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 彼女の幸せ。
 一つ。寝る。
 二つ。美味しい物を食べる。
 三つ。子供達と戯れる。
 よって、彼女は子供達と美味しいおやつを食べようと、子供達の多くが好む大きなプディングを作成中。
 子供達の人数が百人以上なので、その量は半端ではない。大きめのバットに五つ。これだけあれば、十分に行き渡る。
 神殿と兼用の大きなオーブンに中で焼いたプディングを冷やし、トッピング中。マシェルが腕を使い物にならなくなるまでして作ってくれた、大量の生クリームと、いただき物のフルーツを沿えた。
「できましたわ。マシェル、運んでくださいな」
「……………鬼」
「子供達のためにおやつを作る美少女は、天使と称されるのが一般常識ですのよ」
 しかしマシェルは本当に腕が辛そうなので、仕方なく料理を運ぶのに使用する台車に、皿とプディングを乗せる。
「これなら押せるでしょう? わたくし、残りの物を手で持っていきますので」
 渋々と、彼は台車を押す。
 日頃の鍛錬不足なのだろう。やって来た当初は、今よりももう少し逞しかった。
「マシェル。今度相手をして差し上げますから、ちゃんと鍛錬してくださいませ」
「嫌です」
「なぜです?」
「………女性相手にそんなこと出来ません」
 取って付けたような理由だ。
 彼は剣を持つのが好きではないから。
「万が一の時、子供達を守りきれない元騎士なんて、ただの役立たずですのよ。そのこと、きっちり覚えていてくださいまし」
 彼女は笑顔で彼の心を抉る。
 彼女はそれがどんな効果をもたらすか、熟知している。今晩から、彼の秘密の特訓が始まるのは確信だった。
「シアおねーちゃん。おやつ出来たの?」
「はい」
 やって来た可愛らしい少女達に、シアは最高の笑顔で迎えた。大人相手では利益がなければ絶対に浮かべない表情も、子供たちにはタダで見せる。
「シアおねーちゃん、重くない?」
「ええ」
 コップの入ったかごを両手で持っている。本当は重いが、魔法を使っているので重くない。
「あら、ミアちゃんもいたの。どう、慣れた?」
 十歳ほどの少女は頷く。
 抱きしめたいほど愛らしい、透明な翅(はね)の生えた妖精の少女。エルフ族の一種だ。翅のあるエルフはほとんど絶滅寸前であり、コレクターに見つかれば、まず間違いなく手に入れようとするだろう。
 それは皆に伝えているから、絶対に彼女のことは誰にも漏らさない。外に行くときも、マントを羽織って。気を付けて。
 皆は団結も強く、心得てくれている。頼もしい限りだ。
「これなぁに?」
「プディングよ。甘くってオイシイの」
「甘い?」
「………まったく。お兄さまったら、こんな小さな子なのに、きっとろくな物食べさせていなかったのだわ」
 彼女は憤慨していた。
 あの魔道オタクに、子供が育てられるはずがない。しかも彼の料理の腕はお世辞にも良いとは言えない。食べられなくはないが。
「未だに信じがたいですよ。実の兄の財産強奪しに行く妹なんて」
「だから、勝負に負けたお兄さまが悪いのですわ」
「しかも、それにも関わらず、あんな写真………いや、だからこそ……か」
 一人納得したマシェルは捨て置き、シアは子供達へと向き直る。
「じゃあ、リリィはみんなに伝えてきてくださいな」
「大丈夫。そろそろみんな集まり始めてるから。おやつが食べられるなんて、滅多にないもの」
 子供達は、うっとりと台車の上の飾り付けられたそれを眺める。
「おやつってなぁに?」
 ミアの台詞に、シアは目眩を覚えた。
 今度会ったら、もう一発殴っておかなければ。
「三時頃に食べる間食のことですよ。一般的にはお菓子を食べます」
「お菓子」
 彼女は首をひねる。
「どうして人間はこんなに食べるの?」
 ミアは異様に小食だ。心配になるほどだが、本人がお腹がいっぱいだと言うから、無理には食べさせていない。
