17 都へ行こう
2
彼女は頷いた。
「そういうことですか……」
彼も頷く。
「そういうことです」
師匠二人──ヴェノムとカロンは頷きあう。
何を考えているのだろうか? アミュにはよく分からない。
「面白そうね」
メディアが言う。
「だろう?」
カロンはメディアに笑みを向ける。
「その嫌がらせ、私も手伝ってあげるわ。自分たちだけ遊んでるんですもの。あいつらの知らない場所で私達が遊んでも、文句は言えないわよねぇ?」
嫌がらせなんだ、とアミュは思う。
「アミュもする?」
「ええと……」
思い描く。よく分からないが、それはとても……
「……楽しそうだね」
アミュは微笑みそう答える。
「なら決まり。じゃあ、まずは衣装ね」
「衣装?」
「そうよ。変装しなきゃ」
「そっか」
アミュは手を叩き、それから首をかしげる。
「どんな風に?」
メディアは首を傾げる。
「よし、じゃあみんなで決めよう」
「あら、それは面白そうですね。では、衣裳部屋に行きましょう」
皆で衣裳部屋へと向かった。衣裳部屋は城にある。城に行くのは久々だった。
雪に埋もれていて、メディアに抱きつかれた。だから彼女も暖めてあげた。
いつ来るだろう? いつ? いつ? あいつはいつ来る?
「ラァス、落ち着けって」
宝石の前に立ち、落ち着きなく足を鳴らすラァスへと、ハウルがのんびりと諭しかける。彼は余裕だ。来る途中で買ったフィシュサンドなどセルスと一緒に食べている。
「僕が落ち着いていないと?」
まったりしすぎているハウルに比べれば落ち着いていないかもしれない。だが、頭の中は冷静そのものだ。
「別に、浮気をしようってわけじゃなねぇんだ。もっと寛容に受け入れてやれ」
ハウルは面白がるように言う。またからかって遊ぼうとしている。
「馬鹿なこと言ってないで、見張ってよ」
「お前さぁ、真剣な話し、最近カロンに流され気味じゃないか?」
「え?」
意味が理解できない。
「そのうち、男でもいいかと言い出さないよな?」
ハウルの言葉を反芻(はんすう)する。そしてラァスはふっと笑う。
「僕は女の子が好き。男嫌い」
心の底からの本心。でなければ、貢がせたりなどしない。カロンの場合は、買ってとねだる前に買ってくれるのだが。
「ハウルだってそうでしょ」
「ったりまえだろ」
「ハウルは年上の巨乳なお姉さんが好きなんだもんね」
「はははは。いい度胸だな」
「いやん。そんなに褒めないでっ」
程度の低い仕返しに、ハウルは唇を震わせた。
どっちもどっちだが、そんな少年二人の戯れと、無心に食べ続ける天然人魚の少年を、周囲の大人たちは懐疑的に見守っていた。
そう、当然多くの護衛や警察関係者がここにいる。そんな場所に、なぜ三人が現場に入る事が出来たのか。それは簡単だ。
「アーバンさん。絶対に今度こそ捕まえようね」
知り合いがいたから、だった。アーバンに頼み込んだら、渋々ながら許可をくれた。ラァスがいればセイダも怯むだろうと思った、のだと解釈している。
アーバンは冬用のコートを着て、そのポケットに手を入れて立っていた。とても渋いおじさんで、ラァスは彼の事を結構気に入っていた。格好いい男性に対する、少年の密かな憧れである。
「ああ。今度こそは……」
彼は帽子をおさえ、真剣な目つきで宝石を見た。
今度はダイアモンドだ。とても大きなダイアで、小さな頃に一目ぼれした、この都市で一番好きな宝石。幼少時の心の支え、あいつに譲ってなるものか。
「ところで、ラァス君だったかな」
「はい」
