1話 冥王 〜最強のレベル1〜


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「…………マリウスはどう思う?」
 問われ、マリウスは嫌そうな顔をした。不健康なまでに白く彫りの深い整った顔立ちに、赤い瞳に長い黒髪。黒いマントに身を包む。その下にはそれものの黒い服。彼の感覚では、どう見てもヴィジュアル形のバンドマンにしか見えなかった。
「知るか。魔王様を倒そうなどと、そんな不遜なことは考えたこともない。第一、私は帰りたいなどとは一欠けらも思わん」
「ん。だろうな」
 闇の民は皆そう言う。
 ──まぁ、確かにこれだけの力手に入れたらなぁ。
 闇の民は光の民に比べると、力も魔力も比べ物にならない。
 そう、この世界には魔法が存在する。
 魔力とは、人によってその得意とする属性が違ってくるが、誰にでも存在する。それを魔法という形で表すこともできるが、身体能力に換化することもできる。それもその人物によって、できることとできないことが大きく違ってくるが。
 マリウスの場合は、その両方とも得意だった。
 彼自身の場合、魔法というものが苦手だ。
「葵は?」
 もう一人の旅の供、道化の姿をした、仮面の男に問い掛ける。
「帰るも何も、私は、こちらで生まれましたので」
「ああ……そうだったな……」
 光の民は子孫を残し、地の民となっていくが、闇の民はあまり繁殖しない。身体の造りが根本的に変わってしまったせいと言われているが、本当のところは誰も知らない。だから闇の民はなかなか増えない。
 元々身体を変化させるほど、何かを憎んだり恐怖する方が珍しいのだから。
「戻るにしても、この姿で戻れと?」
 闇の民は、人間離れした容姿に変化してしまう。マリウスの場合は、背に翼。現在はそれに追加して、瞳の色の変化と、鋭い牙が存在する。
 追加された容姿は、彼が一度死んでしまったからだ。光の民は死ねば転生する。しかし、闇の民はアンデットになる。ゾンビやスケルトンになる。マリウスは元が強かったために、最高位のヴァンパイアとなった。元のように復活するには、力をつけるしかない。力をつけ、力を貯め、儀式を行う。彼ほどなら一年もあれば戻れるらしい。半年たった今、残る半年力をつければいいということだ。
 元の世界では考えられない現象だ。肉体構造が変わってしまっている現在、元の世界に戻ったとしてもこのままであれば人としての生活は成り立たないだろう。
「ははは。俺は大丈夫だし。変わったのって、目の色が黒くなっただけだから」
 日本人の目は黒いと表現する。しかし黒いのは瞳孔だけで、実際には黒くはない。それが彼の場合、瞳孔はさらに闇色に。瞳は瞳孔と区別がつきにくいほど黒くなった。ただそれだ。サングラスをするだけで元の世界でも十分溶け込めるだろう。ここに来てからしばらくの間、本人も含め一緒にこの世界に迷い込んでしまった友人たちの誰も気づかなかったぐらいだ。
「そうだろうな」
 マリウスは彼を睨みつける。
「冥王様」
 彼はここに来て、特別にそんな照合を与えられている。
「嫌味か?」
「いいや。嫉妬と殺意だ」
 マリウスは素直に告白する。
「別にいいことなんてないけどなぁ」
 地面にあぐらをかき、彼は愛用の杖をいじる。
「いい事がない?」
「あるか?」
「魔王様や竜王様と対等に接して、魔王様と語り合い、魔王様と戯れる。そんな事が出来るくせに、どこがいいことがないと言うのだ」
 クールなマリウスが珍しく熱く語る。彼は闇の民に多い魔王信仰者だった。
「いや……っても、二人とも昔からの友達だし……」
「くっ……さりげなく自慢しおってっ」
 もう言葉もない。
 魔王と自分は対等の存在。いや、本人たちが望めば、魔王という肩書きを代わることも可能なのだ。彼は魔王としての資格をもっている。だから王の位を与えられている。
 この世界に来てまだ三週間目──当時自分を光の民だと思い込んでいた頃。いきなり昔の知り合いがやってきて、『君も王になれるね』などと言われて連れて来られた。だからまだ自覚はないに等しい。ただ宮殿の中をうろつくと、皆が敬礼するのだ。本当に、魔王に接するのと同じ態度で。
