25話  大地の国




 上手くいかない。
 嫌われはしていないが、将来はわからない。そう、未来など、彼にはわからない。
 ならばせめて、変わらなければいいと思う。もしくは、彼女の心の傷を取り除く事ができたらと。
 彼女は傷つきやすい。人形の代わりに剣を持って育ったにもかかわらず、彼女の心は砂糖菓子のように甘く、繊細だった。
 ほんのわずかな一言で傷つき、しかしそれを人には見せない。付き合ってみなければ、彼女の繊細さなどわからない。知らずに、傷つけていた。剛胆な女性だと聞いていた。そして恋人がいると聞いていた。だからこそああしたのだが、それで幸せになった者はいなかった。
 彼女には恋人もいなかった。少なくとも、彼女は自分がもてているのは彼女の家名のおかげだと思いこんでいた。いや、今でもそれは変わらない。実際、彼女に近づく男は始めは財産目当てだっただろう。それを理解しているから、彼女は自らの剣の腕を見せつけて、そういった軟弱な男達を追い返した。そうするうちに、彼女は鬼のように強く心ない女と言われるようになり、やがては醜女(しこめ)と呼ばれるようになった。
 付け加えるなら、婚約者が自分を貶めてまで逃げるほど醜い女という噂すら立ってしまったようだ。
 彼にそこまでの考えはなく、ただサメラの元へと行くためにした事だったのだが、結果として彼女を国にいられないほど傷つけてしまった。彼女は否定するが、しかし実家に顔を見せる気もないという。決して親不孝者ではないのだが、そうさせてしまったのは自分だった。
『自業自得』
 頭の中に、声が響く。声というのとは違うだろう。何とも言えない感覚だ。
「リィダ? まだ怒っているんですか?」
『彼女は強い男が好きなのよ』
「リィダ?」
『弱い男ね』
「今日はどうしたんですか? あなたらしくありません」
『強さを証明したくはない?』
「私は弱いですから、証明できるものなどありません。そんなこと、リィダが一番よく知っているでしょう?」
『弱いのね』
「今日はどうしたんですか? 姿も見せずに」
『手を出して』
「どうしてですか?」
『いいから手を』
 彼は言われたままに手を出した。どうすればいいのかわからず、手のひらを上に向けて胸の高さに手を持ち上げた。
「いい子ね」
 ────っ
 目を覚ますと、朝だった。
「…………あー?」
 テリアはぼーっと天井を眺めた。
「杖、お前今の何?」
 杖は答えない。
 まったく、何がしたいのやら。
「……ヴェノムも始祖狩りの奴らの事ばっか考えてるしなぁ」
 事が事だけに、仕方のない事だ。彼ら相手には、テリアも風神達も手出しができない。邪精などよりも圧倒的にやっかいな相手だ。
「メビウスの事もあるし……うーん。俺どうしよう」
 この杖に気に入られて以来、自由がない。昔ほど純粋な気持ちにはなれないし、ヴェノムにも呆れられている。
「うう……誰か新しい適任者現れないかなぁ」
 しかしこの杖の選ぶ条件は厳しい。歴々の放浪の愚者は魔力の高い”少年”達だった。しかも、ある程度整った容姿を持つ”美少年”ばかりらしい。美少年と評価されたのはいいが、呪われていてはたまらない。しかも、次のいい男が見つかれば、あっされと捨てられるというのだから。声の調子から、この杖の人格は女。
 気分はこの杖のツバメだった。ヴェノムの時もそうだったのだが、相手が杖なのでこちらは嬉しくとも何ともない。
「ヴェノムぅ」
 やはり、一緒にいるなら生身の女がいい。


 朝。
 ラァスはぴょんと起きあがり、真っ先に顔を洗う。その後、すぐに動きやすい薄く目立たない服装に着替え、その後鏡台の前に座ると、化粧を始めた。
 今日は化粧ののりがいい。
「ああ、やっぱり僕ってちょー可愛い!!」
「アホかお前は」
 突然ツッコミを入れるのは、言うまでもない。三面鏡に映るのは、朝日を浴びてきらきらと頭を輝かせるハウル。
「そこに立つとまぶしい! この頭キラキラ男!」