「君とは、どこか別の場所でも会った事があるような……」
「気のせいです」
本当は二度ある。その両方のとき、女装していた。黙っていれば、一生気づかないだろう。
「カロ……セイダの魔の手から助けてもらって以来です。貞操の恩人を、忘れるわけがないじゃないですかぁ。やだなぁ。ははは」
「……それもそうだな。君のような目立つ少年を忘れるはずもないか……」
そう。それでいいのだ。忘れてくれればいい。
ラァスは内心冷や汗をかきながら再び宝石を見つめた。サイズはいつもカロンが狙っているものに比べれば小さいが、惚れ惚れする輝きを放っている。加工した者の腕がいいのだろう。
「お前さ、そんなに欲しいなら『あとでデートしてあげるから頂戴』って言えばくれるんじゃないか?」
ハウルがラァスの耳元で囁いた。
「だめ。これはここにあるべきなの。僕の心の救いだったんだから。絶対にダメ!」
ハウルは肩をすくめてフィシュサンドを頬張る。
今回は美術館だ。以前の時とは違い、警備しやすい造りになっている。防犯設備もかなり充実している。ヤツにとってはこの程度を突破するのはたやすいだろう。それは仕方がない。カロンを捉えようと思うなら、国の特殊部隊一式は連れてこなければならない。なにせ趣味は盗みと発明と言う、変わり者賢者なのだから。
「んでもお前、捕まえてどうするんだ?」
ハウルがラァスに再び問いかける。
「ん? すっきりする」
「……ひどい男だな、お前」
「だいじょーぶ。カロンを捕らえておける牢屋なんてないよ」
「なるほど」
人から見ても微妙な信頼関係だろう。もしも脱獄できなかったとしたら、その程度の男だったと言うだけ。ちなみに、ラァスにはそんな人間離れした芸当など出来るはずもない。だがきっと、カロンならできるだろう。心から信じている。人工精霊まで作ってしまった賢者なのだから。
ラァスは時計を見る。もう少し。前のときは誘拐されてしまったが、今度こそこちらが勝つのだ。
「時間」
時計はぴったりに合わせてある。来る。
そう思った瞬間だった。
「ぐわっ」
「ごっ」
「ぎゃあ」
このホールではない、離れた場所から悲鳴と呻き。
そして、また以前のように部屋は一瞬にして煙にまかれた。息苦しいとは思わない。敵もここに入るのだ。こちらの動きを鈍らせるために、自分も鈍っていては意味がないから、視界を塞ぐだけのものなのだろう。隣に立つハウルのシルエットぐらいは見えるが、どんな顔をしているのかはわからない。
「ワンパターン」
「まあ、視界封じて昏倒させるのが、正直楽なんじゃないか? 下手にひねって登場するより。ほら、子守に追われてるから時間ないんだぜ、きっと」
「なるほど。んじゃあ僕はこう出る」
迷うことなくダイアのケースをとっぱらい、警報装置が作動する。ケースを動かすとけたたましい音が鳴るように細工されているだけだ。ダイアをハンカチで包み、ハウルのポケットに押し込んだ。
「へ?」
「向こうからも逆に見えていないから。さっ、この邪魔な煙をどうにかして」
ラァスがハウルの耳元で囁くと、彼は肩をすくめ、フィッシュサンドを口に押し込み、手を上げる。その間に、ラァスはポケットの中に入れたあったケースを取り出す。そのケースからさらに中身を取り出す。
「でりゃ」
掛け声に意味はない。ただなんとなくだろう。そのなんとなくはまったく関係なしに巻き起こった強い風により、煙は清められ一瞬で掻き消える。幸いにも、ここには風でどうにかなるようなタイプの美術品はない。すべて問題ない。
かっ!
