27話  弟子達の選択

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 砂浜ではなく岩場に来ると、尾びれが足に戻ったばかりのハディスは海に飛び込んだ。しばらくすると、水面に黒い影が見える。
「カカカッ」
 顔を見せて、変な鳴き方をするイルカ。
 目を見開くサメラをみて、アミュは小さく笑う。
 いつもメディアのように自信に溢れた彼女が、目を輝かせている姿を見て、可愛いと思った。
「シィシル!」
 ラァスが呼びかけると、そのイルカはどんどん寄ってくる。ラァスは待ちきれずに海に飛び込んだ。シィシルはラァスの元にくると、彼のまたをくぐり、背に乗せた。
「シィシルだぁ」
 彼が頬ずりをすると、シィシルは嬉しそうに泳ぎ出し、しばらくするとぴたりと止まる。その傍らに、男の子の頭が浮かんだ。
「ラァス殿、皆さん。お久しぶり」
 セルスは微笑み、ラァスに手を指しだそうとして、突然数メートル離れた。なぜか何度も目をこすり、何度も何度もラァスを見た。
「どうしたの?」
「ラァス殿、どうして胸が……」
 ラァスは女の子の着るような水着にタンクトップを着ていて、そういえば胸まであった。下半身にはホットパンツを身につけている。
「これ? オーダーメイドなの。いつ何時水着がいるかわからないし」
「お前……その水着を見せる予定だったおっさん達とは、ちゃんと切れてきたか?」
「一応ね。とある国の王子様に見初められて、お妾さんになるから、さようならって」
「……ラァス君。私はラァス君のことは正妻として」
「誰があんたの事言った?」
 自己主張するカロンをラァスは鼻で笑う。どうしてか、ラァスは少し嬉しそうだった。そのやりとりを見て、ゲイルはラァスの水着をまじまじと見る。
「そう言えば、ラァス君の水着可愛いね」
「お前も見習ってあれぐらいの露出にしろ」
「どうして? ハディスこの水着嫌い? ボディス様にうけなさそう?」
「そういう意味ではない。お前も女なら、恥じらいの一つや二つ」
「アミュの水着も可愛いね。そのフレアスカート可愛い」
 ハディスはゲイルに無視されて、少し寂しそうだった。
「ゲイルちゃんは、とってもスタイルよくてうらやましいな」
「そんなことはない!」
 力強く言ったのは、サメラのために日傘を保つヒューム。
「いつまでも若々しい小振りな乳房はとても魅力的です、姫」
「ラナ。この男を埋めてきてはくれぬか?」
 サメラは日傘の下から出て、たおやかに笑いながら言う。
「はい。引き受けておきますので、姫様達は楽しんでください。ヴァルナ、未練がましく見ないでください」
「ああ、人魚の美女達が〜」
「あなたもついでに埋めますよ」
 二人は相変わらずだった。襲ってこなければ、とても楽しい二人なのに。
「ラァスさん、私にもそのイルカさんに触らせてもらえますか?」
 ファーリアは海につま先を入れ、そろっと水中に身を入れる。
「いいんじゃない」
「ところで、その水着、どちらで?」
「あ、気にしてるんだ」
 ファーリアは男性用の水着を着用し、男性にしか見えなかった。それでもとても綺麗な男性である事に代わりはない。
「あ、ラァス殿、薬を持ってきたので、これを皆さんで」
「ありがと」
 ラァスは小さな小瓶の中から、丸薬を一つ取り出しそれを口に含む。ラァスは立ち泳ぎするファーリアの口元に一粒もっていくと、彼は戸惑いを見せながらも口を開いてそれを飲み込む。
「これは何でしょうか?」
「水中でも息ができる人魚の秘薬」
「まあ」
 ラァスは一度ふたをしてハウルへと投げた。ハウルは自分で一粒飲むと、皆に回す。アミュはこれを飲むのは初めてだったので、少しどきどきした。冬は術をかけてもらっていたから、それとはまた別な感覚なのだろうか。
