3話 魔物使い
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「ここ、久々だなぁ」
騎士達が裏庭に生えた草を蹴散らしながらはしゃぐ。
ここには近づくなと言われていたから、ジークが足を踏み入れるのは初めてだ。とくに何の変哲もない、他に比べると荒れた日陰の庭である。
「で、こんな所に来て、鬼ごっこでもするのか? ボール遊びでもするか?」
「ライアスさん、もう小さな子供じゃないんだから。
せっかくだから、ジークの基礎でもやろうかと思って。これだけ人数がいるから、ジークも魔力を感じやすい」
ジークはディオルの言葉に驚いた。自分は関係ないと思っていたのに、中心に立たされるとは。しかも、かの有名な聖騎士達の。
「ジークか。俺はライアスだ。よろしくな」
中年の男は下町の男のように笑い、肩を叩いてくる。気さくな聖騎士である。
「人の肩をばんばん叩かない方がいいよ。それ、見た目は優男だけどアークガルドの長男だから、剣の腕でなら確実に君たちよりも上だよ。強いよ。将来は確実に強いよ。邪眼だし」
ライアスはジークの肩をぱたぱたと払う。
ジークは自分の実家がどのように噂されているのか気になった。本人の耳には入らないような噂が流れているのだ。
「よろしくお願いします」
変な印象を与えてはいけない。せめて礼儀正しくしなければ。
ちらとディオルを見ると、どこにあったのか知らないが、斧で地面に落書きをしていた。
「ジーク、せっかくエリアがいるんだから、そいつに開眼してもらうといいよ」
「え? 彼に?」
開眼とは、ヴェノムがやってくれたアレだろう。どうにも自分には柔軟性がないらしく、魔力を魔法として扱う事が出来ないでいる。一日一度やっているが、なかなかなじめないである。
「ジーク、この中央に。
君の魔力は高いけど固いから、感じ取れてもそれに合わせる事が苦手みたいだからね。力任せなところのある母さんがやっても、あんまり感じ取れないみたいだから、周りで騒がしくしてみるといいかもしれない。こればかりは、僕らだけじゃ人手が足りないから」
その話を聞いて、騎士達はいい子だいい子だと褒め称えて撫でる。ディオルは不快な顔をしてそれを払いのけた。
「なんで私がそんな事を」
「君はそういう事が上手いだろ。教えるのとか上手いくせに、他人を見下してチャンスを潰しているところがあるけどね。
自分の得手とする物は利用して他人に恩を売るとかして、もっと賢く生きたらどう」
エリアスはディオルに言われて顔を赤くする。
褒めているのか貶しているのか分からない内容だが、ディオルが言うほど教えるのが上手いとは、性格と得手は一致しない物である。
「エリア、ディオルに褒められてよかったなぁ」
「お前、ディオル好きだもんなぁ」
「だ、誰がっ! こんな嫌味な奴、だいっっっっきらいです! ただ、変な事を言うから驚いただけでっ、冗談でもそんなおぞましい事を言うと怒りますよっ!」
「わかったから、そんなに興奮するなよ」
少し、微笑ましいかもしれない。
「ニヤニヤ笑っていると、私のペット達の餌にしますよっ。人のペットを実験台にするの前提で売ってくれとか言う奴に、誰が好意などっ」
それはディオルが悪い。
「でも君、自分で世話できないから本に封じてるだけだろ。花だって、育てられないから自分で育つのを作ったのにいらないって言うし」
「誰があんな顔つきのキショイ動く植物が欲しいと言いました!? あんな不気味で気味の悪い花もどきっ! 悪趣味が!」
顔つきの植物。
子供が描くような、可愛らしい花を思い浮かべる。
「キショイ……のか? まあ、実際に顔があったら、違和感がありそうだが」
「あなたはここに住んでいて、あの化け物を見ていないんですか? ああ、ほら、そこにプランターがある」