二人が入り口方向に目をやった瞬間、背後で音がした。まさかと思い、恐る恐る振り返る。
そこには、想像を絶する光景が待ち受けていた。
「何をしているのですか」
少女だった。見た事のある長い金髪。冷ややかな青い瞳はこちらを見下し。細身でありながら肉感的な肢体を被うのは、皮製に見える黒のビスチェと同じ素材のミニスカート。そして、夜会などでご婦人が好んで使用するような、派手な黒い仮面。ブーツは超ロングでピンヒール。そんな脚をケースの上に乗せ、展示台の上に立っていた。見覚えのある少女。
「……しっ……」
──師匠。
その言葉だけは、なんとか飲み込んだ。
アミュと出合った頃に見た、十代後半の年頃のやっぱり巨乳な真の姿。
隣ではハウルが完全に呆けている。今まで見た中で、一番間抜けな顔をしていた。ラァス自身もそうだったのだろう。そんな表情をした後、自分でいやになるほど自覚した。
──何してるは、こっちのセリフです……。
見た事のある金髪なのは当然。だってあれは、以前ラァスが使ったカツラ。そして、青い瞳は……。
──ぼ、僕のつもり!?
そうだ。そうに違いない。だって、セイダの相棒は金髪碧眼の美少女となっている。
「あ…………あぁぁあうぅぅ」
ハウルが呻く。何かを言いたいようだが、声が出来ないらしい。ラァスも言葉が出ない。あまりにも、突拍子がないから。
「ほーほほほほっ! そこの馬鹿面の女男っ! その手に持っているものをよこしなさいっ!」
聞き覚えのありすぎる高笑いに、二人は同時に、ややぎこちい動きで振り返る。
ヴェノムと同じコスチュームの、少しだけ胸のある女の子が、別の展示物の上にいた。もちろんメディアでしかありえない。おそらく、胸は詰め物でもしているに違いない。その周辺には、昏倒している警察官たち。
「むっ!?」
アーバンが唸る。当然だ。いつもとあまりにも違いすぎる。
正体を知っていても、いやだからこそ逆に別の意味で驚いているが。
「やあ、ごきげんよう。アーバン。ラァス君」
と、今度は普通に奥の部屋から歩いてくる、カロンことセイダ。その黒いマントの影に、誰かいた。
──ま、まさかっ!?
「きちゃった」
もじもじと、恥ずかしげに顔を見せたアミュ。
もちろん、同じコスチューム。胸の谷間に、白い生脚を恥ずかしそうにしながら晒していた。
「のああああああああぁっ!?」
ラァスは右手で頭を抱えて絶叫した。
「な、な、な、な、な、な、な、な」
ハウルはひたすら「な」を繰り返す。言葉が出ない気持ちは痛いほど分かる。
「あら、隙あり」
いつの間にか背後に来ていたメディアが、ラァスが左手の上に乗せていた石を取り上げる。
「あっ」
ラァスはなんとか、口からしぼり出した。
「あああああっ」
ラァスはたったそれだけをする余裕しかなかった。捕まえてやろう。そんな気はとうにない。
「ほほほほほっ! それじゃあ、ごきげんよう」
「まてっ」
アーバンもようやく我に返り、飛び退るメディアとヴェノムを追う。しかし、ヴェノムはいつもの驚異的な速さで呪式を組み立て、メディアを抱えて転移する。おそらく、屋敷……いや、あそこへと向かったのだろう。ラァスの鋭い勘が、嫌になるほど激しく告げていた。
「それではさらばだ」
ほとんど何もしていないカロンは、笑いを堪えた様子でアミュの肩を抱き転移する。
いつもは逃げることも楽しんでいるように見えるが、今日は二人の愉快な反応が見れて、満足したのだろう。
「くそっ! どうなっているんだ!? ヤツは本物だったが……」
アーバンは歯噛みする。いつもと違う手口に困惑しているのだ。すぐにどこかへ向かおうとしたアーバンをラァスは引き止める。
「あ、アーバンさん、待って。さっきのはちょっとすごくキラキラするよう細工しただけのレプリカだから、安心して」