 フェアリー・エルフはあまり食べないと言うことだけは知っている。まさかここまで食べないとは思っていなかった。百聞は一見にしかずというが、まさにその通り。
「人間は、たくさん食べなければ動けないのです」
「ご主人様は、あまり食べないのに………」
「あの人は別です。最近は食べることすら面倒で、時間の無駄だと言い切るほどですから。
 昔はあんなに強くてさわやかで格好良かったのに……」
 シアは過去の兄の姿を思い、心の中で涙する。
「ひょっとして、シアさんが暴挙に出たのも、お兄さんがああなったからですか?」
「もちろん」
 昔の兄を殴るなど、父の命令だとしてもとてもできない。
「理想の兄が、いつの間にかどうしようもないぐうたら。わたくしの心の痛みが分かります!?」
「分からなくもないですけど、きっと相手も同じ事を思っていたんだと思います」
 マシェルは話にならない。
 剣の腕は認めるが、どうもよくない。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんのお兄さんって、やっぱり綺麗だった?」
「まあ、綺麗だったけど、全然似ていなかったよ」
「綺麗なんだ。きゃっ」
「そう。高貴かつ美しい。それがわたくしの一族ですわ」
 マシェルが何か言いたげだったが、結局は何も言わなかった。
「ご主人様は綺麗なの?」
「ええ。お兄さまはそりゃあもうお美しくていらっしゃいますわ。今は中身が腐ってますけれど」
 過去にすがりたいのは、むしろ彼女の方である。
 あの真面目な兄が、まさか非行に走るとは思ってもいなかったから。
 ここにも一人、過去の栄光を忘れて腐りつつある若者もいるが。
 彼女の周りには、なぜこんな男ばかりなのだろう?
 ──まったく、こちらの気も知らずに。
「たぶん、向こうも同じ事を思ってると思いますけど………」
「それはわたくしの台詞ですわ」
 殺意が沸く。
 ──本当に、こちらの気も知らずに。
「シアお姉ちゃん、早く行こう」
 少年がシアの腕を引っ張る。
 ──可愛い。
「そうですね」
 彼女の心の支えは子供達だけだ。

 神殿裏の菜園で。
 ウィトランはほっと、一息つく。
 民衆に、毎回ほとんど似たような教えを説き、ようやく一人の時を得た。
 神官長も楽ではない。
 ──選んだのは自分だけれども。
 頭が痛くなるようなことをしでかしてくれる部下もいるが、可愛い子供達もいる。
 父親のように慕って欲しいのだが、さすがに若いせいか『お兄ちゃん』呼ばわり。それでもいい。可愛いから。
 本当なら、一日中孤児院の方に入り浸りたいのだが、そんなことをすれば女魔王もどきが仕事をしろと怒り出す。正論なので反論もできない。
 彼女自身、仕事をちゃんとしているかということは、怪しいものなのだが。
 孤児院は神殿とは別の建物で、菜園とで繋がっている。よって神殿に住まう者で、孤児達と接点がない者は多い。菜園をいじる子供達の姿を眺める程度だろう。子供達は自分たちで掃除をし、自分たちで食事を作る。内職をする子供も多い。それで得た給金は、自分の欲しいものを買ったり、この孤児院のために使うことがほとんどだ。つまりは住居と食料を与えているだけに過ぎない。その食料だとて、大半は自家栽培なのだから。
仕切っているのは大人二人。
孤児院の子供達を誘拐して売り飛ばそうと考える者は多く、それの対策としての意味合いがほとんどである。あとは怪我や病気の子供達を看病するのがシアの仕事だ。その必要がないとき、二人はほとんど小さな子供の遊び相手となっている。最低月に一度はシアが全員にお菓子を自腹で馳走してやっている。貴族の娘とはいえ、今は家を出て、そう自由になる金は多くはないのだが。
 ──基本的には、いい子なのだよ。基本的には。
 少なくとも、あんな育てられ方をしたというのに。
 前例を思い出しても、あれほど朗らかな性格になった者はいない。朗らかに悪事を行うが。
「問題がある方が、安心できていいか」
 誰の言葉かは忘れたが。
「そこにいるのは誰だい?」
 ウィトランは先ほどから動かないが、確かに気配のある方へと視線を向けた。
