24話  幽霊城

 

 ハウルは荷物を確かめ、全員がいることを確認した。
 周囲を見渡せば、むき出しの岩や、そこに生える木や植物。そのいくつかをヴェノムのために採取し、荷物として持っている。また一年はこちらには来ないだろう。往復はヴェノムに頼らなければならないからだ。長距離の移動は彼女を疲労させる。口にこそしないが、そう頻繁に行うべきことではない。
「コウト、元気でね」
 ラァスは短い間だが修行仲間となったコウトの手を握って別れを惜しんだ。
「ラァスさんも元気で」
「うん。
 ホクトさんも、本当にお世話になりました。機会があれば、また指導してくださいね」
「ああ。ここに残っても面倒見てやるつもりだけどどうだ?」
「ごめんなさい。やっぱり師匠はこっちの師匠の方がいいです。料理上手で美人だから」
「それはそれで屈辱的なふられ方だな……」
 ヴェノムは目を細めた。おそらく勝ち誇っているのだろう。
 ラァスはエノとの別れを惜しむアミュの隣に立ち、その手を取った。
 結局、アミュと離れたくないというのが一番大きいのだ。ハウルは思わず小さく笑った。
 カロンは正面を向けてラフィニアを抱き、見本になるかのように三人に手を振った。
「ラフィ。エノおねえさんにバイバイは?」
「ばぁばぁー」
 ラフィニアは手を前後に振った。まだ上手く左右に振れないのだ。その愛らしい姿に、コウトは手を振り返した。
 ハウルは黒い石の上に乗り皆を待つ。
 心配なのは植物達。マースとローシャに任せたので、枯れているということはないだろう。だが、やはり心配だ。
 ヴェノムがハウルの隣に立つと、皆がすぐさま集まった。
「ではホクト。エノを頼みます」
「ああ」
 コウトは皆に頭を下げた。
 ザインに誘拐されて以来、彼は少し大人になった。何かを悟ったかのように常に落ち着ついた姿など、とても十代のものとは思えないほどだった。よほど衝撃を受けたのだろう。
「それでは」
 ヴェノムが宣言すると視界が歪み、すぐに闇に包まれる。
 長距離の転移は一瞬で終了した。暗くて何も見えないが、ここはいつもの魔法陣のはずだった。ハウルが一歩前に出ると、何かをくしゃと踏んだ。
「ん?」
 ハウルは踏みつけにしてしまったものを拾う。闇の中の地下室に光放ち、それを見る。
『愛しのヴェノムへ』
 ハウルは父親の悪戯かと思ったが、父とは筆跡が違った。ウェイゼルはお手本にしたいような人間味のない綺麗な字を書く。しかしこの手紙の字は左手で書いただろう癖のある字だ。
「なんな……うわっ」
 ハウルが持っていた手紙は突然燃えた。一瞬で灰となり、ハウルはあっけに取られて振り返る。暗がりの中、子供が泣きそうな恐ろしい無表情のヴェノムの目が合った。
「お前か。何なんだよ一体!? ちょっと火傷しただろ!」
「何でもありません。ただのストーカーからの手紙です」
「……そ……そーなのか」
 ヴェノムがあからさまに人を否定するのは珍しい。手紙の内容は卑猥なものだと予想されたのだろうか? ならば人の祖母に対してなんと無礼なのだろうか。
 ハウルが火傷した指を舐めるていると、怖いのかラァスがアミュの手を引いた。
「アミュ、早く外に行こう」
「うん」
 ラァスとアミュはなかよく歩き出した。ハウルが二人の後をついていくと、突然ラァスが振り返った。
「ちょっと、人のスネ蹴らないでくれる? そんな低次元の嫌がらせして、君は子供?」
「いや、俺違うし」
「じゃあ誰が……」
 下を向き、ラァスはアミュの手を離して壁際まで後退した。それを見て、壁が壊されるのではないかとハウルは心配になる。
 仕方なくハウルが原因の究明のために足元を見ると、綺麗だが不気味な人形がラァスを見上げていた。
「あ、ローシャちゃん!」
 アミュがしゃがみ込み優しく人形を抱き上げる。
 この城の三大悪霊の一人、ローシャだ。力自体は他の悪霊と大差ないが、過去の実績故に実際の実力よりも上の立場にいる。彼女はこの城の中では比較的見られる可愛い悪霊だ。他の首もげ少女や、下半身を探してさ迷うメイドや、全身を焼かれて死んだ男が水を求めて追いかけてくるというようなのに比べれば、ずいぶんと可愛い悪霊だった。しかしラァスにとっては、ただの幽霊でしかない。
「……ラァス様」
「な……なぁに、ローシャちゃん」
 全身でその存在を拒否しながらも、女の子相手という事でラァスは律儀に応えた。
「寂しゅうございました、ラァス様」
「そ……そぉ。僕はとっても平和に暮らしていたよ。ははは……」
「でも、間に合っていただけて幸いです」
「何に?」
「この記念日に」
「は?」
 ローシャはてこてことラァスに近付いた。ラァスは壁伝いにじりじりと逃げる。
「ラァス様。ラァス様は男性ですが、私は貴方が好きです」
「そ……そぉ。う、うれしいなぁ」
 今のラァスなら、自分の好みでない生きた女に告白されたとしても、そちらに飛びついていきそうだった。それでも相手を傷つけないよう気をつけるのは、ヴェノムの厳しい教育の成果だろう。いつもの演技とは違い、完全に声が裏返っているのはさておいて。
「ラァス様。今日はうんと遊びましょう」
「いやぁ。でも僕掃除しなきゃ」
「それは他の者がいたしますわ。さぁ、ラァス様。私達と、遊びましょう」
「た……ち?」
 突然、ラァスの背後の壁から仮面が浮き出た。鼻から上を覆う形の仮面だけが。
「あ」
 皆の声にラァスが振り向くと、その仮面の位置に合わせて徐々に男の姿が浮かび上がる。顔半分は隠されているが、見える部分にもひどい火傷を負っている。そして身につけるのは、薄汚れた礼服。白の手袋。そして、斧。
「ひぃぃぃぃぃぃぃい」
 ラァスは逃げ出した。