「わらわは泳いだ事がないのじゃが」
「大丈夫だよ。息ができるから、おぼれても死なないよ」
 海を覗き込みながら不安げに言うサメラに、アミュは現実を話す。少し変な言い方をしただろうかと思ったが、サメラはファーリアとリオに助けられて海の中に入る。
 やはり遊ぶ時は、たくさん人がいたが楽しい。
 アミュも海の中に飛び込んだ。


「楽しそうな事」
 ヴェノムはテラスから見える海を見てつぶやく。
「あなたは一緒に行かないのですか?」
「お二人がここにいるのであれば、私が行く必要はありません」
 ヴェノムは一組の男女を睥睨した。
「何者ですか、この二人」
 ヨハンは睨みをきかし、それでも礼儀としてヴェノムに出したのと同じフレッシュジュースを出した。ヨハンがヴェノムの美容と健康のために作り出した、特製ジュースだ。
「あら、美味しそうなジュース。いただきます」
 女の方が人の良い顔をしてジュースを飲んだ。男の方は、楽しそうに遊んでいる海辺を見てため息をつく。約一名、どう見ても死体もいたが、それも数に数えるべきだろうか。
「時の女神の先兵。今は始祖狩りとしての活動をなさっています」
 ──なるほど。
 この緊迫感は、それ故か。
 ヨハンは納得し、同時に半年前に襲ってきた魔物を思い出す。
「あの魔物……ラフィニア様を狙っていたあの魔物も、彼らの仕業でしょうか」
 ジュースを飲もうとしていたヴェノムは、それをやめて尋ねるように彼らを見た。彼らは首を横に振る。
「俺らは魔物なんて使いませんよ。まあ、可愛い魔物だったりしたら、つい拾って帰って怒られたりはしますけど。拾いたくはないし、怒られたくもないんですけど」
「火を噴くにわとりを連れていませんでしたか?」
 ヨハンはそのニワトリを想像して首をひねる。恐ろしいようで滑稽だ。
「あれはまだ幼いから、親であるダーナ様についてきただけです。まさか家畜が火を噴くようになるとも思いませんでした。子供の内から特殊な餌を与えて、退化した器官を元に戻すというのは、やってできなくもない事ですが……。
 基本的に、魔物なんて使いませんよ。あ、このジュース、本当に美味しいですね」
 当然だ。わざわざ朝からもぎに行っていたのだ。
「あなた方はなぜ、あのような無力な幼子を狩るのですか。始祖とは力を持っていますが、殺す必要などないはずです。始祖とは珍しいが、それでも自然に生まれる、女神の落とし子」
 ヴァルナはくすりと笑う。
「女神の落とし子? 女神の夢の影響? あれはそんなものじゃないですよ」
「なぜそう言いきれるのですか」
 ヴァルナは唇の端をつり上げた。
「今の母を誰よりも知るゆえに」
「どうして誰よりも『知る』のですか?」
「女神の眠る膝元に、この馬鹿女に無理矢理連れて行かれたからだ。一見ただの体力馬鹿だが、聖人といわれていただけあり、妙な技だけは見事なもだった」
「後先を考えない方ですね」
「全くその通りだ。おかげでしなくていい苦労をさせられてい……」
 突然態度、口調の変化したヴァルナの背後で、ばぢっと音がした。いままでたおやかであった彼女は、豹変と言っていいほどのうってかわった凶悪な態度で、ヴァルナへと木槌を振り下ろしている。しかし、結界に阻まれてヴァルナは平然としていた。
「喧嘩をするなら引っ込んでください。続けたい場合も喧嘩はしないでください。サリサ様とくに」
「なぜ私を責めるのか教えてもらいたいわね、邪眼の」
「言われなければわからないなら、自分自身を見直した方がよろしいかと思いますが」
「私を馬鹿にしてるの?」
「いいえ。自制心の欠落した、乱暴な方だと認識しているだけです」
「…………」
 ヴェノムは頬にかかった長い髪を払い、ヴァルナへと目を向けた。