「っせぇ、変態ナルシスト。その言い方やめろ! 話だけ聞くとハゲてるみたいだろ!」
「ふん。ババコンとハゲ、どっちがマシなのか」
「っせぇ、カマ野郎」
「はん。何とでもいうが言いさ。今日は最後の舞台。僕も気合い入れなきゃ」
 試合にも、美貌でも、ファーリアには負けたくない。あんな、身長がけっこうあるくせに女装しても似合っている、ぼんぼん育ちの苦労知らずなところがちょっと憎らしい、同趣味の男になど負けられない。
「僕が一番綺麗で、一番強いのさっ」
「お前、そんなに負けず嫌いだったか? 負けたら負けたでいいやな性格だったと思ったけど」
「やっぱり、頑張る男の方が格好いいし」
「説得力ない」
「そんな事よりも、今日の僕はどう?」
「…………その恰好で行くのか? 胸生やさないのか?」
「あ、あとで詰めるよ。ドレスも着るし。ああ、はやく午後にならないかなぁ」
 ラァスは胸をときめかせてくるりとターンした。
 打倒ファーリア。
「変態対変態か……」
「怒るよ?」
「あ、メシだから、んじゃな」
 ハウルはそう言って、窓から出て行った。
 ラァスは最後にピンク系の口紅をぬると、にっと笑い部屋を出た。
 ファーリアに見せつけてやろうと思って。
 しかし、ファーリアは結局朝食の場にはやってこなかった。


 彼女たちはネフィルとサメラの部屋に邪魔をしていた。ここからだと、全貌がよく見える。
 ここから見えるラァスはいらいらしていた。離れていても、その苛立ちが伝わってくる。
「…………苛立っておるな、ラァス」
「無理もないよ。ファーリア、どうしたんだろう」
 苛立ちの原因を作っているのは、ファーリア。その雇い主であるサメラとネフィルは、ラァスを見てつぶやいた。
 顔こそ笑顔だが、時折揺れるかかとが、彼の苛立ちを物語っている。
 アミュは心配になり、ヴェノムを見上げた。
「おねえさん、ファーリアさんどうしたんだろうね」
 時間が迫っているにもかかわらず、彼はやって来ないのだ。
「さあ。テリアもいませんね」
「あの人は別に試合に出ないよ」
「そうですね。あれはいないと静かでいいのですが、いないと何かあるのではないかと不安になります」
 その言葉を聞いた瞬間、ハウルからも苛立ちを感じた。
 彼は本当にヴェノムが好きなのだとアミュは思う。彼女もヴェノムは好きだ。大好きだ。それでも、ハウルのようにはなれない。
 人は人。己は己。
「あれでもあなた達の兄弟子です。そう嫌わないでください」
「わーってるっ……お、出てきた」
 ハウルの視線を追うと、いつもと変わらぬすがたのファーリアがいた。姿は変わらないが、様子が違った。
「……なんか、顔色悪くねぇか?」
「目も焦点が合っていないな」
 ハウルとカロンが言った。
 アミュはじっと目をこらすが、目元までは見えない。普通は見える距離ではない。
「ファーリア様……」
 顔を青くし、リオが立ち上がった。
「どうした、リオ」
「憑かれています」
「憑かれておる、と?」
 ファーリアが試合場に上がり、ラァスと対峙する。
「おそらく……邪精に操られています」
 サメラは顔をしかめた。驚くというよりも、理解しかねるといった顔だ。
「なぜファーリアが?」
「さあ」
「しかも、なぜあれほどの男が、邪精になど操られる? そなたのまねごとをしているだけではないのかえ?」
「わかりません。ただ、あの様子は邪精に操られたものだと、リィダが」
 邪精。
 精霊はいつも回りにいる。強い精霊は意志を持って、接触してくる。好かれたいから接触してくる。誰かを操るような事はない。
 精霊だけれど、精霊ではないからなのだろうか。
「解せぬ。なぜファーリアを操る必要がある?」
「さあ。しかし、止めないと」
 リオが部屋を出ようとするのを、ネフィルは制し、サメラが声をかける。
「無理じゃ。今止めれば、暴動が起こるぞ」
「そうだよ。人が大勢いる以上、無理だよ」
「しかし」
 リオは友人を心配し、色が変わるほど強く唇を噛んだ。