 ラァスはふと気がつくと、見慣れない場所に立っていた。この城には一年以上住んでいるが、必要のない場所には寄り付かないことにしている。故に、時々迷うこともある。
 現在、地下であること以外はすべて不明。
「うわぁぁあ! ジェームスに気を取られて迷ったぁぁあ!?」
 いつもは誰かと一緒に迷うので恐くはない。しかしラァス現在一人。しかも、ここは代々殺人鬼が住んでいた城。
「ど……どーしよ」
 ラァスはとりあえず、いくつもの光を生み出し遠くへと飛ばす。
 暗いよりは明るい方が恐くない。そう思ってのことだったが、現在いる場所の複雑さを知って少し落ち込んだ。真っ直ぐの通路に、いくつもの分かれ道があり、足は前へ進む事を拒む。
「ラァス様、何をなさっていらっしゃるの?」
「うわぁぁぁぁぁぁあ!?」
 ラァスは突然のローシャの声に迷わず前へと突き進む。
 それが間違いだった。


 ハウルは走り去ったラァスを見送り、はたと気付く。
「あいつ、変な方に走っていかなかったか?」
「誘導したからな」
 ハウルの呟きにジェームスが答える。
「……お前、何を企んでんだよ」
「いや。ただ彼を驚かせたい皆のために、彼を袋小路に追い込んだだけだ」
「……お前ら……そんっなに寂しかったのか?」
 ジェームスはふっと自嘲気味に笑う。遠い目をして明後日の方へと目をやり、そして言う。
「皆、ストレスがたまっているのだよ」
「おいおいおいおい」
 ハウルは脱力した。まさか彼の口からストレスなどという言葉を聞こうとは。
「ヴェノム様。幽霊にもストレスはあるの?」
「元々は人間です。ストレスがあっても問題ありません。ただ、それで体調を壊すようなことがないだけです」
 メディアは顔を顰め一言呟いた。
「ラァス、今度はどれだけ浄化させるのかしらね」


