23 春の日差し暖かく

2

 ひよこを手のひらに乗せ見つめる青年。そこはかとなくにやついているようにも見え、その姿は異様である。ああ、異様である。怖い。
 ──に、逃げよう。
 色々な意味で本当に恐怖を感じたから。
 本能から来る色々な警告に従いコウトが後ずさると、背が誰かにぶつかってしまった。背中に柔らかな感触が当たったので、すぐに女性と知れた。
「ご、ごめんなさいっ」
「あらいいのよ。でも動くときは周囲に気を使ってくださいね」
 飴色の髪。紫の瞳。美しい笑顔。優しい言葉。
 コウトは彼女の名を知っていた。ラナという女性だ。
 この可能性は始めから皆が考えた問題だった。しかしあれ以来一度も襲撃を受けていないので、他の狩りやすい始祖を求めて動き出しのだとヴェノムは考えた。
 ──ヴェノムさんはこの人達を過剰評価していました。
 まさかいまだにこの町に居座って、呑気に祭りを堪能しているとは誰も思っていなかった。
 なにせ、彼らは始めからラフィニアたちが目的だったとは思えないからだ。いつかラフィニア達は国へと帰る。狩るなら皆一緒にいる今でなく、バラバラのときを狙って狩ればいい。つまりこの大陸に出向く時間があれば、大陸内で始祖を狩った方が時間を有効に使用できる。
 何らかの当てがあり彼らはこの大陸に来たと考えた方がいい……という予測だった。
 思ったよりも彼らは暇人らしい。
「………っ」
「あら、私の顔に何かついてる? それとも、異国の者がそんなに珍しいのかしら」
 ころころと笑いながら彼女は言う。笑顔を浮かべようが、美人は実は怖いというのが相場である。この女性は本当に誰よりも怖い女性だ。そういう人格を内に抱えているのだ。
 額からじんわりと汗が吹き出る。
「ラナ、何をしている?」
「いえ、男の子とぶつかってしまいました。
 ダーナ様、ひよこにばかりかまっていると、ザイン様がすねられますよ」
「だが……」
 と、奇妙な内容ではあるものの、ごく普通の会話にコウトは驚く。
 ──き、気付いていない?
 あの派手な面々の中に一人ぽつんと目立たない自分がいた。記憶にないのも道理といえよう。彼らからしたら、この国の人間など見分けがつかないという可能性もある。なにせ皆黒髪黒目だ。
 ──悔しい気もするけどなんて幸運! よし逃げよう。
「それじゃあ私はこれで」
 何事もなかったように立ち去ろうとしたところ、突然首根っこを掴まれた。
「ひっ」
 コウトは額と言わず全身から一斉に汗が出るのを感じた。
「アホかお前らは。このガキは始祖と一緒にいたガキだろうが」
「え……そうなんですか!?」
「なんとっ」
 二人は揃って驚いてくれる。
 ──そんなに驚かなくても。
 しかも覚えていたのが一番覚えてくれていなさそうな、立場が上らしい相手である。彼の心内は烈しく揺らいでいた。悲しむべきか、喜ぶべきか。もちろん見つかってしまったのは悲しむべきである。
「天使ちゃんや少年少女が可愛くて、他なんて見てませんでした」
「ああ、可愛い天使だった。できれば連れ帰りたいぐらい可愛い天使だった。始祖でなければなんとしてでも手に入れたものを」
「ダーナ様、可愛いものが好きなのは理解できますが、犯罪は良くありません」
 殺しも犯罪である事を棚に上げ、真っ当な意見を述べるラナ。
 コウトは吹き出た汗が、服を身体に張り付かせるのを気持ち悪く感じた。
「しかしよかった。あの山は気配を辿ることも出来ないから難儀していたところだ。
 お前を捕らえていれば、向こうからやってきてくれるだろう。仲間思いのようだからな」
 ザインはフードの下でつくりと笑う。
