27話 弟子達の選択
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深淵の森。
恐ろしいその名、その噂に反して、この森はたいへん美しい。
恐ろしい場所であるからこそ、美しさを持つのだろうか。美しいから、恐ろしい場所になってしまったのだろうか。
ラァスは考え、くすりと笑う。
美しさなど、何の意味があろうか。美人は三日で飽きるという。風景など、一時間で飽きてしまう。
夏。この森はとても涼しく快適だ。しかし、それだけだ。
美しいがそれだけ。涼しいがそれだけ。
「娯楽が欲しい! 青春が欲しい! 青春万歳とかいう楽しいことはないのか!? 何か胸がドキドキするようなイベントはないのか!?」
「どうしたラァス君突然に」
カロンはラフィニアに絵本を読んでやるのを中断してラァスを見た。ラフィニアは最近片言ではあるが会話できるようになってきたので、カロンは熱心な教育を始めているのだ。
「マリッジブルーって、きっとこんな感じなんだよ」
「……もう夏だから、そろそろか」
カロンは一言で会話を終わらせ、ラフィニアに対する教育を再会した。
カロンにすらほっとかれ、ラァスはさらに深いブルーになる。
「青春といえば、夏じゃないのか!? 若さ溢れる夏のこの日、なんで僕は涼しい図書館で読書!?」
「イヤなら好きなだけ外に行って昆虫採集してらっしゃい。夏だからこその遊びよ」
「僕が悪かったです。ごめんなさい」
小さな身体で重そうな本を五冊も抱えながら言うメディアに、殴られないうちにラァスは謝る。彼女の言う事は正しい。ごねて勉強を続けたのは自分だ。
「ところでラァス、奇跡の書一巻がいなんだけど、あなたは知らない?」
「しらない。っていうか、何その本」
ラァスは大げさなタイトルに、うさんくささすら感じながら、そんなものに興味を持ったメディアに問う。
「は? 聖人達の奇跡の業について書かれた本よ。あんた、聖職者になろうっていうのに、読んだ事ないの?」
「何かためになるの?」
「白魔道に関する最もハイレベルな魔道書よ。てっきり、ブリューナス対策に読んでるものだと思ったわ」
ラァスは考えた。
考えると、血が沸くような気がした。身体が熱い。何かが全身にたぎっている。
「それ読みたい!!」
「だから、ないって言ってるでしょ。理力の塔も素人が得るには危険な書物だから閲覧禁止なのよ。二巻を見つけた時は喜んだけど、ここなぜか一巻がないのよ。だから一巻に関連した事がわからないの。ひょっとしたらあんたが持ってないかとも思ったけど……ヴェノム様に聞いてみるわ」
メディアは抱えた呪術関連の本を置き、常に快適な温度を保たれた図書室を出て行く。ラァスはスキップでそれに続いた。
人間、死んだらとっとと死神様のところに行くべし、というのがラァスの考えだ。自分の考えに反する者は、何人たりとも許さない。そう、それが世界の平和なのだ。死人にも居住権はありますという、平和を乱すおかしな連中など知らない。それは悪である。正義の鉄槌があってしかるべきだ。
ラァスは幽霊擁護派撲滅なども考えつつ、聖人となった自分が世界を平和にする想像をして、ふふっと笑う。
もちろん、死んだ人間を悪く言うのはよくない。死人にも名誉はあり、それを汚す行為は決して許されない。それだけは忘れてはならない。死者は死神のところに行くのが義務ではある。もちろん、マースのように死神を介さない転生もあるだろうが、それは例外中の例外だ。
死んで数世紀たつにもかかわらず、悪霊と化して現世にとどまるような奴らには、居住権もなにもないのだけは確かだ。
つまりは、この城の悪霊達にここにとどまる権利はなし。
「メディアちゃん、世界中から悪霊がいなくなればいいのにね」
「別に。呪いに使えるから、それなりにいるのも悪くないわよ」
「なんで!?」
「いなくなったら、アミュの友達が減るから可哀想だし」
「大丈夫。僕らがいるし♪ ジェームスごときいなくなっても大丈夫♪」
「はいはい。鬱陶しいわね」
メディアは冷たく言うと、杖を握りしめた。それ以上続ければ、殴るわよという意味だろう。
「でも、メディアちゃんがなんで白魔道書を? 黒魔法の申し子のような君が」
言い方を変えると、攻撃的な魔法の才能しかないという意味だ。
「アルスに関わる事よ。アルスも聖人だもの。まだまだ先は長いけど、いつかこの手の書に乗るんじゃないかしら」
「なるほどねぇ。好奇心なんだ」
「知識的な事もあるわよ、失礼ね」
「メディアちゃんは勉強好きだね。いつも本読んでる」
彼女はカオスに釣り合うよう、必死なのだろう。彼の何がいいのかは理解しがたいところではあるが、メディアの意外にいじらしい姿を見ると……。
──このまま帰してもいいのかなぁ?
