25話  大地の国

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 社交界。
 そこはラァスにとっては最高の狩り場であった。
 自慢の美貌に群がる男ども。一部はメディアやアミュにも声をかけているが、ハウルが側に寄ったとたん男という男がいなくなった。人間誰しもあれと比べられたくはないだろう。ついでに言うならば、連れの二人が可愛いものだから、女の子も寄ってこない。
 相乗効果である。
 こうして、ラァスは安心してめぼしい相手を探していた。
 何人かと会話して、理想の相手ではないことを悟りまた別の誰かと会話する。
 羽振りがいいのが第一条件。地位がありすぎないのが第二条件。何か悪いことをしていそうなのが絶対条件。
 そんな相手がいいのだから、選ぶのも慎重にならなければならない。
 興味のない上にしつこい男を適当にはぐらかし、ラァスはファーリアが誰か男性と話しているのを見つけた。
 ハンサムで、品が良さそうな青年だ。
 ──ファーリアさんのお気に入りかな?
 いたずら心がわき起こる。
 ラァスは笑顔を浮かべながら二人の元へと歩いていく。
「ファーリアさん」
「あら、ラァスさん」
 正装をしたファーリアはおっとりと微笑みながらラァスを見た。
 青のドレスで、上手く身体のラインとのど元を隠している。コルセットでもつけているのか、その他の下着で体型をごまかしているようにも見える。ラァスの場合は元々華奢なので、腰回りにくびれさえつければ問題はない。のど仏も目立たないので、喉を隠す必要もほとんどない。
 彼との差は、やはりこの辺りだろう。
「素敵な方とお話していらっしゃいますね」
「ええ、素敵でしょう。ディナルド、彼女はラァスさん。噂の大会の参加者です。ラァスさん。彼はディナルド。予選会場は別でしたけど、大会にも出ています」
 二人の言葉に青年は頬を主に染めた。そこそこハンサムだが、純情すぎて後々しつこそうな男性である。
「あなたが……? 初めまして。私はディナルド=ラグアといいます。お見知りおきを、レディ」
「ラグア……あのラグア家の方でいらっしゃるのですか?」
 ラァスは驚いた。ラグアといえば、宝石コレクターの家系で有名である。カロンも少し狙っているらしいが、警備が魔道を駆使した厳重なものなので、他の簡単に盗める先から盗んでいるようだ。
「当家をご存じで?」
「はい。素晴らしい宝石をいくつも所有していらっしゃいますもの。一度、お宅を拝見してみたいと思っていましたの」
 貢がせるとかそういう相手を陥れる関係ではなく、彼と友達になるのは実に有益なことである。宝石は見せてもらえるだけでも嬉しい。手に入れられなくても、見るだけでいい。
「宝石がお好きで?」
「はい。大好きです。でも、買うお金もなくて……」
 ラァスはふっと遠い目をした。彼はラァスを見て顔をしかめた。
「あなたは一体なぜあのような大会に? あなたのような女性にはあまり向かないものだと思いますが」
「ええと……私には生き別れた姉がいるんです。どこにいるとも知れないのですが、私が少しでも目立てば見つけてくれるんじゃないかって……。私にとってはたった一人の身内ですから。
 マジメに腕試しのために出場している方に悪いような理由ですね。」
 明るく生きているけど、実は色々と不幸を背負っている。この手の男はそんな健気なタイプに弱い。そう、多少理由に無茶があろうとも、納得するのがこの手のタイプである。
「そのようなわけが……。もしそれらしき女性を見つけたら、必ずあなたにご連絡しましょう。姉上の名は?」
「まあ、ありがとうございます! 姉の名はリィラです。リィラ=ロウム」
「分かりました。もしよろしければ連絡先なども」
「はい、ディナルド様。ああ、なんて素敵な方なんでしょうか。あなたのような立派な方に、こんなにも親身になって頂いたのは初めてです」
 パイプを一本確保。
 ファーリアがやや呆れた様子で見つめてきたが、何も言わないところを見ると、この話を信じたのかも知れない。
 少なくとも、ラァスの姉はこの国にはいない。貴族のおぼっちゃまと会うような身分ではない。
 よほどの事情がない限りは。