「始祖とは、世界のゆがみの象徴だ。始祖が多く生まれる時、世界はゆがみきっている。そして、アイオーンが多く流れ着く。それだけは確かなことだ。それを防ぐ方法を探している」
「やはり、これは一つの実験なのですね」
「そうだ。失敗ならばその罪は重いが、成功の可能性があるなら、行う価値はある。その価値よりも、失敗を恐れる者が多い」
 ヴェノムはため息をはく。
「ため息なんて、せっかくの美人が台無しですよ?」
 ヴァルナは突然先ほどの軽薄な口調に戻る。
「美女とは、ため息をつく様すら美しい者の事をさすのです」
「それは失敬」
 ヴェノムの言葉に、ヴァルナは苦笑いした。
 ヴェノムは口を閉ざし、ジュースを飲む。ちらと時計を見て、それから誰の姿も見えなくなった海を見た。


 楽しそうにはしゃぐサメラは、海の中でもやはり美しかった。
 昔の弱々しい彼女の美しさも素晴らしいものであったが、やはり健康が一番だ。手足も何もかも輝いている。
「兄上、素晴らしいな」
「そうだね、サメラ」
 微笑む彼女は美しい。
「ネフィル君、サメラちゃんばっか見てる」
 ラァスがネフィルの背中に張り付いてきた。背中に胸のような感触があり、言いようのない感覚に見舞われた。
「ネフィル君って、ほんとサメラちゃん好きだね」
「サメラは昔病弱だったから」
「それにしても、見る目がなんというか……。本当に実の兄妹なのぉ?」
 ラァスは冗談とわかる調子でそう言った。
「それは誰に聞いた事じゃ?」
 人なつっこい魚と遊んでいたサメラは、振り返ってラァスに問う。
「え、本当に血つながってないんだ。似てないと思った」
 その言葉に、ネフィルは首を横に振る。似ていないのは当然だ。しかし血はつながっている。
「わらわは養女じゃ。しかし血のつながりはあるぞ。兄上はわらわのイトコじゃ。だから兄上は兄上じゃ」
 彼女がよちよちと歩いて後をついてきては転んで泣くような、そんな小さな頃から兄妹として育った。血がつながらない事など、サメラは忘れていてもおかしくないような小さな頃だったが、彼女は覚えている。しかし従妹であるのは理解しているが、ネフィルは彼女を妹として以外に見ていない。
「私とハウルお兄さんといっしょ」
「そうじゃの」
 サメラとアミュは笑いながら手を取り合う。
「ぼくもまぜてぇ」
「こらゲイル。アミュはともかく、初対面の相手も巻き込んで抱きつくな」
 ゲイルはアミュとサメラにすり寄った。カロンの腕の中にいたラフィニアも、羽を使って水中を移動し、サメラの肩にとりついた。彼女はベストを身につけていて、その腹の部分には、しっかりと紐が固定されていた。その姿は、まるで犬か何かのようだ。
 ネフィルは自分にすり寄っている相手を思い、複雑な気持ちになった。
「ネフィル君、元気出してぇ」
「でしたら、背中から離れてください。感触が生々しくて、苦手です」
「あ、ごめんねぇ」
 ラァスは離れ、ぺろりと舌を出す。
「そういえば、ラァスさんはあちらのゲイルさんという女性にとても似ていますね」
「うん。僕らもイトコ説があるから。確認取れてないからわからないけど。ま、僕らはどっちかって言うとお友達かな」
 ラァスはすり寄ってきたイルカに触れ、くすくすと笑う。
 ──楽しいな……。
 そう思い、自分も何か遊んでみようかと思った時だ。
「…………来た」
 口にして、ちらとサメラに目をやる。彼女も一瞬こちらに目を向けた。
「どうしたの、ネフィル君。何が来たの?」
 彼は水面に目をやった。ゆらゆら揺れ、輝くそれ越しに、空が見える。
「いや、別に。それよりも、もっと綺麗な場所はないでしょうか。こんな体験、またいつできるかもわかりませんから、サメラに色々と見せてあげたいんです」
