25話  大地の国



 男女ほどの身長差のある、怪しい二人組。
 そして、ややずんぐりとした大きな鳥が、「こけぇぇぇぇえ!」と耳をつんざくような鳴き声を発した。
 それを見て、背の高い方が愛おしげにその頭を撫でて、低い方がそれに文句を言う。
「……………………なあ、あれ」
 あり得ない既視感に、ハウルは目をこすった。
「……あれは、まさかニワトリなのか?」
 カロンがショックを受けて、ラフィニアを抱きしめながらも身をこわばらせた。
「格好いいね、あのニワトリさん。とさかが小さいから、女の子かな」
 心優しいというよりも、魔物に好かれるアミュが好意的解釈を元にニワトリを褒めた。
 あれがニワトリです、といわれて、はいそうですかという者はどれほどいるのだろうか。白くつややかな、いかにもトリートメントされた羽根。気品すら感じる涼やかな目元。唯一とさかがそれらしさを醸し出しているが、しかしそれでも普通のとさかではない。『鶏冠』の名にふさわしく、王冠のような風格を感じた。雄ならばさぞ立派なとさかだっただろうに。
「ヴェノム、ああいうニワトリいるのか?」
「さあ。ひょっとしたら、ニワトリと表現しているだけで、実際には違う種の鳥なのかも知れません」
 ヴェノムも心なしか呆れた様子だった。
「カロン、ハウル。ちゃんと隠してなさいよ」
 メディアはラフィニアと、ハウルの荷物から首を出した状態で眠っているルートを指して言う。
「ラフィ、彼らの事が好きでも、飛んでいってはいけないよ」
 嬉しそうに羽根を動かすラフィニアに、カロンは言い含めるように囁き、そして彼女の好きな子供用の菓子を与える。飛び上がりたがったラフィニアは大人しくなり、カロンは外出用のマントを羽織らせた。暑くならないよう、精霊に呼びかけ中をほんのりと冷やしてやる。
「ラフィが喜ぶってことは、やっぱりあの人達……」
 アミュはしゅんとしてうつむいた。
「でも、どうしてあの悪人になりきれない悪人達が出てくるわけ?」
「そなたら、彼らの事を知っているのかえ?」
 サメラはきょとんとして問う。
「サメラ、あんたあいつらの身元知ってるの」
「しってるも何も、我が家の隣人じゃぞ? のう、兄様」
「彼らは……まあ、お隣さんですね。一応」
 沈黙が落ちた。
「えらい近くに脅威があったもんだなぁ」
「あれはもしかすると、変装のつもりなのだろうか?」
 ハウルの言葉に、カロンは顔を歪めて二人を指さした。
「まさか。観衆の前に出るのが嫌なんじゃないの? 人格が変わった後は、人前に出るの嫌がりそうな性格だったもの」
「そっか。自己防御なの」
 メディアがいつもの調子で言うと、アミュは納得したように手を打った。
 しかしだとすれば、かえって目立っているのだが、顔さえ見られなければいいと思っているのだろうか。彼らの上司がそんな風だったから可能性は高い。
「ここは地神様のお膝元。彼らも手出しはできないでしょうし、なんとかするために出てきたのだと思います。この場は任せるが吉です。あとで、クリス様にお話ししに行きましょう」
「んだな」
 ヴェノムが言うとおり、この場を任せるにはふさわしい実力者達だ。
 ルートとラフィニアだけ隠しておけば問題ない。何よりも、彼らがラァスに気づいているかどうかも怪しいところなのだから。


 ラァスはつかつかとやってくる二人に、時も場所も忘れて目を奪われた。それはファーリアにも言える事だった。
「うわっ、怪しっ」
「怪しい奴らめ。邪魔をするな」
 邪精にまで二人は怪しいと言われ、むっとしたように唇を歪めた。
「邪精ごときががたがたぬかしてんじゃないよ!」
 ラァスは、その乱暴な言葉にびくりと震えた。
 二人組。フード。大きな白い少し美味しそうにすら感じる妖鳥。何よりも、二人のうち一人が持つ、あの何の変哲もないように見える筒。
「サリサさん、なんでここに?」
「……何者? ラナじゃなく、私の名を呼ぶなんて」
 ラァスはぽんと手を打つ。
 気づかれていないのだ。簡単に気づかれるような変装はしないので、当たり前だった。黙っていれば良かったのだ。
「サリサ。それはどう見ても前に狩ろうとした愛くるしい天使を守っていた金の聖眼少年だ」
 性格の差か、ダーナの方はあっさりと見抜いた。口を滑らした責任をとる必要はないようだった。
「うわ、オカマとオカマの試合だったの? 気色悪いわね」
「可愛いじゃないか」
 ダーナは相変わらず節操なしの可愛い物好きらしい。顔は見えないが、暖かなものを感じた。コウトにその異常さは聞いていたが、なんとも場違いだった。
