8話 理力の塔
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ラァスは自分の姿を見下ろした。
「あのさ、これ男女兼用?」
「そうよ」
メディアは頷く。彼女やアミュも同じローブだ。
鏡に映った自分を思い出した。
少々凝ったデザインの、黒と緑を基調としたローブ。動きやすさにも考慮した、機能性の高いものなのだが、
「……ほんと、女の子だよね、これだと」
下に厚手のパンツをはいていようと、男女兼用のこれは、ラァスを違和感なく女の子に見せていた。
「あら、別にいいじゃない」
「ひょっとして、男の人苦手?」
「嫌いなだけよ。まあ、あなたぐらいならいいけれど」
「僕が女の子みたいだから?」
「さあ。少なくとも、弱いくせによく吼える男は大嫌い。人に付きまとう男も大嫌い」
──ハウル……この子に一体何をしたんだ?
気になるが、まさか聞くわけにもいかない。
「行きましょう」
「うん」
ラァスは頷き、先頭を歩くメディアに続く。
とても綺麗で、とても気位が高い──悪く言えば高飛車、傲慢な女の子だ。その割にはずいぶんと小柄で、アミュよりも背が低い。
「メディアちゃんは年いくつ?」
「十二よ」
「わたしと同じだ」
アミュは嬉しそうに言う。
「あら、そうなの」
メディアは唇を笑みにする。
はじめ見たときはヴェノムに近いものを感じたが、まったく違った。彼女は人を明らかに見下すし、笑う。
「二人はいつごろからヴェノム様に師事したの?」
「四カ月ちょい前」
「一ヶ月ぐらい前」
「……初心者ね」
「そう」
「うん」
アミュなど特に。その割りに、強力な攻撃魔法などを身につけてしまっているが、基礎すら終わっていないことは確かだ。
「へんなのについていってはダメよ」
「ハウルと同じこというんだね……」
「本当に解剖されちゃうの?」
「そこまではされないわよ。あんた達、からかわれたのよ」
二人は顔を見合わせ、息をつく。
「よかった」
「うん」
「せいぜい目を抉られる程度よ」
彼女の感覚が理解できない。
──ここの住人は皆こうなの!?
だとしたら、ここは魔界だ。
「……怖い」
「大丈夫よ。私が側にいれば、寄ってこないから」
確かに、こんな女の子の側には寄りたくないだろう。いくら美人といっても。
──キツすぎるもんなぁ。
性格が。
「頼もしいね」
「私は主席だから。年齢制限がなければ、とっくに外に出て働いているわ」
「すごいんだ。いつから魔法を習ってるの?」
「さあ。生まれてすぐにここに来たから」
ラァスは言葉に詰まる。
彼女にも、いろいろと悲しい過去があるのだろう。
「ここが教室よ」
メディアはとある一室の前で足を止める。
ドアを開けると、様々な年頃の少年少女がいた。中には青年と呼ぶような年頃の男まで混じっている。ぱっと見たところ、メディアが一番年下なのでは、と思った。
「特Aクラスよ」
「成績いい人のクラス?」
「そうとも言うわね」
彼女はいかにも頭がよさそうだ。優秀という単語と、まったく違和感がない。
「メディア、彼氏はどーしたんだぁ?」
ハウルと同じ年頃の少年が、メディアをからかうように言う。
「死ね」
一言だけ言い放ち、彼女はどこからともなく取り出した杖を振り下ろす。その一撃はラァスから見ても見事なもので、少年は脳天に直撃を受け悶絶する。
なんとなく、彼女が言っていたことが理解できた。
「彼氏…………ってのは、まさかハウルのこと?」
「だから怒ってたの?」
からかわれたから。
「あの男が来るたびに、私は辛酸を舐める思いをするのよっ。
ああ、憎らしや」
彼女から憎悪オーラが放たれている。
──ハウル……何もこの手の子からかわなくても……。
友人の大胆さに、ラァスはかなり呆れた。彼女は自分なら、絶対に敵に回さないタイプだ。
「…………」
アミュは見慣れない光景に、ただ呆然とことの成り行きを見守っていた。
「……ええと、面白い人だね」
「……前から思ってたけど、アミュって、やっぱりハウルの親戚だよね」
「どうして?」
「いや、異様な光景をさらっと流すし。異様な物体も受け入れるし」
「おじさんのこと?」
「とか、いろいろ」
彼女は首をかしげ。
「わたし、変?」
「いや、そんなことないよ。純粋でいいなぁって」
できれば死人と仲良くして欲しくないが。
そんなところも可愛いと思う今日この頃。
「メディア、本当にハウル様はどちらへ行かれたの?」
豪奢な縦巻きロールの金髪少女が問うた。
「あれは授業には参加しないわ」
「ええぇ!? なぜ!?」
「ヴェノム様の個人授業を五年も受ければ、この程度の授業受ける必要なんてあるはずないじゃない」
クラス中から、殺気に似たようなものが満ち溢れていた。
──すご……。
これだけの人数を一瞬にして敵に回し、なおかつ平然としている。
よほど、自信があるのだろう。ハウルがアミュを任せるほどなのだから、当然だが。
「ハウルは師匠の助手なんだって」
「……あんた、ハウル様の何よ」
「…………友達だけど」
睨まれた。その視線で射殺さんばかりに。
──ハウル、モテモテ?
