大地の愛でし子 

 

200万ヒットの御礼短編です。


間話
1

 朝食を終えたラァスは、手鏡を覗きながら髪を撫でる。
 いつも以上につやつやさらさらきらきらである。ハウルほどではないが。
「気合い入ってますね、ラァス。今日の休日は特別なことがあるんですか?」
 最近仲良くなった少年が、気合いを入れたラァスを見て笑いながら尋ねた。
 神官といえども年中休み無しなどということはない。
「デート」
 と言って、えへへと笑う。
「男性と?」
「女の子だよ。かわいーい、女の子」
 意地悪く笑いながら言う彼は、決して憎くならないのが不思議だ。人に嫌われにくいという、得な性格をしている。
「どれぐらい可愛い?」
「傾国の美女と呼ばれた僕の師匠をマイルドにした感じ」
「邪眼の魔女似!? マジで!?」
「マジ。そっくり。娘とかじゃないけど、将来は絶対巨乳美人」
「くっ……君を初めて憎く感じるよ」
「ふふん。僕の美少年ぶりに羨望の眼差しを向けるがよい」
 ラァスは尊大な態度でサラサラの髪をかき上げる。とっておきのトリートメントを使っただけあり、彼の自慢の金髪には、いつも以上に指通りが良く輝いている。いつもの支給されている見習い用の略式の法衣ではなく、それなりに高価な私服である。
 何のことはない、アミュと郊外にある自然公園に行って乗馬をしようということになったのだ。アミュが馬に乗れなくて恥ずかしいから、教えて欲しいと申し出てきたのである。
 知り合いが来なくて、乗馬が出来て近場となると、そこぐらいしかない。日帰りできる所だが、さすがにアミュにそんな厳しい日程は組めないのでお泊まりである。やましい気持ちは爪の先ほどしかないが、言わば初の二人だけの旅行であるからして、気合いも入るというものだ。
 ちなみに、シーロウの説得は簡単だった。火神様のご息女に教えを請われているといえば、快く見送ってくれるのが神殿である。神様の名はどこまでも軽い。
「ラァス様、綺麗な女の子が尋ねてきていますよ」
 食堂の入り口から聞こえた声に、ラァスは立ち上がり、手荷物を持って駆けた。面白がって食事をしていた友人達もついてくる。
 ラァスは居住区を抜けて外に出ると、そのまま前のめりにこけた。
「ラァス! 貴様、わらわのアミュをどこにやった!?」
 怒りを隠そうともせず、幼い美貌を歪めて立つのは、美貌の姫君サメラである。ヴァルナの上司、時の女神の現身なのだが、時に関わらぬ大事がない限りは人としての人格が表に出て、女神である自覚はないという、厄介な姫君である。実力のある美形が大好きで、最近では年の近いアミュが一番ののお気に入りである。
「すげぇ、美少女!」
「って、ロベレントの姫様じゃないですか!?」
「逆玉!?」
「違う!」
 勝手に勘違いする友人達に否定の声を上げ、ラァスは起きあがって汚れた服の土を払った。おろし立ての服だったのに、高かったのにと、内心泣きながらサメラへと微笑みを向けた。
「姫様、このような場所に一体なぜ?」
「そなたがアミュを拐かしたのは分かっておる。素直にアミュを返すがよい」
「いや、なんでそんなことになるんですか」
 アミュはちゃんと外泊することは伝えているだろう。目的は言わないだろうが、黙って出かけられるような性格ではない。
「アミュがわらわに行く先を告げずに荷物を持って出て行くなどあるものかっ」
「え、でも泊まりに行くとは言ってったんでしょ?」
「未婚の娘と外泊など、見損なったぞラァス!」
「外泊って……僕ら仲良しだもん。よく一緒に外泊して一緒に寝たよ」
 ハウルやメディアも一緒にだが、もちろんそこは伏せる。二人きりというのが初めてなだけなのだ。
「お泊まり旅行するからって、そんなこと考える方がやらしいよ。部屋は別だしね」
「男は皆ケダモノじゃ! アミュはそれを分かっておらぬ!」
「それは僕も散々説き伏せているんだけどねぇ」
 ラァスは肩をすくめた。話しても無駄だろう。とにかく、友人を取られて嫉妬しているのだ。お姫様の世界は自分が中心なのである。
「ヴァルナさん」
「なんですか。フォローはしませんよ」
 面白がってだろうが、サメラについてきたヴァルナに声をかけた。彼は女と外泊に行く男を助けるような精神は持ち合わせていない。女性の頼みなら聞いてくれそうだが、男の頼みなど問題外だ。
 ヴァルナでは、頼りにならない。頼りになるのは──
「今度カロンに頼んで子供達をミスティックワールドにご招待するから、説得お願い」
 その瞬間、彼の薄ら笑いが消え、瞳に知的な色が浮かぶ。同じ顔なのに、ほとんど別人になってしまった。
「さあ、行ってこい。楽しんでくるんだぞ。だが節度を持った責任ある交際をするように」
 サメラの肩を掴み、ヴァルナ──ダーナは手を振った。
 前々から彼はあの可愛い世界を可愛い子供達と堪能したいと話していた。あれはカロン他が子供と研究好きが興じて作ってしまった場所で、よく孤児院の子供達を招待しているらしい。慈善行為というものを美徳とする富裕層は、そういった子供達を見て、不快を露わにすることもない。子供がいるならなおさらだ。親というのは、子供によく見られたいため、慈悲深い振りをする。
 少し離れた場所ではあるが、往復の費用と宿泊費も何とかしてくれるだろう。
「ありがとう、じゃあね!」
 ラァスは手を振って、馬屋へと走った。
 つい最近、クリスに馬をもらったのだ。それに乗って、アミュを迎えに行く。馬に不慣れな彼女でも、二人乗りならできるはずだ。彼女は動物によく好かれるので、慣れることが出来れば簡単に乗りこなせるはずである。