 その言葉に、ラァスはくすりと笑う。
「海は逃げないよ。別に日帰りするつもりはないでしょ?」
「そうですが」
 彼は潮の流れのままに後ろへとたゆたう。
「だったら、一度休憩を挟んだ方がいいよ。水の中って、本人が思ってるよりも体力消耗するから、ちゃんと休ませてあげなきゃ」
「そうですね」
 同意したのは、今まで黙って見物していたリオだった。
「いくら万能薬で姫様の病気が治ったにしても、姫様が体力がないことにかわりはありません。ネフィル様、そろそろ昼食にしませんか?」
「そうだね。その方がいい」
 リオの提案に、カロンが賛成した。
「もう休憩かえ?」
「休憩するぅ。ヴェノムさんのお料理好きぃ。ねぇ」
 と、ゲイルはハディスに同意を求めた。ハディスは黙して頷く。
「そのとおりじゃ。兄上、そろそろ休憩を入れようぞ。明日動けないほうがよほど時間の無駄じゃ」
「……サメラがそう言うなら、そうしようか」
 ふと、何か疑問に思うが、その何かが彼にはわからなかった。
 サメラが喜んでいるならそれでいい。
 そう思い、皆と共に水上へ向かう。何かが胸をざわめかせるが、彼には自分の身体が理解できなかった。


 風が砂を巻き上げ、彼の目を打った。
「痛い」
 目をごしごしとこすりたくなったが、水筒の中の水を使い、目を洗う。
 すっきりすると、彼は杖を握りしめて歩き出す。
 風は彼に対してのいたずらはやめたが、浮かれて時折暴走する。大地も同じほど浮かれ、彼らの手により自らの身で浮かれを表す。
 暑さも厳しく、彼は閉口した。
 彼は耐えかね杖を見る。
『ここは世界の分岐点になるの』
 見ておきなさい。
 そして、後生のために、彼女に記録させるのだ。
 そのために彼はいる。
 白く美しい彼女のため、世界をかけずり回り、彼女に様々な違和事を見せ、記憶させるために。
「何があるって言うんだ、よりにもよって、ここで」
 彼は何度も来たことのあるそこを見た。
 彼のいる場所は、山の麓にある小高い崖の上。
 見るのは、死を呼ぶ海、嘆きの浜。
「行こうか、放浪の杖」
 愚者は身一つで崖の上から身を投げた。


 通された男を見て、彼は一瞬ひるんだ。
「あら、皆様揃ってどうしました」
 三人を前にして、ヴェノムは涼しい顔をして言う。
 一級神の三人。地神、風神、火神。水神以外の四神が揃っているというのに。
「バカンス?」
「美女捜し?」
「ヴェノムに会いに」
 ヴェノムは取り出したメイスを振り上げ、背後からヨハンに羽交い締めにされて止められる。彼女のような女性でも、サリサのように凶暴な事をするのだと、ダーナは神の登場以上に驚いた。
 彼らは彼女に一体何をしたのだろうか。
「ヴェノム、怒るとしわできるよ」
「クリス、ヴェノムにしわなどできませんよ」
「当たり前だ。私のヴェノムにしわなどできたら、私はウェイゼル、お前であろうと容赦はしないぞ」
 彼女は、世界を壊しかねない女のようだ。
「で?」
 それは吹雪のような冷たくも激しい言葉であった。三人はじゃれ合いをぴたりとやめ、大人しくそれぞれ自分で椅子を引いて座る。
 ──人間の女の一声で大人しくなるこの男達が、この世界のトップか……。
 力のほとんどが制限されているとはいえ、何とも情けない。
「僕らねぇ、僕らなりに珍しくいろいろと話し合ってみたんだぁ」
「本当に珍しいですね、話し合いは」
「ヴェノム、僕らのこと話し合いもできない遊び人だと思ってる?」
「いえ、ろくでなし三人組だと認識しています」
 三人はそれぞれの落ち込み方をした。一番落ち込んでいるのは、火神ガディス。瞬きもせず、じっとテーブルに置かれた花を見ていた。
「で、何を話し合ったんです?」
「サギュについて話し合っていたんだ」