 一番まともなのは彼のようだ。一番残酷なのも、聞いた話では彼ではないようだが、彼も残酷らしい。そして一番肝心なのは、あの面々が相手にもならないということだった。ホクトとヴェノム、そしてエノが加わればどうなるかは分からない。しかし、狙われているのはあの小さなラフィニアだ。ホクトでもエノでもない。自分を守ることも出来ない、小さく無邪気なラフィニア。
 ──逃げなきゃ。
 どうやって? 無理。不可能。周囲に助けを求めて、もしも彼らが巻き込まれたら? ひよこは愛しているようだが、人を愛しているようには見えない。
「さて、目立つ場所に移動するか。その方が我々を見つけやすいだろう?」
 ザインの案にダーナは頷いた。そして
「では、このひよこを二匹くれ。雄と雌」
「買うのか、お前は」
「だってこのひよこ珍しい。自分への土産に、これぐらいいいだろう!?」
「まあ……いいのだが。ひよこなんて弱い生き物、お前が飼っていたらすぐに死ぬからな。
 ところでこのひよこ、まだ肌寒い時期に外に出していいのか?」
 ザインは首をかしげた。
 ダーナはひよこを受け取り代金を支払う。
「このひよこは鶏と妖鳥を掛け合わせて品種改良してあるんですよ。だから子供の玩具にされてもちゃんと育ちます。しかも肉もとても美味しいです」
 以前飼っていた事のあるコウトが教えてやる。
「食うのか!?」
 ダーナは愛らしいひよこ二匹を手に平の上に乗せて叫んだ。
「成長したら、あなた方の大陸でも食べるでしょう。雌鳥は卵を産みますが、雄鶏は食べるしか価値がありませんし。
 前に飼っていたトトは、雄鶏だからと勝手に父に……くっ」
「……それは……辛いな」
「はい。手塩にかけて育てた鶏が、知らぬ間に夕食になって知らずに食べていたなんて……。
 昔聞いた残酷な童話を思い出しました」
 悲しい話である。
 大切な息子を殺された瞬間に近いものがあるだろう。泣きながらすべて食べた。皆の分を奪い取り、すべて自分で食べた。
 悲しかった。美味しかった。その日は眠れなかった。
 可哀想なトト。お前は今も私と共にあるのだ。
「この二匹はなんと名づけよう」
「そうですね。誰も食べてしまわないよう、立派な名前をつけてあげてください」
「そうだな。よし、エドワードとエリザベスだ」
 ダーナの言葉に突然ラナがハンマーを振るう。
「アホかあんたは」
 殴られて平然とするダーナに向かいラナが怒鳴る。先ほどまでのラナとは雰囲気、気配、何もかもが違った。
「む、サリサか。相変わらず乱暴な女め。私のエディとベスに何かあったらどうするつもりだ? まったく、あの時から何の進歩もない女だ」
「そんなちっぽけな鳥にそんな名前付ける馬鹿がこの世の中にいていいはずがないから殴ってんでしょう! まったく、あんたの馬鹿さ加減は生まれ変わっても直ってない!」
 二人の豹変振りと会話は、どちらにしてもおかしいことに変わりない。
 コウトは今のうちに逃げてしまおうとも考えたが、一人慣れた様子でわざわざ遠くから眺めているザインの視線を受け、断念する。
 ──誰か助けて。
 もちろんラフィニアとルートは連れずに。
「あの、どうでもいいですけど、ひよこ怯えてますよ。さすがにあまり虐めると死にますから。ストレスを与えないように気をつけてください」
「はっ。そうだった。この子たちがいた。すまない名も知らぬ少年」
「コウトです」
 名は教えても構わないだろう。この町は彼の故郷だ。父が死ぬまで、ここに住んでいた。だからここの住人は彼の事を知る者は多い。なにせホクトの弟子なのだから。
 いつか、自分達の治療をすることになるだろうと、良くしてくれている。
 彼はその期待に応えなければならないのだ。
