5話 女神の血涙

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 その日、知らない紳士がやってきた。執事というよりもフットマンのような背の高い燕尾服の男。
 この男性、顔は悪くないはずなのに、なぜか微妙という印象があった。
 ヴェノムとは彼が一方的に面識があるらしく、相手を誰だと思っているのだ? と思うほど、慇懃に腰を低くあいさつしていた。理力の塔からの紹介状がなければ即座に追い返していたところだろう。
 しばらく二人は応接間に篭り、ラァスたちはそれが気になり新しい術の構成を覚えるどころではないようで、そわそわし気を散らしていた。なにせここ3カ月半、何も仕事が来なかったのだ。無理もない。
 ハウルにとっては、別に珍しいことではないので、気にもせずに最近仕入れた古い魔道書を読みふけっている。
「ねぇ、何のお仕事なのかな?」
「さあな」
「師匠って、今までどんなお仕事請けてたの?」
「来る依頼の大半は、意中の相手を虜にしてくれとか、自分に遺産すべてが回ってくるようにしてくれとか、誰それを不幸にしてくれとか、誰それを呪い殺してくれとか」
 二人は沈黙した。
「……それってさぁ」
「大半は断っている。惚れ薬ぐらいなら相手を見て気に入れば簡単に売るけどな」
「惚れ薬なんてあるの?」
「嫌われてたら効果はねぇだろうってレベルだ。相手が好いてくれていたら、きっかけぐらいにはなるな」
 ハウルは欲しいとも思わないし、そんなものが欲しいと思う女とも知り合いたくはない。
 父なら邪道だと言うだろう。あれは自分が相手を口説き落とすまでが楽しいと言う。薬に後押しされなければならないような、軟弱な男は相手の女性のためにもくびり殺したいというタイプだ。
「おねえさん、すごいね」
「さすがは薬物専門家」
「薬物ってな………確かに薬物だらけの庭だけどよ、さすがに毒のある動物は放し飼いにしてねぇぞ。専用の施設がよそにある」
「いたら危なくて外に出られないよ」
 毒は医療用である。薬や麻酔になるのだ。
「毒と薬は紙一重なんだよ」
「ババコン」
 命知らずな一言に、ハウルは内心含み笑いして返す。
「あ、ヴェノム」
「ごめんなさいごめんなさいっ………って、いないじゃん!」
 慌てて謝り出したラァスの滑稽さに、ハウルは腹を抱えて笑った。
 ラァスはいつものようにハウルの首を絞める。
 酸素が供給されない程度では死なないと分かったからか、彼の力に容赦はない。もちろん本気で締めたら首ぐらい折れるだろうから、彼なりの手加減はあるらしい。
「いっつも君はそうやって人で遊んでっ! めちゃ恐かったんだよ、今の!」
「あ、おねえさん」
 今度はアミュが言う。
「アミュまで……」
 ラァスは完全に据わった目でそちらを見て、手を離した。
「師匠」
 ころりと態度を変え、媚を隠すことなくヴェノムに微笑を向けた。
「仲がよろしいですね」
「うん」
 ヴェノムの前では彼は完全に別の人間だ。猫をかぶっているのだが、これが本性でないわけではない。これも立派な彼の一部である。
「では、一緒に来ますか?」
「仕事するのか?」
「ええ」
「まことにありがたいことです」
 紳士がヴェノムに何度も頭を下げる。
 身なりや言っていることは普通なのに、何かがずれている。
「どんな仕事だ?」
「怪盗セイダから予告状が届いたそうです」
 刹那、ラァスがどこかへ走り去る。
 ──え……別に幽霊じゃねぇのに………。
「かいとーせいだ?」
「怪盗。泥棒さんですよ」
「泥棒さん?」
 アミュは目を丸くした。
「泥棒のセイダさんが、どうして予告状を出すの?」
 もっともな疑問に、ヴェノムは当然とばかりに答える。
「怪盗の掟です」
「時代錯誤なこと吹聴すんじゃねぇ、妖怪!」
 ぱしぃっ! と、どこからか取り出したポインターが、派手な音を立ててハウルの肩を打つ。
「なんでそんなもの」
 痛みよりも、そちらが気になり声を上げる。
「いえ、なんとなく」
「なんとなく持ち歩くなよ! そっちの系統の女みたいだぞ!」
「とはいわれましても、せっかくの贈り物ですし」
「誰からの!?」
 ヴェノムは紳士を指し示す。
「寄るな、変態」
「何をおっしゃいます!? このように美しい方に打たれるなど、男として至上の喜びではっ」
 ハウルは手近にあった魔道書の角で、がすっと殴り変態を黙らせる。
「お前も受け取るなそんなもん! 分かってないアミュじゃあるまいし!」
