3話 魔物使い

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 非常識な深淵の森の面々だけは多少慣れてきたある日、図書室で基礎を自習していたジークは、初めての来客を見た。
 二頭立ての馬車が二台と、護衛らしき騎士がやってきた。騎士だ。知っている鎧だ。
「あれは、クロフィアの聖騎士か?」
「聖騎士? 他国の事なのに見ただけで分かるのか?」
 ジークに吊られてディオルが窓の外を見る。
「有名だからな」
「有名なの?」
「ああ。昔は称号を増やすために騎士団を分裂させて馬鹿みたいに増やしていったらしいが、最近は実に理にかなった騎士団に立て直された。聖騎士はその要だ。実力を伴い活動する聖騎士……つまり、魔物退治などして、民衆には人気がある。女性はとくに憧れるらしいな」
 昔から騎士で有名なウェイゼアほどではないが、それに継ぐ実力になりつつある。かの国には当たり前のように女性騎士までいる上に、女性ばかりを集めた腕利きの近衛団もあるらしい。
 一度行ってみたい国なのだが、縁がないので諦めている。気軽に旅行に行ける身ではない。
 しかし、ひょっとしたら、気軽に旅行に行ける日が来るかも知れないのだ。いや、来るはずだ。そのためにここに来たのだ。今は基礎を学んでいて、今はヴェノムに出された宿題をしているところだが、そのうちこの目を扱える日が来るかも知れない。
 ここに来てから目の調子がいいのだ。土地によって、身体に作用する事もあるらしい。とくにこの手の魔力を持つ部位は、影響を受けやすいのだそうだ。
 調子がいいだけでは意味がないし、ディオルには目標が小さいと言われるが、彼にとっては大きな一歩である。
「しかし、聖騎士がなぜ」
「軍の偉いさんが母さんの弟子なんだ」
「そ、そうなのか」
「君の言う立て直されたきっかけになった人なんだろうな。元々は大神官になるためにあの国に行ったのに、なんでか将軍の養子にさせられた人だ。元は神官だから防御、補助、回復系の術の巧みさは尊敬に値するかな。いろいろとすごい人だよ」
 ディオルという少年は自信家だが、他者の能力は認めて尊敬するという。彼は自覚のない、謙虚なつもりの自信家なのだ。だから謙虚に優れた他者を認め観察する。趣味はキメラ作りと観察だそうだ。
 ただしその尊敬するというレベルはとても高く、尊敬される人間とはつまりその道を究めたような人間である。
「しかも、元祖メンバーを連れてきているようだね。あのお騒がせ集団を連れて一体何をしに来たのだか」
 カロンもジークの背後に立ち、言葉とは裏腹に楽しげに笑いながら言う。
 聖騎士団はジークが生まれた頃に作られた物だ。その頃からの人員。改革者達だ。
「師匠は、顔が広いな」
「ヴェノム殿はあれでいて、けっこうまめだからね。五百年以上生きていて、それでもまめに知人とコンタクトを取る人間というのは、なかなか珍しいらしいよ」
 カロンは窓から離れ、図書室のドアへと向かう。
「彼らを迎えに行こうか」
「一人で行けばいいだろ」
「いいからおいで。あの騎士達も、もう子供を連れ回して喜ぶのにも飽きてきた頃だろう。苦手にしていては、彼らがまた喜んでかまってくるよ」
 ディオルは連れ回されて苦手になったらしい。小さなころのディオルはさぞ可愛かっただろう。かまいたくなるのも理解できる。
「何より、迎えに行かないとかくれんぼが始まるぞ」
 ちぃと舌打ちして、ディオルはカロンに続いた。ディオルが明らかに苦手とする騎士達に興味が湧いた。かくれんぼなど、微笑ましい。子供らしくない姿ばかり見ているから、子供らしい遊びをする彼を想像すると、安心する。