乱暴だが純真な彼女を見ると、不安で不安で仕方がない。悪い大人に搾取される事になるのではと思うと、ロリコン撲滅的な団体に参加すべきかとも考えた。
ヴェノムは部屋──薬品を扱うために北側の暗い部屋につくと、メディアはドアをノックする。
「メディアとラァスです」
「どうぞ」
許しを得て、メディアはドアノブをひねる。中は様々な匂いがした。乾燥させたハーブがもっともよく香るので、不快な匂いではない。何か別のものが混じっているので、心地よい香りとは決して言えないが。
「どうしました」
「お聞きしたい事があります」
ヴェノムは調合していた薬の香りを手で寄せて確かめていたが、瓶にふたをしてメディアを招き寄せた。
「なんですか?」
「エイヒム=ハロイ著の奇跡の書第一巻は、ここにはないのでしょうか? いくら探しても見つからないのです」
「奇跡の書ですか」
そのままヴェノムは停止する。彼女は本気で何かを思い出そうとする時、凍ったように動かなくなる。
「確か……」
ヴェノムは、額を手で覆いまた凍る。
そんな時だった。ノッカーが叩かれる音がした。この部屋には、特別その音が響く。訪問者が来た時に、すぐに出て行けるように、ヴェノムが玄関の音を筒抜けにするような細工しているようだ。
「僕見てくるね。師匠は考えてて」
ラァスは部屋を飛びて、玄関へと向かい──結果、悲鳴を上げることとなる。
突然の悲鳴に、アミュとの楽しい農作業を終えたばかりのハウルは、一言断ってから走った。
今の悲鳴はラァス。
最近多少は悪霊にも慣れてきた彼は、あのように少女のような悲鳴をあげることは少なくなった。走り回るのには変わりないが。
よほどの事があったのだろうと予測し、ラァスが迷子になる前に回収してやろうと駆けつけると、そこには目を点にするような光景があった。
ヒロインチックに倒れるラァス。それに覆い被さる、怪しすぎる黒い影。
「ああ、なんとまろやかな舌触り。ああ、美味。やはり血は処女童貞に限る!」
らんらんたる白い瞳孔は、まさに吸血鬼。吸血鬼の知り合いといえば一人しかいない。
「ああっ、ラァス君!?」
駆けつけたアミュも、そのホラー小説を現実化したような光景を見て怯えた。
「こら、花吸血鬼。ひとんちのモンの血を勝手に吸うな」
「筋張ってもう美味しくなさそうな少年、ほんの少し血を頂いただけ。さすがは聖人候補。素晴らしい血を持っている。極上の乙女の血に勝るとも劣らない」
男だと理解したらしいが、男でも女の子らしければ問題ないようだ。
「大丈夫って、ラァス君……吸血鬼になったりしないの?」
「これは野バラの精。相も変わらず可憐な貴方が、悲しむような事を私がするとでも?