 素直に姿を見せたのは、子供連れの青年。
 紫の交じる銀髪に、やや黒みのある赤い瞳。
 ウィトランは、珍しい訪問者に頭を抱えた。
 兄妹そろって、意表をつく。
「これはこれはアークガルド家の嫡子殿ではありませんか」
「貴様、なぜ私のことを知っている?」
「あなた様の特徴は一度聞けば忘れることも間違えることもありません」
 変った髪と、ややくすんではいるが邪眼。このような組み合わせの人間、そういるものではない。
 彼は納得した様子で、傍らの少年に視線を移す。
 その少年は、シアに見つけられたら間違いなく抱きしめられるであろう愛らしい顔立ちをしていた。しかし、問題はその背に生えた羽根と、尖った耳。
 どう見ても、絶滅寸前のフェアリー・エルフ。
「私を知っているならば、シアという娘も知っているな? 確かこの神殿に勤めていると聞いた覚えがあるのだが」
「シアが何か?」
「最近これの片割れの姿が見えない」
「………………」
 神官長としてはシアを信じて、弁護してやらねばならないのだろうが、ウィトランにはそんなことが出来るはずもない。
 むしろ、迷うことなく断言できる。
 シアが連れ去ったと。
「シアはあそこの建物に住み込んでいます」
「そうか」
「私が連れてきましょう」
「いや、いい。シアがどんな場所に住んでいるのか、見ておきたい」
 止める間もなく、青年の姿がかき消えた。
「……………まぁ、いいか」
 責任は、すべてシアにある。シアが何とかするだろう。
 ウィトランは、一見平和な孤児院を眺めた。

 ぎゃーぎゃー、きゃーきゃー。
 子供達の奇声は止まない。
 おやつの時間はだいたいがこうだ。ちゃんとした食事の場合は、どこに出しても恥ずかしくないよう礼儀作法を教え込んでいるので、本当に小さな子を除いて、皆とても静かに行儀良く食べる。
 しかし、おやつの時は例外だった。
 喧嘩をしなければ、はしゃいでもよし。
 それがシアの考えだった。
 マシェルは、この時間が好きだった。
 皆、心から楽しそうに笑うから。
「ミア、美味しいですか?」
 ミアは素直に頷く。
 ちまちまと、小さく口を開けて食べていく。フェアリーとエルフの子孫だとされるフェアリー・エルフは、本来はあまりものを食べないらしい。シアがそう言っていた。
「食べられるだけでいいですよ」
 もともと彼女に取り分けられた量は少ない。それ以上か以下か。さすがにそれを見極めるほど出会って時が立っていないので、シアは見極めるために彼女をよく観察する。
「シアねーちゃんのつくるお菓子は本当に美味しいね」
「お料理も上手でしょ」
「うん」
 子供達は無邪気だ。
 シアを喜ばせることばかりを言う。子供達は自分たちを理解し、優しくしてくれる者に対しては、絶対の好意と信頼を寄せる。
 しかも彼らには親はいない。
 神殿が管理しているとはいえ、ほとんどの者が無関心だ。それなのに、みんなが好きだと声にして、実行するシアが大好きなのだ。
 マシェルがやってくる前は、ほとんどシア一人で皆の面倒を見ていた。ある程度の年齢の子供達が手伝っていたとはいえ、乳飲み子も少なくはなかった。
 今でこそ、孤児院に感心を向ける者は多いが、当初は内戦が終わったばかりで余裕がなかった。今もなお、状況は良くない。
 クーデターは失敗したのだ。
 クーデターが起こった原因は、王が戦争ばかりを起し、重税を敷しいていたからだ。
 しかもその王は二十年前、ちょうどマシェルが生まれた年に当時の王、マロス王を、当時王弟だったワーズ王が弑逆した。弑逆の暴君。誰もが彼を憎んでいる。クーデターが起こらないほうがおかしい。しかし、軍備にばかり金を掛けるこの国は、強い。
 この町はいい方だ。比較的豊かで、領主の人も──良かった。
 過去形。
 前領主は亡くなり、その息子が跡を継いだら、どうしようもない男だった。税率が上がっていないのが救いだ。民衆の支持のあった父親のやり方は引き継いでいるようだ。
 しかし、それでも。そんな心の狭い領主など、いらない。
