8

 

 あまりにもあっさりとそれらは殺された。
「うーん。やぱり未完成はダメか」
「動きが鈍すぎるわ」
「やっぱり、作りやすいからって子供にしたのが失敗だったんだ。
今作っている大人を使ったやつ。あれなら力も速度も上になるだろうね」
「そうね」
 あの三人は無理にしても、その取り巻きを一人ぐらいは殺せると思っていたのだが、子供の足でも逃げられるような速度しか出なければ、殺せるはずも無い。
 もう少し時間があれば安定したのだのろうが、今悔やんでも意味は無い。
 王子と、そして連中のねぐらを発見したのだ。潰さないわけにはいかない。
「さて、そろそろ最後にしようか」
 いつかは始末されるのは予測していた。だから、素体そのものに細工をしてきた。見たところ、王子は死体から離れていない。
「ふふっ」
 ムーアは笑みを浮かべ、解放する呪文を唱える。外にいる限りは害は無い。建物内は一瞬で殲滅される。
「それは困るな」
 知らぬ声が聞こえた。
 ムーアは慌てず、そちらを見る。
 一人の青年。建物内から漏れる薄明かりの中、その存在を知らしめるように輝く銀の髪。ナイブの連中ではない。
「誰?」
「私はただの通りすがりだ」
 ムーアはソーラへと視線を向けた。
「何、あの怪しい男は」
「だね。きっと変質者だよ」
「そうね」
「誰が変質者だ? 忍びこんだ連中が、どうどうと人を変質者呼ばわりしてもいいのか?」
 ムーアはふんと笑う。その会話の間に、背に隠した手で魔法陣を描いた。それが、発動する。
「地深くに住む暗闇の王よ 現れ食らうがいい」
 現れた暗闇の王は、その飢えた口開き、そのあぎとで青年を──
「馬鹿な」
 噛み砕くはずだった。
 しかし、暗闇の王の方が、掻き消える。
「残念だったな。
奴は、神には逆らえないんだ」
 神。
 その言葉に、彼らは理解した。
 この男は、神なのだと。
「なんで神がこんなところに?」
「おおかた、あの顔だけの女に誑かされたのね」
「誑かされてなんていない!」
 青年は叫ぶようにして否定した。
 さすがにまずい。人が集まれば、こちらが不利。
「まさかこんなイレギュラーがいるとはね」
 人だと思って対策を練っている。
 ならば、完成品を用いてもこの青年は死なないだろう。
「ああ、台無しじゃない!」
「気を落とさないで。このことを報告に行こう。きっと、父さんも喜んでくれる」
 神が手に入る可能性もあるのだ。
 混血のようだから、肉体も確かなもの。
 捉えられるし、食らうことも出来る。
「父さんに、年取らぬ時をプレゼントできるよ」
「そうね」
 神を食らえば寿命は倍以上になるという。
 真実かどうかは定かではない。そんなことをした人間を、彼らは知らないから。
「まったく……どこんな大人に育てられたら、そんな風になるのか……。
 うちの親よりもろくでもないな」
「とても素晴らしいお方よ。誰よりも覇者に相応しい」
 彼は顔を顰めた。
「何者だ?」
 何も分かっていないが、怪しそうだからとりあえず声を掛けただけらしい。
「賢者だよ。そしてあの女……白の賢者シアンの、血の繋がった妹と弟だよ」
 ソーラの言葉に、男は呆然となる。
 ──隙あり。
 ムーアは呼び寄せておいた最後の一匹を、背後から襲いかからせる。
「なっ!?」
 そちらに気を取られている隙に、ソーラは唱えた呪文を発動させる。
 失敗は大きかったが、得るものもあった。
 更なる魔力を偉大なるあのお方に。
「じゃあね」
 手を振って、二人は転移した。
 出来損ないの玩具はもういらない。
 次は完成させて、あいつらにぶつける。そうすれば、いかに隠者と言えども隙が出来る。
 あの男は、真実の瞳さえ奪ってしまえば、所詮はただの人間でしかないのだ。

 

