死と苦痛と闇

2

 施設の中は暗く、ハランの作り出した明かりが施設内を照らす。
 メディアの目に幽霊は見えないが、大量の棚と、その中に収められた武器だけは見える。入り口から入って右手は槌、左手は斧が見える。
「この施設は武器庫になってる。中に入れないと、少々困る施設だ」
 それは困るだろう。傭兵とは武器を持っていてるからこそ戦える。戦えない傭兵など存在する意味がない。個々においては自分の武器を持っているだろうが、戦争ともなれば大量の武器がいる。ここ数年は戦争などないが、メディアの生まれた頃までは、危険な地域もあったらしい。いつまたそんな時代になるかも分からないのに、幽霊が邪魔をして取り出せませんでは笑い物にしかならない。戦争がなくとも、施設一つの護衛なら、それ相応の人数と武器が必要になる。
 放置できる問題ではない。
「でも、浄化なんて神殿に頼めば良かった気がするけど?」
「さじを投げられた。上の方になら可能だろうが……そういう大物を呼び出すには色々と弊害がある」
 まず多額の寄付金が必要だろう。下手をすれば改宗を勧められる。それぐらいなら理力の塔に頼む方がいいと判断したのだろう。金の問題ですむのなら、それ以上平和的解決はない。
「それに、この施設には一つ重要な物がある」
「重要な物?」
「ギルドの正式名称は『ダリミオンの剣』というのだが」
「正式名称なんてあったの?」
 メディアは目を丸くした。今まで野蛮な傭兵になど興味も持たなかったため、理力の塔が関わらない事は何も知らなかった。
「やだなぁ。世の中に、どれだけ傭兵ギルドがあると思ってるんですか。僕らの組織はこの大陸で一番大きくなったギルドってだけですよ」
 リューネの弟、カルは笑いながら言う。どこにでもよくいるような印象の、可愛らしい少年だ。
「それもそうね」
 メディアはさして気にせず、再び周囲を見回した。やはり何も見えない。
「何かいるの?」
「いっぱいいますよ?」
 カルには見えるらしく、目を丸くして言う。
「私はあんまり霊感ないのよ」
 言われカルはくすくすと笑い、周囲を見回す。あまり長居したい場所ではない。
「この奥には、組織の名前の元となった『ダリミオンの剣』があるんですよ。組織のシンボルたる魔法剣の本物です」
「本物?」
「いつも本部にはレプリカを飾ってるんですよ」
 だからよけいに神殿には頼めないということだ。恩を売られると後々厄介である。
「人為的な事だとしたら、神殿よりも理力の塔が専門だと思ってお願いしました」
「人為的……ね。自然になることはないでしょうね」
 メディアはくつりと喉の奥で笑う。その時は、彼女の出番だ。姿が見えぬ者でも、相手が手を出してきた痕跡さえあれば呪える。呪ってしまえば、防がれようとも相手を特定できる可能性はある。
「これは確実に人為的なものだ。奥の方にとんでもないのがいる」
 前を見据え、アランは言う。
「理由は分からないが、これほどのことを出来る者がアーライン以外にもいたとは……」
「あんたらの一族の仕業じゃないでしょうね」
「それなら分かる。これはもっと……」
 彼は緊張した様子で目を細めた。よほど力のある術師の仕業だろう。そうでなくて、いくら専門外とはいえ傭兵ギルドがここまで手こずるはずもない。
「サディ、大丈夫?」
「さあ。ただ、こういうことはやめてもらいたいから、説得してみる」
 死霊術師の考えは理解できない。ケンカを売られているのに、なぜ説得なのだろうか。
「説得ねぇ……別にいいけど。ハラン、フォローしなさいよ」
「はい」
 ついてきたのは少年二人で、頼りにはなりそうもない。死の精霊など、死者に対しては役に立たない。
「植物もないのにその男が役に立つのか?」
「アラン、言っておくけどこいつ普通に強いのよ。私に殴られているのは、本人が避ける気がないから。この性格だから剣の道に生きるのが向かなかったから、魔道師になってるけど」
 彼はあれでも元々は騎士を目指していた男である。ハランの持つ剣も魔剣だ。理力の塔のものではなく、実家から持ち出した無名の魔剣だが、ハランが使えば名剣となる。戦力としてはそこそこ使えるはずだ。
 メディアは目を凝らして周囲を見る。奥へ行くごとに、不思議と徐々に視界に何かぼんやりと映っていくようになった。