 玄関に向かうと、ちょうど馬車から荷物を下ろしているところだった。
 淡い金色の鎧を着込んだ中年の男達は、馬の世話をしたり、スーツケースなどの荷物を運んだりしていたが、カロンの姿を見るとその手を止めた。
「おお、カロン。相変わらずだな」
「ディオルも相変わらずだな。少しは背ぇ伸びたか?」
「っさい!」
 彼はどちらかというと小柄だ。両親の背が高いので、もう少しすれば伸びるだろうが、伸び悩む今を気にしている様子だ。男の成長期は個人差も大きく、遅い事も多いのでまだ気にする必要はない。ジークも背が伸び始めたのはディオルぐらいの年からだ。
「お、知しらねぇのがいるな。これが新しいのか」
「前のと違ってまた綺麗なのが来たなぁ」
「えっ、マジっ……なんだ男か。またヒルトさんみたいな美人かと思ったのによぉ」
 慌てて飛び出してきた騎士が、ジークを見て肩を落とす。
 聖騎士のイメージが瓦解する。騎士よりもさらに崇高な姿を思い描いていたのだが、彼らの言動はさながら『傭兵』のようである。
「元々彼らは問題児を集めたごろつき団の連中だから、聖騎士のイメージを抱いているのが間違いだ。もちろん、古参の連中に限定されるものだがね。若い連中は上品だから安心していいよ」
 カロンが慰めにならない慰めをする。
「お前達、何を騒いでいる」
 馬車の中から声がかかり、彼は長い髪を払い降りてきた。
 見事な金髪に、金色の瞳が、男か女か判断しかねる整った顔立ちを彩る。体格からして男だが、一瞬迷う程度には華奢な身体だ。その華奢な身体で、小脇に人を抱えていた。
 荒縄でぐるぐる巻にされ、猿ぐつわをかまされてうーうーと唸り暴れる、ディオルほどの年齢の少年である。
「………………」
 頭が痛い。
 元大神官候補の将軍の養子とは、彼の事だろう。金の瞳がその証拠。
 それが子供をふん縛り、小脇に抱えていた。
「ぶっ」
 隣でディオルが吹き出し、身体をくの字にして堪えている。肩が震え、ちらりと金髪の男を見て、伏し、地面に頭をつけて堪える。
「んんっー!!」
 縛られた少年が顔をまっ赤にして暴れる。
「こら、エリア、みっともなく暴れるんじゃない」
 おそらく身内だろう。
 容姿がそっくりだ。金の瞳含めて、そっくりなのだ。
 だからこそ愉快なのだろう。
「あはははははっ」
 ディオルが堪えきれずに笑い出す。
「ばっか! おま、なにっ、ばっか! あはははははっ」
 何がそんなにツボにはまったのか理解できないが、ディオルは笑い転げている。いつもはやや鋭い目尻も下がるほど爆笑している。
「んんー! ん、ふぁ、ふぁああなせっ!」
 猿ぐつわがずれたのか、最後の方はまともな音が出た。
「黙れっ! この三流悪役顔っ!」
「あははははははっ」
 かなりの暴言にも耳を貸さずに笑い続けるディオル。目つきが鋭いし、キメラと一緒にいると子供を装う悪魔大魔道士的な外見をしているのは本当だが、三流ではないだろう。
 本人が気にしていないのでいいが。
「黙れと言っているんです!」
「エリア、みっともなく騒ぐんじゃない。ハウルもそうだったけど、あの子はツボにはいるとしばらく続くから我慢しなさい。この程度の事も流せないようではみっともないよ」
「原因を作った本人の言葉がそれですか!?」
「落ち着きなさい。父はお前のためを思ってこうしているのだから」
「騙して連れてきて、僕のためも何もあるものですかっ! なぜこんな城しかないド田舎にっ!」
 否定できない言葉である。一番近い人里まで、馬で行けば半日近くかかるのだ。買い物には竜で行くという、異様な一家だからこそ、こんな所に人を雇うことなく優雅に住んでいられる。
「ラァス、久しいね。相変わらず美しい」