 ラァスが走りついた場所は拷問部屋だった。以前見た場所とは違う、もっと古い、もっと大掛かりな拷問部屋だった。
 人が何人も入りそうな釜や、水車まである。壁には古びた木の杭や槌がある。
「……なんでこんなのが……」
 ラァスはそれらの器具をざっと見た。ジェームスだろうかと首をかしげていると、横手から声がかかる。
「それは偉大なる英雄、ゼネイオ様のものさ」
「………………」
 その男は、一見普通の人間だった。この場に相応しくない、ひょろりとした若い男。
「………………」
「俺か? 俺はゼネイオ様に飼われていた拷問吏さ」
「…………」
「今日はやけに力がわいてきやがる。あの男の影響だな」
「あの男……」
「ブリューナスさ。そのせいか、今日は雑魚どもまで活気付いてやがって鬱陶しい。例えば、お前の後ろの釜の中とか……」
 ラァスはゆっくり……ゆっくりと振り返る。
 釜の中から、手が出た。形容しがたい醜い手。ラァスはゆでられた人間など、見たことがないからそれが本当にゆでられた人間なのかは分からない。
「ひっ」
 反射的に浄化の術の呪式の構成を組み立て解き放つ。
 手は消え、安心しかけたラァスはばっと振り返る。
 まだ、拷問吏がいる。
 にやにや笑う男は一見普通の人間に見える。しかし、ここにいて数百年前の人間である以上、死人であることは間違いない。
「静かな救いの地に眠って!」
 ラァスが簡易的な術を仕掛けるものの、まるでジェームスを相手にしているようにまったく手ごたえがなかった。
「くっ……」
「きかねぇよ。あの旦那ほどじゃねぇけどな、俺を払いに来た人間は皆ここの仲間入りしてるんだぜ」
 彼はにやにやといやらしく笑った。
「でもまぁ、俺は女以外に興味ねぇんだ。何せ俺は殺人が趣味ってわけじゃねぇしな。仕事は仕事。趣味は趣味。けどなぁ、あんまり長くいると…………足速いな」
 ラァスは背後に拷問吏の台詞を聞きながら走っていた。
 一見人間っぽく見えるので、他の幽霊っぽいのよりは恐くはない。頑張れば浄化できるかもしれない。しかし他のもっと弱いけど幽霊っぽいのが恐かったので、いても立ってもいられずに逃げ出した。彼の背後に、足のない女性が立っていたからだ。その足は、幽霊だからではなく、おそらくあの槌で杭を足に打たれて……。
 いやよそう。考えないことが一番である。