 どうすればいいのか。
 マシェルには分からない。
 クーデターを仮にまた起こせば、人々が傷つく。人が大勢死ぬのは嫌いだ。戦は嫌い。大嫌い。
 彼の兄も、戦で死んだ。
 この子共達の親たちも、戦で死んだ。
 ろくな事がない。
「お兄ちゃん、食べないの? お腹痛いの?」
 隣に座っていた、五歳ほどの女の子が心配そうに見つめてきた。
「何でもないよ。ただ、考えごとしてたんだよ」
「考え事?」
「春は何を育てようか」
 冬に育つ野菜は植えた。近くに森や山があれば狩りにも行くのだが、残念ながら都会の範疇に入るこの都市はそんな場所は近くにはない。強盗……ではなく、物資、資金調達時に、鳥を何羽か捕ってきたが──大きすぎると持ち帰れないからだ──それも子供達の胃袋に消えた。
 以前保存食調達に狩りに行ったが、子供達が心配で二日目に切り上げて帰った。大丈夫だろうと思っていたのだが、今年は小麦も高く、やはりもう少し食料を得ておくべきだったろう。
 今度、荷馬車を借りてまた狩りに行かねばなるまい。今の時期の動物達は、食い溜めをしていて、太っている。今の時期がチャンスだ。
「シアさん。今度また、狩りにでも行こうと思うんですが」
「いい心がけですわ。みんなよかっ………………」
 シアがある一点を見て、突然固まった。
「何か…………な!?」
 銀の輝きを纏う、黒い影がそこにいた。
 その悪役っぽさは以前と変らず見事なまで。そして同時に美しい。男に対して美しいと思ったのは、彼が初めてだった。それほど、美しいところが、シアの兄であることを証明していた。
「……………なんでお兄さんが……」
 ぎっ。
 と、音がしそうなほど睨まれる。
 赤い瞳は邪眼だ。邪眼とは、人を呪い殺せると聞いたことがあった。
「誰がお兄さんだ」
「…………って、そういうんじゃないです。本当に。ただ、貴方のお名前を聞いていなくて」
 シスコンが入っていることを忘れていた。
「シア兄、綺麗!」
「シア兄シスコン!」
 子供達が騒ぐ。
 マシェルも仮に心の中でシア兄と呼ぶことにした。
「でもお兄さま。本当に一体どんなご用で?」
「お前の横でプリンを食べ続けている娘を引き取りに来た」
 そこで初めて、ミアはシア兄を見る。
「ご主人様?」
「お前は…………」
「ミアぁ」
 シア兄の背後から、一人の少年が飛び出してきた。
 翼のあるエルフ。
「ロア?」
 慌てず騒がす、ほよよんと。
「あらあら。可愛らしい」
 ロアと呼ばれた少年は、ミアを抱きしめた。
 シアが可愛いと思うのはもっともだ。
 この小さなカップルは、両者とも常に人さらいに気を付けねばならないほど愛らしい顔立ちをしている。
 その上、妖精。
 可愛いと以外言いようがない。
「ミア。ミアぁ」
「ロア」
 ミアはロアの肩に手を置く。
「美味しいよ」
 真顔で言うミア。それを見て、ロアはほっとしたらしく、崩れ落ちる。
「無事で良かった」
「とっても美味しいの」
 話が大きくずれているが、それがミアの可愛いところだ。
「……………元気そうでほんとうに良かった」
「ん。元気」
「元気じゃない。まったく、死にたいのか?」
 シア兄が、ミアの首根っこを掴む。
「お兄さま!?」
「なぜこいつらが絶えようとしているか知っているか? 遙か昔と比べると、こいつらの源である魔素が薄くなっているからだ」
 思い出の部屋を見られて慌てていたときとは雲泥の差の、クールな無表情で彼は言う。
「うちは魔素を居住区域に集めているからこいつらも食事が出来るが、こんな場所ではそのうち弱って死んでしまう」
「知っておりますわ」
 その言葉に、シア兄は顔をしかめる。
「ちゃあんと、ミアちゃんには濃い魔素を与えておりますの。お兄さまには出来ないけれど、魔素を寄せ集める術も存在しておりますのよ」
 その言葉に、マシェルは驚いた。あまりにも意外だった。
「お前はどこでそんなことを………」
「天才ですもの。ほーほほほほほ」
「お姉ちゃん天才」
「美人」
「甲斐性なし」