エリアスは陶器のプランターの前へと移動すると、それを踏みつけにした。転がし、中身をぶちまけ、ひっくり返し、
「だめぇぇぇぇえ」
何か、降ってきた。降ってきたのだ。何がって、ナニカだ。
「これが問題の植物を捨てた顔つき植物、赤いから顔花二号ですよ」
エリアスの足に踏みつけにされているのでよく見えないが、花びらがパタパタと抵抗し、むき出しの根っこがもぞもぞとうごめく。
「キショイ……というか、恐いな」
触る気にはならないので、問題の顔が見えない。見る気にもなれない。
「何も恐くありませんって顔で言われても」
「ジークはけっこう恐がりだよ。少し顔に出にくく出来ているみたいだけど、母さんの百倍ぐらいは怖がっているのが伝わってくるから、分かりやすい方だね」
ディオルはエリアスの足下から顔花二号を救い出し、土を払う。
その、あまりにも不気味な顔に、ジークは後ずさった。
あれを顔、と言っていいのか。アレが顔では、顔に失礼ではないだろうか。
「…………口だけ」
花に、口がある。ニコニコした花を思い浮かべていたのに、口だ。
「顔というか、口花じゃないか」
「なんか、目もあるらしいから顔なんだよ」
ディオルはそれを掴んだままプランターに土を戻し、うごめく根を突っ込む。
「他の二匹はどうしたんだ」
花なのに匹。しかも三匹もこれが存在する。エリアスの言葉から、色違いのが、他に二匹も。
「日向ぼっこでございます」
口は、しっかりと言葉を発した。どういう仕組みで音が出ているのだろうか。
「母さんに見つかったら燃やされるんだから、裏庭から出るな。まったく」
プランターを隅の比較的明るいところに置き、手を払って戻ってくる。
「あんなでもね、植物に知性を持たせるなんて画期的な事なんだよ。見た目が悪いからって、みんなして苛めてさ」
「まあまあご主人様! お水、お水! お水を下さいませ! アグロのあまぁい雪解け水ぐがっ」
ディオルの手で叩きつぶされて、顔花は黙った。可哀相だが、アグロの水と言えば名水と有名である。しかし、遠い。売っている場合も値段が高い。花の水やりに使うなど、現地に住んでいる者だけだ。
「……で、開眼の儀式だったね。ジーク、エリア、真ん中に。みんな手をつないで輪になって」
「だから、私は承諾した覚えはありません」
「僕のためじゃないよ。ジークのためだ。こいつらよりも鍛えていて、多少の乱暴にも堪えうるジークのためだ」
エリアスは黙った。考える。そして素直に従った。
あの反発からあっさり折れるほどのことを、ジークにさせようというのだろうか。恐ろしいのだが、文句を言える立場にはない。命に関わるような事はないと信じたい。
「……よ、よろしくたのむ」
「まあ、あなたに罪はありませんしね。同じ聖眼のよしみです。この聖人の中の聖人、世界で最も清らで高潔なこのエリアスが手ほどきをして差し上げます。感謝と崇敬の念を抱きなさい」
引いた。かなり引いた。
しかし今更驚くのも失礼だし、子供の言う事だ。これぐらいの子供というのは、世界は自分を中心に回っていると思い込むものである。なまじ才能があるからこそ、そうなっても仕方がないのだ。
エリアスはこほんと一つ咳をする。
「で、どこまでは分かるんですか? 邪眼があるなら、魔法式は見えますね」
「うっすらと。ただ、開眼の儀式で感じ取れていないらしい。儀式の時はくらくらするが、聞くような感覚はない」
「たぶん、邪眼が何らかの邪魔をしているんでしょう。邪魔というより、過剰反応か。
もっと丁寧にやってみましょう。
靴を脱いで、邪魔な目を伏せて下さい」
ブーツを脱いで近くに揃えて置き、息を吸って目を閉じる。伏せた瞼に、冷たい液体がエリアスの手で塗られる。冷たくて気持ちがいい。すっと意識が広がるような感覚だ。
「これは……」