 逃げた。
「ってか、なんだこれは!?」
 魔力が透過している。
 こんな存在今まで見たこともない。
 どうでもいいが、後ろから抱きすくめられて苦しい。
「ウィス様!?」
 シアとアズバルの声が聞こえた。
「魔力を込めて物理攻撃なさってください」
「はっ?」
「もういです。アズバル」
「おう」
 彼は後ろから、隙だらけのその背中を切りつける。
 力が緩んだところでその抱擁から抜け出し、シアの言ったとおり、魔力を込めてその胴に蹴りを入れた。
 それは、突然崩れ去る。
 中から何かが出てきた。
 子供のミイラだ。本当にまだ幼い子供。
「なんてことを……」
「シア、この子は知っているか?」
「いいえ。おそらく、賢者の候補にあがっていた子供でしょう」
 シアはミイラの傍らへとやってきた。
「ごめんなさい。巻き込んでしまって……」
 彼女が触れると、そのミイラから邪気が発せられた。人間では、耐えられるはずも無いようなものだ。彼女はそれを受け入れ、浄化する。
 ──こんな使い方もあるのか……。
 精霊や神を滅ぼすというイメージだけが強く、そんなこと考えもしなかった。
「怖かったのね……もう大丈夫だから」
 浄化される。
 この子供の魂が。
 これならば、間違いなく転生するだろう。
「……これで全部か?」
「ええ、おそらく」
「全部かって……どれだけいたんだ?」
「四体」
 四人もの人間を、このようなモノへと変えてしまったのだ。
「許されることではないな」
「ええ」
「まったく……太陽神はなぜそんなやつを野放しにするのだろう……」
 彼の父は、干渉するなと言っても、人間の前に姿を見せたがると言うのに。
 ラーハは逆に、まったく姿を見せない。
 その必要はないと言い。
「……彼にとって、こんなことは些細な事なのでしょう。こうして私達でもどうにかできるような問題です」
「信じられない。父上が嫌う理由がよく分かる」
「それでも太陽の恵みというのは、とてもありがたいものです」
 彼女は神官服を着ている。
「信者なのか?」
「さあ」
 彼女は首を傾げて見せた。
「ところで……」
「はい?」
「あいつら、お前のことを姉だと言っていたが……」
 彼女の唇が閉じる。
 やがて、小さく微笑んだ。
「腹違いの弟達です」
「子供好きのお前が、実の弟達と敵対して、平気なのか?」
「ええ」
「どうして?」
「ワーズに与するならば、例え誰であろうとも敵です」
「どうしてそんなに、国に縛られるんだ?」
 彼女は小さく首を横に振った。
「私はただ、敵討ちをしているだけです」
「敵……討ち?」
「はい」
 彼女は明るく言う。
「私の母は、あの男に殺されました」
「……なるほど」
 彼の親は殺しても死なないので、その気持ちは分からない。それが出来そうなのは、目の前にいるこの少女のみ。
 しかし、彼女は必要が無ければそのようなことをしないだろう。
「シア……」
 アズバルがシアの肩に手を置いた。
「他の奴らも、早く自由にしてやれ」
「はい。それでは失礼します」
 彼女は微笑みを残し、立ち去った。
 アズバルがその背中を見送り、そしてウィスへと向き直る。
「何だ?」
「言っとくがな、あいつに何かしたら、俺たちは許すつもりはない」
 予想通りの言葉だった。
「俺の両親も、ワーズのせいで死んでいる。
 いや、今の若い連中の大半がそうだ。だから真実の瞳を使って才能のある子供が集められた。俺達は、離れて暮らしていても、皆兄弟だ。身内を殺そうとする奴がいるなら、俺達は容赦しない。神だろうが。ついでに、友達だろうがな」
 分からない。
 兄や姉はいる。しかし、嫌いではないが好きでもない。両親にしてもそうだ。
なのにただ同じ目的で集められただけの彼らが、なぜそこまで思うのか。
理解しかねる。
「……なぜ、そこまで? あの女が好きなのか?」
「人間みたいな下世話なこと考えるな、お前」
 アズバルは笑う。
「あいつ、生まれたばかりの頃。ウィトラン様にワーズのところから連れ出されたばかりの頃、うちにいたんだ」
「ユニオール家に?」 
 彼は頷いた。
「マシェルがすごい喜んで玩具にしてた。
うちの母は子供が産めない身体だから、女の子が来てすげぇ張り切ってた。賢者になったせいか、かなり舌っ足らずではあったけど、おしゃべりも出来たから、よけいに可愛かったんだろうな」
 彼は懐かしむように、暗い空を見た。
「結局いたのは二ヶ月だけどな。マシェルも覚えてないだろうし。
 母さんは、今でもシアのこと心配している。
 母さんが好きな俺としては、よけいにシアに死なれちゃ困るわけだ……っていうのはどうだ?」
「どうだと言われてもな……」
 彼にとって、シアが大切なのは分かった。
「害になるかならないか。最終的に決めるのは私ではない」
「ならそれまでは、味方でいるってわけだ」
「そうなる」
「できれば、俺はお前を殺したくない」
「私もお前を殺したくはない」
 一体なぜ、若輩者である自分に話が来たのか。それが理解できない。
 経験のある兄達の方がいいだろうに。
 それとも、以前魔王と呼ばれた男と相打ちになった兄のように、死んでこいという意味なのだろうか?
 父が理解できない。
 しかし、従うしかない。
「私とて、女を殺すなどしたくはない」
 そう思う、心の弱さを克服しろと言うことだろうか?
 理解できない。
 こんな場合、兄達のならどうしたのだろう?
 分からない。
 見極めたい。
 自分はどうしたらいいのか。なぜ、ここにいるのかを。
見極めなければならないのだと思う。

