22 邪魔者の多い正午過ぎ

 

「ふい?」
 口に饅頭を含んだラァスは、師の言葉に首をかしげた。
「ふぉふぉふぇふぉお?」
 意味不明な言葉を発するラァスの後頭部をエノが殴る。
「食うなら食う。しゃべるならしゃべる。両方を一度にするのは礼儀知らずのすることだ」
 すっかり人間──いやむしろ、隠遁生活に近いもののあるこの生活に慣れたエノは、すっかり人間らしく、口やかましくなっていた。
 ラァスは口の中の饅頭を飲み込み、先ほどと同じ事を口にする。
「届け物?」
 饅頭に噛り付くヴェノムは頷いた。彼女もまた口の中が綺麗になるまで沈黙し、
「ええ。納期がそろそろなので届けなければならないのですが……今はあの男だけでなく、ウィトランお兄様にまで目をつけられています。あとしばらくすればどうにかなるのですが、今はどうしても出て行けないのです。あそこの町は、まず目をつけられているので」
 ヴェノムは目を伏せ、また饅頭を一かじり。
「なんで?」
「時間がたてば、あの男が身動き取れなくなります。お兄様も、何か考えがあるようなので、諦めると思われます。
 幸い、どうやら暗殺されたといわれている殿下の甥達が生き残っているようなので、利点三割、難点七割の殿下よりも、まだ幼く傀儡にしやすい子供の方がいいのは確かです。子供をきちんと教育する方が、殿下を教育しなおすよりも遥かに簡単ですから」
 カロンが物言いたげにヴェノムを見ていた。彼もまた修行中である。先日襲われたことにより、平然と呪文なしで術を使う他人を見て、危機感を覚えたのだ。ラフィニアの身の為。そして自分自身のプライドのため。
 そしてヴェノムに教わること二週間。彼は簡単な術なら呪文なしでも発動できるようになっていた。元々知識量が半端ではない。一を教えて九自らの中から搾り出し十を知るのが彼である。炎限定で自在に操るアミュには敵わないようだが。
 ラァスはそちらにはほとんど参加せず、ひたすらホクトとの修行に明け暮れていた。
 一朝一夕でどうにかなることではない。知っている。しかし、ラァスの中で一番伸びる可能性があるのはこれである。魔法は、彼らに敵うことはとうの昔に諦めている。敵うはずがない。人間のメディアにすら及ばないのだから。
「って、メディアちゃんは何作ってるの?」
「呪いの人形」
 メディアは木彫りの人形に、ひたすら細かな文字を書き込んでいた。呪い好きのメディアの作るものなので、それは分かっていた。問題は別である。
「……誰を呪うの?」
「いたでしょ、黒髪の馬鹿男。髪の毛拾ったから、ちょっと念のために、ね」
「ホクトさんかコウトのかも」
「このキューティクルは、あの二人にはないわ。私の髪はもっと太いし、ヴェノム様の髪はもっとしなやかよ」
 それなら問題はない。あれを呪って殺しても、むしろ皆が彼女を称えるだろう。
「でも返されたらどうするの? 相手はなんちゃって神様でしょ? ハウルの言うこと信じるなら」
 メディアは筆を置き、ふっと笑った。幼くしてこれほどの邪悪さをにじませるなど、本当に将来楽しみな『魔女』である。
「返されても、さらに返せばいいわ。私にはこれがあるもの」
 メディアは懐から小さな指輪を取り出した。
「あらゆる呪いから身を守る神器よ。ぺーぺーの神なんて目じゃない超レアアイテムよ。カオスが去年の誕生日にくれたの」
「わぁ。愛されてるねぇ。ってか、甘やかしまくりだねカオスさん」
「当然でしょ。アルスは子供に変なもの与えるなって怒っていたけど」
 ラァスは気が抜けて、本当にあの男が苦しんだりしたら面白いなと思いつつ頭をかく。砂だらけだ。
「話しは戻すけど。
 師匠、僕じゃなくてハウルが行けばいいんじゃないかな?」
「ハウルだと、どうあがいても顔で知り合いだとバレます。その点、ラァスなら目の色を誤魔化せば問題ありません。一人がいやなら、アミュを連れて行きますか? 髪の色と目の色を変えれば、他人の空似ですみますから」
 ラァスは首をかしげた。
 いつも買い物に行くときはハウルとばかりだ。二人きりというのは、ひょっとしてものすごく珍しいことなのではないだろうか。むしろそれはデートではないだろうか。
「それなら行く。お風呂入ってからね」
「決まりです」