しかし、こういうときの女の子がこれほど怖いとは……。
今まで大人相手にしてきたから、同年代の女の子がこれほど怖いとは思わなかった。しかも彼女は、次にアミュにまでその視線を向ける。基本的に気の小さな、というよりも敵意に敏感な彼女は怯えて身をすくませた。
「この子はハウルの従妹だよ。兄妹みたいなもの」
「従妹?」
「ハウルまだ一人っ子だから、すごぉく可愛がってる」
これで、表立って虐めようとかいう考えは消えてくれるだろう。
「ヴェノム様の血縁者の方ね」
違うが。そうしておいたほうがいいだろう。
「イーリア」
「はいはい」
「この二人に何かしたら、殺すわよ」
「わ、分かってるわよ。そんなことするはずないでしょお?」
「本当かしら? 男どももよ」
ぱっと見、女の子よりも、男の子の方がはるかに多い。
さっきから、異様な視線も感じる。
──僕が矢面に立ったほうがいいか……。
男だとばらすよりも、女の子だと思わせておいた方が、アミュのためにもいいだろう。
「はぁ。ハウル様のために席を確保しておいたのに、無駄になったわね。あなたたち、使ってもよろしくてよ」
言って、イリーアは別の席に向かう。
ちょうど三人並んでちょうどよいサイズの長テーブルだ。
「そろそろ始まるわ」
「僕たち筆記用具しか持ってないけど、いいのかな?」
「いいんじゃない? 一限目はホームルームだから」
──ほんとに学校だ……。
アミュはとても嬉しそうだ。彼女は元々勉強好きだ。だが、学校に行きたくとも行けなかった。だからこの雰囲気だけでも嬉しいのだろう。
アミュがこれだけ喜んでいるのだから、ここに来た甲斐はあった。授業についていけるかは別として。
がらりと、前方のドアが開く。
入ってきたのは、黒髪の男性。
「ん?」
違和感を覚える。
──なんだろ?
「すごい……」
アミュが呟いた。
「何が見えるの?」
「すごく、素敵」
彼女の瞳は、何か別のものを捉える。
ラァスも目を凝らした。
「なんか……不思議な人だね」
「すごく暖かい」
よく見れば、とても綺麗な男性だ。中性的な顔立ちをしている。すらりとして背が高く、一目見たら忘れられない。
綺麗な藍色の瞳がこちらへと向けられた。爽やかに微笑むその顔に、妙な違和感を覚えた。
「……ん?」
アミュを挟んだ隣に座るメディアを見る。
「ん?」
あれ?
「それがヴェノム様の新しいお弟子さんか?」
「そうよ」
「可愛いなぁ。花のある一角だな」
当たり前である。
「私はアルスだ。ここの担任。担当は補助魔法と実践体術。よろしくな」
にこりと微笑み言う彼。
「実践……」
「体術?」
魔道師が?
──いや、確かに僕の身の回りの魔道師は、僕よりも強かったりするけど。
師とか、ハウルとか、某泥棒とか。
あれは例外ではなかったのだろうか?