 カロンが男の前にひざまずき、空いた手を取り女性にするように口付ける。
「君も相変わらずだね。ラフィは?」
「ルートと森で遊んでいるよ」
「そう。この馬鹿達が楽しみにしているから呼び戻してくれるかな。ラフィに会うために協力してくれたようなものだし」
 カロンに似た美少女を思い出す。
 カーラント系の美女だが、その背には翼があって空を飛ぶ。しかしそれでもディオル達よりはまともだ。彼女を目当てに来るというのも頷ける。やや年甲斐はないと感じるが、それほどの美女だ。
「で、何をしに来たんだい。この子を外に連れ出すなんて」
「師匠には話してあるはずだよ。休暇が取れたから、しばらくここにいるつもり」
 小脇の少年が「ええっ!?」と悲鳴に近い声を上げた。
「なぜ」
「とりあえず、落ち着ける場所に移動しようよ。逃げられないように拘束できる椅子を用意できるかな」
 ジークは最近、目は楽になったが、頭がよく痛む事に気付いた。
 今は理由がはっきりしている。
 しばらく変なのが住み着くのだと、宣告されたからだろう。
 理由は分かっていて他人に害を与えない身体の変調というのは、気楽でいい。


 縛られたエリアス。
 未だに思い出したように笑うディオル。
 つられて笑うハウル。
 平然としたように見えるのは、ヴェノムとジーク。ジークに関しては訓練を積んでいるので表には出にくいだけで、先ほど頭が痛いと言って、癒しを求めるように猫のゼノンの喉を撫でてきた。
 彼はストレスが溜まると、部屋に閉じこもっているか、こうするのだ。部屋で何をしているか知らないが、年頃の少年なので深入りは禁物である。
 そして気楽な聖騎士達は、各々勝手な事をしている。まともに話に参加しているのは真面目なカリムだけだ。流砂の姿が見えないので、解放されるためのリフレッシュ休暇としてついてきた可能性も高い。
 一人で微笑むカロンは、自分がいることが場違いな気もしてきた。
 十五年も世話になっていて、幼い頃から住んでいるような気分になる場所であるが、来客が来ると場違いを思い出すのだ。それに反して、ジークはすっかりこの城に馴染んでいる。見た目ホラー仲間である。爽やかさが売りのカロンは、その点でなかなか馴染めない。いつまでたっても客人の側である。
「で、ラァスはなぜわざわざ?」
「実は、しばらくここでこの子をみて欲しいんだ」
「それは知ってるけど、なんでいきなり? 魔道の知識は十分あるだろ」
「魔道の事が問題じゃないんだ」
 ラァスは深くため息をついて、出された茶を飲む。比較的新しいの茶器を見つめ、爪で弾き、ふたたび口をつける。
「この子、ものすっごぉぉぉぉぉぉくっ」
 またため息を挟む。
「運動音痴なんだ」
 ため息。
 肉体強化を無しにしても、武器さえあれば相手を殺す、そんな優れた身体を持つラァスの息子は、足が遅く、体力がなく、ちょっとした移動ですら他人を使う。
 エリアスは優れた魔物使いである。伯母にあたるゲイルが基礎を教え込んだためだが、それを悪用して自分では何もしない子になった。
「この前、何もないところで転んだんだ」
「で?」
「手もつけずに骨折った」
 まったくもって、情けない話である。ディオルもあまり活発な子ではないが、こんな辺鄙な土地で生活しているので、人並みに近い体力はある。
「三歳ぐらいの女の子を追っかけて、即体力で負けて、魔物を追いかけさせてた」
「男としてそれはちょっと……」
 ラァスにとっては頭が痛い話だろう。エリアスの姉はラァスに似て活発で心身共に鍛えられている。賢く、可愛らしく、何の問題もないのにこの下のエリアスと来たら、問題児振りではディオルの上を行くような男だ。