 元々ホクトに弟子入りしたのも、ただの医者では治せない怪我や病気を治せるようになるため。そして、誰かを守れるようになるため。
 強盗に殺された父は、コウトを庇って死んだ。
 ホクトのような治療術があれば、彼のように強ければ。そう思い弟子入りした。
 ホクトは我が侭なところもあるが腕は本物だ。今はとても充実している。現に、彼らのような化け物相手は別なのだが、普通の人間では束になってもコウトには敵わない。コウトよりも大柄な大人も一ひねりに出来る。
 強くなっているのだ。そのはずなのだ。
 ただ、最近強い人間ばかり見ているので少し自信をなくしている。
 ラァスもコウトが一年かけて覚えた事を、たった三週間でマスターしている。ホクトもそれを面白がり、形も教えていた。あと一週間ほどで手回しが効いて家に帰るらしいのだが、それまでの期間で彼はどれほど強くなるだろうか。
 彼は体術と戦斧の扱いを習っている。
 ホクトは武器よりも体術のみの方が得意なのだが、それでも武器の扱いは天才的だ。何でもできるのがホクト。攻撃魔術がからきしできないというのが唯一の弱点らしい。それはつまり、武道家としてはなんの問題もないということだ。
 自分は、彼にとって出来の悪い弟子に過ぎない。本当はラァスのような教えがいのある弟子こそ求めているのだろう。
 コウトの父がホクトの知人でなければ、けっして弟子入りなどさせてもらえなかっただろう。
 その上捕まってしまっていては、ほんとうにどうしようもない弟子だ。
「……………」
「ど、どうした? 急に暗くなったぞ。腹でも痛いのか?」
 ダーナはコウトを心配して顔を覗き込んできた。
 ──見た目に似合わず、けっこういい人なんだなぁ。
「馬鹿じゃないあんた。捕まって暗くならない方がおかしいわよ。
 まあ、関係のない子供を殺すほどザイン様も非道じゃないから安心して」
 一番あっさりとラフィニアを殺そうとしたらしい彼女が言うと、ザインは遠くで口元を歪めていた。フードでその表情は分からない。
 ダーナはサリサを睨み、そしてエドワードとエリザベスを袈裟にも似た上着の中にしまう。
「ぴよぴよぴよぴよ」
「よしよし。可愛いな、お前達。おお、そうだ。店主、こいつらのエサもくれ」
 ダーナはエサも大量に買うと、宣言もなく突然歩き出した。
「こら、勝手にどこに行く気?」
「二匹を入れられるかごを探しているだけだ」
 もしもこの二人だけであったら、コウトは迷わず逃げていただろう。
 一人まともに見えるザインさえいなければ。
 ──この人達、どっちが主でどっちが従なんだか……。

「アミュ、ほっぺたにソースが付いてる」
 言ってラァスはアミュの頬に付いたソースを舐め取った。
 アミュは突然のことに驚き、顔を赤らめ頬に手を触れる。
 青春だ。初々しさ溢れる青春だ。カロンはそれに感銘を受け、
「ラァス君、ぽっぺに」
「ついてねぇよ」
 近づけた顔をあっさりと押し戻され、カロンは腕の中のラフィニアを抱きなおす。
「ラフィ、最近ラァス君が冷たいんだ」
「ラフィに愚痴らないで。そんな風に育てちゃダメなんだよ。ラフィが可哀想だよ」
 真っ当な意見にカロンは返す言葉もない。
「もう、邪魔しないでよねほんと。前回のときのおにいさんといい、カロンといい。そんなに邪魔して楽しいの!?」
「ラァス君、君を愛している男にそれを言うのか」
「うん。カロンは人間としては嫌いじゃないけど、恋愛対象としては対象外だって言ってるでしょ」
 カロンは予想通りの返答に、ある種の安堵感すら覚えた。
 最近、振られなれている。それまで振られるようなことは一度たりともなかったのだが、彼に出会って以降、すっかりそれが定着してしまった。