「しばらく様子を見や。問題があれば、クリス様が何か指示を出すじゃろ」
「しかし相手は邪精ですよ。神であるクリス様や、精霊達は動けるのですか?」
「クリス様は神でも、レイア様は人じゃ。王も人じゃ。妾が関わるような事ではなし。ファーリアがラァスを殺さぬよう見ておればよい。そのために必要なものは既に動いておろ」
 サメラはただじっとファーリアを見据えた。
 アミュは彼女の落ち着いた態度に驚いた。ファーリアを大切にしているのは一目瞭然。
 もしも彼女が同じ立場に立てば、慌てて駆けつけていただろう。
「ラァス君……大丈夫かな?」
「気合い入ってるから大丈夫だろ。変態っぷりと頑丈だけが取り柄だし。変態ってのは、死ににくいんだよ」
「ラァス君は変態なの?」
「…………女装男が変態以外の何だって言うんだよ」
「でも、とっても似合うよ?」
「似合ってなかったらただの笑いものだろ。違和感ないからよけいに問題なんだ」
「そっか……。似合ってると、分からないものね」
 女の子だと思っていたら男の子だったら、びっくりしてしまう。
「そういう問題ではなかろうて」
 サメラがくすりと笑った。
 試合場では、戸惑い気味のラァスと様子がおかしいファーリアが向き合っている。ラァスが何か訴えているが、アミュにはそれはわからなかった。
「…………まずいぞ、みんな」
 カロンがつぶやいた。
「何がまずいんだよ」
「ファーリア殿は、真剣を帯びている」
「ラァスならそれぐらい破壊するだろ」
 サメラは立ち上がり、窓辺に立つ。外からこちらをうかがう事はできないが、ファーリアはいつもこちらを一度見上げてから試合に臨んでいた。その視線の先には、誰を思い浮かべていたのだろうか。揺らぎ、時に闇に捕らわれる彼の心。アミュにはその意味を知る事はできなかった。人生経験があればわかるのだろうが、あのような心はあまり見ない。しかし、少しだけラァスに似ている。ラァスに似ているなら、いい人。アミュはそう認識していた。
「…………まずいな。あの剣」
「まさか、ファーリア様秘蔵の魔剣を?」
「そのようじゃ。魔力を帯びておるわ」
 サメラはじっとファーリアを見つめた。
「サメラ、あの魔剣はどんなものだか知っている?」
「いつの間にか増えているから、どのような効果を持つか見当もつきませぬ」
 どうやら、魔剣収集家のようだ。その辺りも少しラァスに似ている。
「ラァス君大丈夫? お姉さん、止めないの?」
「私には、彼を殺さずには止められません。下手に止めれば、無関係な者の血が流れるでしょう。ラァスに任せなさい」
「でも……」
「あなたは関わってはなりません」
「どうして?」
「そういう決まりですから」
「どうして?」
「ラァスを信じてあげないのですか?」
「ううん」
「私たちはただの観客です。動くのは、運営者です。大人を信じなさい」
 ヴェノムはそっとアミュの頭に手をのせた。
 白くて綺麗な手は、そっと彼女の炎にも似た赤い髪をすいた。
「抜きおったぞ、あの根性なし」
 サメラの言葉にアミュはラァスを見た。驚いた様子だが、まだ余裕がある。
「あんなもの、付け入られる隙さえ作らなければ何の害もない存在だというのに」
 サメラは舌打ちし、苛立ちながらも再びクッションが敷かれた椅子に腰を下ろした。
「ほれ、動いた」
 彼女が言った直後、壁ができるのがわかった。
 結界が張られ、二人が閉じこめられた。


 ラァスは様子がおかしい、その上審判をせかし早々に試合を始めさせたファーリアを見て、信じられないと首を横に振る。審判は彼の様子がおかしい事に気づき、どういうわけが逃げ出した。
「ファーリアさん、どうしたの? 何かあったの?」
 問うが彼は答えない。代わりとばかりに剣を抜いた。
 ──剣を抜く?
 試合用の剣には、あのような立派な鞘などなかった。しかも、あの剣はどう見ても真剣だった。
「……ファーリアさん……なんか目が据わってるけど……」
 どうしたの?
