1話 大地の愛でし子
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ヴェノムは目が見えているかのように、姿勢一つとっても優雅にスープを飲んでいた。こぼさず静かに音を立てず理想的な姿勢を取り、その手に迷いはない。
いつものことだが、ハインツァーはヴェノムが本当に見えていないのかと疑っているようだった。目隠ししている人間に対して、くだらないことを疑うものだ。
「つまり、何者かに命を狙われているので、その相手をどうにかすればよいのですね?」
「はい。つまりは、そういうことです」
ハインツァーはもごもごと歯切れ悪く言う。
ある日突然、気休めに神殿から高く買った身代わり人形が、何もしないのにはぜ割れた。
高位の神官によれば、それは何者かが彼に死の呪いをかけ、その結果この人形が身代わりになったのだという。
恐ろしくなり急いで人形を購入したところ、その夜もまた人形がはぜ割れた。それが毎夜続いたのだ。
初めは神殿の者の仕業ではないかとも疑ったのだが、それでも恐怖があるので再び購入してしまう。それでは一向に埒があかないと、初めはヴェノムではなく、他の魔道士を呼んだらしい。しかし、その魔道士が言うには、この呪いは自分では防ぐことぐらいしかできないのだと言う。犯人を見つけられるようなレベルになると、それこそ国仕えしているような優秀な魔道士でなければ不可能で、そんな魔道士はそこらに転がっているものではない。
そこで、実力者の中では珍しく個人経営の最高位の魔道士を紹介されて招いた。
それが、ヴェノムだ。
仲間内では知らぬ者はいない。いや、地方によっては小さな子供にまで知られている伝説級の魔女である。子供を脅すための怖い昔話風に使われているらしいのだが、逆に英雄扱いされている地方もあるそうだ。
魔道機関『理力の塔』経由で、水鏡を用いて依頼は伝えられた。
呪われているから助けてくれと切実なものであったため、ヴェノムは珍しく重い腰を上げた。普段は誰それを呪い殺して欲しいなどという、法律に触れるような腐った依頼ばかりなのだ。仕事を選別する彼女は、そういった依頼は一切受けない。逆に人を助けるためなら無報酬でも動くときがある。
そんなところは、尊敬に値する。どんな大金にも、どんな素晴らしい宝石にも、彼女は動かされることはない。自分の気に入らない仕事は、どんな報酬であれ断ることにしている。
この容姿とその性格が、伝説の二面性を作り出したのだと理解できるだけに、弟子としては頭が痛い。 そのせいで、約半年ぶりの仕事であり、遠出だった。
「実際に来た呪いを見ない限り何とも言えません。とりあえずは呪い返しの札をお渡ししますが」
「それはおいくらほどで?」
「依頼料の中に含まれていますからご安心を。よほど強い呪いを返さない限りは、永久に使えますので。燃えてしまったときが最後です。身代わり人形よりは効率的だと思います」
ハインツァーは目を丸くした。
毎日高い人形を買っていたのだ。そんな便利なものがあるなど、信じられないのだろう。
「それがあれば、相手は諦めるのではないですか?」
「それで諦めるような相手とは限りません。躍起になって、より強い呪いを掛けてくるかもしれません。実力行使に出る可能性もあります。そうなると、この程度の依頼料では割が合わなくなり、逆に高くつきますよ。まあ、犯人をどうにかしなければ終わらないのは確かですからね」
「……そうですか」
ハインツァーは肩を落とす。
散財が趣味の金持ちでも、さすがにこんなことにばかり金を食わせるのは痛いのだろう。命と引き替えとはいえ……。
「心当たりはありますか?」
「さあ。あるといえばありますね。
親戚が私の財産を狙っているとも聞きますし、商売敵も山ほどいますしね。絞り込んでも十ほどの心当たりがありますよ」