 一人ぽーっと成り行きを見守っていたアミュは、突然のことにこくんと首をかしげた。その腕の中にいるラフィニアが、それをまねてこくんと首をかしげて皆の笑みを誘った。
「でもでも、そこまでどう行くの? 師匠が送ってくれる……とか?」
 ラァスとアミュは、転移の術を上手く使いこなせない。少なくとも、この大陸から向こうに秘密裏に行くには、ヴェノムの力が必要だ。行きも帰りも。どこでどう鉢合わせするかも分からないのに、なかなか危険な賭けである。前回はヴェノムの屋敷だったが、今回は別の場所だ。それとも、一度ヴェノムの屋敷に行って……。
 ──っても、帰りに困るよなぁ。師匠のところに行った形跡を残しちゃうし。
「クロフ」
 ヴェノムは彼女の側に常にある、風の精の名を呼んだ。刹那、その傍らにクロフは現れた。
「この二人をよろしく」
「承知」
 結局、完全に二人きりなどまだ早いということか。
 そう思い、ラァスはため息をついた。

 出発前、アミュは自身の姿を見下ろして戸惑う。
 可愛らしい、いかにも高そうなワンピース。肩にかけたストール。これはラァスの女装用のものだ。少し大人っぽい。幼さしかないアミュには似合わない。
「ラァス君、本当に変じゃない?」
 ラァスは男の子の格好だ。歳相応だが、とても素敵だ。
「可愛いよ。ねぇ、クロフさん」
 ラァスの言葉に風精は頷く。ハウルのような髪をした男性だ。しかしハウルよりも光を反射させない、そう、輝きのない不思議な青みを帯びた銀色。
「ん、似合う。ヴェノム様の若い頃を見ているようだ」
「……こ、こんなだったの? あの師匠が」
 ラァスはショックを受けた様子で呟いた。ヴェノムの幼い頃にアミュのようだったら、風神に見初められるはずもないのに。
「……顔だけ。あの方は昔から根本は変わらない。あの重度の天然は姿をいくらか隠したが、今でも変わらず……と、これは内緒だぞ」
「ははは。クロフさんって、真面目そうでけっこう面白いよね」
 普段滅多に顔を見せない彼だが、話してみると面白い人だ。
「クロフさんは、どうしていつも姿を隠しているの?」
「……私は主の元を半分ほど離反するようにあの方に仕えている。本来は禁じられたことだ。そのせいで、髪の輝きもずいぶんと失せてしまった。だからだ」
 アミュは首をかしげた。
「輝き?」
「私達の髪は光に当たって輝いているのではない。光がなくとも輝く。光を失う風精は、邪精だ。わたしはそれに近い。だから周囲を刺激せぬようにと姿を隠している」
「…………」
 アミュとラァスは顔を見合わせた。
 まずいことを聞いてしまったのだろうか?
「そっかぁ。一途なんだねクロフさん。師匠も罪作りだよなぁ」
 ラァスは感慨深く言う。アミュは言葉なくラァスを見た。彼はこのあとどうするのだろうか。
 ラァスはやがてふっと笑い、
「さあ行こう」
 とラァスは黒い石のの上に立つ。あの不思議な石だ。アミュもそれに続くと、クロフも笑い二人の手を取った。
 ヴェノムがするような転移とはまた違う感覚に包まれる。ヴェノムのそれは、一瞬の眩暈に似た感覚の後に風景が変わっている。しかしクロフのこれは、宙に浮くような感じを覚えた。
「……ふぅん。これが精霊流ねぇ」
 ラァスが呟いたときには、クロフの姿は見えなかった。
『私は少し離れていよう。もしものときは名を呼べ』
 歓迎の言葉を受けながら、二人はその言葉を聞いた。理力の塔の支部の魔法陣の上、二人は戸惑いながらも迎えの塔員達に挨拶をする。歳若い二人の姿に塔員は驚きながらも、よく来たねと言った。
 ラァスはポケットから一枚の紙を取り出して、迎えの彼らに問う。
「あの、薬師のアヴェンダさんって方の家はどちらですか?」
「アヴェインさんのところに用なのかい?」
「はい。使いを頼まれました」
「あの人の薬はよく効くからねぇ。高いけど。アヴェインさんの家は目立つからすぐに分かるよ。ここを出た前が大きな通りなんだ。それを左に真っ直ぐに行くと、派手なブティックがあるから、その横の狭い道を真っ直ぐ行くんだ。突き当たりにあるのがアヴェインさんの店だよ。ただ、裏行くと変なのが多いから気をつけるんだよ。それとも送って行こうか? 子供二人じゃ危ないしなぁ」
 人のいい塔員の中年男性は、二人の身を心配して申し出た。ほんとうに心配してくれているので、アミュは困ってラァスを見た。