 しばらく走ると真っ直ぐな廊下に出た。
 だんだん追い詰められているのではという気になるのだが、極力考えないことにした。
「どこだろ……ここ」
 先ほどの変な幽霊の所に帰るよりはマシなのだが、怖いものは怖い。一体どこをどう進んでいるのやら。
 しばらく歩いていると、背後からずりずりといった音が聞こえた。
「……どこ……どこ……私の……」
 ラァスは迷わず浄化の術の準備をする。怖くて気が遠のくが、以前気絶したときはえらい目にあった事を思い出し持ち直す。
 ──大丈夫だよ僕。相手はたかが悪霊じゃないか。たかが…………。
 突然、ラァスの足が何者かによって掴まれた。
「足……」
 振り返ると、そこには女性がうつ伏せになってラァスの足を掴んでいた。ただし、その女性は膝から下がなかった。まるで、つぶされたような跡があるばかり。
 ──さっきの足のない女の人……。
「足……足……ちょうだい。この足、ちょうだい」
「お願い眠ってて!」
 ラァスが浄化の力をぶつけると、その匍匐前進女は昇天した。
 ──……もうやだ……。
 恐いし、暗いし、寒いし、変なの出るし、迷っているし、おまけに一人。
「……ハウルぅ。アミュぅ。メディアちゃぁん。カロンでもいいからたぁすぅけぇてぇ」
 半泣き状態になりながら、おそらくのほほんとしているだろう友人達の名を呼んだ。絶対にのんびりとしているだろう。そう思うと本格的に泣けてくる。
 自力の脱出しかないのだろうか。この場にカロンがいたら、それこそ頼って抱きついて何でも言うこときいてあげたくなっただろうに、肝心なときにいなかったり役に立たない男である。
 しばらく歩くと、また十字路にたどり着いた。
 ますます迷っている気がするのは、彼の気のせいだろうか。
「……こっちかな」
 ラァスが歩を進めると、
「そっちに行くと、余計に迷うよ」
 聞き覚えのある声にそちらを見れば、見覚えのある殺人鬼がにやにやと笑ってそこにいた。
「あ、マースだぁ。よかったぁ、知ってる人がいて」
「……俺には怯えないのか?」
 マースは珍しく戸惑いの色を見せた。珍しいと思うほどの付き合いがあるわけではないが、いつも飄々としているイメージがあるので、意外であった。
「なんで? 君は水の精霊なんでしょ? 怯える必要ないし」
「お前、元は同じでも精霊になったらいいのか?」
「うん。元殺人鬼程度じゃ怯えるのも馬鹿らしいし。精霊なら怖くないし」
「ある意味徹底的な差別主義者だなお前」
「そんなことないよ」
 人が自らと異なるものに対する恐怖を、たかが殺人鬼に対する恐怖とを一緒にしないでもらいたいものだ。それを言っていたら、ラァスは自分自身に恐怖を覚える必要が出てくる。時々そういった繊細な人間がいるらしいが、ラァスの心臓は基本的に強く出来ている。うらみもない人を殺すことはもうしないつもりだが、絶対に殺さないかと問われれば、時と場合によると返す。
「ところでマース、どっちに行けばいいのかな?」
「教えると思うか?」
「教えてくれなかったら、消すよ」
「お前可愛い顔してえげつないな」
「元々殺し屋だからねぇ。今更害しかなさそうな精霊の一人や二人殺しても痛む良心は持っていないよ。アミュに近付く害虫も減っていいことだし」
「ははは。見捨てるぞ」
「できるもんならやってみて」
 ラァスは罪人の術を準備してにっこりと笑う。いかに精霊と言えども、基本的に召喚術のこれにだけは破れない。捕らえてしまえば料理は簡単だ。
「くっ……だから地の属性の奴は嫌なんだ」
「ほらほら、どっちに行けばいいの?」
「仕方ない。とりあえず、地上に戻る道を教えるよ。
 ここ」
 言って彼はがすと壁を蹴る。すると壁が倒れて階段が現れた。
「大胆な仕掛け……だね」
「いや、元々ちゃんとした仕掛けだったんだけど、壊れてるんだ。あ、帰るときにはちゃんと壁を元に戻しとけよ。変なのが上に行ってもなんだから」
 マースは一人階段を登って行ってしまう。
 ラァスは言われたとおりに少し苦労しながらも壁を元に戻し、階段を登っていく。変なのが出ると怖いので、全力で駆け上がった。やがて行き止まりにたどり着き、天井を押した。すると、光が差し込み、ラァスの目をくらませる。そこは懐かしい光輝く世界だった。日陰なのだが、暗い城内に比べるとどこよりも光りに溢れた場所だった。
「ああ、外の空気! ……って、ここ裏庭?」
「そう。俺の井戸の真横」
「なるほど」
 ラァスは地上に出て羽目石を元に戻し、うんと伸びをする。清清しい気分だった。外はいい。昼間はいい。明るいっていい。
「さっ、部屋に戻ろ…………」
 口にした瞬間、ラァスの心臓が跳ね上がる。
 足が、また掴まれた。
「あ、そこ俺が死体埋めた場所」
「眠れっ!」
 視界にい入る前に浄化完了させ、ラァスはちらとマースを見た。
「なんで……なんで今日はみんなぞろぞろ出てくるの!?」
「なんといっても、今日は俺らの命日だからな。めぼしい奴らの力が強まってるんだよ。その影響で、他の雑魚どもまでお前に姿を見せて触れられる程度には力が強くなってるんだ」
「…………」
 そうだった。ちょうどこの時期だった。ジェームスと始めて出合ったの悪夢の日は。
「…………お……お部屋に帰る」
「そうした方がいいんじゃねぇか。あいつら怯えてくれる人間が大好きだからな」
 ラァスはとりあえず城に入るために裏口へとまた全力で走った。さすがに疲れてきたのだが、恐怖から逃れるために地をえぐるほどの速度で走る。途中ジェームスの木の前を通ることになるが我慢である。一瞬だ。止められても振り切るのみ。あれよりもよほどそこらの浮幽霊の方が恐い。
 角をほとんど速度を落とさず強引に曲がった、その瞬間だった。
 それが目に入る。
 うずくまりすすり泣くぼろぼろの女の子。怯えるその姿はただ事ならぬ様子だ。殺人鬼と追いかけっこをしている少女の恐怖そのもの。
 恐いだろう。ずっと恐怖に付きまとわれるのだ。師が比較的若い頃(本人談)にこの城を購入したらしい。つまり、少なくともヴェノムが生きたのと同じ程度の間、ずっと怯えて、何度も何度も死んでは忘れているのだ。
 彼女は悪くない。悪いのはあの殺人鬼である。
 彼女は被害者。哀れな被害者。
「あ……」
 彼女はラァスを見た。見て、笑う。
「どこに行っていたの? いなくなって心細かった」
 彼女の中では、時はあのときのまま。自分が死んだ事を思い出してもすぐに忘れる。そうやって何年も泣き続けていた。
 彼女は立ち上がる。ころりと首が落ちるが、身体はそのままラァスの方へと向かっていた。ラァスは反射的に後退した。
「どうしてにげるの?」
 地面に落ちた首は呟いた。
「っ」
 ラァスはパニックに陥った。それでも身体は後退し、彼女から目を逸らすことが出来ない。
 恐いという感覚もない。
 ただただ、それから逃れたいばかりであった。
 彼女の体が近付き、そして別の声が耳に混じる。
「ねぇ、なんで……」
「どうして?」
「あいつが来る……」
「助けて」
「たすけて」
「タスケテ」
「コワイ」
 ラァスの耳に頭に、聞こえるはずのない声が響く。
 ここは、大勢の子供が殺された場所。罪のない子供達。恐怖に震える子供達。無残に未来を摘み取られた子供達。
 ラァスは呪文すら頭に思い浮かばす、恐怖のあまりただただ走り出した。