「……そうですか。それならば、やはり様子を見る方が早いですね。呪術などというものは、個性が大きく出るものです」
強い呪いというものを、この目で見るのは初めてのことになる。
呪いなど返されたときは自分が危険なだけの、割に合わないものだ。軽いものであれ、そんな陰湿なものをかけるような知り合いはほとんどいないし、ヴェノムは知識としてしか教えてくれない。
なにせ彼女は毒物を盛る方がよほど簡単だという。
どっちもどっちだと思うが、毒は薬にもなるので、覚えて損はない。何より、毒草や毒キノコを見分けられないと、居城のある森の中では食べる物に困るのだ。そう、毒植物とは死活問題なのである。
そういえば、家畜の肉を食べるのは久方ぶりだ。いつもは野生の動物を狩って食べている。
「この料理は、なかなか美味しいですね」
「喜んでいただけて光栄です。あなたのような美しいに出されるので、シェフが張り切ったのでしょう」
「世辞は結構です。後でレシピを教えていただきたいものですね。こう見えましても、料理が趣味でして」
「目が見えないのに、器用でいらっしゃるのですね」
「空気の動きで、だいたいの物の位置は分かります」
初耳だった。
そんなもので物のあるなしを見分けていたとは思いもしていなかった。てっきり驚異的な勘と経験だと思っていたのだが、侮れない。
「とりあえず、ミスタ・ハインツァーはぐっすりお休みしていただければ結構。例え何があろうとも、安眠をご提供いたします」
つまりは強制的に眠らせてしまうつもりのようである。
笑うこともない。ただ、それだけで十分だ。
見る者の背筋を凍らせる、完全な氷の美貌。それこそ、素顔すら仮面のようにすら見えるほど、ほとんど動じることはない。氷の女王よりも冷たい表情ができると言われるほど、彼女の美貌は動かない。
その人間味のない美貌は、見る者を圧倒する。
ハインツァーも、彼女に手を出そうなどとは欠片とて思いはしないだろう。
「頼もしい限りです」
「そう言っていただければ光栄です」
言って、ヴェノムはワインを……。
「こらこら」
ハウルは慌ててヴェノムを止める。
「仕事中、酒は禁止だって言っただろ。まったく、いい歳して分別ぐらいつけろよな」
「…………」
ヴェノムはどこか寂しげにワインを置いた。表情はないが、閉じられた唇に哀愁を感じた。
「すみません。うちの師匠にはジュースか何かお願いします」
「ジュース、ですか」
師を罵倒する弟子を物珍しげに眺めながら、ハインツァーは呟いた。
「酒を飲むと仕事に差し支えます。魔術とは、神経を使うものですから」
実際には、ただ酒癖が悪いだけだが、それを言う必要など無い。
「お弟子さんはしっかりなさっていますね。では、オレンジを絞らせましょう」
ハインツァーは初めて愛想ではなく笑った。
ラァスは意味もなく視線をあちこちへと向けた。棚の上に置かれた石の置物は、ずいぶんと前にラァス自身が加工して、この目の前の男に贈った物だ。祝いに何を贈ればいいのか分からず、彼が好きな物を贈った。考えるとずいぶんとふざけた話しだが、受け取った男はそれをずっと飾ってくれている。
「もしも抜けたとして、一体どうするつもりだ?」
噂を聞き付けたのか、呼び出されてすぐにそのように問われた。
問われて、首を横に振るしかない自分が嫌だった。何がしたいのかなど分からない。ただ、今の自分の全てに嫌気がさしている。
それでも彼のことは好きで、どうしたいのかなど分からない。
「抜けることは出来ない。許されるのは、仕事を遂行する能力を失ったときだ。それにしたって、組織から完全に離れることは出来ない。それが、暗黙の掟だろ。
なのに、そんなことも考えずに、抜けてどうする?」