「ふざけるんじゃないわよ! 人間がっ」
 ファーリアはふざけているようにしか見えない二人に苛立ち、剣の魔力を放つ。
 しかしそれは二人に届く前に、瞬時にしてくみ上げられたダーナの結界によりかき消される。
 ──相変わらず化け物みたいな魔法センスだなぁ。
「邪精風情が、その男にとりつくとは……」
 彼は小さくため息をつき、その傍らの鳥が「こけぇ」と鳴く。
「興奮するなエリザベス」
「…………その子、あの時の?」
「無論。大切に育てたら、本当にあっという間に大きくなって驚いた」
 どれほど大切に育てたらああなるのだろうか。雌でこれなのだから、雄ともなれば……恐ろしい。
 ラァスは驚きながらも、しかし意識はファーリアへと戻す。
「流砂、君、彼らがこの国の住民だって、知ってたんだね」
「うん。知り合い。今は、信じてもいいよ。彼らはファーリアとは親しいから、見捨てないよ。あの子達も、大丈夫」
 ラフィニア達が大丈夫だというなら、彼らと敵対する必要はない。
 苛立ち紛れにラァスへと向けられた剣を、彼は左に一飛びして避ける。
「あんた、あの不相応な斧はどうしたのよ。あれなら電撃を封じる事ができるでしょ」
「一人じゃすぐには取り出せないんだって。しゃがんでの数秒なんて、命取りだからね」
 流砂がご丁寧にサリサへと説明した。
「ったく。だから素人はイヤなのよ」
 サリサは持っていた筒に手を添える。
「物の影にある程度のもの入れておけば、もしもの時、どうにでもなるって言うのにね!」
 筒の中には手を入れず、筒の下にできる影を利用して封じた剣を引きずり出した。
「でも、物に入れると、壊れたら二度と出せなくなるよ」
「時間稼ぐから、とっとと取り出しなさい」
 サリサは無謀にもファーリアへと突撃した。そしてラァスの前に静かにダーナが立つ。ラァスはしゃがみ込み、影に手を入れて中を探る。
 二人の技量は素晴らしかった。サリサの剣は雷を払い、剣が合わさり、火花を散らす。力で勝るはずのサリサは、その一合ですぐさま引き、放たれた雷を切る。そして二人は再び剣を合わせる。剣を合わせたままで電撃を受ける事はできないようだ。
 やはりファーリアの技量も目を見張る物があるが、サリサの技量はそれを上回る。
 あの迷いのない動き。ラァスにはあのタイミングであのように動く事はできそうもない。
 サリサは再び離れて、放たれた雷を切る。
「いい、坊や。大切な物だけは自分の中に封じればいいんでしょ。それ以外は、いつでも切り捨てる覚悟で分散させておくのよ。惜しむ者は生き残る事なんて不可能よ」
 彼女の度胸は、並大抵ではないようだった。
 あのような物は確かに便利だろう。服と違い毎日同じ物を持ち歩ける。服などよりも、破損しにくい。
「それにこの筒は、ただの筒じゃないのよ」
「何なの、その筒」
「壊れない筒よ」
 サリサは背負っているそれを自慢げに一瞬手を添えた。
「…………それだけ?」
「そうよ」
「…………わぁ、すごぉい」
「これは一応神器なのよ」
「本来の用途は?」
「知らないわよ。筒の上下にふたをつけて、肩ひもつけただけだもの。使える物は使うのが私のモットーよ」
 ラァスは斧を肩に担ぎ、立ち上がる。
 彼女のようなアバウトな考えたもあるのだと、感心すらしながら。
「でも、僕に武器を出させてどうするの。殺すわけでもないのに」
「動きをしばらく止めていろ。分離させる事ぐらいはできる」
 ダーナは難しい注文をした。
「気を失わせればいい?」
「だめだ。それではファーリスに声が届かない。無理矢理分離させれば、彼の精神に異常を来すおそれがある。私はそれを望まない。押さえろ」
 さらに難題をふっかけられた。
 二人がかりで武器を奪い取り、押さえつけろという事か。
「ファーリアさん、乱暴するけどごめんなさい」
 ラァスは一応謝っておき、斧を構えた。
 この斧の力は特殊な魔力を放つタイプの物ではない。ただ切り裂く。
 正も邪も関係なく、生も死も関係なく、試した事はないが、神も悪魔も関係ないという、そういう代物だ。力さえあれば、鉄だとて切り裂ける。つまりは壊れないのだ。幽霊や魔法を切れる以外サリサの筒とどう違うかというと、違わない気もした。ひょっとしたら、彼女の筒は幽霊も殴れる可能性もあるわけだ。
 サリサも動き、ファーリアの背後から攻める。しかし彼女は足を止めた。
 魔力が動く。
 ──邪精が力を使った?