「いえ、そこまでしていただくわけには。僕らはこれでも魔道師なので、平気ですよ」
「しかしなぁ」
「今は目に見えませんけど、護衛もいますから。ありがとうございました」
 ラァスはぺこりと頭を下げた。アミュも見習い頭を下げる。二人同時に頭を起すと、ラァスがアミュの手を取り魔法陣を出た。
「それじゃあ、帰りもよろしくお願いします」
「ああ。気をつけてな」
 ラァスは満面の笑顔でその部屋を出た。彼はいつになく浮かれていた。まるで、目当ての宝石を手に入れたと言われ、そこへ向かう最中のときのようだ。
「可愛いカップルだなぁ」
「ああ、かわいかったなぁ」
 という声が背後から聞こえ、アミュは身を縮ませた。
 ラァスを横目で見ると、もっと嬉しそうに笑っていた。
 アミュには理解できなかった。アヴェインという薬師に会うのがそんなに楽しみなのだろうか。ひょっとしたら、宝石コレクターなのだろうか。考えながら、アミュはラァスに問う。
「ラァス君、気を悪くしないの?」
「どうして?」
「だって……」
 ラァスなら、もっともっと可愛い女の子といることもできるのに。
「アミュは僕と恋人同士に見られるの、いや?」
 アミュは反射的に首を横に振る。
「嫌じゃないよ」
「本当に? 嬉しいな」
 ラァスが本当に嬉しそうなもので、アミュはどうしていいのか分からなくなった。
「アミュ、赤くなってる。可愛い」
「ラァス君が特殊メイクしてくれたから」
「いや、確かに僕自身にするのはそれに近いけど、アミュにしたのは普通の女の子のメイクだよ。元々アミュは師匠に似てるけど、化粧して雰囲気をもっともっと丸くすれば他人の空似だからね。すっごく可愛い! 師匠が風神様とか虜にしちゃうぐらいの美人だから、似てるアミュが可愛いのは当然なんだけど」
 いつになくべた褒めするラァスに、アミュは恥ずかしくて首を横に振った。
 ──な、なんか今日のラァス君……いつもと違う?
 アミュはうろたえながら、ラァスに手を引かれて理力の塔の支部を出た。
 力強く、しかし優しい握り方。以前よりも鋭さが増している気がする。彼の気配が鋭敏になっている。研ぎ澄まされたと言っていい。浮かれているにも関わらずだ。
 ──うーん。強くなって心に余裕が出来た……とか?
 しかしラァスはまだ満足している様子はない。まだあまり日がたっていないのだから当然だ。本当は何年もかけてすべきことなのだから。それを、次に備えて短時間で行おうと努力している。
 ──たまに出かけて、気が抜けたのかな。
 焦っているという感じはしないので、きっとそうだと判断しアミュは一人納得した。
 彼女の中に、デートで浮かれきっているだけという選択肢は、存在しなかった。

 赤くなるアミュなど、最近では珍しい。今やすっかり人にもプレゼントにも慣れて、なかなか動じない性格になってしまったが、きっぱりと褒めればやはり動揺するようだ。
 ──可愛いなぁ。
 普段のどこを見ているのか分からない彼女も可愛いが、しっかり前を見ていたり、動揺する彼女もまた可愛い。
「アミュ、届け物が終わったら何をしようか?」
「え?」
「たまには遊ばなきゃね。いつもはカロンがいて邪魔だけど、今日は二人だけだからね。そだ、買い物しようか。アミュ、師匠の持ってるお古ばっかりだし。流行りの服を買おうよ。僕のそれも似合うけど、少し古いし、アミュにはもっと似合う服があると思うんだ。派手なブティックとかも気になるよねぇ」
 ラァスはアミュの肩に手を回して言う。アミュは一瞬身を硬くするが、すぐに微笑んだ。
「ラァス君は買い物好きね」
「……アミュと一緒にいることはもっと好きだよ」
「私も」
 分かっていない彼女がまた愛しい。
 どこまで直球に言えば理解するのか、それはそれで楽しみである。今は焦っても仕方がないので、今の関係を保とうと考えている。アミュは男よりもヴェノムべったり、ハウルべったりなところがある。そんな彼女が唐突に現れた誰かに心奪われるなどありえないだろう。万が一の時は、始末してしまえばいい。もちろん、二度とあわせないという意味だ。殺せばアミュが悲しむ。
 今は、彼女の心が大人になろうとするのを待つしかない。
「その前にお昼ご飯食べる?」
「うん。そういえばそろそろお昼だね。お腹すいちゃった」