「どうも。ただ、恨みもない人を殺すのなんて、嫌……なんだ。どうしようもない悪い奴を殺すのに抵抗はないけど……」
それで生きていたのだから、強く言い切ることは出来ない。言葉は淀み、自信など無い。
罪もない幼子を殺さなければならなかったこともある。訳も分からず死ななければならない子供。しかも、親のエゴで殺されるのだ。親の身勝手で……。
それに、あの婦人。夫に酷い仕打ちをされていたらしい。鬱憤を晴らしたくなるのも当然だ。
なぜ死ななければならなかったのか。
しかしそれが仕事で、彼がしなくても誰かがして、結果は変わらない。ラァスの心が鈍るのは、ただの自己中心的な考えでしかない。
「お前は、殺し以外に何が出来る?」
「さあ」
「スリをするか? それとも、身体を売るか? お前が、まっとうに働けるか?」
「……分かんないよ」
ラァスは顔を上げ、目の前にいる男を見た。
二十代半ばの青年だ。ある程度見た目は良いが、どこにでもいそうなハンサム。目立たない。そして人の反感を買わない。こんな容姿であることが、暗殺者として望ましい。
ラァスでは、人目に付きすぎてしまう。だから瞳の色を変えて娼婦にでも化けるか、夜の闇に忍んで殺すことが多くなる。
それでも、仲間内では指折りの腕利きであるため、こうして暗殺者ギルドの長が、直接悩み相談しているというわけだ。
気品を感じさせる容貌。そして、中性的な美貌。人を惑わすその姿は、使いようによっては高貴な身分の者を最も簡単に殺せる人材だ。今日のように、寝所へと誘い込み……。
彼らにとっても失えない人材なのだ。
「……よく分かんないけどさ……」
溜め息をつく。
何がしたいのか、分からない。だからこそ焦る。
何かしなくてはならないような気がするのに、全てが空回りしている。何かが囁いているような気がするのだ。
しかし、何をすればいいのか、何が聞こえるのかが分からない。
「軽い反抗期か」
「なんだよ、それ」
これを反抗期呼ばわりされるのは心外だ。
「よくあることだ。ある程度の年季が入ると、たまに自分は今の職業が本当に向いているのか、とか、疑問に思う者がいるんだ」
「それって、ごく一般的な職人の跡取り息子なんかの人なんかだと思うんだけど」
「似たようなものだよ。ただ、重さが違うだけで」
「…………」
頭目は苦笑してラァスの頭に手を置いた。
先代がラァスにとっては父親代わりである。そして、その息子の現頭目──フォボスが兄代わりであった。
家族の愛とは違ったが、それでも心許せる関係だった。
幼い頃のように、ただひたすら無視されなければならないほど、落ちたくはない。目を向けて欲しい。見て欲しい。容姿の良さで気にかけてもらっていただけなのだが、それでも気にかけてくれる人がいて、当時は嬉しく何でもした。それだけで何をするのも理由は十分だった。しかし今では……。
「まあ、悩め悩め。一度ぐらいそういうことが、たいがいの人間ならあるもんなんだよ」
「……でも」
彼が殺さなくても、誰かが殺す。だから彼が拒否しても同じ事だ。悩みながら殺しても相手が浮かばれるわけではない。迷いは手元を狂わせ、相手を苦しませることにつながるだけである。
「そうだな」
フォボスは足を組み、愛用のナイフをいじりながら優しい目をしてラァスを見る。
彼の演技力は、組織随一。優しさを見せながら、平然とナイフを投げる男だ。しかし、それはないとラァスは理解している。
「なら、お前の言う殺されてもしょうがないような悪どい人間、殺しに行くか? 予定は明日だったけど、準備は出来ているからな」
「え? 今日?」
「ああ。ちょうど誰に行かせようか悩んでいたんだ。疲れてはいないだろ?」
「そりゃあ」
「なら、決定だな。魔力の強いやつをリクエストされてたから、お前が適任だ」
ラァスは小さく溜め息をついた。