「何を言うのです。ウェイゼル様とて鞭で打たれて喜ばれる方ですよ」
「……………うそ」
「うそです」
 いつものことだが、いたって真面目な顔をして。
「あほかっ」
「しかし殴られると分かっていて寄ってこられるということは、そういう可能性も否定できません」
「うう……」
 父親が変態なのは前からのことだ。しかし、サディストなのにマゾヒストなどという要素まで加われば、もう神としてどころか、生物として終わりと言うか……。
「あ……ラァス君?」
 アミュが戸惑いの声をあげた。
 ハウルは何気なく見て──
「な、なんだ!? その格好は!?」
 言うなれば、気合が入っていた。
 いつものこざっばりした服ではなく、女の子に見間違えられそうな余所行きの服。それはまだいい。問題はその背に背負う、荷物。慌てて持ってきたらしく、彼のコレクションたる武器が少しばかりはみ出していたりする。
「なにって、捕り物するんなら、ちゃんと準備しなきゃ」
 彼の輝く笑顔がまぶしい。この笑顔で何人も騙してきたのだろう。女の子でないのが呪わしくなる可愛らしい笑顔だ。
「何気合入ってんだ……お前」
「だって、セイダだよ、セイダ!」
 ラァスは目をきらきらと輝かせていた。
 ──な、何なんだ?
 怪盗好きだとは聞いていない。
「セイダは宝石専門の怪盗です」
 ヴェノムの言葉に、ようやく得心がいった。
 彼は無類の石──特に宝石好きである。
 金持ちのオヤジやマダムに夢の代価に貢がせたという、戦利品の数々を一度見せられたことがある。貢がせたというところが聞き流したかったポイントだ。
「さあ、みんなで捕まえよう!」
「捕まえた後、どうするつもりだ?」
「決まってるよねぇ、師匠」
「締め上げて宝石の在り処を吐かせ、こっそりと一つ二ついただいたとしても、バレません」
 いたって真面目に言うヴェノム。
 ここにも光り物が大好きな女がいた。
「ああ。セイダといえば、世界各国の有名宝石の数々を盗んだ天才だよね!」
「天才とは、さらに上の天才の足がかりとなるべくして存在しています」
「そうそう。僕、スターサファイア欲しかったんだぁ」
「私はルビーを」
「あと、大っきなダイア!」
「エメラルドもなかなか」
「アイナの瞳って幸運を呼ぶっていう珍しい猫目石も盗んでたよね?」
「ええ」
 宝石話に盛り上がる。
 笑顔の紅顔の美少年と、鉄面皮の暗黒女が手を取り合い、小躍りする。
「…………楽しそう」
「アミュはああなっちゃダメだぞ」
「ん……ちょっとそんな気がする」
 アミュですら頷くのだ。この光景は、やはり異常なのだろう。


 変態紳士に案内されて一行はその店に入る。
 ラァスはその素晴らしい光景に目を輝かせた。
 ゼントワール百貨店。その中にある有名な宝石店。
 ラァスが住んでいた都市よりも北にある、首都アルザの中心部。王城に程近い場所にある店だった。
 存在は知っていたし、心底入ってみたいと思っていた。しかしラァスにはここで宝石を買えるような金も身分もなく、誰かに連れてきてもらうにしても、商業柄あまり目立つ事を避けたがったためこういう顔を絶対に覚えようとする店員がいる店は避けてきた。
 盗みはギルドで禁止されていたから、進入してこっそりと眺めるのもできなかったし、そんなことのために命をかけるような馬鹿でもない。
「夢みたい」
 きらきらと目を輝かせ、美しい宝石たちを見る。
 金や銀の土台で飾られたそれらは至上の美。デザイナーが苦心してカットし作られたそれらは、他とない芸術作品であった。
 ここはまさに夢を売るお店。
「ラァス。あれを」
 ヴェノムはいつものようにつけた仮面を少しずらし、その店の様子を見ていた。
 そんなヴェノムが指差す先を見ると、ラァスは眩暈を覚えた。
 それはルビー。ヴェノムの瞳のような、血色をした大きなルビー。
「あれが『女神の血涙』なんだ………」
「け……血涙?」
 完全に顔を引きつらせたハウルが問う。
「母神が眠るとき流した涙に例えられているんだよ」
「まあ、綺麗だけどな」
「でしょう? あんなに上等で、あんなに大きなルビーは他にないよ。あれはこの店のシンボルのようなもので非売品なんだ。ああ、なんて綺麗なんだろう」
 うっとりと、そのケースを見つめるラァス。
 生きていてよかったと心から思う。手に入らなくても、見つめているだけで幸せ。
「よくご存知ね、お嬢ちゃん」
 少し高めの声がかかる。
「ああら、なんて可愛らしい子達なんでしょ!」