「私のような高等な聖人のための聖水です。落ち着くでしょう」
特別仕様だが結局は内容物不明の水。門外不出ということかもしれないし、悪い気分ではないので文句はない。
額にも塗られ、早朝に森の中で瞑想している時を思い出す。
あのすっとする、静かで騒がしい、澄んだ空気の森の中。
「私の指に意識を向けて下さい」
ヴェノムにも言われた言葉だ。
意識を向ける。指が額を左右する。動いている。
瞼に触れたり、鼻に触れたり、両手で頬を挟み、再び瞼に触れて優しく撫でる。
目の下に指を置き、くぼみをなぞる。
「温かくなってきませんか」
「そんな気がする」
目を閉じて、エリアスの気配を感じ、周囲の気配を感じる。
ふいに、気配が揺らいだ。
「人が増えた……か?」
「いいえ。動いていません。今、気配として感じているんですね。どんな気分ですか」
「落ち着かない。目が暴走する時に似ているが、暴走はしていない」
ちりちりする。しかし、あの時ほどひどくはない。不快はない。エリアスの濡れた手の冷たさが心地よく、押さえ込んでいるように感じた。
「あなたの魔力は激しい。暴走しないように気をつけていると、なかなかそうと分からせにくいんですよ。とくにあの人は才能のある者ばかりを相手にしているから、この時点で躓く事が少ない。躓いても、そのうち何とかなります。もちろん、あなたもです。その目がある以上、凡人とは違うのですから、焦る必要はありません」
彼の言い方にも慣れた。悪気がなさそうなので、気にすることもない。
「自分と自分以外の魔力の差は、分かりますか。何が気になりますか」
「こちら……何かを強く感じる」
「カリムとディオルですか。そりゃあ、強くも感じますね。
それは他者の魔力です。カリムは地の魔力。私もです。
ディオルは正体不明なので気にする必要はありません。無属性の男です。参考にもなりません。あんなはぐれ者」
そんな事を言いながらも、指は動く。やがて額で止まり、エリアスにも気配を感じた。しかし、自分のとなると難しい。
「利き手を前に」
両利きなので少し迷い、右手を差し出した。今度は水を振りかけられ、すり込むように揉まれた。再び額に触れ、目に触れ、しかし差し出した手のマッサージは止まらない。エリアスの右手が目から肩、二の腕、肘、手首と降りてくる。それを二度繰り返し、再び額に触れる。額と右手に触れられている。
「流します」
ぞわり、と鳥肌が立った。
皮膚の下を、何かが通った。
「もう一度流します」
今度はばちりと静電気が流れるように。
「今度は手を合わせて下さい。祈る時のように握って。しっかりと。
自分の中で流れるのを、感じて下さい」
中を流れる。肩を、腕を、胸を。
回る。
わずかに不快感のあるドロドロとしたものから、やがてサラサラと不快でないものに変わっていった。停滞してドロドロになっていた水を思い出す。水は流れれば澄む。
「あぁ……」
手を放されても、少しの間は循環していた。それが滞る前に、エリアスはジークの足首に触れた。
ぐるぐる回るのが右側から足下まで下がり、登り、左足に移動し、額に戻る。
「これが魔力の循環。もちろん、そんな風に感じるのが普通ではありませんが、はっきりして分かりやすかったでしょう。その感覚を知っていると、どんな愚鈍な者でも最低限の事は出来るようになります」
金の髪をかき上げ、ポーズをつけてふふふと笑う。
嫌味だが、騎士達はよしよしよくやったなぁと可愛がっている。
あの性格で、あそこまで丁寧に他人のために動くのだから、子供らしくて可愛いとも取れる。素直でないのだろう。
「ありがとう。参考になった。
何か礼をしたいが、あいにくと私物はあまり持ってきていない」
持っているのは身につける物と家族の写真と武器ぐらいだ。どれも彼には不要だろう。