「僕が動く必要がないのになぜ動かなければならないんです。僕のような人間が、なぜわざわざこんな田舎にいなくちゃいけないんですか。珍しい魔物でもいるならともかく、いるのは人間と半神。しかもディオルなんかがいるようなところにっ、この僕がっ!」
 彼は、ナルシストだ。ラァスが自分の美貌を磨くのは趣味だったが、エリアスはより見栄えよくなるのは義務だと思っている。ラァスが魔道を学び始めたのはまっとうに生きるためだが、エリアスは可愛い自分が楽をするためである。
 そして、自分に少し似たところがありながら、天然の入ったディオルを嫌悪している。
 彼の自分にはない才能に嫉妬しているところもあるのだが、そんな嫉妬するエリアスに対して、ディオルは嫉妬しない。聖眼の観察対象としては彼の姉や父の方が優れているからだ。そう、三人もいるので珍しくないのだ。
 なのにディオルの空間操作という特殊能力は、世にも稀で、まだまだ未熟もいいところだが、彼だけの能力。
 だからエリアスはディオルを嫌って、彼とは違う事を求めて魔物に興味を持ちだした。作る事を選んだディオルに、すべてを従える事を選んだエリアス。
 よく言えば、ライバルという奴だ。普通に言えば、水と油とか犬猿の仲という。
「でも鍛えるだけなら自分のところですればいいだろ。田舎の子は元気とか、そんな幻想はうちにないだろ」
 ハウルはラァスの空になったカップにお茶をつぎ足しながら言う。
「んん……だって、少し厳しくすると逃げるし、追おうとするとみんなが止めるんだ。甘すぎるんだ。とくに地神様が甘やかしまくって、どうにも手に負えないんだ。だから、僕の自由になるこいつらに協力してもらって、地神様の領域を脱出する事にしたんだ。出てしまえばこっちのモノだからね」
 彼は他人に対して厳しい。鍛えると決めた時、とても厳しい。自分が受けてきた訓練を基準にしているから、それが厳しいとは本当の意味で理解していないのだ。
 だからつい周りも止めてしまうのだろう。ラァスの厳しさを知っていて、エリアスの動きたくないという頑固さを知っているから。
「だから、なんでうちに?」
「ほら、なんか最近、アークガルドの子を拾ったって言ってたでしょ。年が近いなら、エリアスも楽しく動けるかなって」
 もちろん本気で『楽しく』などとは思っていないだろう。
 彼も自分の息子の頑固さを知っている。無理矢理何かをさせようとした時、彼は部屋に全力で閉じこもり、二週間籠城した。
 折れたのはラァスだ。二週間も籠城できるほど食料などない事を知っていたから、息子の身体が心配になって折れたのだ。
 実際にかなり無理をしていた。水だけは自分で作り出せるが、それ以外は部屋にあった菓子類で食いつないでいた。栄養失調で医務室に運ばれる程無理をしてまで籠城した息子の頑固さに、ラァスはカロンに泣きついてきた。
「ここなら、自分一人じゃ絶対等帰れないし」
「確かに」
「食事は口に合うだろうし」
「確かに」
「嫌でもうちにいるよりは動かされるし」
「下手に魔物なんて出しておいたら、ディオルにねだられるもんなぁ」
「せめて、五十メートルを十秒以内で走れるように」
「目標低っ!」
 素材は悪いはずがないのだ。訓練しなくとも、普通に育っていれば並以上の身体能力が生まれていたはずなのだ。しかし基礎体力の部分が問題外で、身体の動かし方を全く理解していないために素材はよくても完全にそれが死んでいる。
「だから、師匠、お願い」
「私、貧しい少年を無償で育てはしますが、裕福な者をそんなくだらない理由で教えるほど暇ではありません。このジークは差し迫った理由があるから預かっていますが、そんな本人の努力次第でどうにかなる事を押しつけないでください」
「言い値で」