 ちらと見れば、二人の女性が目に入る。
 そのうちの一人は彼らを見て、手を打って感激した。
「ああら、あなたが邪眼の魔女のヴェノムさん?」
「はい」
「仮面を取っていただいてよいかしら?」
 仮面を元に戻していた彼女は、今度は仮面を完全に取り払う。
「まあ、なんて綺麗な目をしているのかしら?」
 うっとりと見つめるのは中年の女性。昔は美人だったのだろうが、今はただのケバケバしいおばさんだった。ひょっとしたら、普通のメイクをすれば美人なのかもしれない。ただ、全身をシルクのドレスと宝石に包まれ、まぶしかった。
 美的感覚が拒否しているのに、羨ましいと思ってしまう己が少し情けなかった。
「あたくし、綺麗なものが大好きですの!」
 眩しいおばさんはヴェノムと視線を合わせても、怯むどころか目を輝かせてその手を取った。
「はじめまして。あたくしはマリーノ・ゼントワールですわ」
「ヴェノムです。この子達は私の弟子」
「はじめまして」
 マリーノがけばけばしい微笑みを浮かべる。あまり好きではないが、こういうマダムの扱いには慣れている。
「はじめまして、マリーノさん。ラァスっていいます」
 ラァスは今後を考えて丁寧に挨拶をする。少しはにかみながらの上目づかいの笑顔は忘れない。
「あら、あなた男の子ですの? まあ、なんて可愛い男の子なんでしょう!」
 抱きしめられて、頬にキスなどされたが我慢。
「はじめまして。私はマリーナっていいます」
 もう一人の女性──いや女の子は、完全にハウルの顔に釘付けだった。綺麗な栗色の髪をお嬢様らしく結い上げている女の子。母親に似た面影がある。
 ──まあ、同年代ならハウルの方に行くよな。
 ラァスはマダムキラーとして仲間内では有名だった。
 ハウルに憧れるのは勝手だが、隣に並んでいたアミュに好ましくない視線を向けたことだけが気に入らなかった。帽子を被って俯いているので表情は分からないが、視線に敏感な彼女が気づかないはずもない。
「この宝石店マリーノさんが仕切っているんですよね? すごいですね。店のインテリアも素敵だし、細かな部分まで気が配られていて、女の人のお店って感じですね」
「ほほほほ。お口が上手い坊やだこと」
 ええまったくその通り、と心の中で舌を出す。
「いいのかヴェノム。あのままで」
「いいのではないですか? 目的は分かっているのですから」
「それが問題だっつの」
 小さくため息をつくハウル。
 ラァスがかろうじて聞き取ったそれらは気にせず、おねだりをしてみようと口を開きかけた。
「ところで、なぜわざわざ私をご指名に?」
 ラァスよりも前にヴェノムが口を開き尋ねる。
「このハランの薦めです」
「……あなた、奥様がどうしてもと言っていなかったかしら?」
 ヴェノムはハラン──変態紳士へと冷ややかな視線を向けた。
「はい。奥様は私の知る中で一番有能で美しい魔道師はとお聞かれになりましたので、ヴェノム様の御名をあげたまでです。このお写真をお見せしたところ、お連れしろと」
「………理力の塔の魔道師として、部外者を紹介するなど少しは恥じなさい」
「魔道師だったのか!? ってか、なんでこいつの写真持ち歩いてんだよ?」
 ハウルはハランが取り出したヴェノムの写真を見て、彼へとさらなる疑惑の目を向ける。
「はい。理力の塔では普通に写真部で販売されています」
「なあ理力の塔って、魔道師の育成と派遣をしてる、世界一の魔道機関なんだよな?」
 ハウルの言葉にヴェノムは頷く。
「しかし実質塔にいるのは未熟な大半が若者です。本部は入学金無料の魔道学校といった色が強いものですから、クラブ活動などが存在しているようです。写真部などというものがあるとは思いませんでしたが」
「ヴェノム様を一目見たときから、この方のヒールで踏みつけられたらどんなに幸せかと……」
「ヴェノムに寄ってんじゃねぇ!」
 ハウルは平らな靴底で蹴りつける。
「ああ……美少年に蹴られるというのも、なかなか癖になりそうな……」
 横座りをして倒れた彼は、不気味な発言をする。
 ハウルはヴェノムを後ろ手に庇い後退した。
「こら、ハラン。ハウル様への無礼は許さないわよ」
「はい、お嬢様」
 マリーナのヒールでその背を蹴られ、恍惚とする変態。
「…………ひょっとして、ああいうのが来たから代わりの魔道師が欲しかったんですか?」
「そうなのよ。ああやって娘と遊んで、警備を本当にしてくれるのか、怪しいものだったもの。