「別に貸し一つでいいですよ。私は欲しいと思ったものは、ほとんど手に入ってしまいますからね」
権力者の息子で聖人では、手に入らない物の方が少ないだろう。
それを聞いてディオルが挙手した。
「あ、じゃあ欲しい物が」
「やかましいっ! 誰があなたに物を用意すると言いましたっ!?」
かなり真剣に手をあげているディオルに、吼えるエリアス。
だんだんと、本当に微笑ましく見えてきた。
「金を払わなかった事はないのに、ケチだな」
「好意を向けている相手ならともかく、何が悲しくてお前のために動かなきゃならないんですか!? この聖人君子たる私がっ!」
「聖人君子は友達のお願いぐらい、普通は聞いてくれると思うけど」
「誰が、友達かっ! ふざけないで下さい! おぞましい」
「欲しいのはヤドリギなんだ。ヤドリギ。ちょっと手に入りにくい奴だけど、君なら大丈夫」
「ふざっけるなっ!」
顔をまっ赤にしたエリアスが手を振り上げる。振り上げた手には分厚い本が握られている。あれで殴る気なのだろうか。
「私の可愛いペットの餌にしてくれるっ!」
開かれた本が輝き、本の中から何かが出てきた。光が消えると、そこには見た事もない、大きな猫科の動物がいた。ゼノンよりも大きく、同じぐらい可愛い。凶悪な顔だが、あれはあれで可愛い。
「食ってしまえ!」
「そっちがそのつもりならこっちも」
ディオルが空間を切り、いつものように何かを引きずり出す。腕は突っ込むなと言われているのに──生物は取り出すなと言われているのに。
取り出されたゼノンはかちんこちんに凍ったように動かない。恐かったのだろう。可哀相に。
「ゼノン、生きてるぞ」
ジークが声をかけると彼ははっと我に返る。
「い、生きてる。腕も足も尻尾もある! 生きている!」
生の喜びに身を震わせたかと思うと、現在地を知り地団駄踏んだ。
「なんでこんな近距離で生命に危険がある方法で呼びつけるんすかっ!?」
「呼びつけてもなかなか来ないだろ。猫には猫だ。お前の戦闘能力って、いまいち把握できてないから、いい機会だ。やれ」
「やれって、あの大きいの!? いや、俺は口先だけが専門で、争いごとはちょっと。
話も通じなさそうですし。話が通じればどうとでもなるんすけど」
元詐欺師だ。話の通じない相手ではどうしようもない。
「ふん。人工の魔物が、私の選りすぐりの美しい魔物にかなうものか! いけ、アレクサンダー!」
「って、前にそれシャルロットとか言ってなかったか!? 性別どっちなんだ!?」
騎士の言葉は無視して、大きな天然猫が飛び上がる。
「行け、キメラの力を見せてやれ!」
ディオルは楽しそうだ。ゼノンは嫌々前に出て、襲いかかる名前不明の天然猫の攻撃を避ける。ひらりひらりと、なかなかいい動きだ。魔物と言えども動物。爪は鋭く力は強いし足は速いが、動きは読める。
「まったく、逃げ足だけ鍛えてどうする。反撃しろ」
「っていっても、俺もけっこう動物好きなんすよ」
「動物が生意気を言うなっ! あれは魔物だ!」
うめきながら後ろにさがる動物ことゼノン。
「お前は役立たずか? ペットなら役立たずでもいいが、お前は違うだろう」
「ったく、やればいいんだろ!」
役立たずの言葉でゼノンの目が変わる。気配が変わった。
先ほど周囲で立ち上がったあの気配がゼノンから感じる。
脳がある者は爪を隠すと言うが、人を騙すのが仕事だった彼は、まさにその隠したがるタイプだったようだ。
怪我をする。いや、殺されるか。
猫が。
大きな可愛い猫が。
「ま、まてっ」
名無し猫を足で、ゼノンを両手で止める。
「な……なんすか。間にはいるなんて、死んだらどうするんすか」
ゼノンの爪がぴくぴくしている。誰しも殺すつもりで突っ込んだ先に知り合いが割ってはいれば恐ろしい。
「問題ない、慣れている」
「慣れてる!?」