 会えなくとも別にかまわない。姉のことには興味ない。自分と似ているのであれば上手く男を手玉にとっていい生活を送っているだろう。要領が良ければまず間違いなく。
 ラァスは浮かれながら彼との会話を楽しんでいると、突然ヴェノムの名を呼ぶ声を聞いた。


 社交界。
 そこは彼にとっては嫌気がさすほど慣れたものだった。
 物心ついたころにはこの雰囲気が当たり前になっていた。そして出奔した今、またこのような場に顔を出すとは皮肉なものだ。
 彼の思い人であるラァスは、金持ちそうな男にアタックをしている。この国は良質の宝石の産出国として有名だ。彼にとっては知り合いを作っておいて損のない国である。
 そんなわけで男にしか見えないカロンは、彼を遠くから眺めることしかできなかった。
 いや、今はその余裕すらなくなってきた。
「まあ、お一人で妹君をお育てに? なんておかわいそうな……」
「男性が子育てなど大変でしょう?」
「でも、ご立派ですわ。乳母に任せるではなく、自分でお育てになりだなんて」
 昔から、名乗る必要もなくこの容姿だけで女性と会話することに不自由をしたことがない。女性苦手はこの当たりが原因かもしれない。もちろん、女性が嫌いというわけではない。ただ、集団で囲んできて自分に少しでも気に入られようとけん制し合う姿が苦手なのだ。
 カロンは羽根を布で無理矢理押さえて飛べなくしてあるラフィニアをぎゅっと抱きしめ、そぱでこちらを見ながら料理を堪能しているヴェノムへと笑顔を向けた。
「いえ。共にこの子の面倒を見てくれる方がいます」
 ヴェノムは動きを止めカロンを見つめた。
「私には、よき理解者がいますから」
 そう、理解者だ。それ以上でも以下でもない。
 友というにはあまりにも生きる時が違いすぎる。同士というには、彼女はレベルが違いすぎる。そう、彼女は理解者だ。もしくは人生の先輩。子育ての先生。
 家のこと、子育てのこと、研究のこと。中身があれば大概のことは彼女に相談すればよい案をくれる。
 素晴らしき相談相手が彼女である。
「そうですね」
 ヴェノムは当然にこりともせずに言う。しかし彼女は仮面を身につけている。表情かなくとも、それほどおかしな感じはしない。
 これが別の男なら睨みつけてくるだろうハウルも、カロン相手では微笑みすら浮かべて見守ってくれる。日頃の行いのたまものである。
「殿下。ラフィは私が預かっていましょうか?」
「いや、最近この子も重くなってきたから私が抱いている」
 ラフィニアをつれて二人で並んでいると夫婦に間違えられることは多い。ラフィニアの服を買いに行くと当然なのだが間違えられる。既に夫婦扱いには慣れている二人は、今も周囲にその印象を与えた。
 こういう時、ヴェノムの隠しきれぬ美しさには感謝する。
 その時だった。
「ヴェノム!?」
 突然あがった聞き覚えのある声。
 知った顔があった。どこかとぼけた、深い緑の瞳をした少年と呼んで差し支えない年頃の男。あり得ない、ここにあるはずのない顔。
「ヴェノム!」
 顔を輝かせ、男はヴェノムへと突進した。夢見る乙女のような顔をして、少女のような足取りで駆けてくる。その途中、彼はヴェノムに関わると悪魔のように変貌する少年の隣を通った。
「んだてめぇは」
 横手から、ハウルの蹴りを食らい彼は倒れた。悪魔のような少年ハウルは、倒れた男へと虫けらを見るような目を向けた。男は身を起こし、膝を床に着いたままハウルをじっと眺めた。
 緊迫した空気の中、通りがかったラァスがこちらを見て言った。
「あー、こないだの師匠のストーカー……ええと、テリアさんだぁ。なんでこんなところに?」
 なぜラァスがあの男の名前を知っているのか。カロンにはそれを思う以上にテリアがなぜヴェノムのストーカーをしているのかが理解できなかった。
「テリア……お前何してる?」
「あ、カロン殿下じゃないですか。なんでこんなところに? ウィトラン様が探してましたよ。ってか、あんまり関係ない俺まで探したんですよ! 何で今更出てくるんですかぁ」
「ウィトランが諦める頃まで逃げていたからだ。それよりも、なぜお前がヴェノム殿に突撃してくる」
「そりゃあ、俺はヴェノムのこっ……ぐえ」
 座り込んでいたテリアのあごに、なぜかヴェノムのつま先がクリーンヒットした。
 ──ヴェノム殿?
