25話 大地の国
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「姫様。このようなところで立っていては、また体調を崩されてしまいますわ。健康になったとはいえ、まだまだ油断してはなりません」
──姫様?
カロンの知り合いだけあって、貴族のお姫様だとは思っていたが、姫と常に呼ばれている者は少ない。よほどの身分がなければ失笑を買うからだ。
「カロン。ネフィル達って、どんな家柄なの?」
「ああ。二人は王家の血筋なんだ。今の国王とは従兄弟に当たる」
「すごく身分高いじゃん!」
「当たり前だろう。当時隣国の第二王位後継者だった私が身分の低い者のために、公にあそこまでするはずもないだろう。もちろん一般常識としてでしかないが」
現在、彼の国は少しどころではなく大混乱しているらしいのだが、王子ときたらのんきなものだ。ウィトランがどうにかすると考えているから落ち着いているのだが、だからといって他国の王族に関わっていていいのだろうか?。
「そういえば……カロン殿はこのような場所にいてもいいのですか?」
ネフィルの問いにカロンは笑顔で頷いた。
「私が出て行ってどうにかなる問題でもない。もともと私は王位継承権は捨てている。
今後一切、私は国に縛られるつもりもなければ、あの愚弟とこれ以上関わるつもりもない。末弟が王位を継ぐというのなら全力で阻止しにいくが」
カロンの中では、自分の命をねらう弟よりも、ヴェノムに愛を告白する頑丈極まりない弟の方に問題を感じるらしい。この自由奔放な兄にそこまで言わせるあの王子の私生活を見てみたい気もした。
「そうですか。伯父も手を出しあぐねているようです」
政治に関わる者も大変らしい。
「下手な考え休むに似たりじゃ。考えるだけ無駄なことを考えるでない。リオ」
女騎士はサメラの呼びかけに、彼女はどこかへ走っていく。
「ファーリア」
「はい、姫様」
ファーリアと呼ばれた女装男は馬車のドアを開け、踏み台を置く。
「皆様、もうしばらくお待ちください。すぐにもう一台馬車を用意しますので。レディーファーストで、お嬢様方はお先にどうぞ」
アミュとメディアは顔を見合わせ、手をつないで馬車に乗る。
「私は遠慮します。ハウルと殿下と共に行きます」
ヴェノムは自らその誘いを断りハウルの隣に立った。
「ではそこの女装少年が乗るとよい」
サメラに呼ばれラァスは驚いた。
──バレたのに女の子扱い?
「ラァスさん、気を悪くしないでくださいね」
「へ?」
ネフィルはこの馬車に乗るつもりはないようだった。ラァスは女の子ばかりの馬車を見て、複雑に思いながらも名指しされたので乗り込んだ。空いているアミュの隣の席に。そしてなぜか、女装男のファーリアがサメラの隣に座る。
──女装は女として扱われるのかなぁ?
疑問に思いながらもラァスはアミュの隣という位置に満足していた。
手を振るネフィルを見て、ハウルは思わず首をかしげた。
「何で気を悪くするんだ?」
ネフィルはうっと言いよどむ。
ハウルがじっと見つめると、彼はふっと息を吐いた。
「彼女は少し変わった収集癖を持っているんです」
「収集癖?」
宝石や武器と並んで可愛いものを集めるラァス以上に変わった収集癖を持つ者がいるのだろうか?
「彼女は、見目のよい強い者が好きなんです」
「…………ラァスが目をつけられたのか?」
「それは確実ですが……ひょっとしたら他の方々も」
「おいおいおい」
メディアは置いておき、アミュまでも勧誘する気なのだろうか? 彼女はある意味強いが、素直に命令を聞くタイプではない。お願いなら聞くだろうが、基本的には自分の意に沿わないことはしないのだ。しかし必要とあれば、自らの手も汚す。
彼女はいつもとろんと見えるのであまり気づかれないのだが、頑固さではハウル達の中で一番という可能性もある。
「メディアちゃんがいるから大丈夫だろう」
カロンは心配する様子もなく言った。
「まあ、そうだろうけどなぁ」
彼女もどこか抜けているところがあるのだが、基本的には処世を心得ている。変な契約を結ぶと言うことはないだろう。
ついでにそれ以上に世渡りだけは上手いラァスがついているのだ。問題ないと信じたい。
「……がんばれ、ラァス」
女装趣味といい、宝石収集癖といい、彼を気に入る人物といい、友の行く末が少し心配になる今日この頃だった。
サメラはひたとメディアを見つめていた。
──何? どうして私? なぜ私? なんでラァスではなく私を見るの?