二匹を解放すると、天然の方の様子を見る。蹴られて傷めたはずだ。
「こら、ジーク」
「そうです! 何をするんですか!?」
斜に構えるディオルはともかく、エリアスは声を荒げて抗議した。
「すまない、怪我をさせてしまった」
脅えているらしく大人しくなった猫を撫でる。幸いにも素足だったので、それほど痛みもなかっただろう。
「いい奴だな」
「いい奴だ」
「エリア、今のはシャルロットやばかったぞ」
「恩人だぞ」
「貸しは無しだな」
無しというか、起こるべくして起こった喧嘩といえども、自分がきっかけになったので仲裁は当然である。
素足で蹴ったので足首を痛めた。さすがに無理をした。手の方は、まだ軽いゼノンだったから問題ない。
「魔物のぶつかり合いに割ってはいるなんて、正気の沙汰じゃないよ。まあ、捻挫一つですんでよかったよ。手当は自分で出来るね」
「大丈夫だ、慣れている。ディオルも悪かったな。せっかくの観察機会をふいにした」
実家にいると怪我はつきものだ。手の届く位置なら自分で治療できる。縫合などは上手いとよく言われたものだ。
しかしディオルに足を痛めたのを見抜かれるとは思っていなかった。足を動かして様子を見たのは一瞬。その一瞬を見られていた。趣味観察とはよく言ったものだ。気付かない事はとことん気付かないのに、こういうことはめざとく見つけてくる。
「しかし兄さん、ほんと猫好きですね。猫のためならそこまで身体も張るとは」
爪をわきわきさせながら、少し汚れたゼノンが言う。真っ白な彼が土で汚れると、それはそれで可愛いのだ。
「猫って、これは魔物ですよ。しかも猫ってサイズじゃないでしょう」
「可愛いじゃないか。こんな可愛い生き物を争わせているのを見過ごすなど、私にはとても……」
喉を撫でるとごろごろと鳴る。大きくても猫は猫だ。
「可愛いな」
「よし、じゃあそれを素体にしたいからちょうだい」
ディオルが手を出した。
真顔で。
本気だ。
「アーデルハイド、戻っておいで。外にいたら改造されるよ」
どこから出てきた名前かは分からないが、猫は本にしまわれてしまった。それでいい。悪魔のような少年の餌食にすることはない。ディオルよりは、無謀な事をさせるだけのほうが幾分かマシだ。
「やっぱり、見た目重視じゃ無理か……」
本を閉じたエリアスが小さく呟いた。
もっと強いのがあるなら、そちらを出して欲しかった。
ジークに協力し、ペットとキメラをじゃれ合わせて、十分遊んだので城の中に戻ると、にこにこと微笑むラァスに手招きされてついて行けば、空き室だった部屋が見事寝室へと早変わりしていた。
知らない天蓋突きのベッドとクローゼット。カーテンも知らない柄。白を基調としたインテリアは、ヴェノムの趣味ではない。 生まれた時からここに住んでいるディオルは、ここが我が家の中だという事が信じられずにいた。。
エリアスの方も、部屋を見て茫然自失の体となっている。
ディオルは知らないが、予想は出来る。
「これ、エリアの家具?」
いかにも自意識過剰でナルシストなエリアスらしい内装だ。
「そう。エリアの部屋に近づけてみたよ。壁紙まで貼り替えたんだよ。君の好きな真っ白だ。パパ、とっても張り切ったよ」
「な、なななっ、なっ」
エリアスがわなわなと震えている。
本人は父親の休暇中、せいぜい一週間ぐらいの滞在予定だったのだろう。
しかし、馬車が二台だった。人が乗っていたにしても、馬の数を考えれば一台で足りたはずである。しかし、二台だった。一台は立派なものだったが、もう一台は荷がたくさん積めそうな馬車だった。人なら全員乗れただろうに、わざわざ護衛のように馬で来た者もいたことを、疑問に思わなくてはならなかったのだ。
エリアスは縛られたまま城の中に来たから、もう一つの馬車をよく見ていなかったのだろう。
「……な、なんでっ!?」