 彼らの主、時の女神の名に、ダーナと、おそらく表に出ているサリサは身をこわばらせた。
 この三人には決して逆らえない。
 時の女神は母神が一番始めに手がけた神。しかしそのなかに魂は吹き込まず、他の一級神を創り、それから意志を与えられた。彼らの姉であり、妹である。二級神だと言われているが、一級神の一人とも言われている。数少ない級の定まらない神だ。
「……そうですか」
 ヴェノムの意識を感じた。視線は変わらず神々に向けたままだが、意識は彼らにあった。
「で、結局どうなったのですか?」
 地神はこくりは首をかしげた。彼の息子がするよりも、ふてぶてしい雰囲気がある。かわいげがない。あの女として育った少年は、見た目相応の可愛げもあるが、いつかこのようになってしまうのだろうか。
「あの子の気持ちはわかるよ。昔からの問題だからね。試してみたいのは当然だよ。この時期がやってくるたびに、僕らや側近レベルの精霊もかり出されるからね。他の生き物に力を貸すのも、このとき手を貸してもらうためといっても過言じゃないよ。まっ、漏れ出てそこら辺にあるから、勝手に使われてるんだけど、防ごうと思ったらできるから」
 彼はけらけらと笑う。
 ヴェノムは生きていてせいぜい五百年。千年以上の長く不定期な周期でやってくるあれを経験したことはないせいか、地神に対して疑いの目を向けた。
「こんなところで嘘をついたり、からかったりするほど、クリスもふざけてはいない」
 ある意味信用に足るガディスの言葉に、ヴェノムは頷いた。
「で、なぜここに? 彼らに話があるなら、なぜ私を巻き込む今なのでしょうか」
「色々あるんだよ。いろいろとね。君は、わかっているよね?」
 クリスの言葉に、ヴェノムは唇を噛んだ。
「ヴェノム様……」
 ヨハンが彼女を気遣うように声をかけた。この男も何か知っている。
 ヴェノムは目を泳がせながら言う。
「ウェイゼル様。メビウスは?」
「連れてきましたよ、もちろん」
「なぜ?」
「もちろん、当事者である彼女をのけ者にしても、どうしようもない。あの子の父も近づいてきている。そろそろ、メビウスと接触するんじゃないでしょうか」
 彼は昔よりも穏やかな笑みを浮かべた。彼の知っている風神は、もっと冷酷を絵に描いたような存在だった。ずいぶんと丸くなったようだ。人間の女に言いように使われる程度には。
「子供達も帰ってきましたよ」
「それは大変ですね。ヨハン。準備したタオルを」
「はい、ヴェノム様」
 ヴェノムは立ち上がり、玄関へと向かう。
 神々も立ち上がり、きたんと椅子を元に戻してから彼女の後を追った。
「どうするのよ、ダーナ」
「なるようになる。時とはそういうものだろう」
「しゃあない。行くわよ」
 二人は立ち上がり、神々の後に続いた。


 ここで待っていろと言われ、テラスの白い椅子に座り、娘のヒースと遊んでいた。どちらかというと、自分に似ただろうか。瞳の色は自分と同じだ。それに関して、ウェイゼルはとても喜んだ。神の血をひくより、人の血を濃く引いた方が幸せになれるらしい。
「だぁうぅ」
「ヒース、今日はご機嫌ね」
 離乳食に挑戦してから数日間は、なぜだかとても不機嫌だったのに。果実を数種類すり下ろして、ほんの少し味を付けただけなのに、何がいけなかったのだろうか。あれ以来、離乳食作りは精霊達が行うようになった。
 メビウスは、ふと気がつくと知らない少年が数メートルしか離れていない場所に立っている事に気づく。
 本当にこの距離まで気づかなかった。
「誰?」
 濃茶色の髪に、緑の瞳。少し自分に似ている気がした。どこにでもある外見的な特徴だ。こんな顔もよくある。珍しくもない。
「……メビウスか?」
「そうだけど、母さんの──ヴェノムの知り合いですか?」