 しかし、諦めるわけではない。彼はまだ若い。今後がある。いつか振り向いてくれる事を願う。
「二人とも本当に仲良しね」
「そうだねぇ。でも、僕とアミュの方がずっと仲良しだよ」
「あら、私とアミュの方が仲いいわよ」
 怪しい道具を買い付けて、顔がにんまりしているメディアが言う。機嫌のいい彼女は少し怖い。人を殴って罵ってこそ彼女である。そんな彼女が上機嫌でにこにことしているのだ。少し、怖い。
 ラァスはハウルにすがりつき、二人の仲の良さをアピールする。
「ハウル君。時々君が憎くなる」
「はぁる、とぉとにくぅぬぅ」
 腕の中のラフィニアがカロンのまねをしようとしゃべる。最近彼女は少し言葉が上手くなった。子供の成長とは、なかなか嬉しいものである。最近の成長といえば、飛べるようになってから彼女はしばらく立っていられるようになった。着地して、数秒。何かに捕まれば歩くことも出来る。人間の子供でない上に始祖である。何かと順序が普通の子と違うのだが、それもまた彼女の個性。
 最近一番上達したのは、人の身体を這い回ることだ。今もカロンの腕から抜け出して、服を掴みながら背中に回った。頭の上にしがみ付くと、彼女は満足して吼える。
「おおう、おおう」
「……好きだねぇ、そこ」
「首が疲れて困るんだが、これは。あと、魔力が尽きて落ちやしないかと」
「そりゃないでしょ。ラフィさいきんずっと飛んでるもん。ラフィ〜、僕んとこおいでぇ〜」
 ラァスが猫なで声を出して手を差し出すと、彼女はいやいやと首を欲に振った。
「ラフィ、来い」
 ハウルがぶっきらぼうに手を差し出すと、ラフィニアは彼の頭の上に飛んだ。 
 ちょうどカロンと視線が合い、彼女は楽しげに笑う。
「つまり高いところがいいのか……。ラフィも結構現金だな」
「ふん。フられたからって嫉妬すんなよ、みっともない。なぁラフィ……って、いてて」
 ぎゅっと髪を握られ、ハウルは頭の上のラフィニアを持ち上げる。しかし彼女はその髪を離さない。
「おにいさんの髪はきらきら光るから、とっても気にいったみたい」
 アミュはおっとりと微笑んで現状を解説する。
「さすがカロンの娘。親に似て早光物が好きなんだね。ラフィったら、もう女の子らしいことに目覚めちゃって、おませさん」
 ラァスは腹を抱えて笑いながら指差して言う。
「おーほほほほっ! 愉快だわ! いい子ねぇ、ラフィ。
 ハウル、あんたは髪好きなだけむしられてあげなさい!」
 メディアが上機嫌に笑う。
「アホかお前らっ!」
 ハウルが怒鳴ると、その頭の上のラフィニアは突然火が付いたように泣き出した。
 カロンはラフィニアを腕の中に取り戻し、大声を上げてなく彼女をあやす。しばらくするとぐずりながらも泣き止み、指をくわえて大人しくなる。
「やっぱりお父さんがいいんだね」
「ラァス君しつこいようだが、兄だ」
 カロンはラフィニアを帯で身体にくくりつけ、先へ行ってしまったヴェノムたちを追いかけた。
 いい寄って来るキリエにうんざりしている様子がとても新鮮な気持ちにさせてくれた。
 彼女でもうんざりするときがあるのだと。


 来ない。
 彼は自らのいる場所を確認した。神社の境内。祭りの見所である。目立つ彼らを見つけるのは容易なはずだ。逆に相手からも見つけられるだろうが、お互い様。
 しかし来ない。
「他所の神族に興味はないし、テリトリーを荒らしに来たと勘違いされるのが嫌だからここにはよりつかず、お前は忘れられて帰ったとか」
「悲しいこと言わないで下さい」
 ザインの予想にコウトは泣きそうな顔になる。その可能性を自分でも考えていたのだろう。
「さすがにエノだけは心配してくれるだろうし」
「エノ? 赤毛の娘か?」