 追いつめられ、意を決したか。
 サリサを守るように、エリザベスが前に出た。危ないと思ったその時、彼女は炎を吐いた。
 ──いやほんと、どういう育て方したんだろ。
 連れてきた理由はわかったが、家畜として改良された動物が炎を吐くなど聞いた事もない。
「惚けないで、ラァス。気をつけて。力を使わせすぎると、邪精といっしょにファーリアも死ぬから無茶はさせないで」
「うわ、完璧人質じゃん」
「道連れは一人でも多い方がいいと思うタイプじゃないかな。君とファーリア、二人殺せればって思ってるよ。君ほどではないけど、彼も世界に影響をもたらす存在だから」
 ラァスのつぶやきに流砂が答えた。
「なんで僕が影響与えるんだか」
 この広い世界で、このちっぽけな自分が何になるというのだろう。
 ほんの少し人よりも魔力が高く、ほんの少し少し人よりも力が強く、ほんの少し人よりも可愛くて、ただ金色の目を持っているだけ。
 ラァスは得心ずかなかったが、相手が望んでいる以上、受けて立たないのもしゃくに障るので、流砂がはやし立てる声を聞きながらファーリアの剣を破壊にかかる。
 邪魔なものは壊してしまえばいい。
「いっきま〜す」
 表面上はとぼけた笑顔で走りながら、斧を振り上げ構えられた剣へと振り下ろす。ファーリアは切っ先をそらし、ラァスの力を受け流す。頑丈なだけで、ぶつければ何でも破壊できるわけではない。すべてはラァスの技術次第。
「ファーリアは力があまりないから、相手の力を利用する女性的な剣を使うよ。力だけじゃ敵わないから」
「んもう、先に言ってよ」
 もちろん、わかっていた事ではある。彼は決して逞しいタイプではない。外見も女性に見えるほどだ。そのような剣の扱い方をしていて何の不思議があろうか。
「はやくしろ」
「って、ダーナさんは何もしないの?」
「私はそれを押さえる術を持っていない。私の得意とする術は水を使うものだから、元水精を押さ込むのは難しい。捕縛用の水牢の術もすり抜けてしまうだろう」
 捕縛用の術。
 ラァスは自分が使える捕縛用の術があるのを思い出す。
 知り合って以来、習得はせど頻繁に使用することをやめた高度な術。
「繋がれし永劫の罪人よ」
 彼が決して罪を犯そうと思って犯したのではない事を知ったから、身につけてもなんとなく使わなかった。それは彼の罪を利用する事なのだから。
 ラァスが呪文を唱え始めたのを見て、サリサがファーリアの気を引きつけるため、ナイフを投げた。傷つけるぐらいなら許容範囲と考えているようだ。
 ラァスはファーリアに接近し、片手で斧を振り上げ、ファーリアの剣をそらす。
「汝が罪を分け与えよ」
 罪をわけてもらおうとも、彼の罪は決して軽くはならない。そんな彼の力を利用するのは、さすがの彼も気が引ける。だから必要な時以外は呼び出さない。
 膝を落とし、空いた手で地面に触れる。
「われが望むはその鎖」
 それは地から現れ、少しラァスを巻き込みながらもファーリアの全身にからみついた。
 以前呼び出した時よりも、色が薄かった。
 飴みたいだと思っていたが、透明になると本当に飴のようだった。本当の意味でこの術を使いこなす者は、この召喚された罪の檻を不可視にすらできるらしい。ラァスも腕を上げたという事か。
 腕を絡められ、足を絡められ、首を絡められる。じゃまなそれを剣で切り払おうとするが、ラァスが魔力を注ぐと、より太い罪の鎖と呼ばれる軟体動物のようなそれは、より多く出現し、ファーリアを押さえ込もうとする。
 理力の塔の時はお膝元にあったのでいとも簡単に大きな獣を捕らえたが、ここは外で、相手は魔力と力で対抗しようとする人である。
 魔力を使わせないため、ラァスは後退しながらもさらに力を込める。
「断じて」
 理の世界から、隔離する。魔道を司ると言われる神だからこそ、その力の循環を切断して、せき止めてくれる。もちろん、ラァスの魔力が源であるため、彼の力を超えるものに対しては通用しない。
「いい術持ってるじゃない。始めから使いなさい」
「だって、捕まえるだけの術だから、始め選択肢になかったんだもん。疲れるしぃ」