 ラァスが迎えに来たときは、少し恥ずかしかった。
 彼はいつもの法衣ではなく昔のような私服だった。流行のデザインの絹のシャツ一枚を着ているだけだが、白馬に乗ってこられると、カロンではないがまるで王子様のようである。
 そんな彼に馬に乗せられ、アミュは色々な意味で目を回した。しかも後ろに乗ってしがみつくではなく、彼の前に乗って、支えられているのだ。
 馬は苦手だ。
 馬が嫌いなわけではないが、馬は竜が空を飛ぶほど穏やかに動かない。歩を進める度に揺れて、おしりが痛くなる。我慢が出来なくなったのを見計らったように、ラァスが休憩を取ってくれたのでなんとか保ったが、小説の中でよくある、一晩中馬で駆けるということをするのはアミュには一生無理だろうと悟った。
 彼女の目標は大変低く、とにかく自力で馬に乗れて、最低限早足でずり落ちないようになることだ。出来れば、駆け足の三拍子を自分だけがその背に乗って体験できたら嬉しい。
 己の事ながら嘆かわしいのだが、アミュはバランス感覚が悪い。ラァスは女の子はそれぐらいの方が可愛いというのだが、運動音痴なのだ。
 聞こえすぎるのが原因だと、ヴェノムに言われたことがある。とくに単調な事を続けているとその状態に陥りやすく、歩いているとぼーっとして転んだりする。だがしっかりしていても転ぶ。
 周囲に気をとられ自分への意識がおろそかになるのが一番悪いのだが、ラァスのように他事を考えながら身体が動く人もいるので、遺伝的なものかも知れない。
 アミュは自転車にも乗れなかった。ラァスは初めてにもかかわらずすぐに乗れたのに、アミュは一日頑張っても乗れなかった。もう乗る機会もないだろうからいいが、馬は違う。サメラと一緒にいる限り、最低限のたしなみである。仕事でも、馬に乗れないでは誰かに送ってもらわなければならない役立たずだ。
「ラァス君はすごいね」
 アミュは馬上で呟いた。尻は痛いし、下手に話すと舌を噛みそうだが、それでもこの白馬はそれほど速く走っていない。
 ちょっと高い目標がこれだ。
「僕は昔から乗ってるからね。遠くに行くのも便利だし、どこにでも売っているしどこででも売れる。食料にもなるし、もしもの時は捨て置いても証拠にはならないし、殺し屋の持ち物だからって、処分されることもないだろうからね」
「ご……ごめんなさい」
 嫌なことを思い出させてしまった。思い出して気分のいいことではない。頼んだのは自分なのだから、最低限彼にも楽しんで貰えるようにしなければならないのに、うかつだった。
「あ……ああっ。
 アミュが気にすることはないよ。アミュと僕のウィルに乗れて嬉しいからね」
「ありがとう。
 でも、ウィルは二人乗りして辛くないかな」
「何言ってるの。僕らの体重なんて、二人合わせても大したことないよ。それにレイア様が育てた特別な子だし」
「でも、私太ってきたよ」
「アミュのは太ったんじゃなくて、育ってるっていうの。女の子に肉が全くないのは良くないよ。ある程度の脂肪がないと逆に無様だ」
「そうなの?」
「そうだよ。だって痩せすぎて肉のない女の人なら、男だって変わらないよ。多少太っている女の人よりも、骨と皮だけの女の人の方がよほど魅力ない。僕は男だから肉付きのいい女の人好きだよ。でも女の人はそれを理解していない人が多いね。痩せすぎと自分で言っていながら、あり得ない食事を取って維持しようとするのが大半。
 だから昔のアミュは痩せすぎ。今がちょうどいいと思うよ」
 アミュはうーんと唸る。彼の方が女というものを理解しているというのも、複雑な気分になる。
 しかし太りすぎるのと痩せすぎるのはやめようと誓う。彼に無様だなどと思われたくない。
「ほら、アミュ。見えたよ」
 街を出て四時間ほど街道を走った頃、立派なお屋敷が見えてきた。
 自然公園と言っても、自然のままにされているわけではない。むしろ、自然を楽しむために、自然は切り開かれている。別の言葉に置き換えると、首都から一番近いリゾート地である。時間が掛かってしまったのは、アミュが馬上を怖がってスピードが出せなかったからだ。
「大丈夫だよアミュ。馬なんて歩かせるだけなら子供でもできるんだから。バランス取るのも慣れたでしょ?」
「うん。頑張る」
「よし、なら少し速くしようか」
 アミュは身体を強張らせて頷いた。