「いえ、あそこにはいなかった女性です。冷たいところはあるけど、本当は優しくて美人で……自分の知る美形の中で唯一まともな人です」
 ザインはかごの中のひよこたちを愛でるダーナと、武器を手入れするラナを見た。
 そしてため息をつく。
 ここ数百年、睡眠を邪魔すると虫の居所が悪くなるという惰眠王になっていた彼が、珍しく外に出続けている。最近でも一番のあたりらしい。
 仕事でもこれほどの意欲を見せればいいものを「動物を殺すのは好かない」とほざいて、小さな動物型の始祖を殺すのを躊躇いサリサにやらせる。
 ラナは非情になりきれないところがあるくせに、サリサに変わった瞬間無情になる。
 何を考えているのか分からない。
「ところで、貴方達はどうして『始祖』を殺すんですか? あの二人は……そりゃあルートさん……白竜の彼が暴れたら、被害は大きいでしょうが……そんな気性の持ち主でもありません。
 ラフィニアなんて、まだ赤ん坊です」
 ダーナとラナが同時にコウトを見た。
「まだミルクを飲んでいるような赤ん坊ですよ。もちろん離乳食に切り替わりつつありますが、ミルクが大好きな子なんです。
 あと、果物も好きで、前にミカンをあげたら私の名前も覚えてくれて、顔を合わせるたびに『みかっみかっ』って叫ぶようになったんですよ。ほんとそんなところまで可愛くて……」
 可愛いだろう。子供とは頑固な大人すらほだす力を持っている。まっとうな生物とは、そういった子供に対して愛情を持つようにできている。
「それ以上はやめろ。あの男が怪しい目をしている。別な意味で危ない。赤ん坊誘拐して蒸発とか洒落ならない」
「ごめんなさい。色々とごめんなさい」
 彼はどれほど危険な男の側にいるかようやく自覚したようだ。
 可愛いものに目が眩んだ彼の暴走を止めることは出来ない。
「でも、ルートさんも十分可愛いですけど。小さい姿でラフィニアの玩具にされる様は、もう何とも言えず和みます」
「馬鹿かお前は。絶対に変な想像しているぞあの男」
 かごを抱きしめ、ほんのりにやつく大の男。
 ラナの場合は『ラナ』でいてくれれば突然ヴァルナに切りかかるだけの無害な女だが、ダーナはヴァルナであっても手が終えない。どちらがマシとはいえないが、敵が可愛くない限りは、ダーナとラナに出ていて欲しい。そう思うのだが……今はこの男の方が危険である。
「ダーナ、お前引っ込め」
「嫌だ。この子達の身の保証がない限りは絶対に」
「わかったわかった。私が預かっておくから」
「そんな不安なこと出来るわけがないだろう!」
 失礼な男である。
「じゃあ、私が預かりましょうか?」
「奴らが来てサリサがしゃしゃり出た瞬間にこの子達は死ぬだろう」
 まったくもってその通りである。
(まったく、こいつらも面倒な奴らだな)
 いつか胃潰瘍なる病にかかるのではないかと、人の身であるこの身体が心配になる。
「もっとまともなのと取り替えて欲しい……。せめて人格が変わらないようなのと」
 その言葉にダーナとラナは笑い出す。
 何がおかしいのだろうか。何かおかしな事を言っただろうか。
「ところで、あなた方はどうして祭りを見物していたんですか? 何か他に目的があったのでは?」
「そうだが、明日までは暇でな」
 明日のために海を渡ってきたのだ。他の二人はともかく、ザイン自身の証拠を残さないために船に揺られて。わざわざ顔を隠しているのもそのためだ。
 ──こいつらが明日まで観光気分だったら、絶対にクビにして、別のと取り替えてやる。
 そうんなことを考えながら待つこと日が暮れ。コウトが涙を拭う頃まで。
 その時になって、ようやく四人は見つけてもらうのを諦めた。

 

back  menu  next