 軽口を叩く二人をよそに、ダーナは指を伸ばし呪文を唱えた。
 その言葉の意味はよく理解できなかった。難しい言葉だった。大切なのは、言葉の意味と力であり、古い言葉も新しい言葉も関係ないとヴェノムは言う。時々、現在の言葉で適切な言葉がないために古い言葉を使うのだが、すべてを古い言葉で行う術は初めて見た。
 彼はその方が慣れているからそうするのだろうか。それとも、何か意味があり古い言葉を使うのだろうか。
 濃い水の気配がする。メディアが術を使う時と少し似ていた。
「あるべき場所へ」
 最期のその一言だけは理解できた。
 ファーリアの額から、血のように水がしぶいた。ばしゃりと音を立てて水が地に落ちると、それは集まり形をとろうとした。
「散れ」
 ダーナが指さし何かをしようとしたところ、力の抜けたファーリアが倒れ込み、まるでかばうような位置に膝と手をついた。
「ファーリス、そこをどけ。邪魔だ」
「ふぁー……りあです」
 ファーリアは力なく顔を上げた。顔色はいっそう白くなり、しかしその瞳には確かに彼の意志があった。
「しゃべれるか。ならばどけ」
「まって」
「なぜかばう? それはお前を痛めつけただろう。お前が支配されるほどだ。絶え間なく責められたのではないか? どうせリオラのことだろう。お前が気にする必要はない」
 ──リオラって、リオさんの本名かな。
 その姿は見えないが、心配しているだろう彼女の名。女性である事を捨てているから、女性らしい名前も捨てたのかも知れない。
 と、その時ラァスは気づく。異様な気配を感じ、かなり多くの観客が逃げた中、それでも残る者は多い。そんな中に、リオラが立っていた。心配で、来てしまったのだろう。
「可哀想なひとだから、優しく送り出してあげてください」
「何が可哀想なひとだ。邪精だぞ」
「それでも、好きになった人が死んで、その絶望は誰もが同じでしょう? あなたがそうなったのも、元は好きな人を殺されたからでしょう?」
 ダーナはちっと舌打ちした。
「どけ。ある程度優しく母の元へ帰してやる。運が良ければ、転生も可能だろう」
 ダーナは杖で地面に円を描き、その中央に母神を表す名を書いた。
「完全に力尽きる前に、この中に入れ。ここに母へとつながる道をつくってやる」
 ──母神へとつながる道を?
 ダーナに言われたからか、その母の名に反応したからなのか、その形とらぬ邪精は円の中へと移動した。
 ダーナは円の縁に指を押し当て、ふぅと息を吹きかける。
「我が元へと道開け」
 ダーナがいるべき場所への道。
 見た目には、なにも変わらなかった。地面が水を吸うように、邪精は地に吸い込まれていく。
「何をしたの」
「私たちの本体がいる場所に送っておいた」
「ほ、本体?」
「気にするな」
 気にならないはずもないのだが、ラァスは斧を手で影の中に押し込んだ。結局役には立たなかったが、色々と考えさせられた。
「行くぞ、ベス」
「こけっ」
 美しい雌鳥は、主の言葉に反応し、数メートルほどを羽ばたきその後に続く。
「流砂、わかってるわね」
 サリサは地面を見て小さく言った。
「さあねぇ。僕はこれでも地神様の配下だから、聞かれた事には素直に答えるよ」
「ふん」
 サリサはさっと身を翻し、ダーナ達の後を追う。
「結局、あの人達はどこの誰なの?」
「神殿の人間だよ」
「神殿……って、地神様のところの?」
「あ、呼ばれてる。行かなきゃ。じゃあね」
 流砂の気配が消えた。結局姿も見せず、行ってしまった。
 何がなんだかわからなかったが、その後、決勝戦で当たるはずであった対戦相手が棄権してしまい、その日の大会はさらにわけの分からないうちに終わった。
 よほど、ファーリアが魔剣を振り回す様に、それを封じるラァスの術に対して脅威を持ったのだろうと、受け取っておく事にした。


 翌日。
「ごめんねぇ。せっかくの楽しいイベントだったのに、変なのが参入して台無しになっちゃった」
 ラァスを引き抜きたいクリスは、満面の笑顔で言った。その隣には、顔に不機嫌とでかでかと書かれたような浮かない表情の流砂。