 アミュは馬は好きなようで、用意されたこの施設で一番従順という栗毛の馬の額を撫でている。
 しばらく戯れて慣れてきたようなので、ラァスは用意してもらった踏み台を移動させた。初心者にそのまま乗れと言うのは酷である。
「アミュ、たてがみと手綱をしっかり持って乗るんだよ」
 アミュはこくと頷き、左足をかけようとして焦ったのか、そこで手間取っている。
「落ち着いて、ゆっくりでいいよ。この子も焦っていないでしょ。時間はいっぱいあるからね」
 馬──レルノは従順というよりものんびりとした性格らしく、アミュにはまずこういう馬の方が向いているだろう。レルノとは気性の荒い地神配下の地割れの女神なのだが、実に名前に反した性格だ。名付けた方も名付けた方だとラァスは思う。荒馬にでもなって欲しかったのだろうか。
 アミュはどうにかして馬に乗り、ほっと息をついた。
 時間はまだあるので、ゆっくりと行こう。心配なのは、アミュの体力の方なのだから。
「じゃあ、ちょっと動いてみようか。腹を足で圧迫してみて。強く蹴ると走り出すから気をつけてね」
 基本はここに来るまでの間にウィルで教えた。神馬とも言える地神の加護を受けた馬である。賢すぎて小賢しくもあるが、アミュの事は気に入ったらしく素直すぎるほど素直だった。いつもはつんとした態度なのだが、神の気配には敏感に反応して育ての親のレイアに対するように懐いていた。
 ウィルで練習してもいいのだがあの馬は特殊で、一般的な馬に慣した方がいいと考えてこうしているのだが、恥をかかない程度まで二日で成長させるのは前途多難である。もう一日欲しかったが、サメラが黙っていそうにない。
 そう思っていたら二日でも乗り込んできたのだが、それはそれだ。
 ここにはオーナー指導の乗馬教室もあるのだが、アミュが参加すれば他人の耳に入る可能性がある。そのため、彼らは人目のつかない一角で練習をしていた。施設が人目のつかない開放的な場所を用意しているのだ。
 こういう事も良くあるらしいが、他にも用途はある。
「レルノはいい子だねぇ」
 アミュは高さに脅えていたが、しばらくすると周囲を見回す余裕も出来た。本人は難しく考えすぎているが、実際にはそれほど難しいことはない。すぐに前に進んで、右に曲がって左に曲がってと楽しめるようになっているのだ。
 明日には駆足も出来るようになるだろう。
 彼女が馬に乗れるようになったら、こうして時々二人で遠出するのも悪くない。街で買い物もいいが、こういう場所の方がアミュは落ち着くだろう。ラァスも森で暮らしていた懐かしさを覚える。
 都会に来たときはそれはそれで懐かしさを覚えたのに、今ではもう逆である。慣れとは恐いものだ。
 しばらくして常歩が完全に慣れてきたところで、速歩をさせることにした。馬の動きに合わせて立ち座るする軽速歩は初心者にとってはなかなか難しい段階だが、出来ないはずがないのだ。普通は一時間でそこまでできるのだから。
 アミュのことだから、手前を合わせるのは簡単に身に付くだろう。問題は何かに気をとられて、バランスを崩す危険があるだけだ。
「アミュ、利き足だけに力が入ってるよ。それじゃあすぐに疲れるから、もう少し楽にやっていいよ」
 初めてなので仕方がないが、過剰に力んでいる。高い場所なので恐いのだろう。しかしあのまま続ければ、明日は筋肉痛で練習にならなくなりそうだった。
「簡単でしょう?」
「う、うん」