「まあ、一応は……。
 テリアっていうんだけど、覚えてない?」
「?」
 彼はなぜかしゃがみ込んで地面に指を立てていじけはじめた。
 ──母さんの知り合いって、面白い人多いわね。
 メビウスがそれを眺めていると、ヒースが遊んでいると思ったのか、興味を示して手を伸ばした。
「その子は……君の子?」
「ええ。ヒースです」
「男の子か。君に似て可愛いね」
「女の子ですけど」
「え……ご、ごめん」
「いえ、まだ見た目から性別のわかる時期じゃないし」
 ヒースには白い服を着せている。ピンクの服なら間違えないだろうが、毎日ピンクを着せるのも飽きる。
「抱かせてくれないかな」
「手を洗ってからにしてください」
「ごめんなさい」
 彼は水筒の水で手を洗う。綺麗になったか確認する姿は、なんとなく可愛いと思った。男性に可愛いと思うのは失礼だが、やはりそう思う。
 そうしていると、海の方から子供達がやってくるのが見えた。
「あ、母さん……に、放浪の馬鹿」
「馬鹿言うなぁ」
 ハウルの言葉に、テリアは泣きそうな顔で抗議した。
「ハウル、知り合い?」
「…………ばーちゃんのストーカー」
「うちの子に寄せないでくれる」
 メビウスは立ち上がり、テリアからヒースを遠ざけた。
「ハウル、そんなにテリアさんいじめちゃ可哀想でしょ! 仮にも自分のおじいさんなんだから」
 ラァスはハウルをしかりつけた。
 ──ハウルのおじいさん?
 ハウルの父はウェイゼル。彼に父はいない。ならばつまり自分の父……。
「え? 私の父さんって死んだってウェイが」
 そう、ハウルが生まれた時に父親の話になり、彼は暗い顔をして確かにそう言った。
「オヤジひでぇ。邪魔者を勝手に抹殺してやがる」
「本当にひどい! いくらなんでも、部外者が勝手にそんなこと」
 ウェイゼルがいいかげんな事を言うのはいつもの事だが、さすがに哀れに見えてきた。
「あの……そんなに落ち込まないでくださ……」
 言いかけて、メビウスは金髪の少年が彼女の前まで歩み寄った事に気がついた。また視界に入るまで気づかなかった。
 少年はメビウスの頬に触れた。
「何?」
 問うと、彼はメビウスの髪を掴んでいった。
「お前は何だ」
「痛い」
 髪を引っ張られ、メビウスは目を閉じた。ヒースを抱く腕に力がこもる。
 彼に何かしただろうかと考え、思い当たる事がなく、目を開けて彼を見る。
 青い瞳。青い瞳であった。今はなぜか、片目だけが紫に変化していた。
「おい、お前何やってるんだ!?」
 ハウルが少年の手を掴む。少年はハウルを見上げた。ハウルは、その変化に驚き手を離す。
「な……」
 言葉につまるハウルの背後に、開く玄関のドアが見えた。ヴェノムとヨハンが出てきて、こちらを見る。
「…………なるほど」
 ヴェノムは何かを悟ったようだった。中で何が話し合われていたのだろう。
「通りで、皆様が来るはずです」
 ヴェノムの背後に、自分をここに連れてきた三神が見えた。
「その手を離せ、ザイン」
 ウェイゼルは少年に向かって言う。男の子の知り合いなど、彼にしては珍しい。
「それは僕の妻だ」
「お前の妻だと? これが?」
 ウェイゼルは笑みを浮かべて頷いた。ハウルは父を見て、それから少年を見た。ハウルだけではない。ヴェノムの弟子達は皆そうした。
「ザイン?」
 少年を指さして言う。
「ネフィルが、ザイン?」
 少年はにこりともせずに、一緒にいた子供達を睨んだ。
 子供達は、呆然と彼を見ていた。
 メビウスの髪から手が離され、ヒースが泣き出した。
 何が起こっているのか、彼女には皆目見当がつかなかった。
 
 

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