これ以上我が儘を言ったら、フォボスを困らせるだけだと、分かっていた。彼はラァスの事を精一杯気にかけてくれている。これ以上の我が儘は、彼に無駄な苦悩を与えてしまうだけだと、知っている。
ラァスは静かに頷いた。
彼女は一人でバルコニーに立っていた。
美しい黒髪を彩っていた宝石も全て外し、肩に掛けていたショールもたたみ、仮面を取り外していた。彼女の美貌は感情全てを生まれながら持たないように錯覚させるほど、作り物めいている。
誰も見ていないというのに、両の瞳は硬く閉ざしている。
月の光は彼女の白さを強調し、その横顔を、まるで幽鬼のように儚くも美しく見せる。吐く息の白さまでも、どこか幻想的だった。そしてその息こそが、彼女に唯一の人間味を持たせる要素であった。
風が彼女の長い髪をほんの少し扇ぎ、さらにそれを強調し、満月の夜のみに咲くという、妖花の一種を思い起こさせる。至高の美しさを持ちながら、月の魔力により、人心を狂わせる毒を持つ花だ。
まさに彼女を表すのに相応しい。
「寒くないか?」
ヴェノムはバルコニーの入り口に立つハウルに顔を向ける。
「いいえ。火照った身体には、夜風が心地よいほどです」
裕福なハインツァー家は、自宅に立派な浴室があった。ヴェノムは食事の後、勧められるままにメイド達に香油などを全身に擦り込まれ、花の匂いを漂わせていた。髪も香りの強い洗剤で洗われたらしく、近づくとそれがはっきりと分かった。
「いい匂いだな」
「香水までいただいてしまいましたよ。ご婦人方御用達であるのも頷けますね」
確かに、趣味がいい香りだ。彼女のイメージによくあった、品がある香りである。さすがに色男なだけあり、女性受けのする趣味はいいらしい。
「来そうか?」
「さあ」
ヴェノムは、ハウルの腕に手を置いた。ハウルはまだ少し湿っている、ヴェノムの冷たい髪に触れた。
「風邪ひくぞ」
「なら、入りましょうか」
「ああ」
ハウルはヴェノムを抱き上げ、廊下へと入る。ヴェノムはその間に仮面を付けた。
紅をはかぬ唇は、それでももとより赤く、このように暗い場所を下手に一人で歩かせれば、まず間違いなく出合ったメイド達が恐怖、恐慌するだろう。
そしてその後は、気の小さい者なら叫ぶか逃げるか気を失う。
今までの経験からして、多少慣れていても夜見るヴェノムは怖いらしい。ハウルの場合、初めてヴェノムの屋敷──というか、城に訪れたときは、日が暮れていたので怖かった。実は吸血鬼だとしても、驚くことはなかったろう。
「ミスタ・ハインツァーの寝室へ。そろそろついていた方がいいでしょうね」
「離れていても探索は出きるだろ。むしろ、その方が……」
「毎日、人を呪い続けるのにどれほどの費用がかかるか分かります?」
「さあ」
「腕のいい魔道士のようです。そうでなくても、儀式の道具、消耗品だけでも馬鹿になりません。それがここまで毎日防がれれば、ミスタ・ハインツァーのように痺れを切らして実力行使、などという風になる可能性もあるということです。例えば、悪魔を召喚するという手も」
怖いことを、怖いヴィジュアルの人間が耳元で囁かないで欲しい。
ヴェノムはほんの少し唇を動かした。
笑みを浮かべているようには見えないが、楽しんでいるのは事実だろう。
「可愛いハウル」
頬を撫でられ、人の心の深淵に不快を覚えていたハウルには、この手の暖かさが心地よかった。
「気色悪いな」
「怖いのですか?」
悪魔ではない。人の邪念が恐ろしい。
「……醜いと思う」
「私とて、人を憎むこともあります」
「人間は醜くもあり、それ以上に美しいものを持つこともできる。本人次第だろ」
「一体、あなたは誰に似たんでしょうねぇ?」
ヴェノムは首を傾げた。
どういう意味だと頭に来たが。
確かなのは、父親に似ているのは顔だけであるということだ。