「でも、僕らはあればかりはどうしようもないからねぇ。ファーリアにはあとでうんと説教しておくから。ほっといたら、自分で自分を追い込みかねないしねぇ」
「いえ、別に僕は賞品目当てに参加しただけですからぁ、こんな素敵な宝石をもらえればそれで満足です」
 ラァスはうっとりと決して大粒ではないルビーを見て首を振る。
「でも、いいの? それってあの中ではあんまりおすすめできるものじゃないけど」
「呼ばれたんです。手にしてって」
「だろうけどねぇ。それちょっと……曰くありだから、封じるのも兼ねて保管してあったからねぇ」
 それこそが、ラァスの気をひいた要因である。
 ハウルは、幽霊嫌いのくせに呪われた宝石を喜ぶ友人に、少し冷めた目を向けていた。
 人とは矛盾するものだが、彼ほど矛盾した人間も珍しい。
 現在ラァスは女装をやめて、髪型も変えた。伸びてきた髪を、後ろで一つに結ぶという、それだけの髪型だ。メイクもしておらず、すっぴんである。瞳の色も変えており、試合に出ていた時とは別人にしか見えなかった。
「で、いつからうちに来てくれるの?」
「いやだぁ、僕はまだ見習いなんですよ」
「いいからいいから」
 ラァスはハウルに視線を向けた。助けを求めているようだ。
「伯父さん、ラァスをいじめすぎるなって。ラァスはアミュと一緒にいたいだけだから」
 アミュが首をかしげ、ラァスは怒りを隠しハウルを睨む。
「じゃあ、アミュもおいで。君が女神としての道を選ぶなら、いつかどこかの神に仕えなきゃいけないし。そうしたら君たちはいつでも一緒にいられるよ。人の血も混じってるから、僕が許可さえすれば自由はきくしね」
「神様につかえる? わたしが?」
 アミュは赤い瞳を大きく開く。
「そうだよ。永遠を得るっていうのは、代償があるから」
 アミュはうーんとうなった。彼女は永遠など望んでいなか、もしくは永遠というものに対して実感がわかないのだろう。
「永遠がいらなかったら、どうなるの?」
「人としての生がある。だけど、中途半端な人になる。まっ、考えるといいよ。一生の問題だからね」
 その言葉に、ぶすっとしていた流砂が、彼よりも少しだけ年上に見える姿をしたクリスの肩をつついた。
「親切でいらっしゃいますね」
「僕はいつでも親切だよ」
「そのこと、僕は聞かされていなかったと記憶していますが?」
「うん、言ってなかったから記憶通りだと思うよ」
「…………不公平だ」
 ぽそりという彼は、クリスに対する恨みすらかいま見えた。
「伯父さん……流砂って」
「うちの長男。最近生意気で反抗期なんだぁ。パパって呼んでくれないしぃ」
「…………って、イトコ!?」
 ハウルは驚き、アミュは流砂の顔を覗き込んだ。
 しかし彼には人らしさがない。もちろん外見がではなく、気配が。ハウルは精霊の振りもできるが、これほどまで精霊のような気配をまとうことはできない。
「リューの場合は、それしか道がなかったんだよ。ハウルやアミュのように人間の血もほどよくひいていれば人としての生もあり得るけど、君はとてもじゃないがそれはできなかった。可愛いお前が道を迷わないよう、強制するのは親のつとめだよ」
 流砂はついと顔を背けた。
 彼にも色々とあるのだろう。
「ラァス。よく考えた方がいいよ。そりゃあ他人に冷たい方やよそで女作りまくりの人に比べたら、まあ少しはマシなのかも知れないけど、あの方々の長男である事に変わりないからね」
「……うん、考えてみる。よぉく考える」
 ラァスは素直に頷き、そして小さくため息をついた。
 彼の視線の先にはアミュがいた。そのアミュの視線の先には、流砂の姿があった。
 ヴェノムは二人の様子を見守る。
 ──じゃあ、俺はどうなるんだろうな……。
 父は好きではないが、嫌いではない。
 ヴェノムと共にいたい。
 この先どうするのか、ハウルには想像もつかない。しかしそれはまだ数年先の話。もう少し──もう少しだけ、気楽に生きるつもりだった。
 

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