15 子供達の戦い
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二人は睨み合っていた。
メディアは次のために、いくらでも切り替える事の出来る構成を展開していた。
相手の出方がいまいち予想できないからだ。下手に仕掛けたときに大物を呼ばれでもしたら、こちらの敗北は目に見えている。
対立する少女は恐ろしいほどの腕だ。召喚術というのは、一対一の場合に有効ではない。集中力を必要とされるからだ。本来召喚術というのは、術師は後方に控え守られてその実力を発揮する。しかも、普通は魔法陣を用いる。高位の存在を呼び出すには、非常に複雑な術式の構成を必要とするからだ。召喚術というのは、構成を展開しなければ儀式を行わねばならず、その繊細さ、複雑さは黒魔術魔など比ではない。
しかし彼女は、罵りあいながらもそんな複雑な術を平然と発動させた。
おそらく、攻撃呪文とは相性が悪いのだろう。だからこそ、得意な分野を磨いた。いい判断だ。おそらく彼女は、召喚術師としては世界レベル。理力の塔ですら、彼女ほど自在に魔物たちを呼ぶ者はいない。
天賦の才。
彼女は魔道師に最も必要される、構成を展開する能力に優れているのだ。メディアも自信はあった。しかし、彼女の前では、カオスすら太刀打ちできないだろう。
──面白いわ。
自分は母親に似ず、攻性魔法を得意とした。自分はとても強い魔力を生まれ持った。魔力でなら、ゲイルになど負けていない。人間の範囲内では、最上級の魔力を持っているはずだ。それを行使するために、努力している。
負けはしない。
召喚術師ごときに。
「次はどんな芸を見せてくれるのかしら?」
メディアは嘲笑する。
これほどまでの構成を築いているのだ。心の揺らぎは大きく影響するはず。怒らせればある程度の構成の破壊が出来るやもしれない。
だが、彼女は怒っているようにしか見えないのに、誰よりも早く正確に式を立てる。
──才能って、恐いわね。
メディア自身も人が羨むような才能を持っているが、この少女ほど珍しくも貴重なものではない。
人である以上は限界がある。その限界を、超える可能性があるのがそれだった。しかし、彼女はその可能性があっても、それをする方面の能力に欠けている。
やはり、人間は欠点があるものだ。
それを補うのが経験と知恵。
ゲイルが術を完成させる。
「来たれ、南海の王よ」
現れたのは、海竜だった。まだ若いが、高位の存在である竜を、彼女はあっさりと呼びつけた。
どうやって追い返そうか。そう思って観察していたその時だ。
「ふりゃ!」
突然海を走ってやってきたラァスが、水面を蹴って海竜の喉へとへばりついた。
──何今の!?
水面を走る術はあるが、あの跳躍力は術の補助があっても普通は無理だ。それぐらいなら空を飛ぶ。
水竜はめちゃくちゃに暴れ出した。当然だ。喉は竜の弱点。優しく撫でてやると猫のようにごろごろ鳴くが、引っかいたりしようものなら、本気で泣きながら抗議してくる。
ラァスは何かをしたと思うと素早く離れた。途中海竜に捕まらぬよう、その喉を蹴り、水面に着地して再び走り去る。海竜が暴れて鬱陶しいと思ったのか、ゲイルは素直に返還の呪文を唱えた。
「やったよハウル! 原材料ゲット!」
「お前、無茶しすぎ! それにあれ、水竜じゃないしっ! あれ海竜!」
「ええ!?」
生きた竜の、よりによって喉の鱗を素手で毟り取る人間など、他にいないだろう。竜の鱗は非常に硬く、身動きしないようにしてもらっていたとしても、人間が素手で取れるものではない。
何の原材料かは知らないが、あの鱗が高価である事は間違いない。
「……ラァス君って、すごい……」
「あのパワーだけで食べていけるんじゃないの?」
「いいないいな。ぼくもパワー欲しい」
いつもハディスに素手で押さえつけられているゲイルは、指を咥えてラァスを見た。その横には、こちらを見上げる赤毛の少女。
「って、アミュ!?」
「あわわわ、いつの間に?」
二人は戸惑った。何のためにこっそりと海に潜ったのかを、つい面白くなってきて忘れていたのだ。
「おい、二人とも。皆が心配しているぞ」
浜辺から、いつもの落ち着いた調子で言うのはハディス。魔術でここまで声を流しているようだ。
「アミュとラァスが見ているんだ。そろそろやめておけ」