 ラァスは周囲を見回した。アミュばかり見ていたので、この町について観察するのを忘れていたのだ。どことなく見覚えがある。いや、来たことがあるらしい。むしろ、確かここに、前の職場の拠点のひとつがあった気がしなくもなく。
 ──地名聞き忘れたもんなぁ。
 送ってもらえるからと、お遊び気分でいたから訊かなかったのだが……。
 知り合いとかも、何人もいる気がする。そんなことを考えて歩いていると、
「…………あれぇ。あれロウムじゃねぇか?」
「あいつやめた……んだよな。こんなところで何してるんだ?」
 遠くから聞こえた、聞き覚えがなくもないそんな声。
 ──無視だ。無視だ。無視しよう。
「女づれかぁ」
「くそっ。美人の魔女のところに行っただけでなく、女まで作るとは。よし、からかうか」
 ラァスは声の方をきっと睨んだ。現在彼の目は青い。しかし色が青く見えるだけで、その性質は変わらない。
「あ、気付かれた」
「怒ってないか?」
 もちろんである。ラァスは久々の呪文を唱えた。ついでにその周囲の精霊たちにも、目で訴える。
「う、うわ!? なんだこりゃ!?」
「あ、あいつっ」
 粘土状になった足元にはまり、ラァスはせせら笑ってアミュの手を引いて走る。
 その姿が見えなくなった頃、彼は足を止めた。
「ラァス君、知り合い……だったんだよね」
「昔幼い僕の事を虐めてた人たちなんだ。僕がまだ無力で、リンゴ程度しか潰せなかったぐらいのときだよ」
「……私、焼きリンゴしか出来ないから十分すごいと思うけど」
 普通の人間は、手にしただけでリンゴは焼けないのだが、アミュが可愛いのでどうでもよくなった。
 ラァスがアミュを見ていると、その背後に可愛らしいレストランがあった。花と小物使いが本当に可愛らしいお店だ。
「アミュこのお店、可愛いね。ここに入る?」
「うん」
 ラァスは周囲を見回し、知人がいない事を確認してから店へ入る。
 赤の他人は、普通の場所で初々しさ溢れる可愛いカップルを邪魔などしない。見られるのは別に構わない。見られるのにはなれている。邪魔さえされなければいいのだ。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったですか?」
 可愛い制服に身を包んだ可愛い店員が、店入り口で中の様子を見回す二人の元へとやってくる。
「はい」
「そではこちらへどうぞ」
 店員に案内されて、ラァスは周囲に気を配りながらアミュを庇うようにして進む。
 また変な奴らがいるかもしれない。男性のみでこの店にいるとは考えにくいが、女性にも知り合いはいる。女性らしい立ち振る舞いを教わったり、男の騙し方を教わったり、男のあしらい方を教わったり。
 ──うーん。人生の師匠達だったよなぁ。
 知らなければ知らない方がよかったはずの知識。ラァスはそれらを思いふいに悲しくなってきた。まさかこんな場所にいるとは思えないが……。
 と、その時だ。
「ヴェノム……」
 どこからか、聞こえてはいけない名が聞こえた。
「へ?」
 アミュが素直にそちらを向く。とぼけた現在緑色の瞳が愛らしい。
「アミュ、無視! 無視して!」
「あ、ごめんなさい」
 アミュはしゅんとする。ラァスはそんなアミュを慰めるようにして、何事もないように店員についていく。
「……なあ、君」
 話しかけるな。
「ヴェノムって女性の親戚じゃないか?」
 知らないふり、知らないふり。
「ああ、そこの金髪と栗毛の子供達」
 アミュは髪の色を栗色にしている。染め粉で一時的に染めているのだ。
「……ラァス君」
「わかった」
 ラァスは小さく生きを吸い、振り返る。
 ──ああっと……。
 どこかで見たことがある気がした。
 栗色の髪に、緑の瞳。整った顔立ちの男だ。年頃は青年と呼ぶべきか、少年と呼ぶべきか悩むほどのところにいる。特徴のある杖を持っている。服は旅人そのもの。
 一人でこんな店には入れるその度胸は、まあいいとしよう。ヴェノムの知り合いだから容姿がいいのはいつものことだから目を瞑り、変な杖を持っていることも目を瞑り、しかし気になることがある。
 ──なんでよりによって今のアミュと同じ条件なんだか……。
「なぁに?」
「あ、いや。君、ヴェノムの親戚だろう」
 アミュはこくんと首をかしげた。
「だれ?」
「あ、俺は怪しい奴じゃないよ。俺はテリア。ヴェノムの情夫だ」
 ──おいおいおいっ!