吸血鬼になるのは、吸血行為によって命を落とした者だけ。命さえあれば、吸血鬼にはならない。ご安心を」
アミュは嬉しそうに笑い、倒れたラァスの元へと駆け寄った。血の気を失った顔に触れ、そっと抱き上げ重くなって自分の膝にのせた。
(ラァス、お前何で今気絶してるんだろうな)
こんなに心配されて、こんなにかまってもらえているのに。
やれやれと思ったその矢先、こつこつというヒールの音が響く。
「何事かと思えば、あの時の吸血鬼ではありませんか。私の可愛い弟子に手を出して、現世にとどまり続けられると思っているのですか」
以前に受けた屈辱を忘れる事ができないのか、ヴェノムは珍しく殺意を隠そうともしていない。
「あんた、何しに来たのよ。また水かけられたいの?」
メディアは今にも水を呼び出しそうな雰囲気で言う。
「ははははっ。無駄だよ。今の私は前の私とは違う!」
「何が?」
「今度のは水辺のご婦人御用達、超強力絶対に焼かないと評判のウォータープルーフだ。夏のビーチもこれで安心」
「あそ。だから何しに来たの?」
「私の至高の花より、届け物を」
と、彼はマントの中からメロンを取り出した。
「それ?」
「美味しかったから、お裾分けだそうだ」
「そのためにわざわざあんた来たの?」
「もちろん、これはもののついで。今度こそブリューナス殿との決着をつける」
「ああ、彼あんたが来たら追い返せって言ってたわよ。嫌がられてるから大人しく帰りなさい」
メディアはそれで会話を打ち切り、気を失ったラァスの元へ歩み寄ると、アミュが抱えた頭を杖の先でつついた。
「あんた、何幸せに寝てるのよ」
彼女には、あれが幸福なうたた寝に見えるのだろうか。ハウルはさらに杖を入れられるラァスが哀れになってきた。やがて哀れなラァスは目を覚まし、自分がなぜメディアに杖入れられているのかわからず、なぜアミュの膝に頭があるのかもわからず、彼は飛び退き壁にへばりつく。そして吸血鬼の存在に気づき、言った。
「何この夢!?」
「俺も起きてそうなってたら、夢だと思うと思うな」
混乱するラァスに、メディアは再び杖の一撃を入れる。あの杖は、なぜそんなに丈夫なのかと、ハウルはいつも思った。
「本は嘆きの浜の別荘だそうよ」
「え、そーなの。じゃあ、あそこまで行かなきゃならないんだ。ところで、なんで僕の手には血が付くんだろう?」
「そこの吸血鬼に噛まれたんでしょ」
「ええ!? そんなっ……僕、あの死人に汚された!?」
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。大きな蚊に刺されたと思いなさい。害はないんだから」
ラァスが涙ぐむのを見て、アミュはハンカチで血を拭った。
「ああ、もったいない。言ってくれれば舐めとったのに」
「お前本気で変態って呼ぶぞ、変態花男」
ラァスが異様なほどに怯えるものだから、ハウルは彼を外にたたき出した。
「で、嘆きの浜がどうしたんだ? 話が見えない」
「大捜索よ」
「は?」
「クロフによると、別荘のどこかに誰かが忘れてきてそのまま置いてあるらしいから、みんなで探すのよ!」
ハウルは首をかしげた。しかし今ここで『何を?』と発言するとまたメディアが凶行に走る。ここは成り行きを悟るしかないのだろう。
「行くわよ! 嘆きの浜へ!」
「うわーい。海だ。こないだ買ったおにゅーの水着もってこ」
なぜこの城に住んでいるのに水着がいるのか。ラァスに問いつめたい気もしたが、たまには夏の海も悪くないかも知れないと思い、追求を控えた。
「夏のビーチ。日差しは強いが、その下に咲き誇る可憐な花々は素晴らしい!」
「って、入ってくんなよお前は」
「海とはプライベートビーチのことか?」
「まあ、ヴェノムの土地だし、他の人間は近寄らねぇけど」
「ならば、最近海に行きたいとだだこねていた我が姫君を誘っておく」
「は?」
「それではさらば!」
言って、お騒がせ吸血鬼は消えた。
──来るのか、あいつら……。
「サメラちゃん来るんだ。楽しみ」
「そだねぇ。海辺ならあの吸血鬼も近づかないと思うし」
砂糖菓子よりも甘いラァスの考えに、その時が来るまでは黙っていてやろうとハウルは心に決めた。
知っていても知らなくても、その時は来るのだから。
「ラフィニア様!」
出迎えたヨハンは、よほど気にしていたのか、主よりも誰よりも、カロンの腕に抱かれたラフィニアを呼んだ。呼ばれたラフィニアは、ヨハンを覚えていたのか、