「私の顔に何かついているでしょうか?」
「素晴らしく質のいい魔力を持っていると感心していただけじゃ」
「……魔道を心得て?」
「ふむ。わらわは身体が弱かった。今でも時々熱を出すな。だから身を守るには魔道に頼ることにしている。幸い、わらわの家系は皆優れた魔道師。何せ、地神様の血を引く家系じゃから」
さすが地神のお膝元。アミュのお仲間発見である。
ラァスも反射的にアミュを見ていた。
「え、じゃあネフィル君も神様?」
「血を引いておるだけじゃ。神ではない」
神として認められるのは一等親までらしい。しかし残念だった。彼女が神なら、神の知り合いが増えたところであったのに。王族に関係するならば、知り合いになる価値はあるのは同じだが。
「姫様は、ある意味魔力が強すぎることが災いしています。人の身には過ぎた力は、人の身体には害しかありません。その力を受け入れられるか否かが、神とそうでない者の差です」
ファーリアはいたわるようにサメラの肩に手を置いた。
優しいアミュは我が身のことのようにつらそうな顔をした。
「案ずることはない。今はとても体調がよいのじゃ」
「ラフィの涙はそんなに強力なんだ。カロンももっと気をつけなきゃなぁ」
ラァスはつぶやき、彼自身自分の妹のように可愛がっている赤ん坊の身を案じた。それはメディアも、アミュも思いは一つだ。
孵したのはカロンだが、ラフィニアは皆で育てているのだから。
「ところで、メディアといったな」
「はい」
「わらわのものにならぬか?」
突然何を言い出すかと思えば……
「なりません」
メディアは即答する。
「私は理力の塔の見習い魔女。一個人で所属先を決めることはできません。申し訳ありません」
サメラはつまらなさそうに唇をとがらせた。
「では、アミュはどうじゃ?」
「ええと……ごめんなさい。私もお姉さんに聞かないと……」
彼女は言葉に詰まりうんうんと悩み、助けを求めるようにラァスを見た。
「僕たちずっと一緒にいるんだもんねぇ」
「うん」
アミュの返答にラァスは上機嫌でほほえんだ。
サメラは忌々しげにラァスを睨み、そして言う。
「では二人で来ればよいのではないか? 給料はいいぞ」
「ごめんなさい、僕らまだまだ勉強中だから。それに僕、貢いでくれるパトロンいっぱいいるから、就職先は給料がいいところでなくてもいいんだ」
ラァスは本心から言っているのだろう。アミュと一緒に、ごく平凡な暮らしができればいいと常々言っているぐらいだ。
悪いが彼女とその部下二人を見ていると、ラァスの判断は正しい。ここは異色系の職場にしか見えなかった。
「……ファーリア。私は今日このときほどすがすがしい負けを認めたのは初めてじゃ」
「そうですねぇ。さらっとすごいこと言いましたねぇ、彼」
「まさしく女の中の女。わらわも見習うべきか」
「そんな姫様。姫様がそのようなことをしなくても、私がいたします。殿方の一人や十人は軽くいけますわ」
「おお、頼もしいなファーリア」」
何を見習うのだろうかや、ファーリアが何人の男を騙そうがメディアの知ったことではないので、何も言う気はない。
上手くやらなければ、身元が知られやすいので危うい事になる可能性もある。
「では、見習いを卒業した時に来ればいい。それならばよいだろう?」
「ええと、お姉さんがいいって言ったら」
基本がヴェノムであるところは、ヴェノムを姉と慕う彼女らしい。
アミュが少しでも嫌がるそぶりのあることを、ヴェノムが許すはずもない。他に行くあてはいくらでもあるのだから。
「振られてしまった」
「まあまあ。将来はわかりませんわ。気を長くして待ってはいかがでしょうか」
「そうじゃな」
決して諦めの色は見せない彼女を見てメディアはあきれた。
しばらく街の景色を眺めながら時を過ごすと、大きな城の敷地内へと入った。入った瞬間、強い魔力を感じた。それはこの城が強い結界で守られていることを意味する。
「ふぅん。いい魔道師を雇っているのね」
「雇っているわけではない。勝手に住み着いているだけじゃ」
──勝手に住み着く高位の魔道師って……
メディアはわずかに悩み、なぜかハランが頭に思い浮かんだ。彼でない。彼は健康的で、びしばし鞭打ってくれるような女性が好みだ。彼ではないとわかっているのだが、なぜか彼が頭から離れない。