 さらりと言われたとんでもない内容に、ラァスは眩暈を覚えすぐに我に返る。
「アミュは知らなくていいことだよ」
 情夫なんて、そんな汚れた言葉をアミュに教えるわけにもいかない。断じて。
「ラァス君。わたしだって、情夫の意味ぐらい知ってるよ。そんなに物を知らないように見える?」
 アミュは唇を尖らせた。珍しくすねた顔が可愛い。
「……だ……誰にそんな単語を?」
「おねえさん」
「あの人は余計な事をっ」
 カロンとかハウルがと言えば、手加減しつつも一発二発殴っておきたいところなのだが、ヴェノム相手にはいくらなんでも怖すぎる。
「せっかくのデートなのに気分が悪いや。おねえさん、やっぱやめるよ。行こうアミュ」
 デートを邪魔されて気分が悪いのも本当である。
 しかし、ヴェノム関係者にはすべて警戒しなくてはならない。ウィトランとの繋がりがあるかもしれないのだから。
「あ、待って」
 テリアは店員に多めの代金を押し付けて二人を追う。
 ──来るなよ、デート中のカップル追うなよ。
 常識がない。そしてしつこい。
「ひょっとして師匠のストーカーじゃないのかな?」
「うーん。おねいさんを好きなのは本当みたいだし、ものすごく必死な気がするし……うーん」
 アミュの言葉に、ラァスは確信した。
「あんた邪魔っ!」
 ラァスは店を出ると同時に叫んだ。
「まあまあ。そう言わずに」
 絶対にストーカーだ。可能性があれば藁にもすがる。それが本当に赤の他人という考えはない。まさしくストーカー的自己中心的考え。
「デートなの! デート! せっかく邪魔者がいないから二人きりでいろいろ遊べると思ってたのに、なんで僕らを邪魔するの!?」
「えと、どうして?」
 無垢なアミュに見つめられ、テリアは頬を朱に染める。
「アミュ、この人危ない人だから風の速さでちゃっちゃと離れよう」
「うん」
「ご、誤解だよ。ただ、ただ、いくつなのか聞こうと思って」
 ラァスは彼を睨みつけた。
「なんで?」
「いや、最後に彼女に会ったのが十三年前だから、ひょっとしたらと思って……。き、君のお母さんは?」
 ラァスは深くため息をついた。
 アミュが自分の子ではないかと浮かれているようだ。
 ──ってか、この人も見た目だけのなんちゃって若者か。
「もういないよ」
 暗い声を出す彼女に、テリアは少し我に返った顔をして声を漏らす。
「え……」
「死んじゃったもの」
 アミュは演技ではなく落ち込んでいた。忘れていたとは思えない。本人もあまりかおを覚えていないと言っていた。姿は忘れる。それでも、思いは忘れない。
「ちょっと、せっかく立ち直ったのに、なんでそんなひどいこと言うの? サイテー」
 ラァスはテリアを睨み、そしてアミュの肩を抱いて歩き出す。彼女を励ましながら。
 さすがにテリアは追ってこなかった。
 完全に彼が見えなくなると、ラァスは拳を握り締めて言う。
「ほんと、気分の悪い男だったね」
「うん」
 アミュは頷くと、
「アミュ、何食べたい?」
「暖かいものがいいな。心も温かくなるから」
「そうだね」
 心が温かければ幸せだ。不幸を一時忘れることが出来る。
 だから、彼女の心がいつも温かければいいのに。自分がいつも暖められているから、彼女を暖められればいいのに。
「甘いものも食べようか。美味しかったら土産に買ってこうよ。コウトなんて、きっと驚くよ。向こうのお菓子とぜんぜん違うから」
「そうね。エノちゃんも、初めてなんじゃないかな?」
「そっか。エノもだね」
「うん」
 二人きりもいいが、迎えてくれる人がいるからそれは楽しいのだ。
 そしてふと、あの男性は迎えてくれる人はいるのか。そんな馬鹿な事を考えた。

 

 

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あとがき