「いっつ……何すんだよヴェノム! いくら会いに行ってもいないし、いくら手紙出しても返事は来ないし、すごく寂しかったのに……」
「はいはい」
「別にウェイゼル様とよりを戻したとしても、俺は気にするけど気にしないぞ。俺はお前が誰と付き合おうと、俺はお前だけを」
「テリア、黙りなさい」
「……はい」
「あちらでゆっくりお話ししましょう。ゆっくりと」
「うん」
 テリアはヴェノムに連れられ──というよりはむしろ連行されていった。ハウルはヴェノムのまとう殺気に気圧されして、二人が消えるのをただただ見つめていた。
 ──大人になったな、ハウル君。
 以前ならばそれでも後をついていっただろう。
「……カロン」
「何だね」
「さっきの誰だ?」
「あれはうちの国の者だ。
 強いてヴェノム殿とのつながりを上げるなら、あの男が『放浪の愚者』であることだけだ」
「うそ……」
 ハウルは二人の消えたドアを見つめた。
 放浪の愚者。意志を持つ『放浪の杖』に選ばれた、強い魔力を持つ少年。立場としては、真実の瞳を持つ『隠者』ウィトランと並ぶ地位にある。ただし、ウィトランは国に束縛されているが、テリアは国に留まらず、その周辺にも干渉する。最も重点を置くのが、太陽の国であり世界の中心と言われているカーラントではあるが、やはり大事が起こるのであれば他国にも足を運ぶ。
 杖の導くままに世界を旅し、そこで起こることを未然に防ぐ、もしくは被害を最小限に抑える──厄災を呼と思われる者を暗殺するのが主な仕事だ。唯一、アイオーンだけは管轄外であり、それは別の者達が狩りを行うのが世界の仕組みである。
 少年である理由は、杖がえり好みをしているからだと聞いているが、本人に訊いたわけではないのでそれに関してはカロンにも真実のほどは分からない。
 一つだけ言えるのは、世界中のトラブルがあるところにいるのが放浪の愚者である。
 国が荒れれば国に戻り立て直すのが本来なのだが、国が荒れている現状でここにいるということは、杖は王の交代についてはあまり気にしていないということか、もしくは──
「厄災を呼ぶ杖持ちがここにいるって、つまり何か起こるって事か?」
 厄災を予言する杖という方が正しいのだが、
「何かある可能性は、大いにあるな」
 そのトラブルがどんなものであるかは、分からない。ただ、
「なんだかなぁ……」
「ヴェノム殿に任せればいいだろう。知り合いのようである…………ヴェノム殿?」
 カロンは一人で戻ってきたヴェノムを目にし驚いた。何か忘れ物だろうかと思ったのだが、彼女はこちらに悠々を寄ってきた。
「あれは?」
「埋めてきました」
「…………は!?」
「どうやらここにいたのはただ帰り道に寄っただけのようです。何事もないのであれば、話し合う必要もありません」
 それはかまわない。しかし埋めたというのは……。
「まったく、なぜいきなり押し倒してくるような馬鹿になったのか」
 基本的に誰からの誘いも断る彼が、ヴェノムをいきなり押し倒したなど信じられなかった。
 ──うちの弟といい、なぜうちの国には命知らずが多いのだろう。
 悩んでも仕方がない。そう、仕方がない。
「トドメ刺してくる」
「いけません。あれでも一応は放浪の愚者。あなたが敵う相手ではありません」
「でもっ」
「大丈夫です」
 ヴェノムはぐっと拳を握り宣言した。
「あれの弱点は知り尽くしています」
「……ヴェノム、あいつと一体どんな関係だったんだ?」
「彼は昔の私の弟子の一人です」  
「……にしては親しそうだったぞ」
「まあ、大人にはイロイロとあるのですよ」
 ハウルはふくれっ面でヴェノムを睨み、アミュとメディアは意味を理解していないのか仲良く並んでそんな祖母と孫を見ていた。
 ──テリア、今は昔とは違うと思うぞ。
 この嫉妬深い番犬は、おそらく神以外になら平気でかみつくだろう。神ならば、最悪現状一番偉い神を呼べば問題なく、守りは鉄壁である。そもそもヴェノムのために一級神が来ることが、テリアにとっては初めから大きな障害なのだろうが。
「ハウル。あの男には近づいてはなりませんよ。美少年が彼に近づくと、杖に気に入られて呪われるかもしれません」
「……呪いなのか、あの杖」
「無理矢理各地を回らせ、歳を取らせない。他に気に入った少年が現れれば現在の持ち主はぽいと捨てられるます。その上持ち主の性格までゆがめていく恐ろしい杖です。
 ハウルがそんな杖に呪われるかと思うと、私の胸は張り裂けてしまいそうです」