「今、ラァス君の……悲鳴?」
 土産に買ったまんじゅうに噛り付こうとしていたアミュがつぶやく。
 ハウルは気にせず茶を飲み一言。
「なんだ、もう地上に上がったのかよ。つまんねぇなぁ。気絶したら回収しようと思ってたのに」
 丸一日ぐらいは地下で泣いていたら楽しいと思っていたのだが、そこまで甘い奴ではなかったようだ。
 カロンなど、落胆のあまりため息などついた。
「頃合を見て助けに行こうと思っていたのに……」
「追い詰めて錯覚を起こさせようというのか、この変態め」
 ノーラの言葉を聞きながら、カロンはまんじゅうに噛り付く。それを見て、なぜかここに混じっているジェームスが言った。
「おそらく、ここまでたどり着くのはまだまだ先のこと」
「…………なんだって?」
「なにせ、あそこから先は私の殺した子供達が大勢いるからな。ローシャよりも力のある子供もいる上、子供相手では地下の連中とは違ってやりにくいのではないか?」
 ジェームスの言葉にアミュは笑う。
「ラァス君って、可愛いね」
 ──おいラァス。お前アミュにまで可愛い言われてるがいいのか男として。
 ハウルは友人の将来が心配だった。何かが間違ってアミュと結婚などできてしまえば、彼は尻に敷かれるのではないだろうか。現在も犬のように尻尾を振っているのだが。
「しかしどうやら、次々と減っているようだな……。やはりあの場にいなくて正解だった」
「おじさんでもラァス君の魔法で浄化されちゃうの?」
「いや。あの程度で浄化されるなら、私はとっくに成仏しているよ。ただ、かけられて気持ちのいい術ではないからな。汚れきった私には、あの清らかな光はまぶしすぎる」
「そうなんだ……。おじさん、暗い方がいいんだね」
「ああそうだね」
 何か認識が間違っている気がしたが、だいたいのところは彼女も理解しているようなので、ハウルは安堵した。
 ジェームスが殺人鬼──しかも更生不可能な大量殺人鬼である事を理解しているなら問題ない。
 それにしても、彼女の基本が理解できない。殺しは嫌うが、殺人者は嫌わない。
 遠くで悲鳴をあげているだろう友人と、目を輝かせ鏡を取り出し髪など直し始めた変態王子の先を思うと、ハウルはほんのり奇妙な未来を想像した。 

 

 

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あとがき