 

 ユーノはそれを見て愕然とした。
 ロウと同じようなミイラ。
 知っていた。知りすぎるほど知っていた。いつも一緒にいたから。エルマと同じぐらい大切な人だから。
「ローザ?」
 ウィトランに報告に来たのは、昨日の昼頃。
 それからすぐに、出かけた。
 その報告の後だろう。
「……どうして……」
「ユーノ、落ち着きなさい」
 ウィトランが言う。
「落ち着けって言われて、落ち着けると思う!?」
「それでも、です」
「僕は行く。どのみちそうするつもりだったし。あいつらが、次の手を打つ前に」
「落ち着かなくてもいいから、早まるのはよしなさい」
「無理。ロウだけでも許せないのに、ローザまで……」
 もう一人の妹。
 いつもいつも三人一緒だった。
 物心ついたときから。
「行くのなら、私も行きましょう」
 その声は背後から。
「あの子達、おそらくもっと厄介なものを完成させます。
 あの子達だけでも、事前に始末しなければ……」
「ねーちゃん……」
 一番辛いのは彼女であるはずだ。
「だめだ。ねーちゃんはダメだ」
「なら、僕がついてい」
「マシェル様はもっとダメっ」
 顔を出したマシェルを、エルマが引き止める。
「あの子達というのは、何者だ?」
 入り口に立っていて邪魔なマシェルを押しのけ、デュークは中へと入ってきた。
 彼に説得してもらおう。
「ワーズの側の二人の賢者。そして、ねーちゃんの実の弟と妹。
 ねーちゃんに、身内殺しなんてさせられないでしょ?」
 デュークは一瞬驚いた顔をした後、頷いた。
「確かに」
「んで、デューク様も来ちゃダメ。シアねーちゃんとウィトラン様の側にいるのが一番安全だから」
「だが、一人では危険だよ」
 ウィトランは笑顔で言う。
「ぼくは何もワーズに喧嘩を売ろうってワケじゃないんだよ。その取り巻き。
 露払いぐらいさせてよ。アズバルにーちゃんをもらえれば、十分可能だよ。あいつらが逃げるとき、印つけておいたから、どこにいるかは分かるし」
 彼らの居場所を特定することが今までは出来なかった。だからこそ、厄介だったのだ。居場所さえ分かればこちらのものである。
 一番恐ろしいのは、ワーズ自身なのだから。
「ユーノのご指名じゃ、行かないわけにはいかないな」
 割れた窓から、アズバルたちはやって来た。
 ウィスも一緒に。
「私も行こう。有害な賢者の始末も命じられたことの一つだ」
「それはありがたいな」
 彼をシアの側に置いておきたくはない。
「じゃあ、早速行くか?」
「そうだね。今すぐの方が、奇襲になるだろうし」
 ユーノは二人へと歩み寄る。
「心配しないで待っていてね」
 シアには悪いが、ついでにワーズの事にも蹴りをつけるつもりだ。
 あの二人が行く場所に、ワーズがいる可能性は高い。
 どうしても、優しいシアに人を殺させたくはない。
 彼女にはいつまでも、綺麗なままでいて欲しい。それがローザの願いでもあった。
「わ、私も」
「エルマはにーちゃんの側にいな」
「でも……」
「いいから」
 彼女は寂しげな顔をした。
 ユーノの考えを理解しているから。
「んじゃ、明け方には戻るよ」
「気をつけてね」
 ユーノは道連れの二人の手を取り、呪文を唱えた。
 放浪の賢者。
 その由来は、杖の示すがまま、その場所へ向かうことにある。
 魔法陣が無くとも、転移できるのが、放浪の杖の効力である。杖が認める限りは。
 ──こういう役目は、僕みたいなのが背負うものだからね。
 政治にも参加する隠者とは対照的に、常に歴史の裏方に回るのが放浪の愚者の役割だ。
 ──ふたりとも、ごめんね。
 ウィスはともかく、アズバルには、心から悪いと思う。だが、これが使命なのだ。

 

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