「よぉぉお!」
と叫びつつ、彼の元へと飛んでいく。彼女は世話をしてくれた彼を、たいそう好いていた。恩は忘れない。いい子だ。彼女は誰にでも飛びついていくが。
「なんと、もう飛べるように! ああ、大きくなられて」
「よぉは、いこぉお」
妹が愛されていると知ると、カロンはうんうんと頷いた。
親ばか丸出しの態度に、ラァスはくすりと笑った。それから屋敷を出るために、玄関へ向かおうとしたのだが、なぜかメディアに袖をつかまれ止められた。
「それよりも、捜索よ!」
メディアは拳を握りしめて言った。彼女の本に対する思いは、ハウルの釣り竿に対するそれ以上に熱い。
「ええぇ? その前に、シィシルとセルスに挨拶に行こうよ」
「あんた……シィシルの方が先なのね」
「だってだって、つるつるして可愛いし。セルスも可愛いけど」
本探しよりも、知人に挨拶が先というのは、一般常識のはずだ。しかし彼女に一般常識は通じない。
「挨拶と称して、どうせ遊ぶつもりでしょう。目的を忘れるんじゃないわよ。あとにしなさい」
「で、でも……」
「私の時間を無駄に使わせたりはしないわよね?」
探さないと言えば、呪われそうな雰囲気だった。
「はい。探します」
この子を嫁にもらう男性は、忍耐が必要だと痛感した。忍耐だ。それは石のように決して動かぬほどの忍耐が必要だ。メディアに甘いカオスには、メディアに関してのみそれはあるらしいが、はたしていつまで保つのだろうか。
「さあ、行くわよ。誰も気にしていないって事は、誰も入らない場所ってことだもの。限られてくるわ」
メディアは不敵に笑い、意欲を燃やす。彼女は本気だ。
それから深夜まで屋敷内をかけずり回る事になるのだが、なんとか地下からほこりをかぶった一冊の本を探し出した。
遊ぶ気満々だったラァスは、その日貧血もあってベッドに入るとあっという間に意識がなくなった。
翌日、今度こそとラァス達は外に出ると、まず始めにナンパを目撃した。
「でもどこかで見た事ある気がするんです。どこかで会いませんでしたか?」
「えと、しらない人とは話しちゃいけないって言われてるから、僕行くね」
「そう言わずに。ここで出会ったのも何かの縁。ぜひこのあたりを案内して頂けたらとか……」
しつこいナンパ男は突如真剣な顔つきをして、自身に向けられた水の刃を水の盾で防ぐ。
「貴様! 人の女に勝手に触れるな!」
「人魚が這って来ますよ。知り合いですか?」
「ハディス、みっともないから足戻した方がいいよ」
ラァス達は、意味がわからずに沈黙した。
声すら出ない。あのメディアさえも。
「あー、アミュ達だぁ。やっほー」
「ん、なぜお前達が?」
なぜかいるゲイルとハディスは、こちらに気づき手を振った。
「やぁ、皆さんごきげんよう」
というのはナンパ男こと、本当になぜここにいるのかわからないヴァルナだった。そう、あの始祖狩りのヴァルナだ。
「君、みんなの知り合いなの?」
「いやぁ、招待されてしまって」
「してないわよっ、ナンパ男!」
メディア一切の容赦なく言う。もっと言えとラァスは心の中で応援するが、ヴァルナは気にした様子もなく、浜辺とは逆に向かって手を振った。
「姫様ぁ、ここにいましたよぉ!」
しばらくすると、日傘をさした、青いサテン地のドレスに身を包んだサメラが見えた。その一歩後ろには、ハンカチで汗を拭うネフィル。その両脇に、ファーリアとリオ。そしてしんがりに、ラナと吸血鬼のヒューム。
「…………夏のビーチに本当に来てるよ、命知らずな吸血鬼」
ラァスはその執念に呆れた。
もちろん、日よけには暗幕のようなマント、ツバの大きな黒い帽子、サングラス。わずかにマントから出ている手には黒の手袋。彼の黒は、ひょっとすると紫外線防止のためのものだろうか。だとすればあの怪しい姿も納得できる。
「行動の早い奴らだな」
「ここへの道は、ネフィルが知ってるからね。一番近い街からも、歩いても数時間だし、理力の塔と馬車を用意すればすぐだよ」
サメラは砂浜に足を取られつつも、ゆっくりゆっくりと歩いてくる。
「サメラちゃん、おはよう」
「おはよう、アミュ。今から海に行くところかや?」
サメラはアミュの水着姿を見て尋ねた。アミュは赤いビキニだ。腰に布を巻いているので、可愛らしいという印象を受ける。
「サメラちゃんも一緒に行く? 人魚やイルカに会いに行くの」
「人魚とな。それは稀なこと。妾も行こうぞ」