 唯一普通に話すのが、友人たちとこのマリウスだけだった。
 マリウスは彼が一番初めに出会った闇の民であり、初めて支配したアンデットだった。葵は、お目付け役。
「ヨル。大体、貴様は魔王様を何だと思っている?」
 自分よりも十も年上の男が、子供のような因縁をつけてくる。
「ん……友達かな?」
「……くっ」
 彼は悔しげだった。
「でも、俺に支配されてて益はあったろ?」
 マリウスは言葉もない。
「お前の敬愛する魔王様に、ちょくちょく話し掛けられるんだからな」
 マリウスが主であるヨルに嫉妬するように、マリウスもまた嫉妬の対象にされるのだ。それを彼が知らないはずもない。
「どちらにせよこれがすまないことには、魔王様にも竜王様にも顔向けが出来ないことだけが、確かなことでございます。冥王様」
 葵は、宙に浮いた状態で一礼する。
「分かってるよ」
 目的は修行。潜在能力を引き出せるようになること。そして、加減を覚えること。
 そして現在、町を目前とした、山の中で昼食を取っているところだった。

 悩みがあった。
 潜在能力を引き出す。こちらは、まあそのうちなんとかなりそうだ。問題は加減。加減。手加減。
「お前らは、どうやって加減してるんだ?」
「そんなもの、慣れだ」
「意識せずとも可能でございますヨ。出来ない方がおかしいのでございましょーねぇ」
 慇懃無礼出鱈目尊敬語使いの葵らしい台詞。
 彼は人をからかうことを生きがいとしており、これで竜王派なのだから、不思議だ。こういうのは魔王派に多い。真面目一直線なのも、魔王派に見られる特徴だ。竜王派とは、狡猾残虐裏で手を引く黒幕タイプ……。
 葵は、それにも当てはまるかもしれない……。
「まあ、ヨル様の力は強大。と言うよりも、あのお二方とは違い、異世界にいらっしゃったときからァ、力を自覚すらしておられなかったと、竜王様はおっしゃりました。つぅまぁりぃ、鈍感なヨル様は、自覚もなくその強大なお力を発揮してしまいかねない、危険人物ということになりましょう」
 分かってはいるが、指摘されると傷つく。しかし、いざ力を使ってみれば、マリウスの住んでいた城を半壊させてしまったのは記憶に新しい。
「ヨル」
 マリウスが、ヨルに木の葉を渡す。
「お前は根本的に、少量ずつ力を出す練習をすべきだ」
「少量?」
「こうだ」
 マリウスは枯葉を一枚投げ、指を向ける。指先から熱波が放たれ、木の葉の真中だけを焼いた。まるでくりぬいたかの様に、綺麗な円が出来ていた。
「できるか?」
 ヨルは木の葉を投げる。舞い落ちる木の葉にねらいを定め、力を放つ。
 ぼんっ。
 爆発。
 木の葉に穴をあけるどころか、全焼させ、それでも足りずに周囲に火の粉を降らす。
 慌てず騒がす、二人の従者は燃え広がろうとしている火を消す。
「ふっ。繊細さの欠片も無い男め。芸の細かい陛下を見習うがいい」
「まったくでございます。竜王様も一体なぜこのようなお方を気に掛けておられるのでしょうか?」
「悪かったなぁ!」
 逆に徹底的な破壊活動なら得意だ。しかし、そんなが力あっても意味は無い。傍から見れば、子供に刃物を持たせるようなものだ。
「ここでこれを続けると、山火事になるな」
「早く町に行きましょう。私は暖かいベッドで寝とうございますぅ」
「お前の尻拭いはうんざりだ。ここ最近、私は食事もまともに取っていない」
「美味しいものが食べとうございますぅ」
「あー、はいはい」
 ヴァンパイアと夢食い二人の食事。普通ではない食事は、この上なく危険な二人を一晩町に解き放つという意味になる。
「そのかわり、いつも言ってるけどな、素人には手を出すなよ? あと、食うなら金持ちの至福の夢を食って来い」
「承知」
 二人は口をそろえて言った。

 そんなわけで、街についてから彼は一人だった。
 一人の夕飯。一人の晩酌。
 むなしさが胸に溢れる。
 元淫魔のマリウスは女性を口説くのはお手の物。きっとあらゆる意味で楽しんでいるのだろう。葵の方は、面白おかしく人の夢を覗き、操り、笑いながら食事をしているに違いない。少なくとも、葵のはヨルの命令に従う義務は無いのだから。絶対に遊んでいる。まだ八時だが、寝ている者は寝ているだろうから。