「……なんと」
ラァスはハウルのポケットからハンカチを取り上げる。
「本物ここ」
これはラァスがやったからこそ、騙されてくれたような作戦だ。宝石好きのラァスと、興味のない、ただいるだけのハウル。時間稼ぎになればと思っていたら、慌しさのせいと細工のおかげで、見事に騙されて帰って行った。いつもなら、カロンのあのモノクルによって見破られていただろう。
「……ラァス」
ハウルが力なく呟いた。
「ありがとう。なんか、無性にすっとした。けどやっぱり悪い夢見そうだ」
「はは……同感」
二人は向き合い、頷き合う。
心は一つ。今二人は心の中で「カロンをとっちめよう」の会を結成した。
「……あの……今の異様な人間たちは?」
ただ一人、理解していないセルスが首を傾げて問うた。その頬に、マヨネーズなど貼り付けて。可愛くて、思わずラァスは彼を抱きしめた。
そこに行くと、本当にいた。
セルスはラァスの勘に驚いた。彼は皆が消えた瞬間、屋敷に帰ったのだと思った。
「よぉ、ラァス。帰って来たな」
フォボスが手を挙げ、カロンが振り返る。二人はなぜか並んでいた。二人は酒を飲んでいる。そして……
「はははははははっ」
メディアが指をさして笑い出す。他の皆も、ヴェノムとアミュをのぞいて程度の差はあれど笑っていた。カロンとフォボスも肩を震わせて笑っている。
「カロ〜ン、覚悟は出来てる〜? ちなみに僕の握力なら、頭蓋骨ぐらい簡単に潰せるから〜♪ ぶしゅっと。ちなみに石でも砕けるからねぇ、魔法なしでも」
明るい調子が、彼の怒りが根深い事を示していた。しかし、それほどの握力があるとは、信じがたい。水妖族も力は強い方だが、さすがに石は砕けない。
地の加護とは、それほどの力を与えてくれるのだ。
「落ち着けって」
フォボスはにやにやと笑いながらグラスをあおる。
「しかし……馬鹿だなぁ、ラァス。盗ませてやればお前のものになったのに」
フォボスはカロンの肩をばんばんと叩く。
「お前が先に言って止めていれば、こんなことにはならなかっただろう?」
カロンがフォボスを睨んで言った。
「ははは。楽しそうだったからな。俺が教えたわけではないし、そんなことをお前に知らせてやる義理もない」
「あの宝石の事を教えたのはお前だぞ。責任を持て」
「情報は売ったが、その後のフォローは知らないな」
二人は仲がよさげに笑い合う。
ラァスはハウルの腕を軽く押す。少ししてまた押す。ハウルは小さく息をつく。
「お前ら……知り合い?」
ラァスに代わってハウルが問う。
「ああ。昔殺し損ねた。それ以来の上客だ」
「そうだ。昔危うく殺されるところだった。それ以来親しくなった」
「嫌な関係だな、それ」
ハウルは頭をがりがり掻く。
「ってか、お前らそんな格好でここまで来たのか?」
ハウルは泥棒に来た四人を見回す。
ラァスの予想では、一度理力の塔支部の魔法陣へと転移し、それがここに来るというものだった。そこまではいいだろう。だが、四人は、あの時の風変わりな格好だった。夜道とはいえ女性の三人は目立つ。
「マントを羽織ってきたわよ」
メディアが答える。彼女は身長の割りに長い足を組んでいた。セルスは思わず目を逸らした。
「人間の女性は肌を隠したがるのではなかったのか?」
セルスは誰にともなく呟いた。
「そうだよ! 師匠やメディアちゃんはともかく、アミュにこんな格好させるなんてっ」
ラァスはカロンへと詰め寄った。カロンは余裕で微笑んでいる。
「ちょっと待ちなさい」
「なぜ私達がともかくなのです?」
メディアとヴェノムはラァスを睨む。カロンの余裕も、味方がいるからだろうか? それとも、ラァスが近くにいるだけで嬉しいのだろうか?