 あたくし、どうしてもセイダが許せませんの。ご婦人方を飾るべき神の恵みを、独り占めし、世の中から隠してしまうなど許されることではないわ」
 マダム・マリーノは決意に燃えていた。
 ──うーん。こういう趣味はぴちったり合うかも。
 この婦人も、なかなかの人物である。


 ラァスはマリーノと手を繋ぎ、宝石に触れさせてもらっていた。
 アミュがその様子をぽーっと眺めていた。いつも彼女はそこにいるだけでラァスが構ってくれるから、ラァスが他の誰かに夢中という状況はあまりないことだった。
 ハウルはその様子を見て苦笑いする。
「本当に、ラァス君は宝石が好きなのね……」
「別に普通の石も好きだぜ、あいつは。だけど宝石の方が人が執着するものだから強い念が宿るんだ。あいつは多分、そういうのが好きなんじゃねぇか?」
「そうなんだ……」
 アミュは小さく呟いた。
「アミュは宝石嫌いか?」
「うーん……綺麗だとは思うけど……」
 彼女は高くて可愛い服もあまり好きではないようだ。値段が高いと思うと、気が引けるのはハウルとて同じ。こんなもの買うぐらいなら、高級レストランを食べ歩くほうがよほど楽しい。
「宝石のよさが分からないなんて、まだまだ花より団子の年頃なのね」
 なぜかハウルに引っ付いてくる、それは着飾りすぎだろと思うほどゴージャスな少女、マリーナが言う。
 親が親なら子も子である。
「……………」
 アミュは寂しげにラァスへと視線を向けた。
 いつものラァスなら気づくのだろうが、欲望に目の眩んだ彼には宝石しか目に入っていない。女神の血涙とやらを、試着などしているし。
「こんなところでああなるんだったら、うちにきたらどうなることやら……」
 腹のふくれない贅沢品ばかりの実家を思い出して言う。
「こんなところ?」
「ハウルおにいさんお家って…………すごそう」
 母の経営する百貨店をけなされて顔を顰めるマリーナと、家庭事情を知っているので顔を顰めるアミュ。
「ウチはまだマシだ。ただ、宝物庫に無駄な宝が埋まってるだけだから。
 クリス伯父さんとこの地下神殿なんて、すごいぞ。あのレベルの宝石がいくつもある。
 ああいうのを見てるとな、なんかそういうのに夢中になる気持ちが理解できなくなる」
 ヴェノムはそうは思わないようだが。
「まあ。ハウルさまは貴族の方ですか?」
「神」
「は?」
「気にすんな」
 言っても信じないだろう。父という現物を見なければ。
「おいラァス。捕り物の準備しなくていいのか?」
「あっ、そーだった。罠仕掛けなくちゃ」
 ラァスは目的を思い出したようで、ぽんと手を打つ。とても生き生きしている。
「罠って……これから警邏の奴等が来るらしいから、それからにしろ」
「そっか。じゃあ、建物の構造見てくる。それじゃあマリーノさん、店の中をくまなく見させていただきますが、よろしいですか?」
「ええ。案内してあげましょうか?」
「いえ。見取り図を執事さんに用意してもらいましたから。失礼します」
 ラァスは異様な気合を放ちながら去っていく。
 元は侵入のプロだ。どこから入りやすいか、人に案内されるよりも、自分の目で見た方が先入観を植え付けられなくてよい。
「ラァス君、本当に楽しそう……」
「じゃあ、アミュは俺と一緒に遊ぼうか?」
「何をするの?」
「俺達は俺達で、セイダを捕まえる計画を立てるんだ」
 彼女はしばし考え。
「うん」
 悪戯っ子の瞳を湛え、二人はマリーナを置いて作戦会議に突入した。


 ラァスは店をくまなく見て回る。
 一等地にあるというのに憎らしいほど広い店だ。宝石店だけでも広く、何区画にも別れた販売フロアにサロンまである。百貨店なのだから、当然衣服や帽子、家具。何でもある。ここは上流階級の婦人達の社交場と言っても過言ではないだろう。
 従業員も多いだろうが、今日は大事のため休業である。いるのは警備関係者ばかりで、従業員はほとんどいない。目につくのは雇った警備ばかりである。しかしそれで安心などは出来ない。今までどんなに完璧だとされる警備をしても、結局は盗まれている。理由は簡単。世界一の大怪盗は、魔術を駆使する魔道師でもあるのだ。
 だからこうして、マリーノは理力の塔に依頼した。そこから派遣された魔道師が頼りなく見えたのが問題だったのだろうが、理力の塔に魔道師として籍を置いているということは、彼は国仕えしていてもおかしくないほどの実力者である。ただ、中身に問題があるだけだ。
 ──魔道師って、中身か外見のどっちかに欠陥があるのかな?