「仕方がないですね」
 ヴェノムが折れた。この城の主は彼女だ。彼女が折れればそれは決定である。
「僕も欲しい物がある」
「なんだい、ディオル」
 ラァスは手をあげる少年に優しい笑みを向けた。息子と仲は悪いが、それでも唯一対等以上に話し合えるので、和解させて仲良くさせたいと思っているのだ。
「ディオル、また新しいペットが欲しいのか」
「にーちゃんが買ってやろうか」
 ディオルにも甘い聖騎士達は甘やかすために主張し始めた。
 昔、ディオルは他人に滅多な事では懐かない子供だった。その彼を懐かせる事に成功した彼らは、ディオルの事をとても可愛がっている。滅多に会わない事も理由だろう。昔はもっと可愛らしい子供だった。何よりもエリアスを凹ませてしまえることを評価しているのだ。
「像が欲しい」
「ゾウ?」
「神殿の美術館にある、デラステルト王の像」
 さらりと高そうな物を要求するとは、恐ろしい子供である。こんな子供ではやりとりしないような金額を普段から扱っているものだから、彼の金銭感覚は麻痺しているのだ。
「な、なんでそんなもの」
「本物だからだよ」
「本物?」
「一目見た時から欲しかったんだ。僕の研究には、欠かせない」
「そりゃ、偽物は飾らないよ。レプリカを飾るほど無粋じゃないからね。警備も厳重だし」
 ラァスの言葉にディオルは子供らしくない、何か企むような笑みを浮かべて首を横に振る。
「そういう意味じゃない。アレは石化した人間、本物のまだ生きた王だからね。彼の伝説を知っている?」
 カロンはそれが何を示すのか分からない。カロンが見るのは主に宝石だ。宝石のないただの人形などに興味がなかったので知らない。
「三の月神の生まれ変わりだっていう伝説」
 月は三つあるので、月神は三人いる。三の月神は太陽神の怒りに触れて殺されたとされている。もちろん、本当に消滅させたわけではない。彼が人間に生まれ変わって存在しているのは本当のようである。一の月に比べて輝きは劣るが、完全に消滅したと言われている二の月に比べれば明るいものだ。
 太陽神は三の月神を消してしまいたかったようだが、周囲が必死に止めて思いとどまった。
 そんな目に合わされても月神が許される事はなく、生まれ変わったのを見つけられるとネチネチといたぶるのは各地で有名だ。生まれ変わる度にその一族にも影響の出る呪いをかけたりするので、有名にならない方がおかしい。
 知り合いにも一人、その呪いの影響を受けていた者がいた。
「月神の最後の生まれ変わりは太陽神に足から腐る呪いをかけられた。それを防ぐために石にする事で一時を凌いだけど、解呪の手立てはなく、そのまま時が流れ、忘れ去れてしまった。今でもこの世界のどこかに王の石像がある。死んでいないから、生まれ変わることなく、世界は少し平和になった。
 そんな伝説があるから面白がって色んな人が作ったらしいけど、本物がなぜかクロフィアの美術館にあったのを前に見つけたんだ」
 ラァスは知らなかったようで大きな目を何度も何度も瞬きさせる。
「それ、地神様はご存じなのかな?」
「あの人の事だから絶対に忘れているから大丈夫だ」
 確信を持って言うディオルに、一言も反論できないでいるラァス。
 自分の直属の上司である。今まで色々と目にしてきたのだろう。
「で、それをどうするつもり?」
「太陽神の呪いの現物なんて、滅多に手に入らないからね。本当の憎悪が込められている。それを解呪なり逸らすなりできたら、面白いだろ」
 騎士達がディオルの頭を撫でて、賢いなぁ、やら、夢はでっかいなぁ、やらと言っている。これが彼を頑なにさせる要因なのだが、気付いているのはカロンと両親だけだろう。
「そんなものがあるのに、なんで今まで言わなかったんです!?」