 問うために口を開き書けた瞬間、周囲の空気が変化する。
 力に囲まれた。
「…………なにこれ」
「結界を張ったの」
 聞き覚えのある声が足下からした。
「地神の配下か……」
 ファーリアが低く言う。いつもと全く調子の違う男性の声にラァスは混乱した。誰かここに出てきて、こうなったワケを説明して欲しいものだ。
「んもう! 気合い入れてきたのに、ワケわかんない! もうサイテー!」
「まあまあ、落ち着いて」
 再び地面から声がした。
「君、確か流砂とかいう精霊だよね?」
 この声に、この地の気配。ラァスの知り合いに、この手のものはただ一人だけだった。しかも地精なのでこの国にいてもおかしくはない。だからこれは確信であり、確認ではない。
「ん、そう。ちょっと出て行けないから声だけで失礼するよ。こうして結界を張るだけでも、けっこう辛いしさ。邪精の相手だとなかなか接近でないんだよ」
「邪精? 邪精がいるの?」
 どこにと言おうとして、結論は一つしかない事を思い出す。
「彼は邪精につけ込まれたみたいだねぇ。普通、ああいった武人には憑けないものだけど……悩みでもあったのかな」
「…………ああ、恋の悩みならあったみたい」
「リオか。彼はリオに関する事になるとからっきしだからね。君と一緒だよ。むしろ君よりも悪いぐらい」
「……色々言いたい事はあるけど、で、結局どうしろってことなの? 僕ごと閉じこめたって事は、なんかしろって事だよね?」
「まあそういうこと。これは地神様の決定ね。僕に行けっていったのも、僕が一番影響力が少なくてすむから。他の精霊達だと、下手すると干渉しただけで死んじゃうし。だからみんなにはただ結界を張ってもらってる。ちなみに地神様は完全ノータッチ。あの方が関わると、世界が壊れちゃうかも知れないから」
 ──神様ってあれでもそこまで規模が違うのか……。
 妙なところに感心しながら、ファーリアが動いたのを見てラァスは一歩斜め左にさがった。
 ファーリアの剣が大きくラァスの右を行き過ぎ──
 ばぢぃいいいいぃ!
 背後で、あまり聞きたくない手の音がした。
「………………今の、何」
 大急ぎで距離を置き、結界の準備をしながら問う。
「ああ、あれ? あれはファーリアの剣の威力。電撃みたいだねぇ。結界に当たって一瞬大穴空いてたから、けっこう強いみたい。みんな大丈夫かな」
 地精のお膝元であるこの地の精霊の結界を破るなど、けっこう強いどころではない気がするのだが、ラァスは素直に身を守るための結界を張ろうと集中する。
「それよりも、必死で逃げた方がいい気がするけど」
「逃げるよあんなの! それよりこれから僕にどうしろと!?」
「武器あるでしょ。斧。あれなら受けられるはずだよ。動けなくしちゃえばぼくがどうにかするからさ」
「えと……」
 ラァスは困り果てた。
 斧は確かにここにある。足下の影の中に封印してある。
「僕、アレ取り出すのに最低五秒はかかるんだけど」
「うわっ、信じられない! なんて下手くそ!」
「っさい! 苦手なんだよ! ああいうえらい細かい作業」
 影の中のモノを取り出すには、まず手全体を魔力で覆う必要がある。触れるだけでもいいようだが、ラァスは直接つかみ出す。そういう風にしかできないのだ。
 ラァスは考えたすえ、根源に声をかける事にした。
「ファーリアさん、そんな事したら危ないよ! リオさんだって、紳士的なファーリアさんじゃないとイヤだと思うよ!」
「説得はいいかもしれないね。一度憑かれたらなかなか取り払えないけど」
「黙りなさい、ガキ。今殺してあげるから」
 ファーリアは唇だけを笑みの形にして言う。それは心霊現象のようで少し恐い。
「ええと……ファーリアさんの中にいる人、なんか僕気に障るような事した?」
「その目が気にくわないの」
 生まれつきというわけではないのだが、身体的特徴に文句を言われても困る。昔はもう少し落ち着いた色だったのだ。
「地のモノは嫌い」