 自分も普通ではないことは自覚しているが、ああいう手の異常さはないつもりだ。
「うーん、やっぱり広いなぁ」
 百貨店だから当然だが、警備するのは広いほど難しくなる。
 大切なのは上下の階。そして普通人が通らないような場所、通風孔だ。これらはなんとか人が通れる程度の大きさをしているものだ。
「さてさて」
 通風孔にまでよじ登ろうとしたときだった。
「君はそこで何をしている!?」
 ラァスはそのままの、少し間の抜けた姿勢で振り返る。
 制服を着た青年が、こちらを睨んでいた。マリーノが雇った傭兵ではなく、とりあえず派遣されているらしい警察の一人に見つかってしまったようだった。
「何って……ただ罠を仕掛けるだけだけど」
「罠?」
「うん」
「君は何だ? 君みたいな子供が、面白半分でそんなことをしてはいけない。そういうことはお兄さんたちに任せておけばいいんだよ」
 青年は、強い口調できっぱりと言った。
「僕はゼントワールさんに許可をもらってやってるからいいんだよ。僕は魔道師なんだ」
 魔法を習ってから3カ月と少しの見習いだけど、とは言わない。
「僕? 君は男の子なのか?」
「そうだよ」
「てっきり女の子かと思ったよ」
 青年はラァスの頭を撫でた。
「名前は?」
「ラァス」
「私はカロンだ」
 帽子でよく見えなかったのだが、よくよく見れば、優しげで気品のある、かなりのハンサムだ。きっと女性にもてるだろう。
「ラァス君は一体どんな罠を仕掛けてたんだ?」
「秘密。だからカロンさんは向こう行ってて」
 カロンは肩をすくめた。
「残念だけど、そうはいかないんだな。上司に知らせる義務があるから」
 ラァスはしばし考え、素直に答えることにした。
「爆薬」
「…………危険だからやめなさい」
「大丈夫。指向性の爆弾だから。ダストの中を這い回りでもしない限り、爆発なんてしないし。しても怪我なんてしない。特殊な火薬で爆発されて薬をまき散らすのが目的で、一週間もすれば完全に無害になるの。だから大丈夫」
 理力の塔の支部にある魔法陣へと転移して、そこからは馬車だの旅であった。その途中で大量に製作した。即席も即席だが、簡単なものなので問題はない。爆破は得意だ。
 カロンは呆れた様子で頬をかく。
「じゃあ、設置するのを手伝おうか?」
「いいよ」
「だめだ。子供だけでは危ないから」
「素人が手伝ってくれた方が危ないの!」
「君はプロなの?」
「そうだよ」
 一通りの訓練は受けている。暗殺から諜報活動、破壊工作まで何でもできる。
「面白い子だな」
 カロンはくつくつと笑い、とびきりの笑顔で言った。
「やはり私も手伝おう」
 だからいらない世話なんだって。
 言うが、彼は気にせずついてきた。いかにも人が良さそうな顔をしている。
 ──ま、いっか。
 ちょうど土台が欲しかったところだ。
 利用できるものは利用する。そうでなくて、どうして立派な悪女になれようか?
 ──って、んなものになっても仕方ないし。
 馬鹿なことを考えながら、彼は遠慮なくカロンに肩車をしてもらった。

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