「二人とは、系統が違うでしょ! 明らかに!」
ラァスは珍しく二人に食って掛かる。言われた方の二人も珍しく口を閉ざす。
「アミュも! こんなはしたない格好したらダメ!」
「ちょっと待ちなさい」
「ラァス」
ラァスは恐ろしい二人に睨まれてもめげなかった。彼は上着を脱いで、アミュに着せた。
「はしたない? 皆とおそろいで嬉しかったけど……」
「アミュ。女の子はね、気軽に肌を見せちゃいけないよ。世の中、恐い人が沢山いるって言うかすでにこの周辺ヤバい人たちだから」
ラァスは周囲の人間の男どもを手の振りで示す。
「メディアちゃんはいいの?」
「メディアちゃんは元々女王様気質だからいいの。色気ないし問題ない」
メディアが、殺意を込めてラァスを睨んだ。
「おねえさんは?」
「師匠はいいんだよ。分別のついているはずのいい年をはるかに超えた大人だから」
ラァスは、アミュの説得に必死な様子だ。二人の視線には気づいていない。
と、今度はハウルが動いた。ヴェノムの前に立つ。その顔に感情はなかった。
「何やってるんだ?」
「似合いますか?」
二人はじっと見詰め合う。見つめ合い……先に歪めたのはハウルだった。
「いい歳して、恥ずかしい。お前だけはと信じた孫を裏切りやがって」
彼もまた、怒っていた。
いつも洗練された姿、物腰とはかけ離れた彼女が足を組み、ハウルを見上げているのだ。
「私とて、たまには若い子に混じりたいのです。若返った気分を味わって、何が悪いと言うのですか? 年寄りの娯楽ぐらい大目に見なさい」
「全部。何もかもが悪い。恥らえ、いい年を越えた分別がなきゃおかしい妖怪ババア」
今日のハウルは有無を言わせぬ雰囲気を放っていた。それにヴェノムは唸る。
「むぅ……」
「今度やったら、グレるからな。ラァスみたく、悪い大人と付き合うからな」
「…………」
しばらくしてヴェノムは立ち上がり。
「可愛い」
「って、その格好で抱きつくなぁぁぁあ!」
じたばたもがき、喜んでいるようにも見える。それを見て、ラァスはアミュの腰にマントを巻きつける。
「アミュ、もうこういうのは僕以外に見せちゃだめ」
「…………う……うん?」
やや戸惑いがあるようだが、彼女は頷いた。そんな二人を見てフォボスが立ち上がる。
「ラァス……まさかお前が気にしている女の子って……」
アミュを指差しながら言う。アミュは不思議そうにフォボスを見た。とても綺麗な女の子だ。しかし、とろんとした表情が、ヴェノムに似た少しきつめの顔立ちを和らげて、可愛いらしい雰囲気を作り出していた。
「アミュ。あれが一応ではあるけど、僕の面倒を見てくれた人」
「うん。ラァス君と気配が似てる」
「さすがはアミュだねぇ。動物的勘?」
二人は和やかに微笑み合う。それを見て、フォボスは椅子に座った。
「可愛い……お嬢さんだな」
「うん。可愛い♪」
「普通のお嬢さんだな?」
「ううん。普通じゃないよ。僕よりも特殊」
「……まあ、いいんじゃないか。お前の横に並んでも……違和感がない」
ラァスはアミュをぎゅっと抱きしめた。
「ラァス君?」
「フォボスが死んじゃう前に会わせられてちょっとよかったかも」
アミュはしばらくしてから頷いた。
お似合いだ。とても……。
「俺をそんなに早死にさせる気か?」
フォボスは笑いながら問う。
「いや、ほら。この業界いつ死ぬかわかんないし。
それより話を戻すけど二人とも! どうして余計なことしようとしたの!?」
ラァスはフォボスと、カロンへと険しい視線を向ける。