 区画を進むごとに、声も聞こえてくる。
 馬鹿らしく思うほど数の剣が積まれているが、奥へ行くほど扱いが良くなっていくのは、武器の値段の関係だろうか。
「色々とあるのねぇ」
 知り合いの武器好き達に見せたらさぞ興奮することだろう。いかにも血を吸い、呪われていそうな雰囲気だ。
 この施設自体が、すでに呪われているが。
「いつも、この辺りでどうしても先に進みたくなくなる」
 リューネは足を止め、周囲を見回した。メディアも気配を探るが、そんな気持ちには全くならない。しかし他の者達は分かるようで、あまり足が進まない。
「理由は簡単ですよ」
 ハランはハンカチで鼻と口を押さえながら言う。
「簡単?」
「匂いです」
「匂い?」
 匂いなど、入り口とここで変わっていない気がする。
「分かりやすいように簡単に言いますよ。
 この香りは人間の嗅覚では区別しにくい物なんですが、おそらくフグスという植物のエキスです。これは主に人間などの動物に危機感を与える香りで、毒性はないんですが、その場に留まるのは嫌だと思わせる効果があります。人間含める動物は、それを本能や恐怖心だと勘違いして、引き返してしまいます。そうしてその植物は自分の身を守っているわけです。
 つまりフグスのエッセンスを吹き付けておくと、数週間は人が近づきたくなくなる場所が出来上がります」
 植物のこととなると、ハランはそこそこ詳しい。彼は一部の植物と意思疎通を図ることが出来、植物を操る天性の魔術師だ。
「そう言えば、この前来たときよりも平気です」
 カルも鼻と口に布を当てて呟いた。それで多少はマシになるのだろうか。
「効果が薄れているんでしょう。やはり人為的なこととなれば……」
 ハランは荷物の中から香水瓶を取りだした。それを天井に向かって振りまく。
「この匂いを嗅いでください。本来なら幻覚などから目を覚まさせる香りですが、効果があると思います」
 肉弾戦以外でハランが役に立つことがあることにやや驚きながらも、メディアはその香りを吸い込む。こちらは柑橘系のようないい香りがする。
「でも私は元々平気だけど」
「メディアちゃんは、アルスさんに鍛えられているからじゃないですか?」
「そんなことないわよ。失礼ね」
 メディアは頬をふくらませてハランを杖で殴る。相変わらず、殴り倒され恍惚とした表情で殴られた腕を押さえた。
「メディアさん、ご褒美はあとにしていただけます?」
「血が流れると、みんな騒ぐから」
「まったくだ。お前がその男をダメにしてどうする。飴をやるなら終わってからにしろ」
 なぜだろうかと、皆に変な風に責められメディアは悩む。
「ご褒美?」
「鞭じゃなくて飴なのか?」
 何も知らない少年二人は、困惑気味に呟いた。理力の塔の汚点を暴露する必要もないので、メディアは舌打ちして足を速めた。
「で、どこに一番のお宝があるの?」
「奥の地下だ」
「そう、案内して。まずそこに何かあるわ」
 ボロが出る前に、とっとと終わらせてとっとと帰るべしだ。


 部屋に満ちた香りが変化した。
 人を拒む麗しの貴人から、乙女の振りをした娼婦の香りへと変わる。この香りは夢覚ましの香りだ。
 上で何者かが仕掛けを壊したのだろう。
「ふむ」
 無頼な者達の中にも、繊細なこの仕掛けに気付く者がいるとは思いもしなかった。人は侮ってはならない。時にとんでもないことをするのは、神でも竜でもなく、人である。
「悪くない」
 闇の中に佇む彼は、にやと笑う。
 次に待つのは、感覚に訴えるものではない。
 知識だけではどうにもならない、力だけではどうにもならない存在がいることを、知るだろう。
 それを知らしめて手折れるのは、なかなか興奮する。
「さて……ようやく面白くなってきた」
 眠るだけの退屈な時間が終わり、仕掛ける側の楽しい時間がやってきた。


 地下に足を踏み入れると、空気が変わった気がした。
 いや、確実に香りが鼻についた。
「あ……薔薇の香り」
「なぜ薔薇!?」
 リューネが混乱して片手で頭を抱えた。片手はリディアが封じている。修羅場をくぐっているはずなのだが、精神的に弱い男だ。
「今度は何を仕掛けているのかしら?」
「さ……さあ」