あの男はどうしているだろう。しばらく殴っても蹴ってもいないから、ストレスをためていないだろうか。それとも他の女にうつつをぬかしているのだろうか? それはそれでいいことなのだが。
「ふぅ」
「メディアちゃん……寂しいの?」
「いいえ。何でもないわ。ちょっと感傷的になっただけよ」
「よくわからないけど、がんばってね」
そんな彼女が可愛いと思う。心の機微すら感じられているというのに、なぜか落ち着ついていられる。それは彼女に毒がないからだ。自分のような人間に心を読まれるのは嫌だが、彼女のような者になら、触れられる程度ならば逆に心地よい。
彼女の手を握りしばらく待つと、馬車は止まり扉が開く。
「ありがとう」
御者に礼を言い、ファーリアはがまず外に出る。
「さあ、姫様」
サメラの手を取り、ファーリアは彼女を馬車から降ろす。そうしてから、ラァスへと手を向けた。
「いいよ」
ラァスは馬車を降りると、アミュもそれに続く。メディアも人の手は借りずに馬車を降りる。
綺麗な庭園だった。見事に花々が咲き誇っている様を見ると、花の妖精でも住み着いているのではないかと思えてくる。可愛らしいチューリップなどはまさに見事である。
「あの馬鹿はどこじゃ?」
「さあ。そろそろ出てくるのではないでしょうか?」
二人の奇妙な会話に違和感を感じた時だ。
「あ、姫様!」
庭木の間から、黒ずくめの男が顔を見せた。顔……というか、全身黒い布で覆っていたので、顔は見えないのだが。
「…………おや……その乙女達は……あの時の!」
あのとき?
顔をしかめた瞬間、ラァスがアミュの背後に隠れた。その様子を見てメディアの脳裏にふっと思い浮かんだ男がいた。
メディアは確認のために男を観察する。
視界確保のための隙間からは、黒い瞳が見えた。
黒い瞳。ラァスが怯える。顔見知り。
「ああ、あの時の馬鹿吸血鬼じゃない!」
「ああ、おじさんにケンカを売りに来たのに、マース君に水を浴びせられて日焼けしてカボチャかぶって帰った人!」
吸血鬼は(名前忘れた)何かにうちひしがれたように膝をついて拳を握りしめた。
「ヒューム……そなたが惨敗したという悪魔は、この者達の知り合いか?」
「…………ふっ。夜であれば私が勝っていました」
「だからやめておけと言ったのに。郵便屋が昼間活動するのはそなたも承知していたじゃろう」
「今度からは普通に行くことにします」
──また来る気?
ラァスも敵意満々に彼を睨んでいた。
「来るな、この馬鹿死人。ヴァンパイアにくせに、脳みそ腐ってんじゃない? あの悪霊達を倒せるもんなら倒してみろってんだ。心臓に杭打つだけで完全に死ぬくせに、浄化魔法受けても平然としているあいつらを殺せるのっていうの!?」
ラァスは思いをはき出した。彼は吸血鬼よりも何もしない幽霊の方をより恐れる。わかりやすく、おろかな考え。しかし、嫌いではない考えだ。
「ちっちっちっ。いけないな、カメリアの君。レディがそのような言葉を使うものではないよ。美しい花は香りもよくなくてはならない。
言葉、立ち振る舞い、それらに気をつければ、君はもっと美しくなれる。」
未だにラァスを女の子だと思いこんでいる馬鹿吸血鬼は、アミュが言葉もなく硬直するほどキザな仕草と台詞を吐いた。
──ある意味恐ろしい男ね。
「しかし、今日の君は一段と美しい。そのドレス、その髪飾り、とてもよく似合っている。美しいものは清らかで美しい少女が身につけてこそ、その価値を生かせる」
「ああそう。言われなくてもわかってるよ。僕は可愛い! 世界の宝石は僕のためにある! ぼくに似合わない宝石なんてない!
あ、でもアミュが一番可愛いよ。僕なんて比べものにならないぐらい可愛いよ」
彼らしい言葉に、アミュはしばらくの沈黙の後くすくすと笑った。
以前なら動揺するか否定するかしていたのだが、ラァスのほめ言葉に慣れてしまった彼女は余裕である。
「姫様ぁ、あれどっかやってよ」
ラァスはぷりぷりと怒りながらサメラへと言う。持ち上げたり怒ったりと忙しい男だ。
しかしその怒り方が可愛らしい。
これで男達を騙しているのだろう。さすがは男だ。女の子のどんなしぐさが可愛いのかを熟知している。
「どっかといわれても……。我が家の家政夫じゃから」
──家政婦扱いされている悪魔ってどういうことかしら?