「あんただろ」
「私は子供の頃からこうでしたが」
──つまり、それは昔から……。
やはり、違うかも知れない。
ラァスは腕に仕込んだ隠し武器のバネの調子を見た。瞬時にして現れ、標的の喉を切り裂くだろう。もう、何十人という人間の生き血をすすっている。呪われていたとしても、なんの不思議もない。しかし呪われていたら、嫌だなと考えた。彼は幽霊の類が苦手である。
金の髪と可愛らしい顔は黒の覆面の中に隠し、黄金色をした瞳が表に出ていた。いつもは変装の一環で、ゴーグルによって瞳のまわりを覆い色を誤魔化すのだが、夜目が利かなくなるのが欠点だ。今回のような単独行動では、あまり身につけないことにしている。どうせ夜で、瞳の色など分からない。
全身青みがかった黒一色の対刃性の布で覆われており、露出部分は目の周辺のみであった。腰には短剣と中剣が一本ずつ。ナイフなどは仕込めるだけ仕込んでいる。隠し武器も全身に散らばっている。ラァスのような子供がこれだけすれば身軽さが犠牲になるものだが、魔力持ちのラァスは使われていないその魔力が腕力に回り、大男よりも力が強いので苦にもならない。
「呪っても効果がないね……」
呪い自体が不気味だと思う。呪術師というのも、あまり好きではない。
フォボスはそんなラァスを眺めながら続ける。
「ああ。呪いを人形に受けさせていたらしくてな。しかも、最近では魔道士を雇ったらしい。下手に呪いをかけて今度は返されでもしたらたまらないということで、うちに依頼してきたようだ。クライアントの『この世の残酷すべてを』という要望に応えたいところだが、まあ、最悪適当にバラして帰ってこい。毒を飲ませるのも良いが、魔道士がいては解毒の魔法を使われる。即死でいい」
呪文を唱える間もないほどの即効性の毒もあるが、それよりも喉を切り裂く方が簡単だ。
「わかったよ。でも、そのおじさんはなにしたの? まあ、あんまりいい噂は聞かないけど、そこまで恨まれるなんてさ」
「知る必要はない。まあ、ハインツァーに心奪われてしまったご婦人達の依頼だよ」
つまりは、好色と有名なハインツァーに散々貢いで捨てられた女性の激しい怒りの現れである。しかも徒党を組んでいるようだ。
ラァスには、どちらの気持ちも分からない。
裏切られたくなければ、それなりの準備をしておくものだ。そして裏切る気なら、遺恨を残すようなことや復讐されるようなへまはしない。
つまり、復讐など考えられなくしてやればいい。
ほんの少しで廃人になる薬もあれば、簡単な弱みの握り方もある。
「……すごい醜い」
「女とは、そういうものなんだよ」
「自分でやれよって」
それは彼の思いの全てだった。
需要さえなければ、供給する必要はない。こんな職業、生まれなかったのだ。需要があるから、闇は生まれる。そして無くなることはない。
「彼にはもう、近づくことすらできないんだよ」
「だいたい、そんな噂のある男なんだから引っかかる方が悪いんだよ」
「手厳しいな」
「まあ、引っかける男が一番悪いんだけど。行って来るよ。
護衛の魔道士ってのはどうすればいい?」
「好きにしろ。これは対魔法の魔具だ。依頼者がくれてな。ある程度の魔法なら無に返してくれるらしい。相手に本気を出される前にどうにかしろ。魔道師は呪文を唱える時間がいるから、恐れる必要はない」
「うん。わかった」
ラァスはにこりと微笑む。
こんな姿をしていても、光の下で見る彼は、まるで大地神の守護を受けているかのように輝いている。
本来ならば、光の下を歩くべき少年。しかし、汚れた手は、二度と清くなることはない。
「……行って来るよ」
自嘲的なそれだけを言い残し、ラァスは窓から飛び降りた。ここは二階。塀の上に身軽に飛び移った。
酔っぱらい達も寝静まるような深き夜は、彼らの時間だった。