 こうも淡々と言われると説得力はないが、ハウルは満足したらしく頷いた。
 ──なんだかんだと、似たもの同士なのだよな、この二人は。
 カロンは微笑しメディアとアミュの元へと足を向けた。
 二人が二人の世界を作っている間、この二人を守るのは彼の役目だろう。もしも変な男に声でもかけられたら、ラァスに叱られるのはカロンなのだから。


 仲むつまじい祖母と孫。
 奇妙なその図を見て隣のアミュは笑う。
 メディアもつられて笑う。
「仲がよくていいな……」
「何言ってるのよ」
「家族って感じ」
「家族なんていくらでも作ることのできるものよ。ラァスに言ってみなさい。絶対に家族になってくれるわよ?」
「どうやって?」
「まあ、私からはあえて言わないけど」
 ときおりこちらをちらちらと見てくる、見てるだけ、という軟弱男達よりは数倍あれの方がマシだろう。経済観念もしっかりしているし、手に職も持っている。腕力はあるし、よほどのことがない限りは女性に手をあげない。しかしもしもの時は迷わない。
 家族を守るには、これぐらいでちょうどいい。
 お人好しのアミュには、毒を含むぐらいがちょうどいいのだ。
 問題は、アミュがあれを男としてみているかどうかだけである。
「メディアちゃん。そういうことは言わない約束だろう?」
「あら、いたのカロン」
 未だラァスを諦めていないらしいこの男は、ラァスの先走りを促すような言葉に苦笑しながら人差し指をたてた。
「アミュちゃんが望むなら、私も君の兄になろうか? ラフィが妹だ」
「ふふ。殿下は殿下なのに、優しいね」
「アミュちゃんは女神なのに気さくで好きだよ」
 アミュは首を横に振る。
 ──それは禁句でしょうに。
 カロンはばつが悪そうに視線をさまよわせた。
 そんなとき、近づいてくるこのパーティの主催者一家が見えた。
 ネフィルとサメラ。それを連れているのは金髪の中年男性。やや小太りだが、穏和な雰囲気を持つ男性だった。
 父親の方は別の誰かに話しかけていたが、子供達二人は迷わずこちらに向かってきた。
「皆さん、楽しんで頂けていますか?」
 緑のスーツを身に纏うネフィルは、どこか父親に似た穏和な笑顔で問うてきた。
「美味しいわよ」
「うん、美味しい」
「料理は気に入って頂けましたか」
 料理は手放しに最高だとほめられるものだ。質も素材も最高のものであり、さすがは金持ちの国の大貴族といえる。
「手本にしたいほど完璧な城だ」
 王子であるカロンが冗談交じりに言う。
「我が家には時折地神様がいらっしゃる。神をもてなすのに、可能な限りの最高のものでなければ失礼というものじゃ、と父様が料理人にはこだわっておる。庭師は美に対して変態的な執着心を持っているあれがいるから、景観が損なわれたことはない」
 あれは、サメラが生まれる前からここに住み着いていたということだろうか。城に住み着く悪霊同士だから、ブリューナスへとライバル心を持ったのだろうか。
 ネフィルはカロンの抱くラフィニアを見た。彼女は今、にんじんのスティックを握りしめてかじっている。 
「ラフィニアちゃん、何か食べていますか? 赤ちゃんが口にできるような粥はないですから、作らせた方がよいでしょうか?」
「スープとそれでふやかしたパンをいただいた」
 最近は離乳食をやや固いものに移し替えた。固いといっても舌でつぶせる程度のものだ。
「あ……もう歯が生えているんですね」
「この子の種族は人間よりもやや成長が早いようた。今は見せられないが、最近は空も飛ぶようになった」
「それは……すごいですね」
 ネフィルはラフィニアの頬をつんとつついた。サメラも興味を持ったらしく、ラフィニアをのぞき込む。小柄な彼女がうんと背伸びをしたものだから、カロンは慌ててラフィニアを見やすい位置までおろした。
「のー! いじーじー」
 ラフィニアは奇声を上げた。単語ぐらいなら口にするが、やはりまだ生後半年ほどである。この意味のない叫びがまた可愛いのだ。ちなみに『いじー』とは彼女の好きなにんじんのことと推測されている。
「可愛い」
 サメラは目を輝かせてにんじんを振り回す彼女を見て笑う。
「ありがとう」
「空飛ぶ赤子か……いいな」
「この子は差し上げられないのであしからず」
「人を鬼のように言うでない。わらわとて、幼い赤子を親から引き離すようなことはせぬ」
 サメラはラフィニアの手に触れると、力強くその指を握りしめられた。
「可愛いの」
「抱いてみるかい?」
「よいのか?」