 ヨルはつまみをつつく。
 この地の民の町は、基本的に和風の味覚をしているらしい。様々な国からいろいろな人物が迷い込んでくるが、なぜか日本人が多い。次がアメリカ。統計を取ったのは竜王らしい。
 理由は、想像がつく。
 決して、人には言えないが。
「あーあ……」
 せめて一人ぐらい、まともな従者が欲しい。この苦悩を理解して、慰めてくれるぐらいの優しさやら思いやりやらを持ち合わせた、ごく普通の人物が。
 しかし、闇になった人間は、どこかしら変な人物が多い。何せ、特殊な能力を持っていりとか、かなり逼迫した状況下にいた者が闇になるのだ。
「おまたせしました。大根煮になります。ご注文のほうは以上でよろしかったですか?」
「あ、この酒おかわり」
「はい。ありがとうございます」
 やたらときゃぴきゃぴとした、まだ若い、東アジア系のウエイトレスが大根を置き、去っていく。
 この世界では、なぜか言語の差というものが無い。こんな世界である。ありといえば何でもありだ。それで不便なのは、相手が何語を話しているのか分からないことだろう。
 ──あの顔と早口なら、中国かな?
 なんとなく。正解など、知る必要も無し。
 グラスに残った焼酎の残りを飲み干す。名前は忘れたが、特別美味くもないが不味くもない。飲み干したグラスを置くと、こちらに近づいてくる人間に気づいた。
「ん?」
 大柄な筋肉質の少年と、帽子をかぶった小柄な少年だった。年の頃はヨルよりも上。小柄な方は、ヨルと同じほどにも見える。
「大層な杖だな」
 木製の杖だ。尖頭に正体不明な謎の生物の髑髏があり、その口の中に瞳を模した玉がはまっていた。
 ヨルには少し大きな杖だ。
「だいたい、その格好。悪の魔道士とかのノリか?」
 その通りだった。なにせ冥王だ。それなりのコスチュームが必要だと、魔王と竜王の二人が一晩掛けて考えたらしい。こちらでは最高級の素材とされる、エーオという牛に似た動物の毛を使用したものでできているそうだ。使わなかったり、逆に乱暴に使って破いたりしようものなら、絶対に恨み言を言われるに違いない。
 しかしそのようなことは、光の民である彼には知る必要の無いことだ。
「お前たち、こちらに来て日が浅いだろう?」
 彼らは顔を見合わせる。
 実はヨルも三ヶ月目の初心者だが。
「ふん。図星か」
「っせーな。ゲームのノリでキャラまで作ってる馬鹿にだけは言われる筋合いはねぇぞ」
 こういう、人に難癖をつける奴こそ、ゲームのノリで生きていると言うのだ。
 ──俺は、勝手に魔王と同等の存在にされたって言うのに。
 もちろん、能あってのことだが。
「これを手にしてみろ」
 ヨルは顎で自分の杖を示す。
 少年の一人は、しばしためらいそれを手にする。とたん、彼はしゃがみこんだ。杖の重さに耐えられず。
「な……なんだこれ」
「どうしたんだ?」
 もう一人の方が、杖を奪い取る。
「おもっ……」
 とは言いつつも、こちらの方がしっかりと持っていた。大柄の方は持ち上げられなかったのだから。
 ──ふぅん……。
 ヨルはくつくつと笑った。
「じゃあ、たいしたことないんだな」
「なんだと!?」
「それは、力のある者ほど、軽く感じる杖だ」
 ヨルは杖を取り上げる。それは、プラスティックで出来ているかのように軽かった。
「因縁つける相手、間違えていないか?」
 魔王を思い出し、できるだけ冷ややかに言う。瞳に冷たい力をこめただ視線を向ける。
「な……」
 一人は唇を噛む。もう一人はしばらく声も無く口をぱくぱくとさせた。
 ──あいつらなら、目を向けた瞬間にひざまづくんだろうな……。
 これではだめだ相手は、すっかり怯え始めているが、畏怖とは違う。
「何かを人に聞きたいのなら、礼儀をわきまえることだな。年下に見えたとしても、相手が自分よりも弱くて、穏やかな人柄とは限らない」
 ──ああ、俺って優しい。こんな馬鹿にまで気遣ってやるなんて。