アミュは心配そうに見上げていた。なぜラァスのような、人の事よりも実益を優先させる男の名が出てくるのかは理解できないが。
「うん」
「そうね。ここで争っていても、意味はないわね」
「続きは見えないところで」
「そうね。海の中でやりましょうか」
「やめろお前ら」
ハディスの声に、苛立ちが混じる。
「そっか。珊瑚が死んじゃったら元も子もないし」
「そうね」
その言葉に、ハディスはアミュとラァスを小脇に抱え、空を飛んでこちらへとやってきた。
「何で僕まで巻き込まれるの!? やだやだ、放してっ」
ラァスが騒ぐ。そういえば飛行恐怖症らしい。その割には、自分では空を飛んでいる。基準が謎だ。
「二人とも、ケンカはだめ」
アミュが二人を見て、切実に訴えた。
「………」
あまりにも純粋な瞳に、なぜか罪悪感がうずいた。普通なら、どんな非難を受けても気にならないのに。彼女に見つめられると、もうダメだ。
「や、やっだぁ。ケンカじゃないよ」
「そうよ。ただ遊んでいただけよ」
アミュはじっと二人を見つめた。
「みんなが怯えてるの」
「皆?」
アミュは下を指差す。
海。
「人魚さんだけじゃなくて、みんなが怯えてるよ」
確かに、臆病な彼らは怯えるかもしれない。
「もっと迷惑のかからない場所であそぼ」
その言葉に、メディアは小さく息をつく。
「そうね。海の上はやめましょう」
「山でもやめてよ。なんか知らないけど、土地が荒れると地精たちは僕に文句を言いに来るんだから」
地の属性そのものであるラァスは、頬を膨らませる。彼は今、自力で飛んでいた。重力を操り、空中で安定している。下手な浮遊術よりもよほど難しいはずなのだ。やはり、相性なのだろう。
「あのさ。二人ともちっょといい?」
ラァスはメディアとゲイルを、少し離れたところまで引っ張った。アミュから遠ざけるようにして。
「あのさ。ひょっとしてアミュに何かプレゼントする気だったとか?」
「あら、よく分かったわね」
「まさか、ラァス君も珊瑚を!?」
「僕は真珠。アクセサリに加工してて寝不足。って、これはどうでもいいの。
それよりも、珊瑚の加工なんて出来るの?」
その問いに、二人は笑う。
「愚問ね」
「できる人にお願いするよ」
「いや、こんなところでケンカしてたら、明日までに間に合わないって。
無茶きいてくれる職人の知り合いいるから、紹介しようか?」
「あら、それはありがたいわね。さすがにハランに頼むのは賭けだと思っていたから」
ラァスは小さく息をついた。
「じゃあ、どちらのものか、手っ取り早く」
「だから、争うのはやめなって。いいじゃん。二人からのプレゼントで」
その言葉に、二人は沈黙した。
考えてもいなかった。
「なるほど」
「そっかぁ。そんな手があるのか」
そんなことをした事がないので、思いつかなかった。様々なことを経験している俗世の人間は、発想が違う。
「二人とも、友達いないでしょ」
「塔内での馴れ合いは足をすくわれるわ」
「ぼく、山奥であの一家と生活してるもん」
「……そーだね。なんかむしろ、生きているだけですごいや」
ラァスは遠い目をして呟いた。
世の中、生存するだけで精一杯の環境と言うものがある。
「んじゃ、仲良くするんだよ」
「そうね」
「とってこよ」
そうして、この楽しくもくだらないケンカは幕を閉じた。
翌日。
ラァスは小さくため息をついた。
──うん、いい出来。
真珠をビーズのように使って作った髪飾り、イヤリングにネックレス。
とりあえず、なぜだか人魚たちが大量にくれた真珠と、持っていた宝石を使い、デザイン的にも優れたアクセサリーが出来上がった。
自分の誕生日に誰かへのプレゼントを必死になって作るのもどうかとは思うが、知らずに通り過ぎていたのだから仕方がない。
ここで株を上げなければならない。
いい加減、彼女は自分が可愛いのだと自覚するべきだ。赤い髪の彼女には、白い真珠がよく似合いそうだ。
「……えへへ」
「だらしねぇ顔してんじゃねぇよ」
ハウルが、小さく呟いた。女の子達はヴェノムについて台所に行った。残っているのは、男だけ。いつものメンバーに、ハディスが混じっている。両親は山奥の実家にいるらしい。
「ハウルは何か用意したの?」
「ああ」
取り出したのは……。
「鏡と櫛?」
「高価なものだけがプレゼントじゃねぇよ」