「あんたねぇ、それは悪口。意味も分からずにそんな言葉使っちゃダメ」
 などと、子供達も再び騒ぎ始める。
 子供とはこういうものだ。
「それとお兄さま。いくら何でも魔素だけ食べさせていればいいと言うものではありません。食物を食べさせ、それに含まれる微量の魔素を吸収する術を覚えさせなければ、本当に閉じこもっていなければ生きていけなくなります。お兄さま自身、ちゃんと食べてもっと運動してくださいませ」
 現在、ミアがロアにプディングを食べさせていた。
 ロアはそれを口にし、もう一口とせがむ。
「あら。欲しかったらわたくしのをどうぞ。まだ口を付けておりませんから」
 小さな子の面倒を見ていたので、彼女は座ったばかりだった。
 やはり子供にだけはどこまでも、無条件で親切な女だ。
「………………」
 ロアはじろじろとシアを見る。
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 言ってシアは立ち上がり、ロアを抱き上げ椅子に座らせる。
 そして自分は兄の元へと向かう。
「というわけですから、さようなら」
「おい。勝手に引き取るな」
「あら。お兄さまみたいな暗い人に育てられるよりも、ここで同世代の子供達に囲まれて暮らす方がいいに決まっています」
 ミアとロアはきょとんと兄妹を見つめた。
「阿呆。私が預かっているのに、人に預けられるか。
 だいたい、 フェアリー・エルフの存在を知れば、どれだけの心ない人間が動き出すと思う?」
「大丈夫ですわ。ここにはエルフの子もいますし、その手の事に関しては完璧です。絶対の結界に、マシェルという護衛もいます」
 彼女は自信満々言いきる。
 確かに、ここに強盗に入るのは、地獄の扉を開けるようなもの。第一の結界で、問答無用で大火傷。突破することが出来ても、当然術者に伝わる。そうなれば、シア直々にお仕置きを始める。
 この上なく恐ろしいお仕置きを。
「私は私の方法で育てる。これでもちゃんと森の中を散歩をしたりもしているんだぞ」
「あら。お兄さまがお散歩を?」
 シアは目を輝かせる。
「…………わたくしがいくら誘ってもデートもしてくれなかったくせに」
 シアは悔しげに言う。
「いつそんな誘いをした?」
「いつもしておりますのに。こんなに、こんなにお兄さまのことを気にとめている妹は無視して、預かり子のためなら外にでるなんてっ」
 シアはフェアリー・エルフ二人を後ろから抱きしめた。
「君たち、うちの子になりなさい」
「うん」
 二人同時に頷いた。
「おいっ」
「美味しい」
「初めは恐かったけど、この人の方が優しそう」
 あっさりと子供達に裏切られ、シア兄は一歩後ずさる。表情はあまり変らないが、ショックを受けているようだ。
「いい子達ねぇ。お兄さまもこの子達が心配なら、毎日のようにいらっしゃい。泊まっていってもいいですわ。お兄さまも昔から子供は好きでしょう?」
「そういう問題ではない」
「シア兄、泊まってくの?」
「泊まってけぇ」
「泊まれぇ」
 たちまち子供達に包囲され、彼は戸惑った様子で、しかしほとんど反射的といった感じで、しゃがみ込んで子供達に視線を会わせる。そうすると、子供達は喜んで飛びつく。ほとんど暴力に近いその飛びつきを受け、シア兄は子供達を身に纏い、軽々と立ち上がる。
「うわぁ、力持ちぃ」
「格好いい」
 それからしばらく、子供達は飽きるまで彼を弄んだ。
 シアの兄であるという事実が、子供達を大胆にしていた。見た目の怖さすら、彼らは気にしていない。シアの兄であるから。そして、シアが泊まれというから。
 子供達は、誰よりもシアを信じている。
 だから、シア兄が本気で怒り出すという可能性すら、彼らの中ではあり得なかった。
 ──まあ、実際に怒るのならもう怒っているな。
 マシェルは苦笑する。
 決して、嫌そうではない男を見て、やはり兄妹なのだとしみじみと思った。

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