。
「サメラ寝ちゃいましたね。よっぽど嬉しかったのかな」
 突然、元に戻ったネフィルが、妹の顔を覗き込んで爽やかに笑う。
 こちらは本当に別人。
「…………ど、どうかしましたか?」
 視線を浴びている事に気づいた彼は、困惑を隠せずにラァスへと問う。
「いや……平和だなぁ……って」
 空は青い。海は青い。この砂浜は、神が集まっているとは思えないほど、平和だ。


「たいへんだねぇ、みんな」
「君は気楽だねぇ、ゲイルちゃん」
 帰り支度を整えたラァスは、人ごととして話すゲイルにそう返した。彼女たちは、二人でここに遊びに来ているらしく、もうしばらく海辺にいるつもりらしい。
 サメラ達は、すでに帰っている。嵐が帰り、ラァスはようやく愚痴を言える今を喜んだ。
「神様なんて嫌いだ」
「がんばっ」
 ゲイルはくすくすと笑う。目をつけられなかった彼女がうらやましい。途中から、ハディスに隠されていたからという可能性が高い。
 しばらくすると、ハウルがやってきた。いつもは一番荷物の少ない彼が、ラァスよりも遅いというのには驚い──
「ハウル……くまがあるよ」
「ちょっと寝れなかった」
「なんで?」
「考え事して」
「何を?」
 彼は大きくため息をついた。
 充血した目は、よどみきっている。
「母さんが始祖なんだろ」
「そうだね。テリアさんが卵を拾ったらしいよ。んで、師匠が孵すのを手伝ったんだって」
「つまり、俺ってなんなわけ?」
「赤の他人」
「っ」
 ハウルは泣きそうな顔をした。どうやら、血のつながりがないと知り、彼なりにショックを受けていたらしい。
「俺……俺……」
「ハウル、気にしない気にしない」
「無茶を言うなよ」
 意外な繊細さを見せる彼に、ラァスは満面の笑みを向けた。彼がこんなに打ちのめされる姿など、面白すぎて笑える。
「ハウル、何が変わったかを聞かせて欲しいんだけど」
「…………」
「ラフィとカロンを見てみなよ。あの溺愛ぶり。本物の親子そのものだよ。いや、父親としては信じられないほどかいがいしい」
「…………」
「それに、魔力のつながりはあるんだ。メビウスさんはテリアさんに似ちゃったけど、やっぱり影響はあるって事」
「そっか」
 ハウルは一瞬にして立ち直り、顔色すらよくなった。単純なところは、テリアにそっくりだ。
「そうだよな。あのババアはババアだな」
 彼はうんうんと一人頷き、納得する。その時、再びドアが開き、ヴェノムが入ってきた。
「皆揃いましたね…………あら、ハウル。クマができていますよ」
 ハウルはヴェノムと目を合わせると、瞬間、さっと目をそらす。
 ラァスは思う。
 ──はは。これから気持ちの整理が大変だ。
 彼も少しは苦労すればいい。サギュの言葉を信じるなら、彼もこれからそれなりに苦労するようではあるし。
「んじゃ、帰ろうか」
 一週間後、クロフィアに行く。

 

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