 ぎくしゃくしていたが、次第に余分な力が抜けていくのが分かる。明日までには何とか形になるだろう。これで馬と会話して遊んでいるだけではなく、ちゃんと乗馬して散策したりできる。
 一緒に遠乗りも夢ではないだろう。
「うん、ずいぶんと慣れてきたね。疲れたでしょ? そろそろお茶にしようか?」
 そろそろ疲労が溜まっているだろうから、ラァスはアミュに提案した。馬を借りるとき、オーナーがティータイムには奥さんの手作りケーキを用意してくれると言っていた。
 アミュは頷き、手綱を強く握り馬を止める。ゆっくりと歩かせ台の側まで来ると、ラァスは台の位置を微調節する。アミュは乗るとき同様手間取って台から落ちかけ、ラァスは胴を掴んでそっと地面に下ろしてやる。
 足がガクガクいっているので、ラァスは肩を貸して支えてやる。身長差があまりないので、肩を貸しやすい貸しやすい。
 ハウルほどとは言わないが、せめてヴェノムの身長は越えたいなと思った。
「疲れた?」
「ちょっと」
 かなり疲れただろう。ゆっくりと言えども馬に乗ってここまで来て、初めて一人の乗馬体験だ。
 レルノはウィルがいるのでそのままでいいだろう。今はアミュを椅子に座らせてやりたい。
「明日は筋肉痛になるかも知れないから、お風呂ではマッサージをしないと大変だよ。
 もしも部屋に入れてくれるなら、僕がしてもいいけど」
「そ、そこまでしてもらうわけには……」
「どうして? せっかく特訓してるんだから、明日筋肉痛で動けませんだと僕悲しいよ」
「そ、そっか。じゃあお願いしようかな」
 アミュははにかみながら素直に聞き入れる。ここで聞き入れては危ない場面であるのだが、それについての説教は後でいいだろう。今言えば、じゃあやめると言い出すだろうから。
「ここのデザートって、けっこう美味しいって有名らしいんだよ。奥さんの作ったデザートも目当てにここに通う人もいるんだって」
「そうなんだ。楽しみだ……うえっ!?」
 突然に空がかげって、すぐに日が差した。アミュが上を向いて変な声を出すもので、ラァスもつられて見上げて、あまりのことに硬直した。
「りゅ、竜!?」
 そう、竜だ。
 しかも黒竜だ。ハウルの所の白竜も珍しいが、黒竜は同等かそれ以上に珍しい。
「ランスだ」
 アミュはラァスにぎゅっとしがみつき、脅えた眼差しを向けた。
 聞いた話では、サメラの所には竜がいるとかいないとか。その美貌で成竜すら虜にしたという噂は本当だったらしい。美貌ではなく、女神であるから側にいるという可能性の方が高いが、女神だからと側にいる必要など無いのだから、やはり好かれて一緒にいるというのが正しいだろう。
 それが旋回して降りてくる。その背中から、元気な声が降ってきた。
「このセクハラ男めっ!」
 とう、と言ってまだ地に着かない竜の背から飛び降りるのはサメラ。
 彼女は短いスカートを翻し、太股隠すスパッツを覗かせ、しゅたっ、と着地した。
 もちろん魔法を使っているだろうが、見た目に寄らず運動神経は悪くないようだ。身体が弱いのと、運動神経が鈍いのは別である。そして彼女は持病が完治したため、妨げるものは何もない。
 ──すごいな有翼人の涙。
 そしてサメラが意外にお転婆姫であったことにも驚いた。いつものつんとすましている彼女とはずいぶん違う。スカートは細かなひだの膝にも満たない長さで、普段からは考えられない
 ひょっとしたら、これが本来のサメラなのかも知れない。
 そんな彼女を、アミュは悪霊を前にしたラァスのように、人の背中越しに見ていた。


 

back  menu  next