「だから、今日から、君はここで面倒見てもらうんだよ。
すっかりうち解けたみたいで、パパ嬉しいよ。君のペットを受け止めくれたんだって。うちのぼんくらどもより役に立つじゃないか。うん。いいと思うよ。これからもよろしくね」
ジークは猫だから止めたのだろう。彼は無類の猫好きだ。だから冗談じゃないとばかりに頬を引きつらせている。自己主張が弱いので、断れないのが彼らしい。そのうちもう少し気を強くしてやらないといけないだろう。
「パパは今からママのところに遊びに行くから」
「ええっ!?」
息子と、お供の騎士達から声が上がる。一緒に企んでいたのではなかったのだろうか。
「ったりまえじゃん。何が悲しくてこんな男だらけの場所でせっかくもぎ取った休みを棒に振らなきゃならないの。
綺麗な湖とお花畑が目の前にある別荘だって。楽しみだなぁ」
「ちょ、ずるっ!」
「僕は事前にお呼ばれして行くんだよ。君たちがのこのこついてきたら迷惑だろ。僕は妻がいるから行くだけだけど、君たちはここで何か不満なのかな?」
相変わらず無表情だが、いつもより不気味なヴェノムを見て、皆は首を横に振る。
強い者には逆らうな。
それがこの聖騎士団のモットーだ。
「じゃあ、師匠、うちの子をよろしくお願いします」
「約束の品は忘れないように」
「もちろん忘れないよ。僕が師匠との約束を破った事なんてないでしょ。
ディオルのも覚えておくよ。じゃあ、僕はこれで。師匠、魔法陣を借りていいかな。現地に流砂が先に行って待っててくれてるから。カリムさん、行くよ」
カリムはぽかんと口を半開きにしてラァスを見つめた。
「流砂が待ってるから、早く行くよ」
「き、聞いてない! たまの骨休めなのに、なんで疲れに行かなきゃならないんですか!?」
「いいからいいから、行くよ」
うらやましがるその他に見送られ、ラァスとカリムは地下室に向かう。
ぼんくら騎士達も、これで少しはうらやましさが消えた事だろう。
せっかくしばらくいるようなので、これからバリバリ力仕事をさせよう。
「明日は狩りに行こうか。魔物狩り。それならエリアスも行くだろ。僕の実験材料にもなるし。ジークのために、猫っぽいのとか」
「私のためというなら、猫を実験台にしないでくれ」
猫好きはそのままの猫がいいらしい。
「じゃあ、なんか大きなヘビが欲しいな。エリアもヘビ欲しいよね」
「そこらにいる凡俗のヘビなどいりません。私に相応しい、稀少で有能なヘビならともかく。その上美しければいりますが」
「力は強いし綺麗だよ。ただ、危ないけどね。一人で行くと殺しちゃうけど、エリアがいたら捕まえられる。生け捕りって難しいんだよね」
「は……はん。この私に捕らえられぬ魔物など存在しませんからね」
彼は顔を精一杯逸らして悪態をつく。
エリアスはおだてたり馬鹿にしたりすれば簡単に動くところがいい。この単純さは誰に似たのだろうと思うほど強かな親を持つのだから、世の中とは分からない。親が強かすぎるから反動なのかも知れない。もう少し態度を改めれば、自分の力をもっと上手く引き出せるだろうが、彼には無理なのだろう。
「そういや昔、お前等とイスんところに行ったなぁ。久々に弁当作ってみんなで行くか。なぁ、ヴェノム」
「私は行きません。男だけで楽しんでらっしゃい。ヘビ皮は楽しみにしています」
「うん、わかった」
実験用に生け捕りにしようというのに、ヴェノム馬鹿のハウルがヘビを全部殺しかねない流れになってきた。何としててもハウルの同行を阻止しないといけない。
夫婦水入らずでイチャイチャしていろとでも言えば甘えるだろうから、難しい話ではない。ヴェノムには蛇革さえ渡せばいいのだ。増やして、うちの一匹をそのうちさばけばいい。
「餌でも準備するか……」
おびき寄せるために、生きた餌を捕まえるのだ。