 ハランは落ち着きなく周囲を見回した。興奮作用でもあるのだろうか。死霊術師二人もそわそわしている。
 地下にたどり着くと、メディアは光を奥へと投げた。
 そこに闇が佇んでいた。黒いマントに身を包み、白き美貌を暗き笑みに歪めて、長いすに足を組んで座っていた。
 人ではないことが明らかな白い瞳孔の黒い目に、脣からのぞく牙。
「悪魔……」
 アランが小さく声を漏らす。
 悪魔とは、神の敵ではない。最高位のアンデットを指す呼称だ。
「吸血鬼の悪魔」
 高位のアンデットである吸血鬼。その中でも最も力のある吸血鬼。吸血鬼は赤い瞳を持つ。しかし彼の瞳は、赤くない。それが悪魔である証拠。不老を求めて自ら吸血鬼化した、元は生きていた人の魔道師。
「よく来たな、人間達よ」
 低い男の声は、底冷えするような寒さを持つ。
 こんな声を出す男だったのだと思いながらも、メディアは前に出た。
 あれはメディアの知る男だった。
「何やってんのよ、この変態花吸血鬼!」
「む……その声は……まさか闇に咲く黒き百合の乙女!?」
「変な呼び方しないでくれるっ!?」
 以前は「ジャスミンのような人」と短絡的な呼び方をされたが、今回は輪をかけて冗談ではない比喩である。
 メディアは杖を構え、男を睨んだ。
「知り合い?」
 カルに問われ、メディアは頷いた。
「私の知り合いにケンカを売って、あっけなく蹴散らされた馬鹿吸血鬼よ」
 それがなぜここにいるのか、メディアには想像すらつかない。
「その吸血鬼がなぜ武器庫を乗っ取った」
 リューネは困惑した面持ちで吸血鬼に問いただす。
「それは言えないな」
「何の恨みがある」
「私の恨みではない」
 彼はにぃと笑い、一同を見回す。
 その中で、約二名ほど輝く瞳で見惚れている二人に気付き、やや面食らった顔をする。
「乙女よ、アーラインの者を連れてくるとは、なかなか粋なことをする」
「知ってるの?」
「目を見れば分かるさ」
「この一族、みんなこうなのね……」
 一族勢揃いしたところに、こういう悪魔を投げ込んでみたらどうなるか──そう思うだけで嫌気がさす。
「あんた達、みとれてどうすんのよ。私たちの目的は状態の改善。流れから言って、こいつを排除する事よ」
「そんなっひどいっ!」
「鬼かお前は! 説得でもなく、いきなり排除だとっ!?」
「なんか腹立つわね」
 二人の言いように、メディアは頬をふくらませた。死人である犯罪者相手に、何を遠慮する必要があるか。
「んじゃあまずは口でどうにかすればいいのね。それでダメだったら実力行使よ」
「メディアの説得は説得じゃないからだめ」
「そうだ。お前のはただの脅迫だ」
「うるさいわね! 役に立とうとしない心霊オタク達は黙ってらっしゃい!」
 メディアは言うと、花と乙女を愛する吸血鬼を睨みつける。吸血鬼は花の精気を吸う事が出来る。乙女の方が味がいいと言われている。ゆえに本来なら理解できる趣味ではあるが、理解できないのが彼の彼たるゆえんだ。
「ヒュームとか言ったわよね。
 今この場で、私が分かるように説明なさい」
「……人に物を頼む態度ではないな」
 彼は呆れたように言う。多少は知った仲であり、この態度に怒ることはない。彼はメディアがこういう性格であることは知っている。
「いい、人様の家を悪霊だらけにしておいて、説明もなしに帰るつもり?」
 それは恥じるべき非常識である。
「では、貴女に免じて少しだけ」
 彼はどこからか取り出した薔薇の花を弄びながら、気障ったらしく言う。出会ったときからナルシストであったが、どこで誰と会うにしても彼はナルシストのようだ。
「私は人に頼まれただけ」
「やっぱり」
 メディアは、突然聞こえた声に反応して振り返る。ハランが額を手で押さえているのが目に入った。
「やっぱりって……予想してたの?」
「あの香りを作れる者が、そう多くいるとは思えませんから」
 ハランはため息をついて腕を組む。
「誰が? 何のために?」
「誰とは言えません。理由は分かりません」
「何よそれ」
 彼が言えないと言うからには、それなりに大物なのだろう。理力の塔に関わりがあるなら、尚のこと言えない。
「何でそんな事する必要があるのよ」
「それ以上は、クライアントの意志に反する」