「魔道師の基礎は体力だ。んで弱点になりがちなのも体力面だ。だからうちでは、最低限の護身術を教えている」
なるほど。最もである。ラァスも、魔道師など口を封じてしまえば終わりだと思っていた。
「ラァス君と同じ様なことが得意なのね」
「そだねぇ。まさか、肉体派の魔道師を育成しているとは……」
メディアの見事なぶん殴りにも納得がいく。
「さて、今日のホームルームは、特別授業だ」
メディアの顔が、一瞬ひくりと引きつった。
「みんな一年ぶりの再会だ。初めての奴はよぉく拝んどけ。世界三大美女とも名高い、緑の賢者、邪眼の魔女ヴェノム様だっ!」
宣言と共に、開け放たれた扉から、黒い影が……。
「って、あれは………」
悪夢が蘇った。
それは変態マゾ男、ハランだった。
ブーイングが沸き起こる。
メディアは額を抑え、自身の忍耐力を支えた。
よりにもよって、なぜ塔で一、二を争う変人が出てくるのか。
「あ、あの人前のときの」
「うわ……嫌なこと思い出した」
「本当にここの人だったんだ……」
「あの変態はもう二度と見たくなかったのに……」
彼らは一体、あれとどんな関わりを持ったのだろうか?
「…………あなたたち、あれに何かされたの?」
「いやべつに」
「うん」
「ただ、ハウルに蹴られて喜んでた」
「あと、おねえさんに鞭プレゼントしてたの」
「おのれ、塔の恥さらしめ……」
あとで懲らしめてやらなければならない。
メディアは殺意すら込めてハランを見た。その視線に気づいてか、彼は身をすくませた。
「何やってんだよ、おっさん。さっさと運べ」
教室内にハウルが入ってきて、ハランを蹴る。
「はい」
嬉しそうに頷き、なにやら台車を教室の中心へと持ち込んだ。
その上にはプランターが乗っていた。
「あれは……」
メディアは見覚えのある植物の名前を思い出した。
「満月草」
名の通り、満月に花開く魔法植物だ。
ただ、とても希少なものだ。理由は栽培は不可能とまで言われているほど、育てるのが難しいからだ。
「あ、あれ、光る花の咲く草」
「満月草っていうんだ」
「裏庭にいっぱい自生してるよね」
「光ったら摘むのよね」
「摘み忘れると枯れるんだよね」
メディアは耳をうがった。
「じ……自生している?」
「うん。日の当たらない場所によく生えてるの」
「ハウルが畑に生えたら、日陰に移してやってるし」
「畑に生える?」
二人はメディアの様子に困惑した。
「………え? 普通生えないの?」
「栽培に成功した者はいないとまで言われているのよ。万病を治すとまで言われた薬草よ。あれだけの量があれば下手をすると、末端価格で高級住宅街で庭付き一戸建てが買えるのよ」
「ええ!?」
二人は青ざめて満月草を見る。
「あいつら、そんなもので罠を……」
「どうしよう。いっぱい踏んじゃったよぉ」
「僕、裏庭で走り回ったような……」
無知とはなんと恐ろしいのだろう?
クラスの面々が、おたおたとする二人に視線を集中させた。
驚きのあまり、二人は声すら潜めていない。
「……いっぱい生えてるんですか? これ」
「ええ」
ハランは恐る恐る教壇の上に置いた、大きなプランターを見て呟いた。
「とりあえず、今日は満月草の栽培方法を教えましょうか」
皆は狂喜乱舞した。
満月草はいろいろな用途がある。自分で育てられれば、言うことはない。
「素敵。やっばりヴェノム様は素敵」
「……女の人には態度違うね」
「違うわ。尊敬に値する人は、男女問わず尊敬するわ」
賢者だからではない。賢者と言えども、知識があるだけで、それを応用する能力がなければ、ただ丸暗記しただけに過ぎない。
だから、尊敬する。
「反応のいい子たちですね」
「事が大きいから。
はい、静かにっ」
アルスが手を叩くと、興奮していた生徒達はぴたりと雑談を終了する。
「んじゃ、講義を始めてもらう。静かに聴いてるんだぞ」
アルスは教室の隅に置いてある椅子に座る。
そして、講義が始まった。
「古い血が染み込んだ場所ねぇ」
メディアはため息をつく。
現在、授業が終わりヴェノムが教室から出て行ったところだ。
「古戦場に多く生えると思ったら、場所が大切だったなんて……。土を運んでも無駄なはずね」
ついでに言えば、日の当たり方も重要らしい。
ラァスはげんなりとしていた。
そんな場所で鬼ごっこをしていたとは……。
「お庭で何があったのかな?」
「奴が惨殺に明け暮れてたんだろ」
「でも、畑の方も?」
「……さ、さあね。曰くある土地だから。種が飛んだだけじゃないの? あれは花が咲かなきゃ意味ないし、そのままだとすぐに枯れてたんじゃないかな?」
アミュが平然としているのには、少々驚いた。
──知ってたのかな?