 過去に何かあったのだろう。何とかできないものかと、ラァスは話しかける。何かしたのはラァスではないのだ。おそらく。
「どうして?」
「いけ好かない。殺す」
 問答無用で再び斬りかかってくる。幸いなことは、精霊としての力を使わない事だろうか。
「使わないんじゃなくて、使えないんだよ」
「……っ心が読めるの?」
 ラァスは結界があるので隅に追いつめられないよう気をつけ、必死に逃げ回りながら問う。心を読める者には関わりたくない。
「いや、なんとなく。せいぜい君のガールフレンドと同じ程度だよ」
 嫌な奴。そう言われると、突き放せないではないか。
「それはいいとして、なんで使わないの!?」
「簡単だよ。彼女がもうすぐ消滅するから」
「なんでっ!?」
「他者と契約をしない邪精……つまりは他者と交えない者は生きていけないの。精霊にも食事みたいなのは必要なんだ。それは仲間同士で寄り合ったり、誰と親しくすることで自然と得られるもの。精霊をやめたら精霊同士というわけにもいかないから、だいたいは扱いやすい人間と契約を結ぶ。でも彼女はそれすらイヤみたい。だから、もうすぐに消える。消える前に、何か世界に影響を与えたかったんだよ。
 手っ取り早く、一番簡単な方法をとる事にしたみたい」
 ラァスは呪式の構成を練り上げながら彼の言葉を聞く。
「何それ」
「君を殺す事」
 理解しかねた。
 ラァスが死んで、何が世界に残るのだろうか。
「何それ」
 馬鹿らしい。たかが子供一人だ。今もこうして逃げ回るしかできない。逃げ回る姿は滑稽だろう。おとぎ話のように格好いい立ち回りではない。試合のように紙一重の攻防などしない。極力距離を開け、もしも魔剣の力が迫れば大きく動く。ただそれだけの滑稽なものだ。だからこそこうして会話する程度の余裕はある。相手はファーリア以上の能力を使用できないようだから。
「君は自分を理解していないね。聖眼ってのは、稀少だよ。とくに地神様が目をかけるぐらいだから、君は将来……ま、それはいいか。とにかく、君は地神様にお仕えする事になる可能性が高く、将来何かしら世界に影響を与える。その可能性をつみ取る事が、彼女の選んだ最後みたいだよ」
 迷惑な話である。第一、地神に仕えるのは『少しどうかなぁ、微妙かなぁ』と考えている彼にとって、その決めつけ好意は非常に迷惑である。
「ってことは、僕、一番避難しなくちゃいけないヒトじゃあ? 一般人だしぃ」
「ダメだよぉ。スネに傷持つ君がそんな事言ったら。裁判にかけられたら、どうなるかなぁ」
「ううっ」
 神様にはバレバレのようだ。おそらく過去を調べたのだろう。本気で調べれば、ぼろが出るのは間違いない。どこまで行き着いたのかは知らないが、人間相手ではなく、神様相手なのだからすべてお見通しなのかも知れない。
「でも、どうすればいいの? 殺しちゃっていいの? 殺したくないけどここに閉じこめられてるからそれしか道ないよ」
 魔法で瞬発力を上げてはね回るようにして逃げている。
「がんばって、相手が消耗して消えるまで」
「無理無理無理。僕持久力ないから」
「そっか。残念。まあ、もう少し辛抱して。どうにかしてくれる人たち借りに行ってるから」
「……誰それ」
「来ればわかるよ。だからもう少し必死で逃げ続けて」
 ラァスは無責任な流砂の言葉にため息をつき、そこからは黙って動き続けた。間合いにはいる事もできたが、殺さずという条件では、無力化できなければ死ぬのはこちらだ。取り憑いているだけなら、痛みも感じないかも知れない。
 誰かが来てどうにかしてくれるなら、それを待つ方が得策だ。
 ラァスは冷や冷やしながらも逃げ回り、その様子がおかしい事、審判すら試合場から逃げている事に動揺を見せていた観客達が、一斉にざわめいた。
 助けが来たのかとちらと見た彼は、思わずぽかんと口を開いた。
 そこにいたのは、フードで顔を隠した怪しい二人組と大きく見た事もない鳥だった。


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