 サメラはラフィニアを受け取ると、じっと彼女を見つめた。ラフィニアは不思議そうに見つめ返したが、しはらくすると彼女の長い銀髪をつかみ、くいと引っ張る。
「いたた」
「こらこらラフィ」
 彼女の悪癖に、カロンはその小さな手をとりサメラの髪を離させた。
「いたずらっ子じゃな」
「まったく、この子のお転婆ぶりには将来が心配になってしまう」
 ラフィニアはぐずくずと泣きそうな顔をして、身をひねり始めた。飛べないのは彼女にとっては現在のこの状況はストレスになる。カロンは彼女を受け取ると、小さなオモチャを渡してごまかした。
「ところで、さきほどテリアさんが何か騒動を起こしていたと聞いたのですが、本人はどこに?」
 ネフィルは大切な客人であるだろう放浪の愚者の姿を探して見回す。
「ヴェノム殿に埋められた。まあ、死んではいないと思うから、放置しても問題はないと思う」
「う……埋められ?」
 理解できないらしいネフィルはぽかんと口を開いて固まった。
 それを見たアミュは、天井を見たと思うと目を伏せ、しばらくすると目を開く。
「大丈夫。すごく元気にしているみたいだから」
「え? 元気ですか? ならいいんでけすけれど」
 断言するアミュに、その理由を理解しないままネフィルはテリアの無事を信じた。
 ──何なのかしら、この男。
 初めはアミュに気でもあるのかと思ったが、それとも違う気がした。それはラァスも感じているらしく、現在彼はネフィルに気づいていながら妨害に来ることはない。
「……ところでラァスはファーリアと何をしておるのじゃ?」
 メディアの視線を追ったのか、サメラはラァスを見てつぶやいた。
 確かに、彼はいつの間にかファーリアが話すのと同じ男へと言い寄っている。
「近親嫌悪に近いものから相手の邪魔をしているんじゃない?」
「なるほど。どちらが女として魅力的か競い合っているということか。これはまた愉快なこと。好きなだけ切磋琢磨するがよい」
 彼女はころころと笑いながら扇で口元を隠した。
 白いドレスにはたっぷりのレースが使われ、凝った刺繍がほどこされている。そのドレスと同じデザインの扇だ。
 現在メディアが身につけているのは、紫を基調としたオフショルダーのマーメイドラインのドレスだ。
 アミュはスレンダーなカメリア色のドレスだ。のんびりとしたアミュにはずいぶんと大人びたデザインだと思ったのだが、スタイルがいいので似合ってしまっていた。元々、顔立ちもあのヴェノムに似ており、可愛いと言うよりも美人という方がしっくりくるタイプなのだから、似合わないはずもない。
 どちらも素材、デザイン共にかなりの資金を投じているだろう。
 そして、この貸してしまったドレスは、本人が着ることはないのだろう。
 まったくもって贅沢な話である。
 メディアは胸のよくできたコサージュに触れながら、もらっていこうかとすら考えた。着ないならもらってしまう方がよほど合理的である。
「そういえば、主催者の娘がこんなところにいてもいいわけ?」
「かまわぬ。わらわは身体が弱い。隅の方でひっそりとしていても誰も文句など言わぬ」
「……そう」
「それに、主役と主催者は別じゃ。主役はむしろファーリアじゃぞ?」
「そういえば、前回の優勝者だったわね」
 なるほど。どおりで注目を集めるはずである。
 美女二人に言い寄られる男は、鼻の下を伸ばしてだらしのないことこの上ない。
「って、みんなあれの性別を知らないの?」
「知らぬのじゃろう。ここに来た時からあの姿であったから。元々はウェイゼアの騎士であったからな。国が違うから本当に誰もあれの正体を知らぬ」
「ファーリアって、偽名?」
「本名はファーリスという」
 ──予想通りというか。
 隣でアミュが首をかしげ、つぶやいた。
「どうしてみんなわからないんだろうね」
「アミュはどうしてわかるの?」
「男の人と女の人では、なんとなく気配が違うから」
「そんな判別の仕方するのはあなただけよ」
「…………そうなんだ」
「まったく、自然児はこれだから」
 神の血を引いたらこうなるというのはあり得ない。やはり育ち方にも原因があるのだろう。
 アミュは頬に手を当て考えながら、しばらくすると考えることを放棄してまた食べ始めた。
 所詮、自分たちは色気よりも食い気。
 カロンに見守られながら、ラフィニアに食べられそうなものを探す方がよほど楽しいのだ。
 その日はこのようにして平和に時を過ごした。

 

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