 エリオスが身近にあった珍しい物を知って縛られたまま暴れ出した。
「はっ! 君なんかに言ったら、石化だけといて本体を殺しかねない。僕は神の呪いというサンプルが欲しいんだ」
「こ、殺すはずないでしょう!」
「前にやった花全部枯らしただろっ! 君が飼えるのはほっておけばいい魔物だけだよ! しかも、本に閉じこめて空腹を感じない奴だ!」
 確かに、彼に生物など与えたら死なすだろう。
 問題の王の像は数時間で死に至るので彼でなくとも殺してしまう。
「師匠、さっきから意味がさっぱり分からないんだが」
「ジーク、この世には聞き流していいことというのがあります。二人の会話は、犯罪が混じっていない限りは聞き流しなさい」
 赤目の師弟はそれで言葉を切ってお茶を飲む。
 ハウルと三人で並ぶと、身内にしか見えない。
「石像かぁ。僕の管轄外だからなぁ。お父さんに聞いてみるけど」
「代わりに別の美術品を提供しようか。どうせ作者不明の作品なんだし、美術品として同等以上の作品はどう? 他人が伝説を元に作った別の像とか」
「それなら可能かも知れない」
 ラァスの明るい返答に、ディオルは珍しく無邪気に喜んだ。
「ありがとうラァスさん。すごく嬉しい」
「ディオルはたまにでも心から嬉しそうにするからいいよねぇ。
 それに引き替えうちの運動音痴は……感謝とか、ないんだよねぇ」
 やってもらうのが当たり前という環境で育ったのだ。活発な姉の方はいい子だが、弟は人が動いていても自分は面倒くさいと思うと動かない。まずはそこから矯正しなければならないのだ。
 ディオルに趣味を諦めさせる並に大変である。
「ラァス、エリアの身体を鍛えるには、まずはこの性格の矯正からだぞ」
「そうだねぇ。だからみんなに止められるんだよ。精霊はみんな味方だし、殴ったら非難されるんだよねぇ。
 でもここなら、みんな師匠かハウルの味方だし、ディオルがいい子にしていたら、自分も対抗していい子になるかも知れないでしょ。
 目標はまず低く設定しないと」
 睨み合っていたエリアスとディオルは、仲良く同じタイミングでカロンとラァスを睨んだ。
「素直さとか従順さとか、そっちの子ぐらいになったら、そりゃあベストだけど、自分に出来ない事を他人に押しつけちゃいけないしね。せめて表面だけでも取り繕える程度にしてもらえたら、嬉しいかなぁって。
 もちろんそれが難しいのはよく分かってるんだけどさ、このまま大人になったら苦労するのは赤の他人だからね」
 想像するだけで関係者が哀れである。こんな上司がいる職場、一週間でやめる者が山ほど出てくるだろう。職場に出入りしている我が儘な子供というだけでも、冗談ではない。
「とりあえずエリア、縄をといてあげるから、父さん達が話をしている間、ディオル達と遊んできな。外で」
「嫌です」
「僕も外は嫌だなぁ」
 この二人には協調性というものはない。ディオルにはかろうじて存在するが、遊ぶ相手として用意されるのが喧嘩をふっかけてくる事しかないエリアスでは、やる気も起きないのだろう。
「仲がいいなぁ。そんなに仲がいいんだから、このおじさん達と遊んできなさい。じゃないと、絞めるよ」
 何を、とは聞かなかった。二人は無言で立ち上がり、ディオルはジークの腕を掴んで部屋を出た。危機感だけはあるのだ。今はそれに従った。
「今日だけですからね。ほら、お前達、行きますよ」
「へいへい」
 エリアスが騎士達を連れて出ていく。
 あの面子で、何をして遊ぶのだろうか。
 あまり気にしない方が、精神衛生上良さそうだ。

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