彼がこの汚れなき美しい姫君を付けねらうことは当然である。家政夫扱いされてまでここにいるほど、彼女に入れ込んでいると言うことだろうか? ならばその本人の目の前で他の女に声をかけるのはどうなのだろうか。
「しかし、なぜそれほどまでにヒュームを毛嫌いするのじゃ? 確かにしつこい男じゃが、女相手に嫌われることをするようなタイプではないはずじゃが……」
「僕、オカルト嫌い。大嫌い。死体は地に。死霊は常闇に」
「まあ、成仏するに越したことはないのじゃが、できないものは仕方あるまい」
「あ、一人死神様配下の人知ってるから、紹介してあげようか? 優しいいい人だよ。子供好きな人だから、こういう害のある人は連れてってくれると思うし」
メディアは話だけに聞いている、欲しがっていた魔道書をくれた神を思い出す(番外編赤いコート参照)。
「私は今を楽しんでいる。君が私の身を案じてくれるのは分かるが、その必要……ぐはっ」
ラァスの放った低レベルな浄化魔法を食らい、彼は大げさに倒れた。
「もう、話しかけないでよね。まったく死人のくせに図々しいったらありゃしない」
ラァスは憤慨しながら、よほどこの場にいたくないらしく、勝手に屋敷へと向かっていった。
同じ敷地にするのは平気だという、そんな彼がとても面白いと思うメディアであった。
とても美しくて広い城に、アミュは驚きながらも感動した。
ヴェノムの城は古い故の味がある。
こちらは洗練された華やかな美しさがあった。
どちらが好きとは言えないが、手入れしている人が心を込めているのはどちらも同じで、とても好き。
ゲストルームに案内されると、飾ってある絵の美しさに魅了された。
いくつかある花は切り花ではなく鉢植えのもの。おそらく先ほどの吸血鬼の彼が育てたものだろう。彼はヴェノムと同じで花が好きなのだ。だから悪い人ではないと思うのだが、ラァスが怯えてしまうのだから仕方がない。
「都会のお城って感じね」
「ヴェノム様の城は、ヴェノム様の外観のイメージそのままだものね」
メディアは深淵の森の城を思い出して笑う。
この城はサメラによく似合う。白く美しいこの城は、彼女のためにあるようなものだった。
「ところでそなたら、今夜ここでちょっとしたパーティがあるのじゃが、参加せぬか?」
「パーティ?」
アミュは想像しようとして、絵本のイラストを思い出した。アミュはそういったものとは無縁の世界にしかいなかったので、実際のところは分からない。
「パーティって、食べたり踊ったりするの?」
「おおむねその通りじゃ。目的はおしゃべりを楽しみ、人脈を作る足がかりとすることじゃ。わらわにとっては鬱陶しい男どもが群れを作って取り囲んでくる嫌なものじゃがな」
「大変なんだね」
「その通りじゃ。わらわのこの美貌と、父上の権力と財力を狙う男ばかりでな。
兄上は兄上で器量自慢の娘どもに囲まれるわけじゃが、わらわやわらわの可愛い使用人達を見慣れた兄上にとって、多少器量がいい程度で心動かされることはないというのに」
サメラのような綺麗な女の子を見ていれば、きっと普通の女の子など目にも入らなくなるだろう。
そんな人を好きになる女の子はきっと大変だ。
それを上回るほど大変だと思うのは、ハウルを好きになる女の子だ。ハウルはとても優しいが、ヴェノムべったりでなかなか相手にしてもらえそうにもない。料理も上手くなければいけないだろう。だからとても大変そう。
「アミュ、パーティなんてろくでもない男の人もいっぱい来るからね。おとぎ話のようなのを想像してちゃだめだよ?」
ラァスが心配してアミュに言う。うっかり女の子同士の感覚になってしまいそうなほど彼は可愛い。彼ならきっと男性たちにちやほやされるのだろう。ラァスもそれを楽しんでいる感じがする。
好きになったら一番大変そうな相手は、ラァスかもしれない。
「では、ドレスを選ぼう。時間はあまりないが、うちの針子は優秀じゃ。わらわのドレスを少し直せば使えるじゃろう」
サメラはなぜか浮かれながら、出されたばかりの紅茶には手をつけずに立ち上がる。
「ファーリア、見繕え」
「かしこまりました」
ファーリアが去るのを見届けると、サメラは紅茶を口に含んだ。熱がりながらもそれを飲むと、満足したようにファーリアを追う。
──いい子。
誰であろうとも、食べ物、飲み物は粗末にしてはいけないのだ。