 光が死ねば、地の民として生まれ変わることは分かっている。そういう世界なのだ。闇の場合は不死者となる。不死者であるマリウスが再び死ねば、灰となり、復活に苦労するだろう。しかし、滅びることはない。
 どちらが得かは分からない。しかし、光は死んでも復活に苦労することはない。赤子として、どこかで生まれるのだから。
 だから、生きようが死のうが、関係ない。
「お前、強いのか?」
「さぁ、どうだろう」
「どういう意味だ?」
「世の中、上には上がいる」
 少なくとも二人は例としてあげられる。
「例えば、魔王を倒せといわれても、無理だな」
「やってもみないでか?」
 どうやら、元の世界に戻りたいタイプらしい。光には多い。
「この杖は、魔王の城から持ち出したものだ」
「だったら、どうして!?」
「女をどうこうするのは、性に合わなくてね。第一、あれは強いぞ」
 ──あれとか言っちゃった。聞いたら怒るのかな? 笑うっていう線もありだな。
 ちなみに、このしゃべり口調は魔王をイメージしてのことだ。
「あんたもか……」
「も?」
「タケシとかいう奴も、そう言った」
 ヨルは顔を顰めた。
「俺のことは武に?」
「ああ。髑髏の杖を持った怪しい黒づくめを見たら、聞いてみろって。光の中で自分より強いのはあんただけだって」
 ──そりゃそうだろうけどな。
 光の振りをしているのも、光だと判断するなら。
「あんたでも無理なのか?」
「無理だな。はっきり言っておいてやる。お前たちじゃ、万魔殿の門番すら倒せない。なにせ、あいつらは硬いからな」
 くつくつと笑う。
「お前らが可愛い女の子だったら、きっと武は魔王のところまで連れて行ったんだろうけどな。男相手じゃ痛い思いするのも馬鹿らしいって判断したようだな。あいつらしい」
「魔王のところまで?」
「ああ。そうして、魔王にいたぶり殺される。しかし、あいつは不死だからすぐに復活する。魔王が飽きるまで、何度も殺される。一緒に行ったのが女の子なら、魔王もその子は殺さないからな。基本的にフェミニストだし、男でもよほど小奇麗な顔なら許してくれる。土産も持たせてくれるし、気に入られたら住まわせてもらえる。でもあんたじゃあ一瞬で灰にされるのが落ち。やめておけ」
 実は、その方法で魔王と会った。そこで、スカウトされたのが運の尽きだった。何せ、楽しげに元クラスメイトの武を殺すのは、初恋の女の子だったのだから。
「無理……なのか?」
 小柄な方が小さく呟いた。少し、哀れに思えてくる。しかし、無理なものは無理。
「無理だ。だからこそ、今まで誰も戻れた者はいない。
 魔王とは、闇の民の王。闇の民が崇拝する存在。魔王は望めば自らを崇拝する奴らを皆殺しにできる。そういう恐ろしい存在だ。お前が考えるべきは、これからどう生きていくかだ」
 この世界で生きていくのはさほど難しくない。高望みしなければ。
 魔物の額には宝石が埋まっている。強い魔物ほど質がよくなるが、弱い魔物でも、量を殺せば生活に困ることは無いだろう。その宝石は、薬になるのだから。
「あんたはどうやって強くなったんだ?」
 ヨルを見上げ、少年は問う。
「生まれつき。俺は昔から霊感が強かった」
 実は大嘘。幽霊など全く見えない。
「まあ、人生を楽しめよ。死んでも、ここでは生まれ変わるから。これは本当だ。時々だが前世の記憶を持ってる奴がいるからな。大半が忘れるみたいだけど、それでもほんの少しは残ってるらしい。死んだことないから、どんな感じかは分からないけど。試してみたいなら北へ行け。ここからは、魔物も強くなる。もう少し行けば、闇の者も多い」
 ヨルは立ち上がる。ここで飲む気が失せた。大根は味が染みていなかったし。
「代金、置いとくぞ。釣りはいい」
 ヨルは杖を持ち、店を出る。彼らは、彼女がどれほど悩んでいるか知らないのだ。彼らは自らの幸運を知らない。彼らは何も知らない。
 それは、自分にも当てはまることだ。
 何も教えてくれない。自分で、探さなければならない。本当は、それが一番の課題なのだ。

 

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