 メディアは余裕で黙秘を宣言するヒュームに対して腹を立てた。人間に自分がどうこうされるとは思っていないのだろう。ここは地下であり、太陽の光は届かない。彼に弱点はないと、侮っているのだ。
「言わなきゃ別にいいのよ。あんたの至高の乙女に、あんたに襲われたって言うだけだから」
「馬鹿らしい。そのようなこと、私の姫が信じるとでも?」
「信じないと思うわけ? ちなみにこの子は平然と泣くわよ」
 リディアを指さし言うと、彼は沈黙した。
 二人で泣きつけば、彼の思い人も難なく信じてくれるだろう。この男に、それを覆すような信頼があるとは思えない。
「ふ……レディの心は山の空と同じで、機嫌を損ねると何をしでかすか分からないということだよ。私は若くて美味しい血を頂けるから、暇なときはここにいるという約束をしただけだ」
 ──ってことは、あんた暇なのね。
 庭いじりと少女の尻を追いかける以外の趣味がないから、ここにいるのだろう。働く必要もないのだから、それも当然である。
「女性……がらみなのか?」
「まさか、ひょっとして…………また父さんが」
 少年傭兵達はヒュームの話を聞いたとたん、突然そわそわとした様子でまさかまさかと話し合う。
「…………あんた達の父親、一体何してるのよ」
「ギルドマスターだ」
「…………」
 つまりは、ギルドマスターは女性問題を抱えていると息子達に思われるような人柄なのだ。
 あまり関わりたいないと思いつつも、息子達の方はまともそうなので気を取り直す。
「確かに、私に頼んだレディは、ギルドマスターに対しての嫌がらせのために、これを提案してきたが」
「ああ、やっぱり!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
 兄弟は突然腰を低くして謝りだした。
 曰く、妻を早くに亡くして寂しいだとか、相手から寄ってくると断らないとか、酒が入ると見境がなくなるだとか、様々な醜聞を口にする。
 今までよほど女関係で苦労したに違いない。
「あんた達も大変ねぇ」
 組織にはそれぞれ悩みの種がある。理力の塔の長であるカオスとて、昔は遊んでいたらしい。
「まあ、ここまで来てしまったのなら仕方がない。これ以上居座っても、私にとってデメリットしかない。帰るよ」
「待ってくれ。その女性に何か謝罪を。慰謝料でも何でも払うが」
 リューネは立ち上がったヒュームを引き止めた。しかしヒュームは首を左右に振る。
「やめた方がいい。彼女のこれはいつものことだ」
「……いつもやってるのか?」
「それに、万が一君たちが目を付けられたら、泥沼だぞ。彼女は渋い中年男性から、美しい少年までと趣味が幅広い」
 メディアはハランの言葉の意味を理解した。
 心当たりがあった。
 美男子が好きで、振られる度に復讐をする、香りを扱う魔女に。
「あんた、まさか『あの人』にかかわってるの?」
「分かっているなら話は早い。彼女の気も収まっただろうし、そろそろ飽きたと言っておくとしよう」
「あー、頑張ってね」
 ハラン以外の彼女を知らない皆は、疑問の色を浮かべながらも口を出すことはなかった。
 関わってはいけない相手を、本能的に覚っているのだろう。
 死霊術師の二人だけは、闇に消える吸血鬼に向かって腕がちぎれんばかりに手を振っていた。


 残った死霊達は、アーラインの二人が引き受けた。どうするのかは分からないが、どうにかするというので任せた。どうなるかは気にしないのが一番である。
「……世話になった」
 撤収されつつあるテントの前で、リューネは理力の塔から派遣された魔道師達に礼を言う。
「こっちこそ知っている馬鹿がいろいろと迷惑を。でも決して知り合い以上じゃないし、理力の塔とも関係がないから」
 双方に責任があり、互いを責めることもなく、暗い平和な解決を向かえた。無事、宝物庫は解放され、魔剣も取り戻し、今は別の場所に保管されている。
「でも……また何かあったら言ってね。まったくの無関係でもないから」
 無関係と言い切るには、なかなか切れない相手だ。彼女が来るときは、美形を隠せという暗黙の了解がある程度に、無関係とは言えない。
「そうさせてもらう」
「問題がなくても、問題があったらいつでも駆けつけますわ」
 リディアは相変わらずリューネにひっついていた。
「問題がないのに問題など起こらない」