サメラは振り返り兄を仰ぎ見る。
「よいか兄上」
「もちろん。サメラがこんなに元気になって、夢だった海にまで来ることができて、ぼくはとても嬉しいよ」
ネフィルは妹の元気な姿を見て、そっとその頭を撫でた。
アミュがサメラ達を屋敷に招き入れ、残ったのはヒュームと、ヴァルナとラナ。
「んで、何しに来た?」
ハウルの言葉にヴァルナは笑う。カロンはラフィニアをしっかりと抱えていた。ラフィニアはピンク色の水着を身につけていた。
「だから、俺に可愛いものは見せないでくださいって」
「無茶言うなよ。勝手に来ておいて。だいたい、ラフィはただいるだけなんだからしかたないだろ。これから海水浴にいく赤ん坊に、留守番しろって言うのか。ひどい身勝手な奴だな」
「そうそう。私に似てしまったから、愛くるしいのは仕方のない事だ」
カロンはハウルの言葉に相づちを打ち、親ばか発言をする。基本的なパーツがカロンに似ているのは本当だ。カロンも見栄えだけはいいので、ラフィニアにとってマイナスはない。
「まだこの子を消そうという気ならば、私は容赦しないぞ」
「消す? この柔らかくて美味しそうな乙女を!?」
邪魔で場違いなヒュームは、ラナによって殴り倒された。
「ラァス君、どういうこと? その変な人となんかあったの?」
大胆な黒のビキニを身につけたゲイルは、ラァスにしなだれかかるようにして言った。
大人の男に言い寄っているだけあり、彼女には歳に不相応な色香を漂わせている。強調された胸の谷間やくびれた腰は、ラァスがうらやむほどだった。半年前よりも、うんと大人びている。
──色々な意味で可哀想なハディス。
「ゲイルちゃんたちはどうしてここに?」
「毎年二回きてるよ。メルさんの里帰り」
「そっか。お里だもんね。この人達は、始祖狩りのエロくて可愛いものが好きな二重人格のヴァルナさんと、優しいけど人格が変わるとめちゃくちゃ恐い二重人格のラナさん」
その話を聞いて、ゲイルは二人を睨み付けた。
「始祖狩り」
「知ってるの?」
「この人達にぼくも一人友達殺されてるんだ。魔物とはけっこう契約してるからね。中には何人か始祖がいるよ」
どんな交友関係を持っているのだろうか。魔物使いとしての彼女の実力はよく知らないが、召喚術というのは、集中力がいり、いざ実践で行うにはよほどの集中と意志がなければならないらしい。実力あってのものだろう。
「ボディス様が関わるなって言うから我慢したけど、今度はラフィちゃんを狙ってるの」
「いや、今は様子見ですよ。結論はまだ出ていませんから。近々、結論に迫られるだろうけど、こちらとしても、一級神に睨まれるとなかなか動けないんですよ。今回来たのは、スポンサーのご息子達の護衛を兼ねてですよ。うちの神殿は、ほぼアルカロ家からの寄付で成り立っているんで」
ヴァルナはちらちらとゲイルを気にしながら言う。彼の好みのようだ。
──そういえば、お隣さんって言っていたなぁ。
「だからファーリアさんとも親しかったんだ」
ラァスが言うと、ラナが答える。
「だから、警戒しなくてもいいですよ。今日は姫様に初めての海を見せるために来たんです。私たちが来たのは、知識のある白魔法の使い手が一緒の方が、姫様に何かあった時に対処できるからです。昔から、私とダーナ様があの方に治療を施していましたから」
ネフィル達と親しいのは理解した。しかし、安心はできない。サメラ達の目の届くところで、非道を行うとは思えないが、万が一という事がある。
「ザインさんはいないの?」
「あの方はいませんよ。滅多に自分では活動されませんし。あの時一緒にいらしたのも、あの大陸で手に入れたいものがあったからだそうですし」
「ザインさんも、二重人格なの?」
「私たちは二重人格ではありませんよ。サリサ様もダーナ様も、歴史上の方ですし。ダーナ様は有名ですよ。深緑の賢者ダーナといえば、今のところ歴史上最も長く生きた人間と言われています」
ラァスと他一同手を打った。聞いた事のある名前だと思っていたのだ。
「ああ、師匠を超える超人」
「ババアを超える大妖怪」
「噂に名高い引きこもり賢者ね」
「確かに森に引きこもってたらしいね。最期は痴情のもつれだときいたが、それは嘘なんだろうな」
後生の若者達にむちゃくちゃに言われ、二人ははははと笑った。
怒っているのだろうか。
それからしばらく、二人とラナに沈められたまま起きない吸血鬼に気をかけながらも、ゲイル達との再会を喜び合った。