「余計な事?」
「ダイアの事だよ!」
ラァスはアミュから離れ、二人へと詰め寄った。
「ラァス君。あのダイアはいらなかったのか?」
カロンがラァスに問う。ラァスはカロンに指を突きつけた。
「あのね、カロン。世の中にはね、そこにあってこそ価値があるものもあるんだよ! あるでしょ? そこで咲いているからこそ綺麗な花とか。そこで頑張っているからこそ、魅力的な人とか」
カロンは頷いた。三度頷いた頃、ラァスは再び口を開く。
「僕にとって、あれは特別なの。絶対に動かしたくないの。分かる?」
カロンは返答に困っていた。セルスにも分からない。だが、そこに会ってこそ価値があると言うのは、理解できる。彼は、彼であるからこそ魅力的で、陸にいるからこそ、彼なのだ。水の中は、ただの一時的な遊び場。地を蹴って歩き、走る彼こそ本当に魅力的だ。
「いい。あの子はあそこにいたがっているの。たぶん、館長さんにすごく愛されているんだ。他の子たちももね。あそこにいる子たちは幸せだよ。それを、頼んでもいないのに盗もうとし・な・い・で!」
ラァスの言葉にカロンは頷いた。いつも自信に溢れた彼が、とても落ち込んでいる様子だった。
「僕はね、持ち主に愛されて、宝石も持ち主を愛している場合、そのままにしておきたいんだ。強欲な金持ちでステータスとして持っている場合は許せないけどね。
いい、分かった? 今度ああいう宝石盗もうとしたら、もう二度と口利いてやらないから!」
「はい」
反省しているカロンを見て、ラァスはようやく満足したらしく空いたいすを二つ、アミュの横に持ってきてその一つに座った。
「セルスも座りなよ」
ラァスは彼を手招きした。セルスは頷き、ラァスの横に座った。
人間の町。とても楽しかった。美味しいものもいっぱいある。そして、もっと人間を知りたい。
だから今度は、一人で近くの町に行ってみよう。
きっと、もっと大きな発見があるに違いない。しかしその前に、
「ラァス殿」
「ん?」
「買い物をする練習に付き合ってくれないか?」
自分で貨幣を支払い、ものを買う。それは、まだ一人では恐ろしい。
ラァスは小さく笑い、頷いた。
「どこへなりとも、人魚姫」
皮肉の効いた、しかしなぜだか心地よい返事だった。
人魚たちの間ではありえない、そんなどきどきするやり取り。
皆はおかしいと言うが、やはり人間が好きなのだ。美しいところも、醜いところもすべて含めて。
いつか、人の町を見て回りたい。あの時出会った、竜の姫君のように。
おまけ
男が二人、並んで飲む。
二人は実に微妙な関係だ。命の取り合いをした事もある。しかし今では友人と言っていいだろう。互いが互いを利用する関係にあったとしても。
そんな二人は飲んでいた。
「はぁ。ラァスのヤツ、ちょっと目を離した隙に男になってたんだな……」
一人か呟く。
「当然だ。私が見初めた男だからな。しかし、お前が彼を女の子のように思ってしまうのも、理解は出来る」
「だろぉ? 可愛いだろ? はぁ。なんで男なんだろなぁ。あんなに可愛いのに」
グラスの中身を一気にあおる。
「俺、そろそろ真剣に嫁さんさがそ……」
「そうするといい」
「ああ、でも、やっぱ見た目は好みなんだよなぁ、ラァス」
「分かるぞ、その気持ち」
その辺りで、ついに彼は切れた。
「本人の前で、あんたらくだらない事話し合うなっ」
ラァスは二人にバケツの水をかぶせる。
今回の騒ぎの諸悪の根源どもは、アミュをつれて二階へ上がっていく女装の似合う美少年を見つめ、小さくため息をついた。