「まあ、そんなことありませんわ。問題があると思う事は、人により違いますもの」
「…………」
 リューネの口からはすでに言葉も出ない。
「いつでも、お呼び付けください。ダークネス様」
「いらん」
 リューネは一言で切り捨て、リディアは困惑の表情を浮かべた。
 さすがに、リディアの様子はいつもと違うものだとメディアは気付く。凶の精霊憑き同士、何かあるのだろうか。
「では、いつかお呼びいただける日をお待ちしております」
「そんな日は来ない」
「それはありません」
 リディアはくすくすと笑いながら、リューネから身を離す。リューネは唇を噛み、リディアを見つめた。決して睨むとかそういうものではない。冷たさは感じないない。
 ──何かしら。
 世の中には、理解できないことがある。
「兄さん?」
「何でもない」
 カルは兄を心配してその顔を覗き込み、リューネは笑顔を作り言う。何でもないようには見えなかったが、それはメディアが関与することではない。
「皆さん、行きましょう」
 リディアは珍しく未練を見せずに美形の側から離れる。
「い……いいの?」
「何がいいのです?」
「いいんならいいけど……」
 美形を素直に解放するリディアなど、珍しい。
 帰る途中で自然災害に見舞われなければいいのだが……。
 メディアはため息をついて歩き出す。嫌な想像はしない方がいい。
「ハラン、行くわよ!」
「あ、はい。それじゃあ失礼します」
 ハランは話し込んでいた中年男性に別れを告げ、小走りでメディア達を追いかけてくる。どこに行っても知り合いを作る男だ。
 色々とあったが、それはお互い様であり、理力の塔としては問題なく事を終えた。もちろん、後で犯人にはそれとなく苦情を言わなければならない。
「困ったものね、薔薇の魔女にも」
 施設から離れ、人混みに紛れるとメディアはハランに言う。
 首謀者は、香りの魔女とも呼ばれる、見た目は若いが年齢不詳の魔女だ。腕はいいのだが、惚れっぽい性格と怒りっぽい性格のおかげで、惚れられた相手は別れるときに不幸になることで業界では有名な魔女だ。そのため、彼女が来るときには美形を隠せとまで言われている。
「彼女は振られての復讐癖がなければ……いい人なんですが」
「あんたも毎回誤魔化すの大変でしょう」
 ハランもそれなりに整った顔立ちをしているので、目を付けられている。一度も復讐を受けていないという事は、軽くあしらっているようだ。
「特定の相手がいる男性には、あまり執心しない方ですから。私にはメディアちゃんという、心に決めた人がいますというアピールで大丈夫ですよ。アラン君も、もしもの時はサディちゃんを盾にするといいですよ」
「何で俺がサディを!?」
「いや、切実な問題ですから。復讐されるのと、どちらがいいですか?」
 もしもの事があっても、こいつだったら死なない程度なら大丈夫だろうという、安易な考えでハランは薔薇の魔女の相手をよくさせられる。普通の、しかも顔立ちの整っている大貴族が彼女と顔を合わすことはない。
「あーあ、報告するの嫌だわ。あの女の事件なんて、みんな顔をしかめるだけよ」
 なまじ腕がいいので、切るに切れない相手だ。香術の最高峰は彼女である。同じ男好きでも、過激な復讐に走らないリディアのなんと害のないことか。
「まあまあ。レポート書き終えたら、メディアちゃんの好きなケーキでもおごりますよ」
 ハランはメディアに向かって行った。メディアだけに向かって。
「あら素敵」
「ケーキ大好き」
「俺は味にはうるさいぞ」
 当たり前のように、貴族二人含む同朋達は、ハランに向かって言う。一瞬ハランの口元が引きつるのは、二人きりにでもなりたかったからだろう。
「んじゃ、とっとともう一仕事して、ケーキでも食べに行きますか」
 レポートを書いて担任に報告するのだが、塔長の直弟子であるメデイアの場合は、直接塔長に報告することになる。
 ──ああ、面倒だわ。
 もっと面白いことなら、楽しみもあっただろうが、醜聞でしかないこの件に関しては、報告するのは──気が重い。
 処理をするのが彼女でないことだけが、唯一の救いである。

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