確かに、アミュになら実用品と言う手も大きい。しかし、それは兄のような存在のハウルだからこそ、効果が大きいのだ。
「僕は手作りだもん。で、僕には?」
ハウルはくすりと笑う。
その時、ヴェノムを先頭に女性陣がやってきた。最後にヨハンがワゴンを押して入ってきた。
大きなケーキが乗っている。
「わぁ」
大好きなチョコレートケーキだ。
ヴェノム作だろう。アミュもメディアも、決して器用ではないから。ゲイルは分からないが。
「ラァス、プレゼントです」
ヴェノムは持っていた料理をテーブルに置くと、彼女はどこからともなく、ラァスには不釣合いな大きな斧を取り出した。
「……そ……それは?」
「魔道器の一種です。斬魔の斧。実体のない存在を手っ取り早く切れます」
「え? ホントっ!? 悪霊とか!? 亡霊とか!?」
「ええ」
「もちろん無闇やたらと切ったりはしないからそんな顔しないでアミュ」
ラァスはアミュが顔を顰めたのを見て息もつかずにまくし立てた。
そうしてから、ラァスはその斧を受け取る。明らかに高価なものだ。核となっているだろう赤い宝石がとても綺麗。
「大切にするね。どこに置いておくかは別として」
こんなもの、持ち歩けるはずもないから。
「今度、空間を作る方法を教えようか」
提案したのはカロン。ヴェノムが何も言わない事から見ると、彼の方がその手の事は得意らしい。
「これは私から」
カロンの差し出したのは、予想通りの小さな箱。早速開けると中にはダイアの指輪があった。
とても、綺麗でことも心惹かれる。
──っていうか、何カラットあるの!?
ラァスの知っているダイアとは、桁が違う。
「盗品ではないよ。買ったものだ」
ならば安心。
「ありがと」
ラァスはカロンの首にしがみ付き、その頬にキスをしてやる。
固まったと思えば、なぜか泣き出したカロンはほっといて、アミュに向き直る。
「アミュ。これは僕からね。手作りだよ」
「え?」
プレゼントを渡されて、アミュは目を白黒させた。
「どうしてラァス君まで?」
ということは、あの二人からはプレゼントを貰ったのだろう。知り合いの職人は色々と注文を受けていて苦労していた。
「そりゃあ、可愛いアミュのため」
言ってしまった。
などと思っていると、アミュはポケットから何かを取り出した。
「こんなに素敵なもの貰ったのに、こんなものお返しするのって、すごく恥ずかしいんだけど……」
アミュは赤くなりながらも、子供の握りこぶし程度の大きさの「石」を差し出した。
なぜだか分からない。
だが、とても心惹かれた。
「………こ……この石は……」
「ええと……とにかく、ラァス君の好きそうな石だったから。掘るのに苦労したの」
「すごいっ! どうして僕の好みが分かったの?」
「え……だってラァス君っていつも呪われていそうな……ううん。なんでもないの」
彼女は小さく首を横に振る。
よく分からないが、理解されている。
「僕って、幸せ者だよ」
アミュの頬にもキスをする。アミュは突然の事に、頬を朱に染める。
その様子が、可愛くてたまらない。
思わずぎゅっと抱きしめた。
「ラァス。力入れすぎ。お前馬鹿力の自覚持てよ」
ハウルの言葉に、ラァスは少し力を入れすぎていた事に気づく。アミュは小さく笑った。決して、人としての常識外の力で抱きしめていたわけではないようだ。
最近、どうも力のコントロールが上手くいかない。力が強くなっていた。今では、指先で石を摘まんで粉々にすることも出来る。
力を入れるつもりはなくとも、人からすれば十分に力が入っていると評される。
──ここら辺の事も、考えなきゃならないかな。
「で、ハウルは?」
「うーん。実はヴェノムとちっと被ったんだけど……」
彼が取り出したのは、ナイフだった。知っていた。有名なメーカーの古いナイフだ。今手に入れようとしたら、かなりの値が張るものだ。
「どーしたの? こんなの」
「ふふん。俺にだっていろいろとコネがあるんだよ。お前、石だけじゃなくてこーいうのも好きだろ?」
「ありがとう」
「ええい、離れろ。この変態」
感謝の印のキスを乱暴に断られ、ラァスはくすりと笑った。
ちなみに、昨日の騒動の発端となった二人は、ラァスに珊瑚のついた髪飾りをくれた。
どうしろというのだろうと思いつつ、ラァスは笑顔で受け取っておいた。