あの二人なら、言って脅すぐらいするだろう。それでまだ寄ってくるなら、さらに気に入られる。
──うわ、悪循環!
たちが悪い。
「でも、どうして場所なのかな?」
「簡単だ」
突然、どこからともなくハウルが現れた。
メディアがあからさまな敵意を向ける。
「肝心なのは、そこに怨念がこもっていること。ついでに、高位の霊体がいればなおよし。それを縛り付けて栄養にして、育つ。んで悪霊がいなくなれば、草は枯れやすくなる。
強力な悪霊は、すぐに神殿の連中に払われるから、今は滅多に生えないってのが正解。くわしいことは次の時間にやるらしい」
「だから師匠はジェームス放置してるの?」
「んだ」
胸を張って言うハウル。ヴェノムの受け売りに過ぎないのに、ずいぶんと偉そうだ。
「んで、どしたの?」
「ヴェノムとはぐれた」
「なんで?」
「突然『呼んでいる……』とか言って、消えやがった。まったく、使えない」
「………使えないって」
と、そこで理由が分かった。ハウルを見つめる女の子達が、教室の外にまで溢れかえっていた。
「逃げてきたんだね」
「そうだ」
「なんで遠目で見てんだろ……」
「メディアがいるからだ。こいつは性格がこれだから、下手に近付くと容赦なく殴られるから、怖がって寄ってこないんだ。毎年世話になっている」
ようやく、理解した。からかっていた訳ではない。虎の背中に隠れていただけだ。
ラァスは小声で言ってやる。
「ハウルって、寄ってくる女の子の一人や十人や二十人も対処できないの?」
「できるか、あれを!?」
「ふふん。ハウルは純情だねぇ」
「男なら殴って済まされるけど、女は違うんだぞ。しかも、へんな呪力のこもったプレゼントくれたり、呪いの文章のようなものが入った封筒やらくれるし」
「ハウル、君、いくらなんでも失礼だよ」
プレゼントに念が宿るのは仕方がないが、呪いの文章はひどい。
「いや、マジ。ここの連中を舐めるな」
と、彼は収穫物を見せる。
確かに、ラァスにすら分かるほどの異様な気配があった。目の前で広げた文章は、確かにラブレターには違いないが、ところどころ呪術的なものが混じっている。素人なら、これを読めば意識を操られる可能性すらある。
「それあまりよくないよ、ハウルおにいさん」
「アミュまでこう言うんだぞ。どうしろって言うんだ!?」
ラァスは口ごもる。
どうといわれても、どうのしようもない。
「馬鹿馬鹿しい。そんなもの蹴散らしなさい」
迷いもなく、きっぱりと言い切るメディア。
「できるか!」
「ふん。情けない男ね」
「蹴散らしたら蹴散らしたで、男のくせに女に手を上げるなんてとか言うんだろ?」
「あら、分かっているじゃない」
ハウルは脱力する。
彼は疲れきっていた。こんな彼を見るのは初めてだった。
「ああ……今年は大丈夫だと思ったのに」
「窓から出てって、ルートたちのところに行けば?」
「ん、そうするか。ミンスの側にも、やつらは寄ってこねぇからな」
「男の方がかわいいってのも、ショックだからねぇ。あの人、僕よりも女顔だし。ちょっと悔しいけど」
「悔しいのか?」
「だって、僕の自慢だもん」
ぷく、と頬を膨らませる。
これで十分男を落とす自信はある。
「そんなことしてるから、カロンみたいなのに狙われるんだぞ。ついこないだも花束届いたの忘れたのか?」
「言うな、それは。あんな奴のために、僕はこれをやめるつもりはない。僕はこれで生きてきたのだから!」
ハウルは肩をすくめる。
女顔勝負では負けるが、どちらが可愛いかという点では、負けてはいないはずだ。大丈夫。問題なし。
「…………ある意味、立派な心がけね」
「そう? ありがとー」
「ここまで貫けるなんて、素晴らしいわ」
「メディア……お前、ラァスの扱いはいいな。俺が言ったら変態だとか言うくせに」
「あなたと比べるからよ。それに、聖眼の人間とコネを作っておいて、損はないわ」
──損得勘定ですか……。
隠されるよりも、公にしてもらった方が気持ちもいいが。
「んじゃ、俺は窓から出るから。お前らも気をつけるんだぞ」
「うん。じゃあね」
「おにいさん、気をつけてね」
手を振って、彼は出て行った。
少女達の、残念そうな声と、男達の二度と来るなという呟きが、妙に印象に残った。